2016-08-07(平成28年) 松尾芳郎
図1:(Xinhuanet)水陸両用飛行艇AG600型機が完成、公開された。同機は離陸重量53.5 ton、航続距離4,500 km、で監視、哨戒の他に、洋上での救難、森林火災の消火活動などができる。世界最大の水陸両用飛行艇で、ボーイング737型旅客機とほぼ同じ大きさ。
中国広東省マカオの北にある珠海(Zhuhai)のAVIC(Aviation Industry Corp. of China/ 国有航空機工業)工場で2016年7月23日土曜日、大型の水陸両飛行艇AG600型機の完成が航空関係メデイアに公開された。その10日ほど前に国際仲裁裁判所が「中国の南シナ海における(九段線)と呼ぶ海域全般の領有権主張は根拠がなく不当」との判決を下した。中国はこれに応える形でAG600型機の完成を公表し、その航続距離は(九段線海域)の隅々に至るまで無給油で往復可能だ、と強調して判決を無視する構えを示した。(人民日報)。
これまでの最大の水陸両用飛行艇は我国の新明和工業が作るUS-2だったが、AG600はこれを凌ぐ大きさである。
(注)我が海自の水陸両用飛行艇US-2は、最大離陸重量47.7 ton、離水重量43 ton、全長33 m、翼幅33 m、巡航速度470 km/h、航続距離4,700 km、AG600に比べるとやや小型。しかしフラップの境界層制御技術で離着水性能は滑走距離約300 mで断然優れている。エンジンはRR AE 2100Jターボプロップ出力4,600 hpを4基、プロペラはDowty R414 6翅型。
AG600は、離陸重量53.5 ton、多少波立つ水面からだと49.8 ton、巡航速度は500 km/h、滞空時間は12時間、離着水に必要な滑走距離は1,500 mで長い、全長は37 m、翼幅は38.8 m。エンジンは、ウクライナの「アレクサンドール・イブチェンコ(Oleksandr Ivchenko)設計局が1950年代に開発し、14,000台を生産したAl-20ターボプロップの中国ライセンス生産版、WJ-6ターボプロップで、出力約5,000 hpを4基搭載する。
WJ-6エンジンは、単軸で軸流コンプレッサー10段とタービン3段の構成、長さ3.1 m、直径1.2 m、コンプレッサー圧力比は7.6:1。
図2:(Ivchenko)中国製WJ-6の基となったウクライナのイブチェンコAl-20ターボプロップ。ロシアのBe-12双発飛行艇、Il-20型 4発輸送機などに広く使われている。幾つかの改良型があり、出力は4,000-5,180 hpの範囲。
AVICは、洋上での救難、と森林火災の際の消防を用途として挙げているが、それだけではない。中国海軍は1986年以降ハルビン航空機製のSH-5水陸両用飛行艇を3機使っており、その更新に本機を充てる筈だ。
中国の南シナ海における領有権拡張の行動、すなわち特に南シナ海南部に位置する南沙諸島(スプラトリー諸島)に重点を置き、ここでは7箇所の大規模な埋立て工事を実施している。加えて中国に近い西沙諸島(パラセル諸島)でも埋立てを行っている。これらの工事で、滑走路、レーダー施設、の構築、ミサイルの配置、などが急速に進んでいる。AG600飛行艇を、これら諸島に対する補給、と対潜哨戒、海域監視などに使うのは間違いない。同機の持つ4,500 kmの航続距離で、海南島南端の三亜(Sanya)基地から南沙諸島はもちろんのこと、マレーシア沿岸までの往復が可能である。
図3: (The Page) 中国が主張する「九段線(Nine-dash Line)」を赤の点線で示す、範囲は南シナ海全域をカバーする。その不当性について、今年7月12日オランダ・ハーグにある国際仲裁裁判所(International Tribunal)が「中国の領有権主張は『法的根拠なし』」との裁定を下した。AG-600は海南島(西沙諸島のすぐ上)の基地からマレーシア沿岸までの範囲を無給油で往復できる。
消防飛行艇として使う場合は、20秒間で12 tonの水を搭載可能である。救難飛行艇として使う場合は、洋上で一度に50名を救助することができる。
AVICは、今年年末の初飛行を目指している。大量生産は考えていないと云うが、海警局を含む政府関係機関から17機を受注済みで、今後15年間で60機以上を生産すると云う。
AG600は、2009年に中国政府支援で開発が始まり、中国各地の70社以上の協力企業と150以上の大学研究機関の協力で完成した。
中国は、昨年2015年11月にエアバスA320neoに匹敵する狭胴型旅客機のロールアウト、2016年7月7日には4発大型輸送機Y-20の空軍への引渡し開始、そして今回は飛行艇AG600の完成式典、と立て続けに大型機を完成させている。これは政府の一貫した強力な航空機産業育成の施策があって初めて可能な仕事だ。
AVICの副社長Geng Ruguang氏は「AG600の完成は中国の航空機工業の実力を示すもので、これにより中国の国力と研究開発能力の高さを実証できた」と語っている。
図4:(Xinhuanet)AG-600飛行艇の機首部分、艇体下面には我が海自のUS-2が採用した「波消し装置/スロット」と同じものが見える。
図5:(Xinhuanet)中国製WJ-6ターボプロップに6翅プロペラを取付けている様子。
—以上—
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
Xinhuanet July 23, 2016 “China Focus: World largest amphibious aircraft made in China” By Tian Shaohui
Flight Global 26 July 2016 “AVIC rolls out first AG600 amphibian” by Ellis Taylor Perth
Shephard 25, July 2016 “China rolls out AG600 amphibian” by Gordon Arther
Jvchenko Progress “Ai-20 Family Turboprop”
Aviation Week August 1-14, 2016 “Just in Time” by Bradley Perrett