我国のミサイル防衛[BMD]は3段構えに


–防衛省、2014予算に[BMD]用として[THAAD]ミサイル調査費を計上-

 

2013-09-23 松尾芳郎

 

ミサイル防衛[BMD]については「世界の大学ニュース、志望校を知ろう、母校を応援しよう」ブログに下記解説を掲載済み。本稿はこれ等の追加となる[THAAD]システムの紹介である。

2010-11-29「我国の弾道ミサイル防衛[BMD]」

2010-12-03「弾道ミサイル防衛用[SM-3]迎撃ミサイル」

2010-12-07「PAC-2およびPAC-3防空ミサイル」

 

THAADランチャー

図:(Missile Defense Agency)[THAAD]システム1個中隊の編成は、[THAAD]ミサイル8基を搭載するランチャー9輛、戦術運用センター(TOC)2輛、可搬型レーダー1基、で構成される。ランチャーは異なるものが数種あるが、写真はMissile Defense Agency発表のランチャー。

 

THAAD発射

図:(US Army)[THAAD]ミサイルは、飛来する敵戦術ミサイル、弾道ミサイルなどを、半径200kmの区域上空150kmの成層圏で迎撃、破壊する。

 

2013-09-17の日経新聞は「防衛省は2014年度予算に、近隣国からの弾道ミサイル脅威に対抗するため新たにTHAAD導入のための調査費を計上することを決めた」と報じた。「THAAD」とは、[Terminal High Altitude Area Defense missile system]の略で「ターミナル高高度防衛ミサイル・システム」と呼ばれている。

これまでの我国の弾道ミサイル防衛[BMD]は、平成20年(2005)3月公表の防衛省計画に基ずき整備が行われ、平成24年(2012)に完了している。

BMD構想

図:(防衛省)2012年に完成した我国の弾道ミサイル防衛[BMD]構想。

 

平成20年計画は、いわゆる「2段階迎撃」構想である。すなわち、地上配備型レーダー[FPS-5]とイージス艦搭載の[SPY-1]レーダーで飛来する弾道ミサイルを探知、イージス艦から発射する[SM-3]で迎撃、大気圏外で破壊する。討漏らした弾道ミサイルは、予め防衛する地域に展開したペトリオット[PAC-3]で迎撃撃破する、と云う考え方だ。

防衛省によると、現在の我国[BMD]体制は次ぎの通り。

l   「こんごう」型イージス艦4隻に加え、新たに「あたご」型イージス艦2隻に[BMD]機能を付加する改修を実施中で、完成すれば6隻体制となる。さらに[SM-3]ミサイルの能力向上型で、日米共同開発中の[SM-3ブロックIIA]型が完成(2018年予定)すれば、これに換装する。

l   ターミナル低層域の防衛を担当するペトリオット[PAC-3]は、沖縄の第5高射群を[PAC-3]に改修して、間もなく全国6高射群への配備が完了する、と云うもの。なお[PAC-3]は三菱重工がライセンス生産中。

これで飛来する弾道ミサイルを成層圏と低層域で迎撃、撃破する体制は整うことになる。特に2018年に[SM-3ブロックIIA]が配備されれば、理論上は1隻のイージス艦で日本全域の防空をカバーできることになる。6隻体制であれば、大量の弾道ミサイルによる同時飽和攻撃を受けても対処できそうだ。

しかし、討漏らしたミサイルを低層域で迎撃するペトリオット[PAC-3]の体制は不十分と云わざるを得ない。

我国の[PAC-3]配備状況は、第一高射群(入間)、第二高射群(春日)、第四高射群(岐阜)、高射教導隊(浜松)、第五高射群(沖縄)、の5個高射群に配備され、それぞれは4個のファイヤーユニット(FU)で構成されている。それに第三高射群(恵庭)には[PAC-2]がある。各FUの守備範囲は半径10〜数10kmで、現在の配備では東京近辺、名古屋近辺、北九州地区、それに沖縄の守備が可能。

