2017-08-23(平成29年) 松尾芳郎
ジム・マチス(Jim Mattis) 米国防長官は、先日「北朝鮮に対する攻撃は壊滅的なものになろう」と語ったが、今の所米国、北朝鮮の両者は言葉の争いに終始しているだけだ。
8月11日トランプ大統領はツイッターで「北朝鮮の挑発がこれ以上続くなら、我々にはいつでも攻撃できる準備が整っている」と警告した。グアム島アンダーセン空軍基地(Anderson AFB) には6機の通常爆弾搭載型のボーイングB-1B爆撃機が常時出発できるよう待機している。
空軍によると、B-1Bが搭載するのは統合空対地巡航ミサイル( JASSM=Joint Air-to-Surface Standoff Missile) AGM-158Bで、その射程は約1,000 km。我国の福岡から北朝鮮の平壌までの距離は約700 kmなので、九州北部から発射すれば北朝鮮全域はほぼ射程内に入る。
図1:(Wikipedia) B-1B“ランサー(Lancer)”爆撃機。主翼を広げて太平洋上を飛行する姿。乗員4名、長さ44.5 m、翼幅は全開時42 m/全閉時24 m、最大離陸重量216 ton、エンジンGE製F101-GE-102アフトバーナ時推力30,700 lbs x 4基。
B-1Bは超音速・可変後退翼のステルス爆撃機で、ロックウエル社が製造、1986年から空軍に配備開始。原型機のB-1Aが4機と、改良型B-1Bが100機作られ、現在は、66機が世界攻撃空軍(Air Force Global Strike Command)に配備されている。ロックウエルは現在ボーイングの1部門となっている。高高度/マッハ1.25、低高度/マッハ0.96で飛行し、爆弾、ミサイルは翼下面のハードポイントに23 ton、胴体内兵倉庫に34 tonを搭載し、航続距離は給油なしで9,400 km。グアム基地から朝鮮半島周辺や南シナ海南沙諸島周辺をしばしば飛行し、中国、北朝鮮に圧力を加えている。
図2:(US Air force) B-1Bに24発搭載できる“統合空対地巡航ミサイル”( JASSM=Joint Air-to-Surface Standoff Missile) AGM-158B。左が搭載時、右は発射後で主翼、尾翼が展張された状態。ウエポン・データリンク(WDL)が組み込まれているので発射後コースを修正し、移動目標の攻撃も可能。オーストラリア、ポーランドなどが購入、配備している。
AGM-158Bははステルス形状、重量975 kgの長射程巡航ミサイル。原型は2009年から、長射程型のBは2014年から配備開始、ロッキード・マーチン製で合計2000発が納入された。長さ4.27 m、翼幅2.4 m、弾頭炸薬は450 kg、エンジンはWilliams International F107ターボファン。
北朝鮮への攻撃が難しいのは;—
1) 北朝鮮は厳重に防御された地下壕を5,000-6,000箇所に設けている。
2) 北朝鮮陸軍は世界第4位の規模であり、B-1Bの攻撃をもってしても効果は限定的にならざるを得ない。
3) 攻撃兵器としてボーイング製の大型地下壕貫通爆弾(Massive Ordnance Penetrators) あるいは小型核爆弾(low-yield nuke) の使用も考えられる。
空軍では、グアム基地からB-1Bを繰り返し発進させ、北朝鮮攻撃を想定した訓練を行って北朝鮮に圧力を加えている。B-1Bは、巡航ミサイル24発あるいは通常爆弾84,500 lbs (約40 ton) を搭載できる。そして護衛には米国、韓国、日本の戦闘機十数機が同行し、さらに米国の偵察衛星とノースロップ・グラマン製RQ-4 グローバル・ホーク無人偵察機などが支援する。
北朝鮮からの攻撃が行われると、直ちにこの航空部隊 (Air Armada) が朝鮮半島上空に出撃し、事前にセットされたミサイル発射基地や核爆弾製造施設などの目標に向け巡航ミサイルを発射する、ことになる。
しかし、国防総省統合参謀本部では壊滅的結果をもたらすため、さらなる攻撃手段を用意している。この数機のB-1Bによる攻撃は、サイバー攻撃、電子戦攻撃、から核攻撃までの数ある手段の中のオプションの1つに過ぎない。
図3:(US Air Force) エリスウオース空軍基地(Elisworth AFB, South Dakota)からグアムに派遣された第28爆撃航空団所属のB-1B ランサー(Lancer)爆撃機。日本のF-2戦闘機(写真)や韓国空軍のKF-16戦闘機と訓練を繰り返している。
北朝鮮のミサイル基地への攻撃としては、去る4月に行われたシリア空軍基地へのトマホーク巡航ミサイル攻撃のような限定的攻撃が考えられる。このような攻撃は、軍事的効果よりも外見的な効果が高く、全面戦争へのリスクは比較的少ない。
しかし、6機のB-1Bの搭載する巡航ミサイル合計144発で攻撃しても、広大な地域に配備されている北朝鮮の軍事施設の大部分は無傷のまま存続できる。しかもこれはB-1Bが1機も撃墜されず、ミサイルが全て故障せずに目標に着弾でき、さらに地政学上の障害が起きないという前提での話だ。
北朝鮮の隣国、その背後にある中国とロシアが、大軍を動員して介入することがないと言い切れるのか?
