2015-08-16 松尾芳郎
図1:(IAI)イスラエル航空宇宙工業(IAI=Israel Aerospace Industries)は、小型無人機”バード・アイ(BirdEye) 650”用の燃料電池システムの開発に取り組んでいる。動力源の水素供給装置はイギリスの“セラ・エナジー(Cella Energy)”社が開発する。”バード・アイ650”は、昼夜兼用のセンサーTamam Micro POPを搭載し、近距離の情報、監視、偵察を行い、リアルタイムで地上に送信する無人偵察機。現在はリチウム・イオン電池で飛んでいる。発射時の重量は11 kg、航続時間は3時間、搭載機器の重さは1.2 kg。
図2:(Unmanned) ”バード・アイ“はランチャーから発射する。
電池で飛ぶ小型無人機(UAV)の滞空時間は、電池の能力で決まる。これまでの研究では水素を使う燃料電池が最も優れているが、重量、安全性、燃料(水素)補給、などで様々な問題がある。燃料電池搭載のUAVの試用で成功したのはアメリカで、ロッキード・マーチン製“ストーカー(stalker) XE”型機は約8時間以上の滞空ができ、アフガニスタン戦線で使われた。
イギリスの“セラ・エナジー(Cella Energy)”社は、自社で開発した固形水素貯蔵装置を“イスラエル航空宇宙工業(IAI)”製の小型無人機“バード・アイ(BirdEye)”用燃料電池システムの動力源にする研究を始めた。“セラ”と“IAI”の共同研究は、米、イスラエル両国の関係公的機関が支援している。
“セラ”社は、英国の大規模研究機関で行っていた「ナノテクを使う水素貯蔵法」の研究部門から2011年に独立した企業体である。この部門は1950年代から、米国エネルギー省(DOE)の指導で固体ロケット燃料の一つである“ammonia borane”(AB=NH3BH3)の研究に取り組んできた。“ammonia borane”はボロン-窒素の水素化物(boron-nitrogen-hydride)の単純な分子構造で、内部に大量の水素を貯蔵できる。そして100℃+程度の加熱・化学反応で水素を放出する。また化学反応で水素の再充填もできる。
(注)水素とは;—
- 単位重量あたりガソリンの3倍のエネルギーを発生する
- クリーンで酸素と反応しエネルギーを抽出した後の排気は水だけ
- 燃料電池で高い効率で電力を作り出せる
- 常温では気体なので貯蔵・輸送するには、高圧(700気圧)に圧縮するか、または-253℃で液化する
(注)燃料電池とは;—
「燃料電池(fuel cell)」は「電池」と呼んでいるが“発電装置”と呼ぶ方がふさわしい。水素(H2)と酸素(O2)があれば電気を作り続ける装置である。
「燃料電池」は“水の電気分解”と逆の原理で発電する。“水の電気分解”は、水に電気を通し水素と酸素に分解するが、「燃料電池」はその逆で、水素と酸素を電気化学反応させて電気を作り出す。燃料が直接電気エネルギーに変換されることのほかに、発電時に熱が出るのでこれも利用でき、エネルギー効率が高く70%以上を見込める。
図3:(ITトレンド)「燃料電池」は2枚の電極とその間の電解質からなる。電解質は、原子や分子が電荷を帯びた「イオン」は通すが、電子は通さない物質。マイナス電極に燃料の水素(H2)を送り込むと、マイナス電極に含まれる白金が触媒となり水素原子から電子を奪い、できた水素イオン(H+)は電解質を通過する。しかし電子はマイナス電極に残る。
もう一方のプラス電極に酸素(O2)を送り込む。するとプラス電極の白金が触媒として働き、(O2)と電解質を通過してきた水素イオン(H+)が結合して水(H2O)ができる。
マイナス極では電子が残り、プラス極では電子を必要としているので、両極を銅線で繋ぐと電気が流れる。
これが燃料電池の一単位「セル」で、発生する電圧はおよそ1Vに過ぎない。大電圧にするには「セル」を直列に多数つなぐ。これをスタックと呼んでいる。自動車用燃料電池スタックは、自動車のモーターに必要な200Vの電圧にするため、200個以上のスタックを重ねて作る。
セラ・エナジー社の責任者(Stephen Bennington氏)は次のように語っている。すなわち;—
「“ammonia borane”には大量の水素が含まれていて、100℃の比較的低温で水素を放出する。しかし母材がすぐに溶けるので取り扱いが難しく、これまでは水素貯蔵用には使えなかった。しかし研究を進めた結果、ナノテク構造の固形粉末化に成功し、1グラムの固形粉末に水素ガス1リットルを貯蔵できるようになった。この固形粉末をプラスチック状の小さなペレットに固めることで、水素貯蔵法の目処がついた。このペレットは可燃性だがガソリンよりも安全である。
“セル”社が開発した水素貯蔵材は、固形粉末を1cmほどの大きさに固めたペレットで、これを基板に取り付けて使う。基板に付けたヒーターがペレットを順番に加熱して水素を放出する、放出された水素はフィルターを通して不純物を取り除き、燃料電池に供給する。このシステムは殆どそのまま在来のバッテリー・システムと置き換えることができる。理論上リチウム・イオン(Li-ion)電池に比べエネルギー貯蔵量は3倍なので、小型無人機(UAV)の滞空時間は3倍となる。」
