不安定な世界情勢に対処、新ミサイル防衛手段の数々


2016-08-29 (平成28年)  松尾芳郎

 

第19回「スペース&ミサイル防衛シンポジウム(SMD= The 19th annual Space & Missile Defense Symposium)がこのほどハンツビル(Huntsville, Alabama)で開催された。折からの北朝鮮の武力行使威嚇(saber rattling)で日本、韓国は脅威に曝されている。北朝鮮は、今年1月に4回目となる地下核実験を行い、中短距離弾道ミサイルの発射実験を繰り返し、5月以降だけでもl0回に達し、内2回は潜水艦から発射するSLBM(sea launch ballistic missile)だった。

米国は、ロシアからヨーロッパに対するミサイル攻撃の脅威にも対処せねばならず、陸上配備型のイージス・システム(Aegis Ashore system)の配備を進めている。この程ルーマニア配備のシステムが運用を開始し、続いてポーランドへの配備が始まり、2018年に完成する。

第19回SMDシンポジウムでは、弾道ミサイル防衛ミサイルだけでなく、ロッキード・マーチン、レイセオン、ノースロップ・グラマンなどが開発を進める新型レーダーの展示が目を引いた。新型レーダーはいずれも、これまでのガリウム砒素GaAs)半導体素子に代わり、より高性能な窒化ガリウム(GaN)半導体素子製の送受信ユニット(T-R Unit)を使うAESA(active electronically scanned array )レーダーである。

米陸軍では、飛来する弾道ミサイルを低層域で迎撃・撃破するPAC-2およびPAC-3を多数備えているが、これのレーダーを新型に更新することを考えている。また空軍は、昨年契約上の不備で振出しに戻した「3次元輸送可能型長距離レーダー(3DELRR=Three-Dimensional Expeditionary Long-Range Radar)」の開発契約を進めることにした。

また、イスラエルからは、イスラエル航空宇宙工業とボーイングが共同開発するBMDミサイル「アロー3(Arrow 3)」とフランスのラファエル(Rafael)とレイセオン共同開発の「スタナー(Stunner)」防空ミサイルが展示された。

Aviation Week Networkは8月16日付けでSMDシンポジウムの模様を報じているのでこれの記事を参考にして紹介する。

 

n  ロッキード・マーチン次世代型長距離レーダー

LM長距離レーダー

図1:(Lockheed Martin) ロッキード・マーチンが提案している次世代型長距離レーダー[TPY-X]。簡単に大型化や小型化ができ、地上固定型あるいはC-130輸送機などで運搬できる可搬型にも製造可能

 

米空軍は、海外展開用の3次元長距離レーダー(3DELRR=Three-Dimensional Expeditionary Long-Range Radar)の開発契約先の選定を再開することを決めた。これは1980年代のノースロップ・グラマン製AN/TPS-75対空探索レーダーの更新となるものである。3DELRRは2015年10月に、一旦レイセオン(Raython)に決まったが、ロッキード・マーチンとノースロップ・グラマンが苦情を申し立て、白紙に戻った経緯がある。ハンスコム空軍基地( Hanscom AFB, Massachusetts)にある3DELRR担当部局は、再度提案を受付け2017年6月までに開発契約をしたいとしている。

これに応じてロッキード・マーチンは、先般のシンポジウムで、360度範囲をカバーする次世代型長距離探索・弾道ミサイル防衛用レーダー[TPY-X]を提案した。

このレーダーは、半導体素子に従来のガリウム砒素(GaAs)ではなく窒化ガリウム(GaN=gallium nitride)で作る集積回路で送受信ユニット(T-R Unit)を作っている。このGaN素子T-R Unitを千個から数千個もレーダー面に並べ、電子的に探査ビームをスキャンするのが、AESA(active, electronically scanned array)レーダーである。GaAs半導体素子に比べ新しいGaN素子は、出力が3倍にもなり同じサイズでより遠距離の探査が可能になる。GaN素子使用のAESAレーダー技術の実用化では我国が米国より先行している。例として、F-2戦闘機搭載の三菱電機製[J/APG-1(改)]レーダー、ヘリ空母「ひゅうが」級および護衛艦「あきずき」級以降の艦艇に搭載している[FPS-3改]レーダーなどがある。

 

n   ノースロップ・グラマンが提案する対空レーダー「AN/TPS-80 G/ATOR (Ground/Air Task Oriented Radar)」

NG-G:ATOR

図2:(Northrop Grumman) ノースロップ・グラマン製「AN/TPS-80 G/ATOR (Ground/Air Task Oriented Radar)」。

 

