2014-07-24 松尾芳郎
図1:(Mail Online)写真は7月17日MH17便の撃墜2時間前にトレツ(Torez)市内の住宅街駐車場の片隅にパークしたBukミサイル・ランチャー。ミサイル4基搭載しているが、カバーが掛けられている。トレツ市は、石炭を産出する町で墜落地点から16km (10miles)離れている。この後ランチャーは車の少ない道路を通り、親露派が管理する発射地点まで移動した。
Bukミサイルに撃たれたマレーシア航空777-200 MH17便は、ロシアとの国境近くドネツク(Donetsk)の北西80kmのコムクイン(Chomukhin)村近くに墜落した。
図2:(Mail Online) MH17が撃墜されたのは17日の夕刻16:20。その後、使用したBuk M1ミサイル・ランチャーはトレーラーに乗せられて立ち去った。これは ウクライナ側スパイが撮影した動画の一部。ミサイルは4基のうち2基しか残っていない。
図3:19日20:45頃の撮影。Buk M1ミサイルをシートで被いトレーラーでロシア国境近くに運ぶ様子。これはあるロシア人が2kmにわたってトレーラーを追尾し撮影してウエブに投稿した写真である。図2で移動を始めたときミサイルはむき出しだったが、その後親露派の基地で2日間保管され、シートで被い19日夜間に国境を越えロシアに入ったか?
図4:(RIA Novosti) Buk M1-2対空ミサイル・システム。この写真は、手前が“ミサイル・ランチャー(TEL)”、奥が”レーダー付きミサイル・ランチャー(TELAR)”である。今回使われたのは奥の“レーダー付きミサイル・ランチャー(TELAR)のようだ。Buk M1ミサイル本体は、長さ6m、弾頭には高性能炸薬50kgが収まっている。地上レーダーで誘導され目標に接近、爆発する。
標準的なBuk部隊は、“探索用レーダー(TAR)”1輛、“指揮車両”1輛、”レーダー付きミサイル・ランチャー(TELAR)”6輛、“ミサイル・ランチャー(TEL)”3輛、で構成される。ランチャーは、TELALおよびTEL共にミサイル4基を搭載し、TELでは予備2基を追加できる。1979年から製造され、海軍用など様々な改良型があり、ベラルーシ、ウクライナ、中国、北朝鮮、イラン、インド、などに輸出され使われている。中国では国産化し”HQ-16の呼称で多数配備している。米国ではSA-11、その改良型をSA-17と呼んでいる。射程は旧型のBuk M1(SA-11)が、対航空機で高度25,000m、弾道ミサイル迎撃では16,000mと云われている。
Bukミサイルの発射の様子がわかる動画を示す。これは先般本サイトで「マレーシア航空B777型機墜落は、地対空ミサイル「ブーク(BUK)」が撃墜。親露派反政府組織が関与(No.2:MH17便撃墜事故」」2014-07-18改訂、で紹介したYouTubeと同じものだが、再録する。
これまで伝えられた関連情報を要約すると次ぎのようになる。
*ロシアの国営通信は、MH17を撃墜したBukミサイルは、親露派グループが6月末にウクライナ政府軍基地から盗み出したもの、と主張している。
*米国情報機関の某高官がワシントン・ポスト紙に語ったところでは、「ロシアがこの事件の前に同ミサイルをウクライナ東部に搬入した明らかな証拠を握っている。」
*英国のフィナンシャル・タイムス(FT)は、3台のBuk M1がロシアからウクライナ東部に持ち込まれ、親露派グループに引渡された明確な証拠があると報じた。1台はスコドルスク(Sukhodolsk)近くで7月17日午前1時までにウクライナ東部に搬入され、他の2台はロシアが占領したクリミア(Crimea)半島に持ち込まれた、と報じた。
*英国下院国防委員会の労働党マデレーヌ・ムーン(Madeleine Moon)議員は次ぎのように語っている。;—
「新しい冷戦を覚悟しなくてはならないかも。我々は自身を守るだけでなく奇襲に備える演習を実施し、ロシアに対して決して譲歩しないと云う明確なメッセージを送る必要がある。我々にはその能力と装備があり、これがロシアを判らせる唯一の方法だ。」
*Mail Online Jul 23, 2014が報道した事件の大要は以下の通り。
l 軍事筋を含む英国政府は「MH17を撃墜したミサイルは、ウクライナ東部の親露派が支配するトレツ(Torez)から親露派軍の手で発射された」とする見方を支持している。
l Bukミサイルは、MH17撃墜の2時間前にトレツ市内に運び込まれた。
l ウクライナ保安庁(SBU)は、ミサイル発射に関わる会話を傍受し、記録、公表している。
l 傍受内容によると、MH17を撃墜したのは親露派内の“コサック(Cossack)軍事グループ”である。
l 発射した親露派の兵士は、墜落する機体を見ながら“命中した、煙を見ろ!”と喜びの叫び声をあげ、その様子をフイルムに収めた。
l ヒラリー・クリントン(Hillary Clinton)氏は「ヨーロッパ諸国は、この撃墜事件を強く非難すべきだ」と語っている。
