注目の「調査報道」、ディープスロートを呼び込む力を養いたい


2016-08-01(平成28年) ジャーナリスト 木村良一

 P7130473

図:著者の蔵書の一部。

米国の地方紙が教会のスキャンダルを報じた実話に基づく映画「スポットライト 世紀のスクープ」や、世界のジャーナリストが協力し合って権力者の課税逃れを暴いた「パナマ文書」の報道ぶりが、注目されている。いずれも当局の発表に頼らず、独自に取材を重ねて不正を暴く調査報道が根底にある。調査報道はインターネットに押されがちな新聞が生き残る手段として期待され、7月には私も参加する慶大メディア・コミュニケーション研究所(旧新聞研究所)の学生とOBによるミニゼミの研究テーマとしても取り上げられた。

今回は私にとっての調査報道について述べたい。

30年以上の新聞記者生活のなかで、調査報道と聞いてまず頭に浮かぶのが、朝日新聞が報道して大型の贈収賄事件にまで発展したリクルート事件である。朝日の一連の報道は、1988(昭和63)年6月18日付朝刊社会面トップの記事から始まる。「川崎市の助役が店頭公開前のリクルートコスモス株の譲渡をリ社から受け、1億2000万円の利益を得ていたことが、朝日新聞社の調べでわかった」という記事だ。

確か、この朝日の記事について新聞やテレビは「時効で贈収賄事件にはならない」と判断したものの、すぐに追いかけた。その後も「朝日の調べで分かった」という朝日新聞の報道は続き、1面トップでコスモス株が政官財界にも譲渡されていたことまで次々と報じた。世論も権力者が巨額の利益を得る「ぬれ手でアワ」の構造に怒りを爆発させた。

そうなると、報道各社は朝日の後追い取材だけでなく、独自にコスモス株の譲渡先を調べ始める。年明けには東京地検も本格的捜査に乗り出した。

当時、私は産経新聞東京本社の社会部警視庁記者クラブ詰めから事件担当の遊軍記者に異動になったころで、このリクルート事件を数人の同僚といっしょに担当した。しかしどこをどう取材して朝日の調査報道の裏を取ったらいいのか、右往左往させられた。直当たりしても相手は逃げ回る。関係者も口を開かない。

そのうち「朝日はコスモス株の譲渡先リストを入手している」という情報が流れ、リ社やコスモス社の株主総会議事録などを法務局で閲覧したり、関係先を夜討ち朝駆けしたりしては、リストの割り出しに追われたのを覚えている。

結局、リストの出所は神奈川県警と分かる。贈収賄事件にならず、諦めた神奈川県警がリストを朝日の記者に流したのだろう。後に私の後輩記者も神奈川県警からリストが記録されたフロッピーディスクのコピーを入手している。

リクルート事件では、朝日の調査報道に調査報道で対応したが、このとき覚えた手法が大いに役に立ったのが、後の国税取材だった。いまから23年前の1993(平成5)年2月、国税庁や東京国税局などを担当する国税クラブ詰めの記者となった。

忘れもしないこの1カ月後の3月6日の土曜日、永田町のドンと呼ばれた金丸信元自民党副総裁が、所得税法違反(脱税)容疑で東京地検に逮捕される。逮捕の一報を聞いてその日の夕方、東京国税局にかけつけた。しかし東京国税局は記者会見も行おうとしない。脱税を担当する査察部の幹部も「東京地検に聞いてください」としか言わない。国税職員には公務員としての守秘義務に加え、各税法ごとに守秘義務が課せられ、個別の案件には答えられないことになっているからだ。国税は事件を担当する官庁のなかでとにかく口が堅い。金丸元副総裁の脱税事件は検察担当の同僚記者の助けもあり、なんとか切り抜けたが、先が不安だった。

どうすれば話を聞かせてもらえるのか。昼間の取材はもちろん、国税職員宅の夜回り取材も重ねた。しかしガードは堅い。国税当局は国税側から情報が漏れて記事になることを恐れた。だから記事では国税庁や東京国税局を主語にはしなかったし、「関係者によると」という表現もよく使った。

国税当局で端緒をつかんだネタは、必ず相手方やその関係者に当たって転がした。そうすることで国税当局の関与をボカすことができたし、ネタも膨らんだ。公の機関で個人や会社の登記簿などの資料も手に入れたし、民間の調査機関の助けも借りた。調査報道の取材と同じやり方だった。その結果、国税当局は私という記者を信用してくれ、政治家の申告漏れ、宗教団体の課税逃れ、東京・銀座の画廊の脱税などの特ダネ記事を書けるようになっていった。

ところでパナマ文書やリクルート事件など大型の調査報道ほどディープスロート、いわゆる内部告発者が存在する。調査報道は内部からの告発がある程度ないと難しい。内部告発者を呼び込む力を記者として養うことが大切だ。そのためには取材相手から信用される記者になることである。

 

—以上ー

 

※慶大旧新聞研究所のOB会によるWebマガジン「メッセージ@pen」8月号から転載しました。

http://www.message-at-pen.com/?p=999