iPadの採用で、パイロットの重いフライトバッグが無用に


2015-04-30(平成27年) 松尾芳郎

 iPad Cockpit

図:(American Airlines)アメリカン航空は、8,000名のパイロットにタブレット端末iPadを配布、FAAの認可を得てエレクトロニクス-フライトバッグ(EFB)として全所有機で運用を開始した(2013-06-24)。

 

アメリカン航空では、コクピットでゲート出発からゲート-インまでのすべての飛行フェイズでiPadの使用を開始、これまでパイロットなどに行ってきた“ターミナル-チャート”やマニュアルなどの配布を廃止した。これは主要航空会社の中で全面的にタブレットを使用する初めてのケースとなる。

アメリカン航空はすべてのパイロット等を対象にして、パソコンメーカーのアップル社が作るタブレット端末“iPad ”を8,000台以上配り、これまで配布を続けてきた2,400万ページに及ぶチャート類を廃止した。その後、同社は客室乗員向けマニュアルも電子化を進め2014年9月にタブレット化を完了した。

パイロットがコクピットに持ち込むフライトバッグには3,000ページに及ぶチャート類がぎっしり詰まっていて、重さが15kgもある。これをiPadに代えた事でアメリカン航空は年間40万ガロン、価格にして120万ドルの燃料を節約できる。

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図:(American Airlines)パイロットがフライトバッグに入れてコクピットに持ち込むジェプソン-チャート、マニュアル類の分量、このすべてをiPad(右)に読み込む。

 

アメリカン航空は、FAAから全所有機を対象に、ジェプソン(Jeppesen)-Mobile Terminal Chartアプリを入れたiPadを、フライトの全フェイズで使う認可をFAAから初めて取得した。これに続いてユナイテッド航空も11,000台のiPadを購入、全パイロットに配布。さらにジェットブルー(Jet Blue)、アラスカ航空、サウスウエスト航空などが相次いでiPadの採用に踏み切った。デルタ航空はマイクロソフト社のタブレットSurface 2を11,000台導入している。

今や民生用の安価な携帯用タブレット端末が、以前から使われてきた高価な重い取付け型エレクトロニク-フライトバッグ(EFB=electronic flight bags)に取って代わろうとしている。

一方、在来のEFBメーカーも生き残りを賭けて改良に取り組んでいる。すなわち旧型ジェットのコクピットを低価格で次世代型に変える基本装置としてEFBの活用を提案している。つまり在来のEFBに、これからの新飛行方式であるイン-トレイル-プロセデユアー(ITP=in-trail procedure)アプリを組み込んだり、管制官-パイロット間のデータリンク機能や、データ保存機能を付与するとしている。

 

(注)ITP (in-trail procedure)とは、ADS-B*を使って、巡航時に一定高度の飛行を続ける代わりに、燃料消費で機体重量が軽くなるに従い段階的に(頻繁に)上昇を繰り返して燃費節減する飛行方式である。ハニウエル社では、ユナイテッドの747-400を使い自社開発のITPシステム(Smart Traffic)の飛行試験を実施、FAAからSTC(追加-型式証明)を取得している。

ITP上昇方式

図:(Honeywell)ADS-B ITP(in-trail procedure)で認可される上昇方式の解説。

 

*ADS-B (Automatic Dependent Surveillance-Broadcast)[自動従属監視-放送]システムとは、自機の位置を地上局や飛行中の他機に自動通報するADS-B Out装置と、地上局が送る有益な情報を受信するADS-B In装置から成る。米国では自家用小型機を含め2020年までに装備するとしている。

 

「タブレット端末は軽い、安い、大量のデータを収納可能、など多くの利点があるのは確かだ。しかし一方で、データ類の改定が順調にできなかったり、端末の紛失や破損あるいは盗難などの恐れなど、欠点もある」(専門家の話)。

タブレット端末は、電子化された書類やチャートの類の他にも、空港の移動マップ、衛星気象情報、最新の整備記録、燃費節減のための最適ルート情報など、“認可不要の情報”に関するアプリを入れる事で、これらの情報にもアクセスできる。

