2015-12-24(平成27年) 松尾芳郎
図1:(American Airlines/SKIFT))アメリカン航空のB787-8用ゾデイアック製ビジネスクラス・シート。アメリカン航空はシート納入遅れのためこの程ゾデイアックに、新型B787-9用シートと客室改装用のB777-200シートの購入解除を申し入れた。
この数年エアラインからの新造機発注が急増しているのに加え、使用中の機体の客室改装要求が増えているため、シート・メーカーは未曾有の受注残を抱えるようになっている。シート・メーカーは対応に追われているが、エンジニアの不足、部品サプライヤーの不足、それに型式証明取得に関わる問題のため、新造シートの引渡しが遅れ勝ちになっている。
今年9月アメリカン航空は、導入するB787-9型機と現用B777-200型機の客室改装用に注文したゾデイアック(Zodiac Aerospce)製ビジネスクラス・シートを、納入遅れを理由に解約すると発表した。
今年4月にハンブルグ(Hamburg, Germany)で行われた業界の会議によると、2015年から2024年迄の10間に、旅客機用シート需要は新造機用と客室改装用がほぼ半々で合計660万席になる、と判った。このうち7%つまり46万席がファースト及びビジネスクラス用のシートになる。
シート問題が複雑化しているのは、この10年間の合併・吸収(M&A=merger and acquisition)がある。10年前には大手メーカーは5社、すなわちB/Eエアロスペース(B/E Aerospace)、ゾデイアック(Zodiac Aerospace)、レカロ(Recaro)、ウエバー(Weber)、コントア−(Contour)、があった。現在はB/Eエアロスペース、ゾデアック、レカロの3社体制となり寡占状態になっている。市場占有率はゾデイアックが40%で最も大きく、B/Eエアロスペースが30%、レカロが10%、残りの20%をその他の小規模メーカーが供給している。この中には数年前からシート事業に参入した我が国のジャムコが含まれている。
3社体制下で、生産量の応需能力を高める余地は未だあるが、ファーストやビジネスクラス用の「プレミアム・シート(premium seat)」では解決すべき問題がある。エアライン各社は、これら高級シートでは差別化を図るため独自に多様な要求を出すようになっている。これを受け止めるメーカー側では、これに対応するエンジニアリング能力の拡張が付いて行かず、ネックとなっている。
これに加えて、技術の進歩に対応して型式証明規則がしばしば変更されるのも頭が痛い問題。業界の専門家筋は次のように言っている;—
「例えばプレミアム・シートを電動化し、高級な娯楽システム(IES=inflight entertainment system)を組み込み、さらに特殊な座席寸法にする場合、証明取得作業は相当複雑になることを覚悟しなければならない。」
エアライン側のプレミアム・シートに関する要求には、さらに「シート装備型電源(in-seat power supplies)」、「水平で就寝可能なシート(lie-flat seat)」が加わるため、対応に日時を要し引渡しが遅れることになる。
プレミアム、エコノミー共に“標準型”シートを使うのが普通だった時代は、新造機のシート決定は納入の半年くらい前に行えば十分間に合った。しかし今では、エコノミーでも、シート間隔を28-29インチに狭くしたい、シートの形を変えたい、あるいは中古のシートを使いたい、などと要求が多様化している。
このような変化に応えるには一層高度なエンジニアリング作業と証明取得作業が必要になる。
ボーイングでは引渡し遅れを食い止めるため、顧客エアラインに対し客室仕様の決定を早めるよう促している。すなわち納入数年前から発注契約ごとに、ボーイング、顧客エアライン、シート・メーカーでチームを編成し、シート開発計画を作って遅れを防ぐ方策を採るようにしている。大量の新造機受注を抱えるエアバスも、様々な形でシート・メーカーの納入遅れを防ぐ手立てを講じている。
ここでシート・メーカーの概要を簡単に紹介する。
- ゾデイアック・エアロスペース(Zodiac Aerospace)
図2:(Zodiac Aerospaces)ゾデイアックが2015年4月に発表した”Fusio”と呼ぶ最新型ビジネスクラス・シート。
ゾデイアック・エアロスペースはフランスの企業で、航空機用システムや装備品を作る。1896年創立の老舗で世界100箇所に拠点を持ち、従業員は約3万人の巨大企業。客室関係では、「ギャレイと装備品(Galleys & Equipment)」、「キャビンと構造Cabin & Structures」」、「シート(Seats)」の3部門を持つ。
「シート」部門は、世界のシート市場の40%を占有しこれまでに100万席以上を生産、供給してきた。フランスのIssoudon、米国ゲインスビル(Gainesville, Texas)、およびイギリスのCwrnbran & Camberleyの3箇所で生産されている。米国ゲインスビルは、旧ウエバー(Weber Aircraft, LLC)を買収した工場で主にエコノミー・シートを、またカリフォルニアにある子会社ではビジネス・シートを生産中だ。そして、フランスはファーストおよびビジネス・シート、英国はビジネス・シートを製造している。