l ロシアの通信社RIA Novostiは、撃墜の時刻を実際の時刻16:20の7分前である16:13(モスクワ時間)に早々と事件を報じている。すなわち撃墜の予定をロシア側が事前に知っていたことを意味している。
図1と図2で判ることは、「トレツ市内で撮影されたミサイル・ランチャーと同じランチャーが、ミサイルが2基に減った状態で、トレーラーに乗せられロシア方面に立ち去った」ことである。すなわちMH17は、Bukミサイル2発で撃墜された。
米国防総省の専門家が7月18日に語ったところでは「ミサイルはロシア軍の援助が無ければ発射することは不可能だ」。また、最近ロシア空軍特別軍の前司令官が、Bukランチャーを操作できるのはロシア軍だけで、親露派の兵士にはその技量がない、と話している。
英国王立研究所ロシア担当研究員イゴー・スチヤギン博士(Dr Igor Sutyagin)の話は次ぎの通り。;—
「親露派ドネツク軍のリーダー(ロシア人)ギルキン氏が“撃墜”のビデオを公開したが、民間機を撃墜したと判り直ぐに撤回した。MH17が飛行していたコースは、ウクライナ政府軍の輸送機が物資を補給するルートと重なっていて、丁度同時刻にウクライナ軍のIL-76大型輸送機が飛行していた。両機は数km離れていたもののレーダー上では、機種を識別できない状況だった。このため親露派が誤射した可能性がある。」
キエフ・ポスト紙上に公表された“傍受会話”によると、;—
親露派軍の“少佐”が墜落現場を調べて「軍用品は何も見つからない、全部民間用のものだ」と云うと相手が「何てことだ!(‘holys!)」と叫んでいる。
これ等のことから推測すると、MH17は親露派の誤ったミサイル攻撃で撃墜された可能性が高い。
ケリー(John Kerry)米国務長官が「ロシアが供与したミサイルが本件を引き起こした」と繰り返し発言していることはご承知の通り。「ミサイルの発射地点、その弾道、すべて判っている。」そして「ウクライナ側がこの種のミサイルを、撃墜時刻に撃墜地点に配備した形跡は全くない」と確信を持って語っている。さらに「米国情報機関は、この数週間にわたってロシアが150輛に及ぶ戦闘車両、戦車、Buk M1ミサイル・ランチャー(米側呼称ではSA-11)を東部ウクライナの親露派軍に供与して来たことを把握している。」と続けている。
この背景には米軍が展開している監視衛星システムがある。すなわち、「国防支援衛星(DSP=Defense Support Program)」とその後継機の「宇宙赤外線システム(Sbirs=Space-Based Infrared System)」がそれだ。
特に後者「Sbirs」は強力な赤外線センサーで“雲の下まで透視する”能力を持つ。これであらゆる種類のミサイル発射を探知できる。「Sbirs」と「DSP」は米国国防の第一線で、弾道ミサイルから対空ミサイルの発射まで監視しており、高度10,000mで起こった撃墜事件も当然詳細を把握している。
「Sbirs」は、いわゆる統合システム(system of systems)で、地球静止軌道(GEO) (赤道上空36,000km)のセンサー衛星と高高度楕円軌道(HEO=highly elliptical orbit)を飛行するセンサー衛星、これを補完する低周回軌道(Sbirs Low)衛星STSS、それに地上管制局で構成されている。2011年5月に最初の衛星GEO-1が打上げられ、2013年3月までに合計7基のGEO、HEO、STSS各衛星が軌道上で監視活動中だ。この後さらに2基が追加される。
–以上−
本稿作成の参考記事は次ぎの通り。
Defense Indusry Daily Jul 21, 2014 Rapid Fire “Was the Missile Launched Agaist Flight MH17 Stolen or Given?”
Mail Online Jul 24. 2014 “Is this the Buk missile launcher thato shot down MH17 being smuggled back to Russia: Motorist captures military truck carring Buk M1 in border town” by Will Stewart and Mia De Graaf
Mail Online Jul 22. 2014 “Tucked in the corner of a leafy square, is the the Russian launcher that blasted flight MH17 out or the sky?” by James Nye and Sam Greenhill and Ted Thornhill
Aviation Week eBulletin July 21, 2014 “Learn More About Sbirs and DSP –Satellites Attributed with Seeing the MH17 Shootdown by Amy Butler