—実証試験で、安全性向上とパイロットの負荷軽減に有効を立証—
2016-12-03 松尾芳郎
最近の無人機の技術の進歩で、パイロットは将来不要になるかと言われている。しかしDARPA (国防高等研究計画局/Defense Advanced Research Projects Agency) は、自動化で如何に現在のパイロットの負荷を減らし、安全性を向上できるか、の研究を始めている。またミッションに携わる乗員の削減も目指している。これがDARPAの ”ALIAS = Aircrew Labor in-Cockpit Automation System” 「乗員業務自動化システム」計画である。
“ALIAS” では、離陸から着陸までの任務をカバーしあらゆる故障にも対処できるシステムの実現を目指している。
今年(2016) 10月からオーロラ・フライト・サイエンス(Aurora Flight Sciences)社とシコルスキー(Sikorsky)社は、共同でALIASフェイズ2試験に参加した。さらに両社は、より高級な装置、すなわち違う機種のコクピットに簡単に取付け可能な自動操縦装置の実現を目指す ”ALIAS” フェイズ3試験にも参加を表明している。
DARPAの “ALIAS” 計画担当マネジャーDaniel Patt博士は次のように話している。「同じ飛行機をより少ない人数で飛ばせれば、パイロット不足を解消できるし、人件費削減にも貢献できる」。
”ALIAS” 自動操縦装置の実用化で考慮すべき点は;—
① 現在の航空機のコクピットは高度に自動化され、精密な電子機器が装備されているが、これ等装備品との適合性。
② 単座機のパイロットの操縦の安全性を高め、特定ミッションでの乗員の負荷を減らす方策。
③ 計器の指示を読取り、認識して、パイロットの操作を援助するシステム。
④ 飛行中あるいは地上から、ネットワーク経由で他機を操作するシステム。
図1:(Ted Carison/Sikorsky / Aviation Week)エビエーションウイーク誌2016-11-21〜12-04 日号の表紙を飾った ALIAS デモ飛行の写真。シコルスキーS-76Bヘリを改修してALIASを取付け実施された。試験にはDARPAが用意したALIAS装備のセスナ・キャラバン機(写真上)と地上設置バンが参加した。両機には安全のためパイロット1名ずつが乗務したが、飛行はALIASで自動的に行われた。
前述のPatt氏は、ALIASの試験は「乗員を乗せながら、自律飛行をするのが目的」としている。続けて「ALIASはすべての基本操作ができるので、パイロットは一切スイッチやレバーに触れる必要はない。これでパイロットは時間に余裕ができる」「パイロットは操縦桿やスロットルを操作せずに、与えられた任務に集中できる」と語っている。
ALIASによる自動化は、軍用に止まらず長期的には民間機に移植されそうだ。個々のシステムの移行は5年程度で可能だが、民間機パイロットを現在の2名から1名にするには、規則の改定が必要だし、そのための安全性の立証が不可欠、このために10年以上かかろう。
ALIASデモ飛行では、機体搭載のアビオニクス・データバスを使わずに、機種に関係なく自動化する技術を試験する。この中にはアナログ計器からデータを読取るカメラシステム、レバー、ペダル、スイッチ類を操作するロボット・アームなどが含まれる。
オーロラ社のシステムには、計器類のモニターとパイロットへの警告機能があるので、機長席に座ると副操縦士がいなくても安全性に問題ないことが判る。長期的にALIASは、不測の事態 (contingencies) の処理を自動化し、入ってくる複雑な情報の順位付けをして、人間が理解できるよう取捨選択することなど、の自動化を目指している。
オーロラ社のALIAS試験はマナサス (Manassas, Virginia) で行われ、飛行試験用にDARPAのセスナ・キャラバン機とオーロラ社のダイアモンドDA42双発ピストン機が使われた。さらに地上には別のキャラバン機とベル UH-1 ヘリを用意し、全体を “システム・ループ・シュミレーター (hardware-the-loop simulators)” として試験した(2016-10-17)。
オーロラ社のシステムの構成は、コクピット状況を把握する“認識システム(perception system)、フライトコントロール操作用のロボット・アクチュエーター、パイロットが使う操縦用タブレット、 “音声理解・合成システム(speech recognition and synthesis system)” 、および他機との連携用ソフトから成っている (開発中を含む) 。
キャラバン機のコクピット右席には“認識システム”が取付けられた、これに計器盤の指示値、スイッチ類の位置、レバー位置などを読み取る4台のカメラが搭載され、情報を読取り、デジタル化してALIASに送り込む。
右席は外されて、操縦桿とラダー・ペダルを動かすアクチュエータとエンジン・スロットルを動かしフラップを操作するロボット・アーム付きパレットが取付けられた。
図2:(Aurora Flight Sciences)キャラバン機のコクピット、フライトコントロール用のロボット・アクチュエーターが写っている。
図3:(Aurora Flight Sciences) オーロラ社ダイアモンドDA42型機のコクピット右席の“認識システム ”。カメラ4台で計器表示を読み、操縦ハンドルとスイッチ類の位置を認識、ALIASが解析、ロボット・アームで操縦する。
