2015-08-20 松尾芳郎
昨年末にトヨタが水素を使う燃料電池自動車を発売した。この車は排気ガスを出さず1回の燃料補給で700kmを走れる。
航空宇宙分野では宇宙船で燃料電池を使い始めてからすでに数十年になり、最近では無人機(UAV=unmanned air vehicle)で使う燃料電池とその燃料補給技術に関する研究が各方面で進められている。
さらに電動航空機として、4人乗りの小型機から将来の長距離を飛ぶ大型旅客機まで、動力源として燃料電池が使えないか、の検討が始まっている。実現すれば画期的なエミッション低減の対策となる。
自動車やUAVで使う燃料電池として最も開発が進んでいるのは、100℃前後で作動する燃料電池”PEM=Proton Exchange Membrane”型である。これに対し、航空機用として検討されているのは、1,000℃付近の高温になる「固体酸化物型燃料電池(SOFC=Solid Oxide Fuel Cell)」である。「SOFC」は、燃料をエネルギーに変換する効率が一層高くなり、また水素以外の燃料も使える可能性を持っている。
図1:(NexGA)コロンビア300型軽飛行機。NASAは所有する同型機に燃料電池システムを搭載し飛行試験をする。本機は4人乗り固定脚で、TCM (Teledyne Continental Model) IO 550Nエンジン310 hpを備え、離陸重量約1.5トン、巡航速度は180 kt、航続距離は約1,800 km。「コロンビア(Columbia)」社は2007年に倒産、以後セスナ(Cessna)の1部門となった。
ガソリンやジェット燃料に比べ、水素を使う燃料電池はエネルギー密度が小さい上に燃料補給の施設が殆どない。NASAのラングレー研究所(Langley Research Center)では手始めに軽飛行機を電動式にして、動力源としてジェット燃料で作動する「SOFC」型燃料電池を考えている。
またJAXAでは、将来の大型機用の推進装置に”ハイブリッド型SOFC/ガスタービン・システム“を検討している。この場合は燃料として水素とジェット燃料の2種類が必要となりそうだ。
(注):燃料電池の種類;—
主に電解質の違いで4つのタイプに分類される。いずれも「イオンが電解質を通過することで電極間に電気が流れる」と云う原理には変わりはない。4つの燃料電池は高温型(2つ)と低温型(2つ)に分けられる。
高温型の1つ、「固体酸化物型燃料電池[SOFC](Solid Oxide Fuel Cell)」は1,000℃の高温で作動する。高温になると化学反応の速度が上がり、触媒がいらなくなる。また高温の排熱も利用できる。燃料電池内部が高温になるので天然ガスやジェット燃料などの改質が進み、これらを水素の代わりに使える。ただし始動する際に高温にするため暖機運転に時間がかかる。「SOFC」の電解質には固体のセラミクスを使う。
低温型の1つ、前述の[PEM](Proton Exchange Membrane)は「固体高分子型燃料電池[PEFC](Proton Exchange Fuel Cell)とも呼ばれ、電解質に薄膜のフッ素系樹脂「陽イオン交換膜」を使う。100℃の低温で作動させるため反応には白金などの触媒が必要である。
NASAの案、すなわち軽飛行機を電動式に改造するには、燃料電池の性能、安全性の検証、空港での燃料補給問題、の3つを解決しなくてはならない。
燃料電池については、ボーイングが開発した「DARPA(国防先端研究計画局)主導の“無限滞空型無人機”バルチャー(Vulture)」の技術を使う予定だ。
“バルチャー“は、太陽電池のエネルギーを使って燃料電池を動かし夜間も飛行する無人偵察機である。
図2:(Boeing)DARPA“バルチャー2”計画の実証機としてボーイングが製作した“ソーラー・イーグル(SolarEagle)無人機。高度20,000 mを5年間飛行し、情報、監視、偵察、(ISR)任務を行う。重量は3トン弱、搭載量は450 kg。昼間は太陽エネルギーで充電、夜間は燃料電池でモーター経由プロペラを回し飛行する。翼幅は130 mで縦横比が大きく空力性能が良い。
5年間の滞空を目標とした“バルチャー”計画のため、ボーイングは技術実証無人機”ソーラー・イーグル“を製作した。“バルチャー”計画はその後中止されたが、その推進システムは“バルチャー 2”計画として存続し「ソーラー/SOFC」システムとして開発が行われている。
NASAラングレー研究所の担当技師Nick Borer氏はNASAエームス研究所の会議(2015-08-04)で次のように述べている;—
「NASA案の軽飛行機による実証試験は、動力源として普通の炭化水素燃料を(改質器を通して)ボーイング開発の燃料電池に供給して使う。この燃料電池は低温で作動する「PEM」型で燃料には純水素が必要、従って飛行機には水素タンクを搭載する。
研究の第一段階では、既存の飛行機に電動モーターと燃料電池を搭載し、うまく作動することを確かめたい。ラングレー研究所には飛行可能なコロンビア300型機があるので、これを使う。
改修したコロンビア300型機の性能は、出力130-190 kW (175-255 hp)で巡航速度は160-190 ktを目標とする。初期検討によると、現在のピストンエンジンを「SOFC」システムに変えることで、同じ距離を飛ぶに必要な燃料の重さは半分で済みそうだ。
このハイブリッド型「バッテリー・SOFCエネルギー・システム」の発電効率(燃料を電気に変換する効率)は60%以上を目標にしている。電動モーターと発電システムは巡航あるいは上昇用に使い、離陸時には別途Li-ion電池から電力を追加する。100 hpのエンジンは出力56 kWの燃料電池の電力に相当する。」
