防衛技研、ステルスミサイル迎撃用の新誘導システムを開発


-日本、ステルス目標捕捉レーダーと対空ミサイル新誘導法の開発に取組む-

 

2015-08-29 松尾芳郎

近着のエビエーションウイーク電子版ニュースレターに掲載された記事「防衛技研、ステルスミサイル迎撃用の新誘導システムを開発」が欧米で注目を集めている。この紹介と併せて、我が国の対空ミサイル開発の現況をまとめてみる。

 

防衛技研(TRDI=Technology Research and Development Institute)では、ステルス目標の飛行方向を予測し攻撃する迎撃ミサイルの新誘導システムの開発に取り組んでいる。新誘導システムは、レーダー反射面積(radar-cross-section)の小さい航空機や巡航ミサイルを遠距離で捉え、目標の将来位置を予測して、迎撃ミサイルの飛行経路を最適化しようと云うもの。

防衛技研が中国やロシアが開発中のステルス戦闘機やステルス巡航ミサイルに対抗するため、空対空ミサイル及び地対空ミサイル用として開発中の新技術の一つである。新誘導システムでは、ミサイル搭載のシーカー(レーダー)の探知能力の向上が欠かせない。

度々述べたように、対空ミサイルは母機(あるいは友軍)の誘導で目標に向かい、ミサイルのシーカーが有効になる距離まで誘導を続ける。シーカーの有効距離を「終末誘導」距離とか“スタンド・オフ・レンジ(stand off range)”と呼んでいる。「終末誘導」に入ると母機(あるいは友軍)の誘導から切り離され、ミサイル自身のレーダーで「終末誘導」に入りロックオンし目標に向かう。母機の誘導が長いと母機が危険に曝されるので、”スタンド・オフ・レンジ“は長い方が望ましい。

 

ここで「AESA」レーダーの復習をしよう。

ミサイル搭載のシーカーだけでなく、最近のレーダーにはAESA方式が使われている。「AESA」とは、アンテナ素子として多数の超小型送受信器(TR unit)を使い、アンテナ素子からの電波ビームを電子的に高速スキャンする方式(AESA =Active Electronically Scanned Array)のレーダーである。

AESAレーダーは、その大きさにより数十個から1,000個ほどの送受信素子(TR unit)で構成されている。そして個々の送受信素子は、微細化技術の塊であるガリウム・砒素[GaAs](Gallium-Arsenide)半導体集積回路で作られている。

最近では窒化ガリウム[GaN=Gallium Nitride]半導体集積回路が使われ始めている。 [GaN]TR素子は[GaAs]に比べ同じ電力で出力が3倍程度にもなる。

窒化ガリウム(GaN)半導体技術が“高輝度青色発光ダイオード”の出現につながっていることはご存知の通り。窒化ガリウム[GaN]半導体技術は、我が国が欧米諸国に比べ一歩抜きんでている。

窒化ガリウム[GaN]技術のAESAレーダーへの適用では、まず空自のF-2戦闘機搭載の三菱電機製「J/APG-1改」レーダーで実用化に成功、続いて2012年に就役した海自護衛艦“あきずき”の「FCS-3A」レーダーに採用。そして後述の中距離地対空ミサイル「03式中SAM改」およびAAM-4中距離空対空ミサイルの後継機「AAM-4B」にも採用されている。

 

さて本題の防衛技研の新誘導システムの開発だが、これは2013年に始まり2017年に完了する予定だ。基本となる”誘導装置 1型”は2015年4月に完成、年末までに地上試験を開始し、”同2型“の完成に必要な資料を得る。試験は2017年まで続けられ、並行してシミュレーション・テストも行われる。

新誘導システムの要点は、「目標の動き予測に伴う不要情報の除去技術(target-motion estimation filter technology)」と「目標の動き予測に基ずく誘導航法の技術(guidance-navigation technology based on target-motion prediction)」の二つと云われている。

DF-JM-SEEKER_graph

図1:(防衛技研)「目標の動き予測(target-motion prediction)」を使う空対空ミサイルは「目標の動きに比例した航法(proportional navigation)」をする現在型ミサイルより短い距離で目標に到達できる。

 

1950年代頃に使われた空対空ミサイルや地対空ミサイルは、単に目標の動きに沿って追いかけて衝突するだけだった。その後登場した「目標の動きに比例した航法(proportional navigation)」を使うミサイルは、目標の飛行コースと速度から会敵位置を推定、それに向かって飛行するようになった。しかし、目標のコースや速度が変わると、ミサイル自身もコースを変更せねばならず、エネルギーを失い、射程距離が短くなり、目標に到達するのに余計な時間がかかる。

開発中の新システムは、これをさらに進めて目標の方向変換を予測し、将来位置に向かって最短距離でミサイルを誘導しようというシステムである。そして将来は、目標の速度に変化に応じてミサイルの速度を調整することも考えていると云う。

