「年末総選挙と平成27年の日本政治」


―与党圧勝 安倍政権長期政権へー

2014-12-15  政治アナリスト 豊島典雄

 

  • 白紙委任ではないが

「自公3分の2圧勝、首相、長期政権へ」(12月15日の産経新聞一面)。安倍晋三首相による奇襲攻撃のような年末の衆院解散・総選挙はその目的を達したようだ。自民党は解散前の293議席から291議席と2議席減らしたが、公明党は31議席から35議席へと躍進し、自公で衆院の3分の2(317)を上回る326議席を獲得した。

一方野党は民主党が62議席から72議席へと議席増を果たしたが、海江田代表は議席を失った。トップの首を取られては素直に議席増を喜べない。民主党は前々回の衆院選では、308議席を獲得している。党勢回復の道は極めて多難である。維新の党は一議席減らして41議席となり、本格的保守党を目指した次世代の党はわずか2議席に転落した。左翼政党の共産党だけが8議席から21議席へと大きく議席を伸ばした。

安倍首相は安倍政治2年について国民の審判を仰いで圧倒的な支持を得たことになる。白紙委任されたわけではないが、原発再稼動、集団的自衛権、TPP、アベノミクス推進による経済再生などの平成27年の課題も遂行しやすくなり、秋の自民党総裁選での再選、長期政権への道が開けつつあるようだ。

 

  • 民主党は試合放棄?

消費増税延期を国民に問う年末の衆院解散・総選挙は、小泉元首相の郵政民営化の時のような電撃的な解散・総選挙であり、首相の覚悟に押されて自民党内の増税派も沈黙した。また、準備不足の野党は共産党を除けば守りの選挙であった。

野党第一党の民主党でさえ定数475のところに198人しか立てられなかった。「これじゃあ政権奪還なんて手品やったってできるわけがない。アベノミクスを批判するなら、我々はこういう経済政策を打つんだというアピールするチャンスだが、試合放棄しているようなものだ」(自民党の二階総務会長)と笑われてしまった。野党第一党がこれでは、選挙にも緊迫感がなくなり投票率も過去最低の52.43%になるはずだ。

 

  • 歴史に学ぶ

安倍首相の尊敬する岸信介首相は昭和35年6月に安保騒動で退陣した。その年の1月に岸は訪米し新日米安保条約に調印している。その直後にでも衆院解散・総選挙を断行していればあの騒動はなかったろう。岸は後に「党内情勢はずいぶん複雑で、難しかったと思うが、あの時の混乱を考えれば、押し切ってやった方がよかったと思う。後悔といえばそれだけだ」と述懐している。

安倍首相の兄貴分の麻生太郎財務相も首相就任直後に、衆院解散・総選挙をやろうとしたが、リーマンブラザースの破綻で世界経済が混乱し、側近に諌められて断念した。結局は追い込まれ解散となり、政権を失った。「あの時解散していれば」という後悔が残った。首相の解散権という「伝家の宝刀」は振るうタイミングが極めて大切であるが、安倍首相はきわめて適切に行使したことになる。今回は安倍首相の作戦勝ちである。

 

  • 安倍内閣の課題は

新年は集団的自衛権関連法の改正、原発再稼動などの内閣、自民党支持率の下がる難題が待っている。新税、増税は嫌われる。消費増税延期方針で最もほっとしているのは自民党系の地方政治家である。増税延期で新年4月の統一地方選を戦いやすくなった。また、各種世論調査で、常に反対派が賛成派を上回る原発再稼動だが、産業界からは「全面ストップのままでは企業のコストが高くなり、企業の国際的競争力が弱まり、海外移転の恐れもある。環境問題にもかかわる。安全が確認された原発の再稼動は実行してほしい」という声は強い。だが、抵抗も根強い。しかし、この問題も総選挙の争点のひとつであり、勝利したことで進めやすくなったことは間違いない。

さらに、北朝鮮の大量破壊兵器開発、軍拡路線を走る中国による尖閣への度重なる領海侵犯。しかも、頼りの米国のオバマ政権がレイムダック化していることを考えると、抑止力向上のための集団的自衛権関連法の改正は避けられないが、反対も強い。しかし、この問題も総選挙の争点のひとつであり、総選挙に勝利したことで立法化しやすくなったことは間違いないところだ。