「SOFC」は多少の硫黄を許容できるがジェット燃料に含まれる硫黄は多いのでそのままでは使えない。従ってNASAは低硫黄のデイーゼル・オイルか、脱硫済みジェット燃料を使うことを考えている。将来、大型機のAPU(補助動力装置)が燃料電池化された場合には、軽量の脱硫装置の搭載が必要となろう。
燃料電池の取扱上の問題として挙げられているのは、1)エンジン出力を調整する“スロットル”の動きに燃料電池が素早く対応可能か、2)エンジン始動時、燃料電池スタックの温度を上げるのに時間がかかること、の2点である。
後者は、飛行前点検(Preflight Check)であらかじめSOFCを作動しておき、タキシイ用にホイール・モーターを使う事で解決できそうだ。
JAXAでは、これらSOFCの弱点を克服し、その高い効率とエミッションゼロの特性を生かすため、ハイブリッド型「燃料電池/タービン・システム」/「高効率超低排出発電機」を検討している。
図3:(JAXA) JAXAが提案する翼胴一体型旅客機(150席クラス)。内蔵のハイブリッド型エンジン「高効率超低排出発電機」を使い、翼胴の後部上面に配置した「電動分散ファン」を駆動する。
JAXAの案は、NASAが研究した「N3-X ターボ・エレクトリック分散推進方式(TeDP=turbo-electric distributed propulsion)の旅客機構想」を基本にしている。「TeDP」は2台のガスタービン・ターボ発電機で発電し、これで翼胴一体型機(HWB=Hybrid Wing Body)の後部翼胴上に取付ける複数(12個)の電動小型ファンを回す仕組み。「TeDP」は、バイパス比と推進効率を劇的に向上させ、同時に燃費とエミッションを改善する方式として検討された。
図4:(NASA Glenn research Center)NASAの「N3X TeDP」旅客機構想。翼端にガスタービン(ターボシャフト・エンジン)を配置し、これで超電導ジェネレーターを回し発電する。この電気で翼胴後縁上面に配置した超電導モーター駆動の小型ファン多数を回す。ファンは低圧力比(1.5:1)で推進効率が高く、また翼胴上面の境界層を吸い込み揚抗比を大きくするので、システム全体として燃費、騒音を改善しようと云う考え。
JAXAの案は、NASA案の「HWB」用ガスタービン・ターボ発電機を一層効率の高い「SOFC/タービン・コア」/「高効率超低排出発電機」に置き換えると云うもの。このハイブリッド・システムで「SOFC」に関わる問題の解決を目論んでいる。すなわち;—
「SOFC」作動に必要な高い運転温度を得る、「SOFC」電池スタックは突然の空気流量や圧力の変動に対し追随に遅れがでる弱点があるが、これに打ち勝って安定作動を獲得する。
図5:(JAXA)JAXAの「高効率超低排出発電機」/「ハイブリッド・システム」の概念図。右下のコア・ガスタービンのコンプレッサー出口空気の一部を熱交換器で高温にして右上の「SOFC」サブシステムに送り込むみ、SOFCの発電を支える。コア・ガスタービンの「燃料1」はジェット燃料、サブシステム/SOFCの「燃料2」は水素を考慮中。
原案のNASA N3-Xは水素燃料を使うが、JAXAの「高効率超低排出発電機」/「ハイブリッド・システム」案のコア・ガスタービンにはジェット燃料を使う。コンプレッサー出口の空気流は2つに分けられ、分岐流は熱交換器に入り、ここでコア・ガスタービンの排気ガスで加熱してからSOFCサブシステムに送られる。ここで空気はコンプレッサーでさらに圧縮、加熱され「SOFC」に送られる。サブシステム「燃料2」には水素を考えている。
JAXAによると、「「SOFC」に必要な高い運転温度(約1,000℃)を得るには、熱交換器による方法が最も小型軽量にできる。「SOFC」で余った「燃料2」は燃焼室(C.C.)で燃やしタービンを回し、それでコンプレッサーを駆動し、コア・ガスタービンのコンプレッサーからの空気を加熱し燃料電池を安定的に作動させる。また「SOFC」サブシステムからの排気ガスをコア・ガスタービンの排気に合流させ推進効率を向上させる。」と云う。
コア・ガスタービンとSOFCサブシステム両者の出力でジェネレーター(G)を回し発電し、その電力でファンを駆動する。「燃料2」に液体水素を使えば、その低温(-253℃)でジェネレーターの電導コイルを冷却して超電導化できるので効率がなお向上する。
今年7月オーランド(Orlando, Florida)で行われた会議に参加したある東大教授は、JAXAの研究について次のように述べている。すなわち;—
「図3の「電導分散ファン」を駆動するには、ガスタービン発電機に比べ「ハイブリッド型SOFC/タービン発電機」の方が全体効率を高くできる。しかし、システム重量の削減とSOFCを含む全体システムの操作性の向上が今後の課題となろう。」
-以上-
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
Aviation Week Aug. 10, 2015 “NASA, JAXA eye Fuel-Cell Propulsion for Aircraft” by Graham Warwick
Boeing News “Boeing wins DARPA Vu;ture II Program” Sept 16, 2010
NASA Glenn Research Center “Distributed Turboelectric Propusion for Hybrid Wing Body Aircraft”
JAXA“航空機用電動推進システム/ハイブリッド推進システム”
JAXA“電動化航空機のどうこうとJAXAにおける研究開発の概要 (2)電動化航空機の利点と課題”by西澤啓