図4:(Cella Energy)セラ社が開発したおおきさ1cmほどの水素貯蔵ペレットの例。ペレット50kgほどで、トヨタ自動車が作る“トヨタFCV”のような小型燃料電池車を500km走らせることができる。セラ社開発のペレットは1gram当たり水素1リットルを発生できる。
“セラ”社は、英国政府の支援を受けSAMS社と協力して小型UAVに水素貯蔵システムを搭載、燃料電池を稼働させ飛行する研究を進めている。
システムにはある程度の大きさが必要で、SAMSが試作するやや大型のUAVには、出力0.5K Wattsの直径約10cm、長さ約30cmの円筒(ボトル)状の水素貯蔵システムを搭載して、今年秋に試験飛行する予定である。この試験では、従来のLi-ion電池に比べ重量当たり2倍以上のエネルギーを出すことを実証する。これを改良して3倍に上げることを目標にする。
イスラエルのIAIとの共同研究は同社の小型無人機“バード・アイ(BirdEye)”に搭載するもので、2016年4月の飛行を予定している。そして改良を加え量産化を目指している。
“バード・アイ”の動力システムは、水素タンクの役割をする固形水素ジェネレータ、コントロール装置、燃料電池、それに離陸時などピーク電力が必要なときに使う短時間型Li-ion電池、で構成される。水素ジェネレータは着脱式の小型ボトルで、水素を使い切ると充填済みのボトルと交換、外したボトルはセル社に返送し水素を再充填する。
この水素ジェネレータは、固体で動く部分がなく、低圧で作動するシステムで、自動車などで使われ始めている高圧水素貯蔵方式に比べ、はるかに扱い易い。また、Li-ion電池と比べても、高温火災の危険がない。水素を吸蔵するペレットは、空気や人の肌に触れても問題は生じない。万一ペレットから水素が漏れ出しても何も起こらない。ペレットや水素自体には毒性はないし、使用済みのペレットには僅かの水素が残るだけだ。と云うことで電池より遥かに安全とされる。
さらにセル社は、フランスの航空宇宙防衛関係の巨大企業サフラン(Safran)社と共同で航空機用に大型の燃料電池システムの研究を始めた。これは2-10k Watts級で、ペレットは棒状で直径数cm、長さ数10cmとする案で、棒の一端を加熱することで大量の水素を発生する仕組にする。
現在サフラン社の資金で安全性を含めた地上試験中で、5年後に何らかの形で試験飛行に漕ぎ着けたい、としている。
目下の最大の目標は、水素貯蔵材料(ペレット)のコスト削減にある。まずUAVの分野で低廉な費用で運用できる実績を挙げ、それから自動車への適用へ進もうとしている。しかし自動車への参入にはUAVよりさらに低廉な素材が求められる。
素材は、容易に入手できる安いボロン(boron)や窒素(nitrogen)のようなもので、中に沢山のエネルギーを取り込めるものが必要。しかし、その研究は始まったばかりである。
図5:(Cella Energy)トヨタは2013年11月に燃料電池車(FCV)を発表、2015年から4人乗り乗用車”MIRAI”として販売を始めた。価格は約720万円。高圧水素タンクからの水素を燃料電池スタック(FCスタック)に供給、空気中の酸素を取り込み発電し、モーターを回す仕組み。高圧水素タンクの充塡圧は70MPa。一般的な燃料電池乗用車で、300マイル(約480km)走るのに必要な水素の量は5kg。この体積は地上常温下で54m3にもなるので、そのままでは車に搭載できないため、現在は高圧水素タンクを使っている。
図6:(Honda)ホンダが2016年3月に売り出す燃料電池車「ホンダFCV」、5人乗りでエンジン、モーター、FCスタック等はまとめてエンジンルームに収納する。他はトヨタFCVと似ている。
-以上-
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
Aviation Week August 3-16, 2015 page 24 “Solid Hydrogen” by Graham Warwick
Jane’s International Defense Review 23 Jul. 2015 “Unmanned Systems, Israel” by Huw Williams
Cella Energy July 29, 2015 “Cella and IAI to Study Solid-Hydrogen Fuel Cell UAV” by Tapiwa Tutisani
Cella Energy 22 September 2014 “Cella and Safran enter exclusive partnership to develop hydrogen sotorage systems for aerospace” by Arthur Lovell
雑誌“Newton”2006-1130ページ〜“燃料電池のすべて”
日本ガス協会“燃料電池”平成24年11月改定
Sigma-Aldrich “Recent Developments on Hydrogen Release from Ammonia Borane” by Dr. Abhi Kakamkar, Dr, Chris Aardahi, and Dr. Tom Autrey