またキャラバン機には、開発中の“音声理解・合成システム“が取付けられる予定だ。これで、パイロットがALIASをコパイロットとして話し掛けることができる。“音声理解・合成システム“ には “ATC (航空交通管制)からの指示を聞き取り、デジタル信号に変えシステムに伝達する機能”も備わる。またパイロットからの指示を聞き復唱して操作を実行する。そして、もしパイロットが操作手順を間違えると、指摘して是正の措置を採ることもする。
ALIASは飛行機を飛ばす知識を備えることが基本なので、異なる機種にも直ぐに対応できなければならない。この中には適用機の飛行特性、およびパイロットが行う通常操作と非常時操作法が含まれる。
オーロラ社担当の“知識収集システム(knowledge-acquisition system)” は、例えば同クラスの小型機にはそれぞれ共通の操作法があることに着目し、共通の手法を基本に入れている。例えば、単発、固定脚の飛行機であれば脚の出し入れ操作は不要、これで飛行規定の作成の時間を短縮できる。
この“知識システム”の効用は、地上デモ用のキャラバン機に搭乗して実感できた。仮想離陸をした後、パイロットがタブレット端末を使ってALIASを接続すると、ロボット・アームがスロットル・レバーを掴み、システムが機体の操縦を始めた。パイロットがタブレットを使い90度バンク旋回を指示すると、システムが計器の値を読み、アームでスロットルを押しエンジン出力を上げ高度の低下を防いでくれた。
次にオーロラ社が実演したのは、未熟なパイロットが不用意に機体の姿勢を乱した場合、ALIASが直ぐに操縦を代わり、水平・安定飛行に戻す操作をしてくれた。それから、エンジン・ギアボックスにメタルが検出されエンジン故障となった場合の操作方法もマニュアルの記述通りに、システムが実行してくれた。
“認識システム”は、警報ランプを監視し、エンジン・オイル系統の圧力低下も見付けてくれる。マニュアル上、オイル圧が規定値より下がると警告灯が点灯する。警告灯が付くとALIASはパイロットに警報を出し、タブレット上に“エンジン故障チェックリスト(engine-failure checklist)” を表示する。
これでパイロットはエンジン故障を確認、システムはスロットルをアイドル位置に戻し、飛行機を最適な降下速度に維持しながら降下を始める。それからパイロットはチェックリストを実施、一部の操作をALIASに行わせる。“認識システム”はパイロットの操作と計器類の視認とチェックリストの完了をモニターし、パイロットに必要な助言をする。
“認識システム (perception system)”は前述「ダイアモンドDA-42改造機」と「 ベル UH-1 ヘリコプター」にも取付けてある。ALIASのハードとソフトは、「キャラバン」(単発固定脚機)、「DA42」(双発引込み脚機)、及び「UH-1」(ヘリコプター)、と云う共通性のない機体に、同じものが使われた。
図4:(Sikorsky) 「シコルスキー自動化研究機 (SARA)」をALIASプログラムでタブレットを使い操縦する地上クルー。シコルスキーは、DARPAとの800万ドルの契約で今年5月24日にファイズ1の自動飛行に成功、引き続き980万ドルでフェイズ2の実験を行なっている。
ALIASの実験では、シコルスキー社が開発した「シコルスキー自動化研究機 (SARA = Sikorsky Autonomy Research Aircraft )」の実証試験が行われた(図1参照)。
SARAは同社の「S-76B」ヘリコプターを改造した機体で、セスナ「キャラバン」機と「地上設置バン」との組合せでシステムを構成している。この実証デモは、シコルスキーの子会社で「S-76」改造を担当したAAG社の所在地Poughkeepsie, New Yorkで行われた。
シコルスキー社は、ヘリコプターの開発・製造で名を知られる企業で、長らくユナイテッド・テクノロジー社(UTC)に所属していたが、最近ロッキード・マーチン社に売却され、今ではその一部門となっている。
「S-76Bヘリの改造機(SARA)」は、操縦装置をフライ・バイ・ワイヤ方式に改造し、ALIAS関連プログラムの一方に接続され、他方にはDARPAが用意した「キャラバン」機が接続されている、この「キャラバン」機にはALIASで作動する自動操縦装置が組み込まれている。
シコルスキー社の自動化プログラム責任者イゴー・ケレピンスキー(Igor Cherepinsky)氏は「デモは簡単な貨物輸送を模して実施した」と云っている。SARA運用の基本概念は、地上と乗員がチームとなり、全てをネットワーク経由で、同じタブレットで 航空機を自動操縦する“ one big cockpit”「一体型コクピット」の実現にある。
図5:(Sikorsky / Aviation Week) 「シコルスキー自動化研究機 (SARA)」の操縦はパイロットがタブレットで行う。同じタブレットが「ALIAS」装備のキャラバン機の操縦にも使われる。
「シコルスキー自動化研究機 (SARA)」は、”完全自動デジタル・フライト・コントロール (full authority digital flight control) 装置“と“3重冗長性の自動ミッション管制装置 (triple redundant autonomy mission managers) “ を備えており、完全な無人飛行ができる。「キャラバン」機には2重のミッション管制装置を備えている。