防衛技研によると、目標機と自機がともに高度12,000 m で飛行している場合、「目標の動き予測(target-motion prediction)」を搭載するミサイルは、現在のミサイルに比べ、発射してから目標に衝突するまでの時間が15秒から13.2秒に短縮され、これは12%に相当する、と説明している。

このミサイルのシーカーと誘導に関する技術は厳重な秘密にされているが、他国でも似た研究が行われている。欧州のミサイル企業MBDAは2013年から目標の動きを予測する高効率の空対空ミサイル「ミーテイア」の開発に取り組んでいる。詳細は「参考記事 2」を参照」。ミサイルの動きをより効率化し、パイロットに対しより一層適切な発射の時期を指示し、かつ適切な離脱のタイミングを示すアルゴリズムを含むものになる。「ミーテイア」のシーカーには我が国の最新技術(GaN)が供与される予定で正式調印は今年9月とされている。

我が国の新中距離地対空ミサイル「03式中距離対空誘導弾(改)=03式中SAM改」および新中距離空対空ミサイル「AAM-4B」に、この新誘導システムを採用すれば一層の性能向上が期待できる。

AAM-4B のコピー

図2:(防衛技研)三菱電機製「AAM-4B」空対空ミサイル。前身の「AAM-4」は10年掛けて開発された「99式空対空誘導弾」。「AAM-4」は、送受信装置、シーカー、近接信管などに特殊な変調方式を採用、敵の受動探知システムに探知されずに攻撃できる。固体燃料ロケットは射程延伸のため2段階燃焼パターンを採用。これにGaN使用の新レーダーと新信号処理装置を搭載し性能を向上させたのが「AAM-4B」。すでに改修済みのF-15JおよびF-2戦闘機への搭載が始まっている。

「AAM-4B」は敵航空機のみならず、大型地対空ミサイル、超低空を飛ぶ巡航ミサイルも迎撃でき、かつ、対電子戦能力/ECCM能力を向上させ、ミサイルの飛行方向を横切る形で飛ぶ目標への追尾能力も向上している。

 

AAM-4B改良点 のコピー

図3:(防衛技研)「AAM-4」から「AAM-4B」への改良点は誘導部。①アクテイブ・フェーズドアレイ(AESA)レーダーは窒化ガリウム(GaN)の送受信素子(TR unit)を使用している。

 

新中距離対空ミサイル「03式中SAM改」は、数両の発射車両と射撃用レーダー車両、補助レーダー車、電源車、射撃統制指揮車などで編成する高射中隊が単位となっている。「03式中SAM改」は自中隊の射撃レーダー情報だけでなく、先進ネットワークに含まれる他のレーダーからの情報も統合/解析して射撃精度を向上させる。在来型「中SAM」では、自中隊のレーダーが山陰などに入った目標を見失うと発射できなくなるが、「中SAM改」では先進ネットワーク上の他の異なる位置にあるレーダーが目標を捕捉、追跡し、ミサイルの射撃を可能にしている。

中SAM改の運用 のコピー

図4:(防衛技研)「03式中SAM改」の運用概念図。「03式中SAM改」高射中隊は発射装置、射撃用レーダー装置、対空戦闘指揮装置などの車両で構成される。自中隊のレーダーが目標を見失っても先進ネットワークにより他システムセンサーからの情報で、射撃ができる。射程は推定で60km。

 

結び

対空ミサイル用の窒化ガリウム(GaN)半導体集積回路を使う高性能AESAレーダーと云い、研究中の「目標の動き予測(target-motion prediction)」する誘導システムと云い、いずれも我が国技術が他国を抜く水準にあることを知り誠に心強い。しかし問題は“数”である。ここ数年間防衛予算に計上されてきた「03式中SAM」の調達費は各年一個中隊分、192億円に過ぎない。仮に中隊に配備される「6連装発射機」が2両としても一個中隊の「03式中SAM」は12発。全国に配備される高射中隊は合計16個中隊、200発にも満たない。これでは1,000発以上と云われる中国の各種巡航ミサイルの飽和攻撃には対処できそうもない。また開発の最終段階にある「03式中SAM改」の平成27年度開発費予算は23億円。これが我が国防衛費の現実である。

-以上-

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

1) Aviation Week News Letter Aug 24, 2015 “Japan Working on Anti-stealth Missile Guidance” by Bradley Perrett

2) TokyoExpress @ 2014-08-05 「欧州製「ミーテイア」空対空ミサイルに日本製シーカーを搭載」

3) TokyoExpress @ 2015-08-10改定 “地対空ミサイル「03式中距離対空誘導弾(改)」の開発は順調」

4) 世界の大学ニュース @ 2011-01-29「レーダーの基本」