12式地対艦誘導弾(改)の後継、長射程の「12式地対艦誘導弾能力向上型」の開発が決定


2021-01-10(令和3年) 松尾芳郎

 12式対艦誘導弾

図1:(防衛省)12式地対艦誘導弾(改)の発射の写真。これは防衛省発行の「我国の防衛と予算(案)・令和3年度予算の概要」の冒頭に、令和3年度取得予定のSTOVL戦闘機「F-35B」、昨年末進水した新型潜水艦「たいげい」の写真と共に掲載されたもの。これは「12式対艦誘導弾」の長射程化が、防衛力整備の最重点事項であることを示している。

 

政府は2020-12-18の閣議で新しい「ミサイル防衛の方針」を決めた。この中には、先日廃止を決めた地上配備型の「イージス・アショア」の代わりに新型イージス艦2隻を建造する事と長射程巡航ミサイルの開発が含まれている。

政府は、敵の攻撃圏外から発射可能な「スタンド・オフ(stand-off)」能力を備える「長射程巡航ミサイル」として、現在配備途上にある「12式地対艦誘導弾(改)」の射程(約200 km)を長射程化(1,000 km以上)し、地上からだけでなく艦艇、航空機など多様なプラットフォームから発射可能とする「12式地対艦誘導弾能力向上型」開発を決定した。令和3年度(2021)から令和7年度(2025)にかけて394億円を投入して開発する。

(Japan proceeds to develop new long range stand-off surface-to-surface missile (SSM), start from 2021 through 2025, funding four million USD. The SSM will fly more than 1,000 km, which covers most of the Eastern China from Okinawa’s Islands. The missile will be composed to stealth fuselage, larger variable wing, new turbofan, and tactical datalink system.)

 

前述の「スタンド・オフ」能力とは、敵の攻撃ミサイルの射程外の超長距離から攻撃できる能力を云う。これで味方の安全性を高める。

2020年5月19日に発表された米国の有力研究機関CSBA (Center for Strategic and Budgetary Assessments / 戦略予算評価センター )が、日中海軍力を比較した「Dragon against the Sun /日本に挑戦する巨竜:日本の海洋パワーに対する中国の見解」と題する報告書がある。この中に中国海軍と我が海上自衛隊が保有する対艦ミサイルの射程距離を示す図がある (TokyoExpress 2020-06-01参照) 。これによると中国海軍の対艦ミサイル[ YJ-18 ]の射程は530 km、亜音速で飛行するが最後のターミナル段階では超音速飛行をする。これに対し海自の[ 90式]は150 km、[ハープーンBlock 1B ]は100 kmに過ぎない。中国側が「スタンド・オフ」火力を持っていると云う事だ。

中国、日本巡航ミサイルの射程

図2:(CSBA “Dragon against The Sun”) 米報告書図7記載の“日本vs中国巡航ミサイル射程距離の比較図”。海自の「90式」は[SSM-1B]とも云い陸自の地対艦誘導弾[88式/SSM-1]の海自型である。[90式]の後継として、射程200 km以上の [17式艦対艦誘導弾]が開発され、ようやくイージス艦「まや」、「はぐろ」から搭載される。

 

「12式地対艦誘導弾能力向上型」

 

「12式地対艦誘導弾能力向上型」には、大型の展開式主翼を装備、ジェットエンジンのターボファン化、ステルス性向上/(RCS=radar cross section)低減のため全体形状の変更、情報収集衛星・GPS衛星・AWACSなどと交信するためのデータリンク・システムの開発、などが含まれる。主契約は12式地対艦誘導弾と同様三菱重工が担当する模様。防衛省資料に書かれているイメージでは、これまでの国産対艦ミサイルの系譜「空自の80式〜海自の17式」で踏襲されてきた葉巻型の外観、固定翼4枚の形式から大きく変わり、全く別物に見える。

既述のように「12式地対艦誘導弾(改)」を長射程化して1,000 km以上にし「スタンド・オフ」能力を持たせた新型ミサイル「12式地対艦誘導弾能力向上型」の開発が決まり、2021年度予算(案)に2025年に開発完了を目指し394億円の開発費が計上された。

「12式地対艦誘導弾能力向上型」には、2018年度から「新対艦誘導弾の要素技術研究」で防衛装備庁と川崎重工が取り組んできた①長距離飛翔技術、②高機動化技術、③ステルス化技術、④3自衛隊共用化技術、の成果を取り入れて早期実用化を図る。「能力向上型」は着弾までに時間がかかるので、早期警戒管制機などから直接/衛星中継で「誘導弾」に敵情報をに送り誘導補正を行う「データリンク・システム」が搭載される。