現在証明取得の試験飛行中の三菱MRJリージョナルジェットは、ギャレイ、ラバトリー、客室シートを含む内装全般と燃料システムなどに、ゾデイアックの製品を採用している。
2014年暮れには米国ゾデイアックの争議の影響でビジネス・シートの生産が遅れ、アメリカン航空向けB787型機の引渡しが遅れた。このためアメリカンは後続の購入契約をキャンセル、現在裁判で係争中である。
- B/Eエアロスペース(B/E Aerospace)
B/Eエアロスペースは、イギリスの航空宇宙機器メーカー”BAE Systems”とは関係の無い会社である。米国企業で、本社はフロリダ州ウエリントン(Wellington)、操業は1987年で、年商は4,500億円を超える。客室内装品関連の開発製造と航空機用ファスナーの製造を手掛ける。世界中のエアラインにビジネスおよびエコノミー・シートを供給しており、日本航空も顧客の一つ。シートの他にギャレイで使うコーヒー沸かしなどの装備品類(Galley insert)でも有力メーカーである。
図3:(B/E Aerospace)B/Eエアロスペースが開発した軽量エコノミー・シート“ピナクル(Pinnacle)”は中央席の支持脚で左右のシートを支える”overarching”構造で、広胴型機、狭胴型機客室に簡単に適用できる。
- レカロ・エアクラフト・シーテイング(Recaro Aircraft Seating)
レカロはドイツ、スツットガルト(Stuttgart, Germany)近郊にある1906年創業の自動車用シートで有名な企業。米国のOakland, Michigan、イギリスのBirmingham、マレーシアのKuala Lumpur、日本の京都、フランスのLa Rochelleなどに営業・製造拠点を持つ。自動車用・航空機用シートだけでなく、JR東日本のE5系新幹線“グランクラス”のシート、ドイツの新型戦車レオパルドIIの座席、から車椅子まで営業範囲は広い。
航空機用客室シートでは世界第3位で、顧客の信頼が高い。2014年のシート生産数は90,000個に達している。
図4:(RECARO)スツットガルト工場では生産に追われている。
図5:(RECARO)レカロ製の新エコノミー・シート CL3710。今年10月にドイツで行われた2016年デザイン賞選考会(In 2016 German Design Award)で金賞を受賞した。また同月エアバスからは、最も創造的なシート・サプライヤーとして“Innovative Award”を受賞した。
大手メーカーではないが、数年前から航空機用シート・ビジネスに参加した我が国のジャムコについて触れてみよう。
ジャムコは旅客機用のラバトリー(Lavatory/化粧室)とギャレイ(Galey/厨房設備)の世界大手として知られている。ラバトリーではボーイング787、777型機などの設計・製造を担当している。また航空会社と直接契約するギャレイでは世界で100社以上に納入している。
そして新たな柱として単価の高いプレミアム・シート(ファーストおよびビジネスクラス用)事業に進出した。受注は好調でビジネスクラス・シートなど、シンガポール航空からB777およびエアバスA350用としての3,000席を受注し、他社からA350用の大口発注もあり、受注残は合計で4,000席になっている。このほどエアバスからA350用新シート”Journey”が認定を受けた。
図6:(JAMCO)ジャムコ製のシンガポール航空777-300ER機向けビジネスクラス・シートは、航空業界の格付け会社SKYRAXが行った2014年度評価で、ビジネスクラス部門で最高点を取得した。
—以上—
本稿作成に参照した主な記事は次の通り。
Aviation Week Dec 7-20, 2015 “Deep-Seated Issues” by Paul Seidenman and David J. Spanovich
Zodiac Aerospace “Zodiac Seats US”
Skift “Aircraft Seat-Maker Zodiac in Talks with American Airlines about Order Cancellations” @ Sept 25 2015 by Marisa Garcia
B/E Aerospace Home page
RECARO Aircraft Seating
東洋経済Online 2015-12-20 “旅客機高級シートに参戦した日本企業の勝算、ジャムコは欧米2強の寡占を崩せるか“by 渡邊清治
ジャムコニュース 2015-08-17 “航空機シート用主要部品の組立工場取得について”
ジャムコニュース 2014-04-08 “航空機用シート事業への本格参入に関するお知らせ”