しかし、タブレット端末は、データ-リンクを介して管制と連絡したり、航法に使ったりはできない。次世代機の航法で必要となるADS-B (Automatic Dependent Surveillance-Broadcast)[自動従属監視-放送]システムは扱えない。今のところADS-Bは自主的に装備する段階だが、安全面や燃費改善さらに時間節約に有効なことが判っている。ADS-Bを使うことでITP (In-trail Procedure)での高度上昇、同一ルートでの航空機同士の間隔短縮(interval management)、地上での航空機間距離の短縮などに利用できるようになる。

最新の装着型のエレクトロニクス-フライトバッグ(EFB)は、これらの業務をこなす能力を備えている。EFBの代わりにiPadなどタブレット端末を使い始めたアメリカン航空などでは、将来は装着型EFBと持ち運び型タブレットをそれぞれの特徴を生かして混用する事を検討している。

 

一方、型式証明取得中の最新型狭胴機ボンバルデイアCSeriesでは、オプションとして装着型EFBを取り付ける事を決めた。これはエスターライン(Esterline)CMC社製の12.1㌅タッチスクリーンで、標準装備であるロックウエル-コリンズ製統合アビオニクス-システムを構成する5枚の15.1㌅サイズ-パネル両側に取り付けられる。

CSeries CMC製EFB

図:(Bombardier)ボンバルデイアCSeries機コクピットに採用されたCMC製12.1㌅クラス2 EFB。両側の白く見えるパネルがそれ。

このCMC製EFBは将来のADS-B In受信にも対応するよう作られている。この機能は、パイロット正面の統合型スクリーンにも表示可能だが、この改修にはかなりの費用と煩雑な手続きが必要になる。それに比べればFAA認証は必要だがEFBへのADS-Bアプリの組み込みは比較的簡単に済む。やがて世界中の航空路でADS-B InおよびADS-B Outの装備が必要とされる時代になった時、正面のスクリーンではなく、サイドに取付け型で容易に機能を追加できるEFBは重宝されることになろう。

ソフト専門企業(Astronautics Corp. of America)が開発中の新システムは、FAA認証が必要なソフトと不要なソフトを分離-パッケージ化して、同時にEFBパネルで使えるようにしている。ソフトの認証不要な部分はいつでも変更できるので航空会社にとっては大変便利だ。一方正面の統合スクリーンの方はそうではない。改定したい時には、製造元(OEM)に依頼し、FAAから認可取得のための計画を作ることから始まり、相当な出費を覚悟しなくてはならない。

このようなことでタブレット端末か装着型EFBのいずれが勝るかについての業界の結論は未定だが、多くのエアラインでは当面はアップル社のiPadやマイクロソフト社のSurfaceを使い、ADS-Bが実用段階になった時期に装着型EFBを追加導入したいと考えている。

装着型のEFBは、ANAが777-200ERと787に採用しているのを始め、世界中で多く使われている。有力メーカーの一つUTC Aerospace Systemsでは、クラス3 EFB約100台とクラス2の約1000台が引渡し済みで運用中という。また前述のCMC社製EFBは約4000台がA320を主に取付けられ使われている。

 

米連邦航空局(FAA)は、エレクトロニクス-フライトバッグ(EFB)に関してEU航空安全庁(EASA)と協議中で、早ければこの5月中に共同の規定を作りたいとしている。

FAA案は次の通り。

EFBハードウエアは3クラス;—

クラス1はiPadのようなポータブル型、クラス2は部分装着型(電源を機体側から取得)、クラス3は機体装着型で多機能デイスプレイ付き、とする。

EFBソフトウエアは3タイプ;—

タイプAはマニュアルなどの書類の電子化、タイプBはターミナル-チャート類の電子化、タイプCはアビオニクス級のアプリ、とする。

-以上-

 

本稿の作成の参考にした主な記事は次の通り。

Aviation Week April 13-26,2015 “Peace Treaty” by John Croft

Appleinsider “Apple’s iPad now in use in all American Airlines cockpits” by Neil Hughes @ June 24, 2014

Wikipedia “Electronic flight bag”

Garmin ADS-B Academy

Honeywell Sept 17-19, 2012 at AIAA Aviation Technology Conference, Indianapolis, IN. “ADS-B In Trail Procedures” by Rick Berckefeldt