–8月9日現地メデイアは「コリンズ」級潜水艦の後継として海自「そうりゅう」型の購入案が浮上と伝えた–
2014-09-25 松尾芳郎
図:(海上自衛隊)艦番号501「そうりゅう」の試験航走中の写真。2009年に就役済みで呉基地に配属されている。同型艦は2014年現在の建造計画は10隻で、5番艦「ずいりゅう」までが就役済み、3隻が建造中。単価は513億円。三菱重工神戸造船所と川崎重工神戸造船所で交互に建造されている。
本件は各新聞で採り上げられたが、発信元は8月9日付けの現地新聞で、それによるとオーストラリア政府は、現在のコリンズ級潜水艦の退役・更新用として、日本の「そうりゅう」型の購入を検討している。
理由は、完成品を購入すれば自国で建造する場合に比べ半分の費用で済むことや、性能が「コリンズ」級に比べ著しく優れていること、などを挙げている。
しかし実現までには、自国のみならず日本側でも多くの問題を解決しなくてはならない。
以下に近着の「Defense Industry Daily」に掲載された関連記事を紹介する;—
『日本側は輸出に伴うリスクを考え、慎重な態度を示している。「そうりゅう」の購入が決まれば、船殻に使われる高強度の特殊鋼など重要な技術の守秘義務が、問題点として浮上してくる。いずれ時が経てば明らかになるが、日本は潜水艦の重要な技術がオーストラリアに渡ることについて懸念している。例えば、日本が開発した騒音低減技術は、潜水艦の譲渡が決まれば当然オーストラリアの工場で整備することになり、それに伴い関係技術の移管が必要になるが、これは日本にとっては微妙な問題となる。
このような整備が関係する技術の移行問題は、計画の成否全体に影響を及ぼす。また、潜水艦をオーストラリア企業ASC社で国産化する場合には、全ての技術の移管が必要となり、その中間はあり得ない。日本の専門家たち(小川和久氏、山内敏秀氏等)は、仮にオーストラリアで国産化すると、価格は日本での単価の2倍、1,000億円近くになると予想している。
オーストラリアでは、地政学的な見地から購入に反対する意見も強い。有力誌The AGEのコラムニスト、ヒュー・ホワイト(Hugh White)氏は、アボット政権が「そうりゅう」の購入を検討していることに付いて、次ぎのように反論している。
「 潜水艦を購入し使うとなると数十年もの長期にわたることになる。このような長期間、日本が米国の同盟国であり続けると確約できるのか?日本が同盟国でなくなれば、忽ち補充部品の禁輸措置に直面することになる。これは日本が、中国と友好的になるとか、あるいは厳しい敵対関係になるとか、だけでなく、独自の道を歩み始める可能性も否定できないからだ。このような不測の事態になった場合我国の潜水艦部隊は能力を維持できるのか?」
オーストラリア労働党政権の国防省は2009年に国防白書を発表した。それによると、長大な海上輸送路/シーレーンの防衛のために必要とされた懸案の大型護衛艦の建造計画を中止した。その代わりに、現在の「コリンズ(Collins)」級潜水艦の後継として2030~2040年の期間中に12隻の新型潜水艦を導入することが望ましい、とした。
これが現在同国内で議論を呼んでいる根源となったのである。
「コリンズ」級潜水艦は、ドイツの多国籍企業であるテイッセン・クルップ(ThyssenKrupp)のスエーデン子会社「コクムス(Kockums)」の手で設計され、オーストラリアの国有企業ASC社(Australian Submarine Corp.)で建造中の通常動力型潜水艦である。1996年に10億豪州㌦(約1,000億円)以上を費やして1番艦「コリンズ」が完成し就役したが、戦闘システムの故障、劣悪な騒音制御性能、推進装置の問題、などのため、その後の建造予定が大きく遅れ現在までに就役は6隻に止まっている。しかもオーストラリア海軍が公表したところによると、多くの問題のため稼働しているのは僅か2隻。政府を挙げて改善に取組んでいるが、はかばかしく進んでいないと云う。このような経緯で同国政府は、「コリンズ」級に見切りを付け、2030年から退役させる方針に傾いている。』
以上が”Defense Industry Daily”が報じた大要である。
白羽の矢が立った「そうりゅう」について述べて見よう。
本級は海自初の空気独立型推進 (AIP=Air Independent Propulsion)潜水艦で、2009年に初号艦501が就役した。
図:(海上自衛隊)「そうりゅう」型は全長84m、幅9.1m、速力は水上13 kt、水中20kt。航続距離と潜航深度は公表されていない。兵装はHU-606 533mm魚雷発射管6門を艦首に装備、89式改魚雷およびハープーンBlock2を装備する。
「そうりゅう」型は基準排水量2,950㌧、水中排水量4,000㌧で、通常動力型潜水艦としては世界最大である。特徴はスターリング機関を搭載し、搭載の液体酸素とケロシンを使うことで外気を取り込まずに発電する。搭載のAIP(スターリング)機関は、スエーデン・コクムス社製を川崎重工がライセンス生産したもので、出力75kw型を4台使用している。これで、従来数日しか出来なかった連続潜航が2週間ほどまで可能となり、作戦能力が著しく向上した。
しかしAIP機関は出力が小さいため、これを利用しての潜航は低速航行に限られるのが欠点である。これを改善するため搭載電池を現在の鉛電池から、実用化試験をクリア済みの”湯浅”製リチウム・イオン電池(Li-Ion)に変更する11番艦(511)の建造が2015年(来年)から始まる。Li-Ion電池は鉛電池に比べ蓄電量が2.5倍あり、高速航行に適している。これにより艦番号511は単価が100億円ほど増加する予定だ。
