2017-04-28(平成29年) 松尾芳郎
図1:(Zunum Aero)「ズーナム・エアロ」が2020年に完成を目指す10席級の電動飛行機の想像図。バッテリーの電力で2基のファンを回し飛行する。
図2:(Zunum Aero) 2030年頃には50席級の電動飛行機(上)でリージョナル機市場に本格参入を目指す。50席級機には補助動力として内燃エンジンを装備するが、バッテリー技術の進歩を待って全てバッテリー電力でまかなう予定。
ワシントン州カークランド(Kirkland, Washington)に、2013年に設立されたばかりの航空機メーカーが電動航空機で民間航空機市場に参入を計画している。
カークランドはシアトルの北東、”Lake Washington”を挟んで対岸にある街。この企業名は「ズーナム・エアロ(Zunum Aero)」、効率の良い電動小型旅客機の開発構想を発表した(今年4月)。「ズーナム」とはマヤの言葉で“蜂鳥”を意味する。
同社によると「目的地に予定通り、これまでよりずっと早く到着できる」と題して次のようなイメージを紹介している(カリフォルニア州を想定);—
「サンノゼ(Sa Jose)を7時に出てパサデナ(Pasadena)で行われる9時半の会議に出席する場合、車で近くの飛行場に行き“ズーナム機”に乗るだけで、これまでのサンフランシスコ空港・ロサンゼルス空港経由の半分の時間で到着できる。あるいは会議でなくレイク・タホ(Lake Taho)観光に行けば、7時出発で8時40分に到着、楽しんで同日夕方には帰宅できる、往復料金は100ドル。」
図3:(Google) サンノゼからパサデナまでは約480 km、サンフランシスコ空港とロサンゼルス空港経由だと地上交通を含め5時間ほどもかかるが、ズーナム機でローカル空港を使えば2時間半ほどで済む。レイク・タホまでは300 km弱なので1時間40分で行ける。
広大な国土を持つ米国には、13,500箇所の大小の空港があり、その大半は小都市やちょっとした集落に隣接している。このうち140箇所が大空港、いわゆるハブ空港で全米の97%の交通量を取り扱っている。このため旅行者はハブ空港で飛行機に乗るため長時間ドライブし、近距離の場合には飛行機を諦め地上交通に頼らざるを得ない。(我国の空港は、いわゆる拠点空港23箇所を含み、大小約100箇所とちょっとしかないのでとても米国とは比較できない)
短距離航空路では飛行機搭乗の時間に比べ地上で費やす時間の方が長くなる。有力な交通手段がなく空白となっている100-1,000 miles (160-1,610 km)区間に、新開発の電動航空機を投入し利便性を高めようと云うのがズーナム社の狙いである。電動航空機の運航支援には、GPS航空路サービス、バッテリー充電設備あるいは交換設備以外には何もいらない。
「ズーナム」社の構想は、バッテリーの電力でファンを回すハイブリッド推進のリージョナル機を開発し、これで輸送コストを大幅に削減し、同時に空港周辺で現在のリージョナル機が排出しているエミッションを大幅に減らす、と云うもの。燃料を使わないので運航費は40-80 %削減できる。バッテリーの寿命は控えめに1,000-1,500サイクルと想定しているが、運航費等の算定には年に2回交換するとしている。2020年代に就航予定の初期の機体は、エネルギー密度300 watts-hr/kgのバッテリーを30個使う予定だ。
この計画には大型機メーカー、ボーイング(Boeing)の ”ホライゾンX (HorizonX)” 投資部門、とジェットブルー (JetBlue)航空の技術投資部門 (Technology Venture) が資金を提供している。
(注)ボーイング・ホライゾンX部門とは、有望な革新的ベンチャー企業に投資をし、育成する部門。これまでに首都ワシントンのウエアラブル・ソフトの開発企業Upskill社に投資している。その成果の一つはボーイング社内の生産部門で“スマート・グラス”として作業者が着用、実用化されている。ボーイングの会長でCEOのデニス・ミューレンバーグ(Dennis Muilenburg) 氏は「航空宇宙業界でリーダーの役割を担っている我社は常に革新的技術で能力を向上させなければならない。ホライゾンX部門は、社外で芽生えつつある有望な新技術を育て、これを社内に取込むことを任務としている。」とその目的を語っている。