G/ATORは、移動、運搬が簡単でどこにでもすぐに運び、展開できる中短距離用の多目的レーダーである。多数、多種類の目標を探知、追跡でき、航空交通管制にも使え、あらゆる戦闘場面で活用できる海兵隊の海外展開用のレーダーで、今年(2016) 8月から供用を開始する。2-4 GHz帯を使用する3次元レーダーで、無人機、巡航ミサイル、ロケット、長距離砲弾の飛来など、あらゆる目標に対応する。G/ATORシステムは「通信機材車両」、「レーダー装置」、電源車両」で構成され、全体は、MV-22BオスプレイかCH-53Eヘリコプターの5機で、あるいはC-130輸送機1機で運搬できる。目的地に到着後45分でセットでき、運用を開始する。海兵隊では57セットのG/ATORを導入、配備する予定。1セットの価格は5,500万ドル(約55億円)。

 

 

n   ラファエル/レイセオン(Rafael/Raytheon)製「スタナー(Stunner)」迎撃ミサイル

Ray.スタナー

図3:(James Drew/AW&ST)スタナー迎撃ミサイルはラファエルとレイセオンの共同開発で、イスラエルの「デイビッド・スリング (David’s Sling)地上配置型防空ネットワーク」用として作られたミサイルである。

 

「スタナー」迎撃ミサイルは2段式固体燃料ロケットで、40 – 300 km範囲で、速度マッハ7.5 (時速9,200 km/hr)で飛翔し、高度15 kmで敵弾道ミサイルや巡航ミサイル等を迎撃、撃破する。弾頭には炸薬はなく、直接衝突・破壊する”Hit-to-kill”方式である。

地域防空用として中層域で迎撃する「アロー(Arrow)」ミサイルを補完するために米国・イスラエルが共同で開発した。「スタナー」は2012年に迎撃試験に成功済みで、迎撃当たりのコストは極めて低く、1基あたりの価格は100万ドル(1億円)。その運動エネルギー弾頭、運動追尾の性能、着弾撃破能力、いずれも従来のアローに比べ格段に優れている。「デイビッド・スリング」システムは、米国政府の援助で2016年からイスラエル全土に配備中で、海外への販売も始めている。

米ミサイル防衛局(MDA)の前長官ヘンリー・オバリング中将は「米国もこのシステムの導入に強い関心を持っている」と語っている。

スタナー

図4:(Rafael / Raytheon)「スタナー」ミサイルは、飛来する弾道ミサイル、巡航ミサイル、航空機、長距離砲弾などを迎撃する能力を持ち、多様な発射機から発射可能である。地上、海上、空中に配備されたセンサーからの情報を得て発射、発射後は自身のシーカーで目標を捉え、衝突する。従って発射後の誘導は不要。

 

n   ミサイル防衛局(MDA)は、標的用として使う模擬弾道ミサイルをオービタルATK (Orbital ATK)に発注。

オービタルATK標的

図5:(James Drew/AW&ST) オービタルATKは、米国防総省ミサイル防衛局(MDA=Missile Defense Agency)の発注を受け、敵の弾道ミサイルを模した標的ミサイルの開発を進めている。

 

MDAが発注したのは、「中距離弾道ミサイル・タイプ3・型式2 (MRBM T3c2= Medium-range Ballistic Missile Type3 Configuration 2)」で、2024年までに1億8千2百万ドルで完成する予定、全てのオプションが発注されると総額は4億ドル(約400億円)になる。

オービタルATKは、米国ミサイル防衛体制検証のため、これまでも敵の弾道ミサイルを模した標的ミサイルを製造してきた。製造してきたのは、空中発射型中距離弾道ミサイル(IRBM)、大陸間弾道ミサイル(ICBM)、それに低層域防衛用PAC-2、PAC-3ミサイルの標的ミサイルである。

Orbital ATK

図6:(Orbital ATK / BidnessEtc)オービタルATKが作る模擬標的弾道ミサイル。米ミサイル防衛局(MDA)は、迎撃ミサイルの性能確認のため、仮想敵国の弾道ミサイルを模した標的ミサイルの開発も行っている。

 

n   ダイネテイックス(Dynetics)製、小型グライダー爆弾

ダイネテイックスG

図7:(James Drew/AW&ST)シンポジウム会場に展示されたダイネテイック製小型グライダー爆弾。

小型グライダー

図8:(Dynetics)ダイネテイックス製の小型グライダー爆弾 (SGM=small glide munition)。弾頭にBAE製レーザー・シーカー、尾部には3枚の格子状コントロール操舵翼が描かれている。

 