図:(海鷲の末裔)停泊中の「そうりゅう」。セイルに書かれていた艦番号は配備後に消去されている。セイル上には非貫通式潜望鏡があり、セイルを含む船体の大部分は吸音タイルで被われているのが判る。艦尾に見えるのはX字型舵、これで運動性が向上した。船体後方に見える鞘状には曳航ソナー(TASS)が入っている。
また、長年培ってきた静粛性は本級で集大成され、セイルの付け根にフィレットが付き、セイルを始め艦全体を吸音タイルで覆うことで最高のレベルとなっている。このため「そうりゅう」型の探知は極めて困難となっている。(元海自潜水艦隊司令官海将小林正男氏談)
対艦探知用ソナーは、艦首に大型の円筒状アレイ、艦側面に側面アレイ、艦尾に曳航アレイ(TASS)、を装備、前級の「おやしお」型のZQQ-6から「そうりゅう」はZQQ-7に、艦番号502「うんりゅう」以降はZQQ-7Bに改良されている。ZQQ-7系列は探知能力だけでなく、目標の運動解析能力を備え、同時に6目標を追尾・攻撃できると云われる。
潜望鏡はこれまでの光学式2本から、光学式1本と非貫通式1本に改められた。非貫通式潜望鏡は、英国タレス社製CMO10を三菱電機でライセンス生産しているもので、高解像度カメラなど各種センサーを内蔵し、艦内発令所にある専用デイスプレイ上で海上の様子を監視できる。この利点は複数の人間が同時に監視できること、それに極めて短時間で全周の画像を撮影できるので秘匿性が高いこと、である。
攻撃兵装は、89式魚雷改良型(速度55 kt、射程39km以上)と対地・対艦両用ミサイル・ハープーンBlock2を装備する。
戦闘システムは「おやしお」級から更新され、光ファイバー使用の艦内LANに各種機器、コンピュータが繋がる分散型構造となっているため、抗堪性に優れ、また新機能の追加が容易になっている。
このように「そうりゅう」型は完成度が前級「おやしお」型から大きく向上したが、平成28年度(2016)からは新設計の「28SS」潜水艦に移行する予定。「28SS」ではAIPエンジンは搭載せず、そのスペースに大量のLi-Ion電池を積み、AIPでは不可能だった高速巡航を可能にする予定になっている。
オーストラリア海軍の「コリンズ」級潜水艦の概要は次ぎの通り。
スエーデン海軍の潜水艦「ベステルエトランド(Vastergotland)」(水中排水量1,200㌧)級4隻を建造した同国の「コクムス」社が、これを基にして大型化して設計したのが「コリンズ(Collins)」級(水中排水量3,500㌧)である。建造は前述の通りアデレード(Adelaide, South Australia)の国有企業ASC社(Australian Submarine Corp)が担当している。
図:(RAN)「コリンズ」級、水中排水量2,500㌧の通常動力型潜水艦。6隻が完成しているが、多くの問題を抱えるため稼働は年平均2隻以下とされる。
設計段階から数々の問題点が指摘され、製造に入ってからも技術的問題に悩まされてきた。1996年就役後も乗員の技量不足で支障が生じるなど、問題が輻輳して2009~2012年の間の平均稼働率は2隻以下に止まっている。このため同潜水艦の国内での評価は著しく低い。
問題点として指摘されている主なものは次ぎの通り。
* コクスムが製作を担当している艦首部分と脱出口部分の溶接の欠陥。
* 潜航走行中の騒音が高い。これは艦首部分の形状が良くないことと、プロペラから生じるキャビテーション騒音が主因。
* 推進装置、デイーゼル・エンジンの故障が頻発。燃料が消費されるに伴い燃料タンク(15個)には海水が注入され、艦の姿勢を保つようになっている。設計不良と操作ミスでタンク内の水が燃料と混じるのが原因。エンジンで駆動する国産発電機が特定の回転速度で振動を起こすのも騒音を助長している。
* ロックウエルコリンズ製の戦闘システムのソフトが関連装備品の技術水準に適合せず、数度の改訂でも不完全な状態。最終的に米潜水艦が2000年代に導入したAN/BYG-1戦闘システムと類似の構成になった。
このような状態を改善しながら、「コリンズ」級を2020年代まで維持し、2025年から新型潜水艦を導入し2070年まで 稼働させたい、と云う。
前掲の2009年国防白書では、新潜水艦の要件は、4,000㌧級で魚雷の他に対地対艦用巡航ミサイルを使用でき、監視と情報蒐集能力を有し、隠密性に優れた、”稼働中の艦(MOTS=Military-Off-The-Shelf)”であること、としている。
候補に挙がっているのは、スペインのS-80型(2,500㌧)4隻就航中、フランスのスコーペン(Scorpene)級(2,200㌧)2隻就航中、ドイツが設計中の216型(4,000㌧)、それに「そうりゅう」型の4種である。
白書が目指す「MOTS」の要件を備えている艦としては、「そうりゅう」が最適のように思える。
–以上−
本稿作成の参考にした記事は以下の通り。
Defense Industry Daily Sept. 16, 2014 “Australia’s Next-Generation Submarines
The AGE Comment Sept 16, 2014 “Japanese submarine option odds-on favourite” by Hugh White (Columnist)
“世界の艦船”2014-01月号132ページ「潜水艦」by 小林正男
「日本核武装論再び」2013-2-23 ワシントン・古森良久
海上自衛隊“潜水艦「そうりゅう」型”
“Collins-class submarine” Wikipedia