全米6位の航空会社ジェットブルー航空は社員2万人、エアバスA320系列機を主に230機を運航している。ジェットブルー航空の一部門、ジェットブルー技術投資部門は2015年11月に設立され、技術、旅行などの境界に関わる若い革新的ベンチャー企業を育て、支援することを目的としている。
ズーナム社は、最初は10席級で、サンフランシスコからポートランド区間、アトランタからワシントンDC区間を飛ぶ航続距離700 miles (1,120 km) の小型機を作る。ズーナム社CEOのアシシ・クマール(Ashish Kumar)氏によると、この機体は2020年始めに完成を目指す。それから2030年までにはバッテリー技術の進歩が期待できるので、これを使い50人乗りで航続距離1,000 miles (1,600 km) を飛行する本格的なリージョナル機の製作に取り組む。これはシアトル(Seattle) −ロスアンゼルス(Los Angeles)間や、ボストン(Boston) −ジャクソンビル(Jacksonville, Florida)間に相当する距離を飛行できる。この“長距離型”は飛行距離を伸ばすために内燃エンジンを搭載するが、バッテリー技術の向上を待ってバッテリーに置き換える。
バッテリー技術の進歩は近年著しいので十分期待できる。例えば、スイスのソーラー・インパルス機は太陽エネルギーで太陽電池を充電しながら世界一周飛行を完遂した。ドイツでは電動式小型機が時速約300 kmで3 kmの距離を飛ぶことに成功した。エアバスは2人乗りの電動飛行機「E-Fan」で2015年に英仏海峡の横断に成功している。
順調に行けばズーナム社は、現在ボンバルデイア(Bombardier)/カナダとエンブラエル(Embraer)/ブラジルの2社が独占しているリージョナル機の市場に、初めて電動飛行機で参入することになる。そして全米に散在するごく小規模な飛行場を利用する場合、TSA規則の適用が緩和されるので保安検査の時間が少なくなり、旅客の利便性は一層高まる。新しい市場、例えば往復100ドルの飛行も夢ではなくなる。
(注)TSA規則とは“Transportation Security Administration(輸送保安局)”が定める機内持込み可能な液体(化粧水、クリーム等)の総量を定めた規則を指す。
ズーナム社は仕事を始めてからまだ3年しか経っていないが、CEOのクマール氏はコーネル大学(Cornell Univ.)で機械工学・航空宇宙工学でPh.D.を取得、ブラウン大 (Brown Univ.)教授を経て、シリコンバレーでグーグル(Google)、マイクロソフト(Microsoft)、デル(Dell)、マッキンゼー(McKinsey)で経験を積んだ。
共同創業者は;—
マット・ナップ(Matt Knapp)氏はMITで修士を取得、ジェット機やロケットの専門技術者で、NASA、DARPAの航空機開発プログラムの助言者でもある。
キルバ・ハラン(Kiruba Haran)氏はイリノイ大学教授で、GE研究所勤務から、NASA主導の電動飛行機プログラムの主任技師をしてきた。
前途には難関が待ち受けているが、強固な投資家が背後に控えていることもあり、ズーナム社は電動リージョナル機で市場を牽引することになりそうだ。フォーブス(Forbes)誌は最近号で『電気自動車のテスラ社の時価がフォードを上回ったように、ズーナムの時価がボーイングを超えるかもしれない(Zunum Aero could be The Tesla of Aircraft)』と伝えている。
—以上—
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
Aviation Week April 17-30, 2017 “Recharging Regionals” byGraham Warwick
Zunum Aero web site
Forbes, com Apr 6, 2017 “Zunum Aero Could be The Tesla of Aircraft” by Grand Martin
The Verge Apr 5, 2017 “This tiny electric jet startup thinks it can reinvent regional air travel” by Andrew J. Hawkins
Boeing HorizonX website