しかし、重工業や空港が集中する大阪神戸地区、海自の重要拠点である呉,広島、佐世保の各軍港、全国に散在する原子力発電施設や火力発電所の大部分、それに北海道などは、低層域防御に関して云えば全くの無防備状態にある。

さらに懸念されるのは、[BMD]の要となる地上配備レーダー群の防備が手薄な点である。地上配備レーダー[FPS-5](三菱電機製)は探知距離数千㌔で、建設中を含め全国4箇所に設置、また探知距離600km以上と云われるレーダー[FPS-3改](三菱電機製)は全国7ヶ所に配備されているが、これ等の多くは[PAC-3]高射群でカバーされていない。

この不備を補うため[THAAD]「ターミナル高高度防衛ミサイル・システム」の導入が検討される様になった。開発製造はロッキードマーチンを主契約社とし、多くの企業が参加している。

[THAAD]「ターミナル高高度防衛ミサイル・システム」は、距離200kmの範囲で、高度150kmの大気圏外で、敵弾道ミサイルを迎撃する防空システムである。成層圏を飛来する敵弾道ミサイルが[SM-3]の迎撃をかいくぐり、降下を開始して大気圏外に突入した辺りでこれを捕捉、弾頭を相手ミサイルに衝突させ、撃破するシステム。つまり[SM-3]が担当する成層圏と[PAC-3]が担当する低層域、との中間層での防空を担当する。[THAAD]は、カバーする範囲が[PAC-3]より遥かに広いので、長さ2000kmの日本列島は数個中隊の規模で全体を守ることができる。

米陸軍では、2008年5月に最初の[THAAD]中隊がフォート・ブリス(Fort Bliss, Texas)に編成されてから、2009年6月ハワイにも配備完了した。そして2013年4月にはグアムへの配備を発表している。米陸軍は、[THAAD]ランチャーを80~99輛、可搬型レーダーを18基、[THAAD]ミサイル本体を1,422発購入する、と発表している。米国以外では2008年9月に中東のUAEが[THAAD]ランチャー9輛を含む一式を発注している。

1個[THAAD]中隊の編成は、[THAAD]ミサイル8基を搭載するランチャー9輛、戦術運用センター(TOC)2輛、地上設置型レーダー1基、で構成される。

[THAAD]ミサイル本体は、長さ6.17m、推力偏向装置付きの単段式固体燃料ロケット、発射重量は900kg。先端にキネテイック弾頭(KKV=Kinetic Kill Vehicle)が搭載され、目標に接近すると分離され、自身の赤外線シーカーで目標を捕捉追尾して衝突する。速度はマッハ8.24あるいは秒速で2.8km/秒。

THAADレーダー

図:(Missile Defense Agency) 可搬型Xバンドレーダー[AN/TPY-2]は、レイセオンで開発され[THAAD]システムの目の役割をする。

 

可搬型Xバンドレーダー[AN/TPY-2]は送受信素子25,344個で構成され、探知距離は1000km以上、飛来する敵ミサイルの探知・追跡と[THAAD]ミサイルの中間誘導を行なう。さらに、その情報は「リンク16」データ通信システムで友軍のイージス艦などにリアルタイムで伝えられ [BMD]の一助となる。米軍では、このレーダーを[THAAD]システムとは分けて、ミサイル防衛の前方展開レーダーとして使い、その一つが青森県車力分屯地に配備されている。さらに京都府経ヶ崎空自分屯地にも近く配備予定となっている。

 

[THAAD]システム配備には数千億円程度が予想されるため、その実現は不透明だ。しかし、ここ数年来の近隣諸国による弾道ミサイルの開発や配備を見ると、平成20年策定の「我国の弾道ミサイル防衛計画[BMD]」、すなわち「2段階迎撃」の達成だけでは極めて不十分と云わざるを得ない。日経の云う「3段階迎撃」を実現し、不意の攻撃に備え国民の生命財産を守る体制を早急に作り上げて欲しいものだ。

–以上−