 

  • 問題は経済だ

問題は経済である。消費増税は2017年4月には断行しなければならない。なんとしても2年余りでデフレ脱却、経済再生を実現しなければならない。国民に景気回復の肌で感じてもらえるようにしなければ消費税率引き上げはできない。できなければ引責辞任になろう。経済再生に成功し、消費増税を断行できれば長期政権への道は確かなものになろう。

「知者は歴史に学び、愚者は体験に学ぶ」。首相は歴史に学んで織田信長の桶狭間の戦いのような奇襲攻撃に出て、国民の信を得て、消費増税延期、原発再稼動、集団的自衛権関連法の改正等がしやすくなった。「何より、来秋の自民党総裁選での再選がしやすくなった。自民党にこれだけの議席をもたらした現総裁を引き摺り下ろすことはできない。無投票再選さえありうる」(元自民党総裁Aさん)という。

 

  • まだ国民に赦されていない

対する野党はどうか。「信なくんば立たず」。ある野党の長老は総選挙中、民主党のタマ(候補者)不足について、「負ける政党から出馬する奴はいない。国民に大きな期待を抱かせながら、常に党内対立の『二本民主党』ぶりを見せ、統治能力不足で失望させた民主党政権だった。国民に『うっかり1票、がつかり4年』の思いが根強く残っている。まだ、赦されていない。信頼を回復していない」と言っていた。

野党再編が進んだ状態で総選挙に入れば、野党の議席はもっと増えていたろう。しかし、野党はばらばらで政府与党に対して鮮明な対立軸を提示できないままで総選挙に突入してしまった。

今後、一強多弱の政界では、野党の再編成論議が高まろう。確かに、政権を厳しくチェックし、骨太の対案を示して次期国政選挙で国民に選択肢を示す健全な野党は民主政治に不可欠である。しかし、たくましいリーダー、骨太の政策がない単なる数あわせなら野合になる。平成28年夏の参院選に向け、野党陣営はどう体制を立て直すか注視したい。

 

  • 改憲は歴史的使命

ところで、日本の首相には任期はない。所属政党の党首としての任期が問題だ。自民党総裁の任期は現在は3年、2期までだ。しかし、過去には総選挙に大勝し、中曽根首相のように1年延期などのボーナスをもらった首相もいる。

来秋の自民党総裁選で勝てば安倍晋三首相は、さらに3年の任期を得ることになる。ここで、祖父・岸信介首相の悲願であり、占領政策の是正を掲げて昭和30年に誕生した自民党の結党の悲願である日本国憲法の改正問題に取り組むことになる。日本を取り戻すとは最終的には国産の憲法の制定であろう。首相は「憲法改正は私の歴史的使命だ」と語っている。

この問題には二つのハードルがある。衆参両院の3分の2を確保しての発議と、国民投票の過半数の確保である。本格的保守党である次世代の党の壊滅的な議席減は改憲派には打撃となる。また、参院での3分の2確保には、28年の参院選での大幅な躍進が必要である。また、保守系野党との連携が必要になる。

改憲には、国民への説得という仕事もあり、膨大な政治的エネルギーが必要である。これらの歴史的課題をこなしながら長期政権を達成できるかが注目される。安倍首相は自民党中興の祖になれるかどうか。

 

  • 長期政権へ

安倍政権は第一次内閣(366日)と合わせると平成27年末で3年になる。戦後33人の首相の中で在任期間7位である。27年5月には祖父の岸信介氏(在職1241日)を抜いて6位となる。平成27年9月の自民党総裁選に勝ち、3年の任期を全うできれば、在任期間は6年9ヶ月となる。池田勇人(1575日)、中曽根康弘(1806日)、小泉純一郎(1980日)を抜き、7年8ヶ月の佐藤栄作、7年2ヶ月の吉田茂に次ぐ戦後三位の長期政権となる。安倍政権は戦後の長期政権トップ・スリーに入れるだろうか。

–以上−