シコルスキー社の自動化デモの最終目的は、キャラバン機のタブレットで、SARAが貨物輸送を行ない着陸できることの確認にある。なおSARA機とキャラバン機にはそれぞれ安全のためパイロットが乗務した。
SARA機上ではパイロットはタブレット経由で操縦する。飛行計画はタッチ・スクリーン上で設定され、パイロット、地上操縦者、ALIAS、3者間の業務分担が決められる。
飛行経路を含む飛行計画が入力されると、“航路計画システム”が自動的に航路をチェックし、SARA機のセンサーが作動して航路上に障害物がないことを確かめる。”自動ミッション管制装置” は飛行予定範囲内の障害物を常にウオッチし、衝突しないよう機体を操作する。
SARA機の実証デモでは、タキシングはパイロットが行い、離陸位置に着くと地上設置バンの指示で離陸、指示通り40 ftに上昇、ホバリングする、ここでSARA機のセンサー(lidar sensors) が作動を開始、タブレット上に周辺の障害物の位置を赤色で表示する。地上設置バンと機上のタブレットはWi-Fiで繋がりデータリンク信号は暗号化され、目視距離以上の遠方に飛行する場合には通信衛星を使い連絡を保つ。
パイロットのタブレットには、データリンク経由で他のユーザーからの指令が表示される。パイロットは、それに従い実行する場合は“execute (実行)”ボタンを押す、実行しない場合は “abort (中止)” のボタンを押す。
離陸後、パイロットは一切操縦せず、地上に着陸するまで ”ALIAS” が操縦する。しかし着陸後はパイロットの操作でランプに移動する。
キャラバン機にはオートパイロットは付いていないが、ALIASに従って、ロボットアームが操縦して飛行する。キャラバン機のコクピットには、アナログ計器の指示値とスイッチ類のポジションを読取り、音声で復唱するが、このため複数のカメラが取付けられている。また、地表の障害物や他機との衝突を避けるため短波長赤外線センサーを装備している。
シコルスキー社が示すALIAS搭載の基本理念は “distributed solution(分散解決型) “と呼ばれ、高い信頼性と耐久性を持たせるよう考えられている。このため搭載に際し機体側は数カ所の改修が必要になる。
この改修には、対象機ごとに200時間以上の作業を要し、新機種へのALIAS適用の場合は1年ほどの期間が必要になる。しかし改修済みの機体にALIASシステム(ロボットアーム、カメラ、およびソフト等)を搭載するのには数日で十分。
オーロラ社とシコルスキー社は、いずれもDARPAのALIASフェイズ3計画に参加を申請しているが、どちらが選ばれるか未だ決まっていない。
オーロラ社は、“認識システム (perception system)”および“音声理解システム (speech recognition system) “を提案し、ロボット作動システムは含んでいない。これについて同社では「パイロットは、ロボットがレバーやスイッチ類を操作するのに未だ多少抵抗感があり、それよりも、計器の指示の読取りやチェック、音声理解、チェックリストの呼称、などを望んでいる」と話している。
一方シコルスキー社は、フェイズ3に、汎用性とその認定に主眼を置く戦略で対処しようとしている。そのため理解判断力、計画力、およびマン・マシン接点領域の改善に力を注いでいる。
DARPAの責任者Patt氏は「ALIASでの技術実証は、抗堪性が高く、長期間使え、飛行機で行う人間の操作を代行できる事を求めている。」と語っている。この枠組みを具体的に記述することは難しいが、要は新しい飛行技術の導入を求めていると理解できる。とにかく将来は一人乗務の飛行機や自動操縦機のコクピットが変わることは間違いなさそうだ。
図6:(DARPA) DARPA のALIAS計画担当のダニエル・パット(Daniel Patt)博士の記事に掲載された想像図。大型輸送機C-17のコクピット右席にALIASを装備している。DARPAはC−17のALIAS化を目標にしているようだ。
—以上—
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
Aviation Week Nov 18, 2016 “DARPA Sees Cockpit Assistance Building Pilot’s Trust in Autonomy” by Graham Warwick
DARPA “Aircrew Labor In-Cockpit Automation System (ALIAS)” by Dr. Daniel Patt
Lockheed Martin May 24, 2016 “Sikorsky Successfully Completes DARPA ALIAS Phase 1 Competition with Autonomous Flight”
Aurora Flight Sciences Oct 17, 2016 “Aurora Demonstrates DARPA Aircraft Autonomy Program”
Popular Mechanics Oct 18, 2016 “Watch DARPA’S Robot Copilot Fly a Cessna “