12式能力向上型

図3:(防衛省資料)昨年末の閣議で開発が決まった、射程1,000 kmの「12式地対艦誘導弾能力向上型」のイメージ。「12式(改)」までに蓄積した技術を活用する。エンジンは新型のターボファンを搭載、長距離飛行に備え大型主翼を装備、全体をステルス形状にして「RCS/レーダー反射面積」を小さくし、1時間以上に及ぶ飛行中に絶えず友軍からの新情報で航路を更新できる「戦術データリンク・システム」を開発、装備する。

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図4:(防衛省資料)「12式地対艦誘導弾能力向上型」搭載のエンジンのイメージ。川崎重工は、標的機や無人機向けに開発したターボジェットKJ100を基本に、これをターボファン化した[ XKJ300 ]を自社開発中と言われる。[ KJ100 ]は推力400 kg、エンジン径35 cm、長さ86 cm。[ X KJ300 ]についての情報はない。

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図5:(佐藤正久氏ブログ)自民党参議院議員、参議院防衛外交委員長 佐藤正久氏が「12式地対艦誘導弾能力向上型」に関するイメージを公開した。図は、同ミサイルが終末航程(着弾寸前)でバレル(旋回)飛行をしながら敵の迎撃を回避して飛行する様子を示している。このためには高度な制御技術が必要になるだろう。さらに同氏は、「12式地対艦誘導弾能力向上型」は三菱重工製となるが、川崎重工が「島嶼防衛用新地対艦誘導弾(新SSM)用要素技術の研究開発に取組中でこちらも順調に推移している、と述べている。

 

自衛隊SSM(対地・対艦ミサイル)の系譜

 

陸海空3自衛隊が配備する国産の対地攻撃、対艦攻撃用巡航ミサイルは、航空自衛隊が1980年に配備開始した「80式空対艦誘導弾」別名[ ASM-1 ]/三菱重工製、が基本になっている。「80式空対地誘導弾/ASM-1」から、陸自用の「88式地対艦誘導弾/SSM-1」が作られ、海自では米国製「ハープーン」を使ってきたが、その後陸自の「88式地対艦誘導弾/SSM-1」を基に「90式艦対艦誘導弾」を開発、多くの護衛艦に搭載している。

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図6:(航空自衛隊)国産対艦ミサイルの基礎となった空自「80式空対艦誘導弾/ASM-1」、技術研究本部(現防衛装備庁)が開発、三菱重工が製造した。1980年に制式化され [F-2]戦闘機に搭載、300発以上が製造された。直径35 cmの円筒形で胴体中部に4枚の主翼、尾部に4枚の操舵翼、全長は4 m、重量は600 kg、炸薬150 kg、射程は50 kmとされる。エンジンは固体燃料ロケットを装備する、しかし以後のファミリーは全てジェットエンジンに変わっている。誘導は、巡航中は慣性誘導(INS)、終末航程はアクテイブ・レーダー・ホーミング(ARH)方式。

国産対艦ミサイル系譜

図7:(防衛省)防衛省発行資料から作成した図。1980年配備開始の空自「80式・ASM-1」から40年、近年中国の軍拡脅威が高まるにつれて開発が加速している。昨年末に開発が決定した「12式地対艦誘導弾能力向上型」の早急の完成が待たれる。

 

12式地対艦誘導弾および12式(改)対艦誘導弾

 

「12式地対艦誘導弾」は、配備済みの「88式地対艦誘導弾 ( 88SSM / SSM-1)の後継として開発され、2014年から部隊配備が始まっている。配備先は陸自第5地対艦ミサイル連隊で、配下の南西諸島に展開する独立ミサイル中隊(複数)に優先的に配備されている。

12式地対艦誘導弾/12SSM / SSM-1改は、空自F-2 戦闘機に搭載する「80式/ASM-1]」を地上発射型に改良した対艦誘導弾である。

これまでの「88式」の誘導は、予め目標艦の位置データを入力、発射後は慣性誘導(INS)で目標に近付き、終末航程で搭載レーダーを照射・着弾するアクテイブ・レーダー・ホーミング方式(ARH)である。これに対し後継の「12式/SSM-1(改)」誘導弾では、中間誘導に[GPS誘導]を追加、発射後目標艦が大きく移動してもGPSでコースを修正する方式なので命中精度が向上している。

さらに、目標更新能力、識別機能、地形追随機能が改良され、ブースターが推力偏向ノズル付きで垂直発射が出来るようになり、88式では困難だった周囲が山岳などに閉ざされた地形からの発射が出来、安全性が向上した。

発射機は、陸自で2002年に配備が始まった重装輪回収車に、誘導弾を装填するコンテナ/キャニスター6基を搭載する。射撃姿勢は垂直に近い70度以上の角度で発射、上昇してから目標に向きを変え飛行する

システムは、発射機、射撃統制装置、中継装置、指揮統制装置、搜索標定レーダー装置、弾薬運搬車、から構成され、1セットとなる(価格約28億円)。

 