この誘導爆弾はSMDシンポジウムには少しそぐわない製品かもしれない。ダイネテイックが作る小型グライダー爆弾は、米特別作戦軍(US Special Operations Command)のC-130ガンシップ機やMV-22オスプレイに搭載の発射筒から打ち出す形式の精密誘導爆弾の一つだが、これまでにない特徴を備えている。エグリン空軍基地(Eglin AFB, Florida)にある空軍武器局が発注し、2017年初めから部隊に配備される予定。

爆弾専門のメーカーであるダイネテイックス社が作るこの爆弾は、空軍仕様でGBU-69と呼ばれ、最も新しい最も小型の爆弾である。全体の重さは27 kg、搭載する炸薬は16 kgで、同クラスのロッキード・マーチン製AGM-114ヘリファイヤー(Helifire)の重量50 kgに比べ、軽いにも拘らず炸薬量はヘリファイヤーの9 kgよりずっと多い。

尾部にある3枚の格子状(lattice)コントロール・フィンは同社が開発した装置で、他社の製品にも採用されている。

機首にはBAEシステムズ製の4つのセンサー「laser terminal guidance」があり、これで目標を正確に捉え着弾する。

 

n   ボーイング製ファントム・アイ無人機

ボーイングUAV

図9:(James Drew/AW&ST) シンポジウム会場に飾られたボーイングのファントム・アイ無人機(Phantom Eye UAV)のモデル。

ファントムアイ

図10:(Boeing / NASA) 離陸カート(launch cart)に乗って離陸するファントム・アイ試作機。

 

ボーイングが開発している高高度・長時間滞空(HALE=high altitude, long endurance)の液体燃料使用の無人機で、開発は同社の「ファントム・ワークス(Phantom Works)」部門が担当している。

試作機は、翼幅46 m、離陸重量9,800 lbs (4.4 ton)で450 lbs(約200 kg)の電子機器を搭載し、200 knotsの速度で飛行する。エンジンはフォード製2.3 literのピストンエンジンで地上出力は150馬力、減速ギヤを介して4翅プロペラを回す。酸素の希薄な65,000 ft(約20,000 m)の高空で運転するため複数のターボチャージャーをつけている。

試作機は2012年3月に初飛行に成功している。ミサイル防衛局(MDA)から「低出力レーザー実証機(Low-Power Laser Demonstrator)」用の関連機器を搭載する契約を結んだ(2013-06-06)。試作機はこれまでに9回飛行し、高度54,000 ft、滞空時間9時間を達成、その後NASAのアームストロング飛行センターに保存されている。

現在は大型の実用機を製作中で、これは2,000 lbsの電子機器を搭載して65,000 ft(約20,000 m)の高空を10日間滞空するのが目標。当初は、衛星を補完する情報収集、監視、偵察、通信中継を目標にしていたが、現在は弾道ミサイル防衛のため、半導体レーザー(solid-state Laser )を搭載し発射直後の敵弾道ミサイルの動向探知を追加目標としている。

 

n   ロッキード・マーチン製THAAD(サード)およびPAC-3

 BMDの階層

図11:(Lockheed Martin)ロッキード・マーチンが示す弾道ミサイル防衛の階層図。左上の大きい部分はイージス(Aegis)艦システムで迎撃する範囲(高度160 km以上、半径500 km以上)、真ん中の空域はTHAADシステムで防衛する範囲(高度150 km、半径200 km)、そして右下の小さい部分がPAC-3で対処する範囲(高度15 km、半径20 km)である。Lockheed THAAD Extended Range(THAAD ER)紹介ビデオから取り出した図。

ロッキード・ミサイル

図11A:(James Drew/AW&ST)ロッキード・マーチンは、弾道ミサイルを中層域で撃破するTHAAD (Terminal High-Altitude Area Defenses)ミサイルの射程延長型「THAAD-ER」の開発に取り組んでいる。SMDシンポジウムでは4分の1サイズの各モデルが、手前から「THAAD-ER」、現在の「THAAD」、それから細い奥の2本/低層域迎撃用の「PAC-3」、「PAC-3改良型」の順に展示されている。

 

米国防総省関係者によると、中国は今年4月にマッハ5-10で飛行する極超音速ミサイル「DF-ZF」(以前はWU-14と呼ばれていた)の7回目の飛行試験を実施したという。このミサイルは、山西省太原の弾道ミサイル発射センターから打上げられ、通常型ICBMと同じように大気圏外に上昇分離し、再突入後は成層圏から飛行制御をしながらスクラムジェットで超音速巡航飛行をする。そして防空網を突破し、都市や空母などの目標を攻撃する。「DF-ZF」は、中国が配備する長距離弾道ミサイル「DF-21」などの先端に取付けられて簡単に発射できる。これの攻撃を従来型PAC-2やPAC-3あるいはTHAADで防ぐことは難しく、新たな対応が迫られている。

