2014-08-06 産経新聞論説委員 木村良一
DNA鑑定によって血のつながりがないことが明らかになった場合、法律上の父子関係を取り消せるのか。最高裁が初めて出した答えは「ノー」だった。父子関係の取り消しを認めた1、2審に対し、最高裁が正反対の判断を下した。その根拠になったのが「婚姻中に妊娠した子供はその夫の子供(嫡出子)と推定する」という民法772条の嫡出最高裁推定の規定だ。この規定がある以上、最高裁がこれに基づこうとする気持ちは分からないでもない。しかしながらDNA鑑定など存在しない100年以上も前の明治時代に作られた規定によって最終判断を下すのは無理がある。
2つの訴訟で最高裁第1小法廷は7月17日、「生物学上の父子関係がないことが科学的証拠(DNA鑑定結果)から明らかでも、法律上の父子関係はなくならない」との判断を示した。ただし5人中2人の裁判官が反対意見を述べる僅差の際どい判決だった。それだけ判断が難しく、民法を重視しようとするこれまでの司法の姿勢が問われているわけである。
DNA鑑定訴訟の判決までの経過については「メッセージ@pen」の7月号で触れているのでここでは省略して法廷に出された各裁判官の賛成、反対の意見(要約)を見ていきたい。
補足意見①「DNA鑑定の技術が進歩したなかで、父子関係を速やかに確定して子供の利益を図る嫡出推定は現段階でも重要性を失っていない。旧来の規定が社会の実情に沿わないものとなっているのなら立法政策の問題として検討すべきだ」
補足意見②「DNA鑑定は決して乱用してはならない。新たな規範を作るのであれば、国民の中で十分議論したうえで立法するほかない」
反対意見①「今回の訴訟では夫婦関係が破綻し、子供の出生も明らかになっている。生物学上の父親との間で法律上の親子関係が確保できる状況にもある。それゆえ父子関係の取り消しは認めるべきだ」
反対意見②「DNA鑑定の技術の進歩は、民法制定時には想定できなかった。この技術によって父子間の血縁の存否を明らかにして戸籍に反映させたいと願う人情と、民法の嫡出推定の制度とを適切に調和する必要がある。その実現には立法を待つことが望ましい」
やはりキーワードは「嫡出推定」だ。DNA鑑定など存在しない民法が制定された明治時代、法律上の父子関係を速やかに確定して子供の身分を安定させ福祉を図る必要があった。そこで考え出されたのが「結婚しているときに生まれた子供は夫の子供」というこの嫡出推定だった。最高裁判決はこの嫡出推定に基づいている。
しかし今回の2つの訴訟のケースでは、すでに子供はDAN鑑定で血縁関係があると判明した父親と暮らしている。嫡出推定によって子供の利益を求めようとするのは無理があるし、結果的に「法律上の父」と「血縁上の父」という2人の父親を生んでしまい、子供の成育に不安定な要因を与え、家族関係に大きな混乱をもたらす。
嫡出推定によって子供の利益をもたらすケースもあるだろうが、血縁関係という原則を固めておく必要がある。
次に裁判官の意見で重要なのは、賛成、反対にかかわらず立法による解決を求めている点だ。離婚、再婚、性別変更など家族関係自体が多様化している現代社会で、明治時代にできた民法や家族法に定める親子関係は社会の実態に合わなくなっている。そんな法律に基づいて裁判所が判断すること自体がおかしい。司法の限界だ。これからは裁判官の意見にもあるように国民の間で広く議論するとともに、国会の場で民法改正を検討していく必要がある。その際、忘れてならないのは子供の幸せである。
ところで新聞各社はこの問題をどう判断しているのだろうか。どの新聞社も判決が出された翌日18日付の紙面で社説を展開している。
たとえば毎日は「時代に合った法整備を」という見出しを付け、時代の変化に応じた民法の見直し議論を呼びかけている。朝日も「現代の家族に添う法を」との見出しを付け、「現代に適応した親子の法制度を検討すべきだ」「生まれた経緯で子を困らせないルールを考えたい」と主張している。ただ毎日も朝日も子供が無戸籍状態になるケースなどにまで言及し、その結果、議論を判りにくくしてしまったようだ。読売は「民法の枠組み重視した最高裁」と解説記事のような見出しをとっているものの、「DNA鑑定技術の進歩に法制度が追いつかず、社会の実情に沿わなくなっている」と根本的問題を指摘しているところはそれなりにうなずける。
–以上–
本稿は、慶大・旧新聞研究所OB会の「メッセージ@pen8月号」から転載しました。