12式地対艦誘導弾/ SSM-1(改)は、全長5 m、直径35 cm、重さ700 kg、推定射程200 km。動力は、ターボジェット(巡航時)+ロケット・ブースター、誘導は、巡航時/INS, GPS、終末航程/ARH方式である。

海自用「17式艦対艦誘導弾/ SSM-2」を原型にして、2017年から陸自用「12式地対艦誘導弾(改)」と海自向け「哨戒機用新空対艦誘導弾」がそれぞれ開発されている。

改修内容は、両者とも飛翔演算装置が新しくなり、「12式(改)」では慣性航法装置(INS)、艦船情報受信部およびジェットエンジンが新型に変更され、「哨戒機用」では誘導弾・航空機間のコネクタ、エンジンスターター、などが追加される。

17式対艦誘導弾(改)

図8:(防衛省資料を基に作成)陸自の「12式地対艦誘導弾/ SSM-1(改)」を原型にし改良した「17式艦対艦誘導弾/ SSM-2」。そしてこの「17式艦対艦誘導弾」を基にして陸自用「12式地対艦誘導弾(改)」と次図「哨戒機用 新空対艦誘導弾が開発されている。

哨戒機用真空対艦誘導弾

図9:(防衛省資料を基に作成)海自が運用する「P-3C」および「P-1」哨戒機に搭載する新しい「空対艦誘導弾」である。「17式艦対艦誘導弾/ SSM-2 」をベースに開発中、空中発射型なので「17式」にあるブースターはない。

 

陸自第5地対艦ミサイル連隊の配備状況

 

陸自地対艦ミサイル連隊は5個あり、第1〜第3連隊は北海道/北千歳、美幌、上富良野に、第4連隊は青森県/八戸に、それぞれ駐屯している。いずれも「88式/SSM-1」を装備している。

12式地対艦誘導弾/ SSM-1(改)の配備は、2016年度から熊本県健軍駐屯地の西部方面特科隊第5地対艦ミサイル連隊で配備が始まった、調達数は毎年「1式」ずつ、これまでに「5式」が配備済み。

第5地対艦ミサイル連隊は、唯一「12式地対艦誘導弾」を装備する連隊。熊本に駐屯する第1中隊〜第4中隊と、南西諸島に展開する独立ミサイル中隊、第301地対艦ミサイル中隊/奄美大島および第302地対艦ミサイル中隊/宮古島、で構成される。そして近く石垣島に第303地対艦ミサイル中隊が配備される。

ミサイル連隊は、通常連隊本部に「搜索・標定レーダー6基、レーダー中継装置12基と式統制装置1基、それに4個(射撃)中隊を核に編成されている。各(射撃)中隊は発射機4基(ミサイル24発)、予備ミサイルなどで構成されるが、離島配備の独立ミサイル中隊ではレーダー等の支援装備が追加配備される。

沖縄本島との距離

図10:(Google, CSBA “Dragon against The Sun”) 沖縄本島を含む南西諸島と中国主要海軍基地との距離。現在「12式地対艦誘導弾」を配備するのは、熊本県健軍駐屯地の第5地対艦ミサイル連隊と奄美大島、石垣島、宮古島に駐屯する独立地対艦ミサイル中隊3個である。しかし、これら島嶼駐屯地は対空防御が十分でなく、中国からの飽和攻撃で継戦能力を失う恐れが高い。これを回避するため、2025年以降では「12式地対艦誘導弾能力向上型」を、対空防御網の十分な沖縄本島に配備する予定と言われている。

 

―以上―

 

反攻作成の参考にした記事、書類の主なものは次の通り。

 

令和2年12月18日閣議決定「新たなミサイル防衛システムの整備等及びスタンド・オフ防衛能力の強化について」

防衛省「我国の防衛と予算(案)令和3年度予算の概要」

防衛省「令和2年度政策評価書(事前の事業評価)12式地対艦誘導弾能力向上型」

Wikipedia

陸自調査団 「12式地対艦誘導弾」

防衛装備庁 2019-05-20 “防衛装備庁、新対艦誘導弾の要素技術(その1)の研究試作を契約“(契約先:川崎重工)

防衛装備庁 2020-03-31 “島嶼防衛用新対艦誘導弾の要素技術(その2)の研究試作“(契約先:川崎重工)

Yahoo News 2020-12-25 “飛翔中に衛星中継で敵目標最新位置情報を受け取り12式地対艦誘導弾能力向上型” by  JSF軍事ブロガー

Yahoo News 2020-12-19 “和製LRASMとなる長射程対艦ミサイルの開発目的は沖縄本島への配備” by JSF軍事ブロガー

TokyoExpress 2020-06-01 「令和2年5月、我国周辺における中露両軍の活動及び米国CSBAの報告“日本に挑戦する巨竜」

TokyoExpress 2016-10-07 『03式中距離地対空誘導弾(改)、配備がスタート』