ファルコン

図12:(DARPA)米国でも中国の「DF-ZF」と同じようなミサイルの研究を行っている。この想像図は米国の「ファルコン極超音速飛翔体(HYV-2)」が、弾道ミサイルで打上げられ、カバーが外れ分離するところ。

 

この極超音速ミサイルの攻撃に対処するため、ロッキード・マーチンでは、ミサイル防衛局(MDA)と協力して射程距離を伸ばした2段式のTHAADミサイル[THAAD ER]を開発している。現在のTHAADは直径37 cmの1段式固体燃料ロケットであるのに対し[THAAD ER]は2段式で、直径53 cmにした1段目で大気圏外に上昇し、2段目で飛来する敵弾道ミサイルに向け飛行し、衝突破壊する。これで有効射程は3倍になり、防衛可能な区域は約10倍に拡大する。

大型化に伴いTHAAD発車機(Launcher)も改造され搭載ミサイル数は8基から5基に減少する。MDAがこの計画を承認、予算を交付すれば2022年から量産開始となる。

現在型THAADは米陸軍により発射機(launcher) 9両で編成する高射中隊6個隊を配備済み。2008年にフォートブリス(Fort Bliss, Tex.)に最初の中隊が配備され、以来2009年にはハワイ、2013年にはグアム、と配備を進めている。米軍以外ではUAE/アラブ首長国連邦にも配備されている。また韓国南部にも2017年末迄に配備することが決まった。

ロッキード・マーチンは2016年8月11日に「中国が開発する極超音速飛翔体DF-ZF (WU-14)の脅威に対抗するため開発中の長距離型THAAD [THAAD ER]を紹介する英文ビデオ(3分54秒)を発表した。下記サイトをタップして見ることができる。

youtu.be/Q3SMs_IR1vc.webloc

 

n   日米共同開発「SM-3 Block 2A」の初の迎撃試験は今年10月に決定

Block2A試射

図13:(MDA) 2015年6月6日にポイント・マグー試射場(Point Mugu Sea Range, San Nicolas Island, Calif.)で行われたイージス艦搭載予定のSM-3 Block 2A迎撃ミサイルの発射試験。この試験は成功した。

 

最新型のSM-3 Block 2A (Standard Missile 3)は、日米両国が共同開発中のミサイルで、飛翔試験は昨年2回行われいずれも成功している(写真はその一つ)。Block 2Aは、イージス艦搭載の他に、地上配備型イージス・システムでも使用できる。

このシンポジウムで、ミサイル防衛局(MDA)は次の発表を行った(2016-08-17)。

「最初の弾道ミサイル迎撃試験は今年10月に行うことが決まった。

SM-3 Block 2Aは、現在のSM-3 Block 1Aおよび1Bよりも大型で2段目、3段目の胴体直径は53 cmとなるので射程と速度が向上し、来襲する中長距離弾道ミサイルを捕捉、迎撃し易くなる。さらに弾頭に搭載するソフトも改善され、追尾・着弾の性能が向上している。

Block 2Aの量産は2017年から始まる予定。

米国での最初の配備は、米本土東海岸に地上配備型として2017年末に設置を考慮中、という。現在の北朝鮮からの脅威、米本土向け弾道ミサイル攻撃、の迎撃のためには、カリフォルニアとアラスカに中層域迎撃用THAADを配備している。

共和党の“イランからのミサイル攻撃への対応が不十分”との指摘に対し、MDAは地上配備型Block 2Aの東海岸配備を検討中、としている。

米国東海岸への配備は2-3箇所を考えていて、費用総額は30億ドル(約3,000億円)と想定している。

 

—以上—

 

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

 

Aviation Week Network Aug 16, 2016 “Missile Defence Option in Fractious World” by James Drew

Space News August 18, 2016 “First Intercept test of New SM-3 Variant set for October” by Mike Gruss

Rafael / Raytheon “Stunner Terminal Missile Defense Interceptor”

Military Edge “David’s Sling (Stunner)”

UPI Aug 9, 2016 #MDA orders ballistic missile targets” by Richard Tomkins

BidnessEtc, Aerospace & Defense Aug 8, 2016 “Orbital ATK Inc: US Missile Defense Agency Awards MRBM T3c2 Contract” by Staff Writer

FlightGlobal 14 June, 2016 “Dynetics unveils new glide bomb with 16kg warhead” by Stephen Trimble

Boeing “Phantom Eye”

TokyoExpress “レーダーの基本“ 2011-01-29 作成

The Diplomat April 28, 2016 “China Test New Weapon Capable of Breaching US Missile Defense Systems” by Franz-Stefan Gady