ワシントンのシンクタンクで、米国の国防政策、国防軍配備計画、予算、について政府に助言する“戦略及び予算審査センター”(CSBA=Center of Strategic and Budgetary Assessments)という組織がある。ここのマーク・ガンツインガー(Mark Gunzinger)氏はかって空軍でB-52に搭乗勤務していた人だが、本件について「米政権が北朝鮮に対して挑発的な言動を弄ぶのは良いが、実際に攻撃を加えるのは地政学的に極めて複雑な事態を引き起こすことを覚悟しなければならない」と指摘している。
ガンツインガー氏は続けて次のように話している;—
「北朝鮮側が攻撃に踏み切った場合、米政府が報復措置として巡航ミサイルで特定の発射基地を攻撃し、さらにサイバー攻撃を行うことは十分考えられる。しかし仮に、軍当局が事後の影響も考えずに大統領に先制攻撃(preemptive strike)を進言しているとすれば、それは“無責任”と云うべきである」。
「若し政府が核攻撃を含む先制攻撃を決める場合、その及ぼす影響を真剣に検討する必要がある。」
「B-1Bによる通常攻撃は軍事上さほど重要な成果は得られない。核攻撃を行わない限り、航空機、艦艇、潜水艦を動員して数千発の巡航ミサイルを発射しても有効な打撃を与えるのは困難だ。」
「政府は武力行使威嚇 (saber-rattling) をしているが、本気で戦争をしようと思っている訳ではない。北朝鮮は今年だけで既に15発のミサイルを発射しているが、トランプ政権は国際的な禁止条約を進めるだけで、飛来するミサイルを撃墜したことはない。」
「核攻撃を行わないことを内外に示すためには次の方策を取る必要がある。すなわち、北朝鮮の地下施設を破壊するためにホワイトマン空軍基地(Whiteman AFB, Missouri) に配備されている第509爆撃航空団のノースロップ・グラマン製B-2爆撃機に、ボーイング製の大型貫通爆弾 (Massive Ordnance Penetrator) を搭載し飛行させるのが良い。この爆弾は空軍がイラン国内の核施設を破壊するために作ったもので、重さ3万ポンド(約13.6 ton) もあり数十発が保管されている。」
「トランプ政権は、既にこの非核戦術爆弾の使用制限を撤廃していて、今年4月にはロッキード製MC-130 (C-130輸送機の爆撃機型)にこの爆弾を搭載、アフガニスタン山中に潜むISグループに投下、100名の戦闘員を殺害した。」
「北朝鮮に対しこの貫通爆弾を使うには、B-2爆撃による低空飛行で目標地点を直接爆撃する必要がある。B-2はステルス機だが、北朝鮮の対空ミサイル攻撃を覚悟しなくてはならない。」
米空軍はB-2爆撃機を19機保有しているが、整備中の機体もあるので稼働数は多少少なくなる。B-1Bはステルス機ではないが、B-2と共同で夜間攻撃に参加できる。B-2は小型の2,000 lbs (900 kg)型貫通爆弾24発を搭載できるので、浅い地下壕目標の攻撃には有効である。
若し、特別強固に作られた地下壕を破壊しなくてはならない場合は、B61-11型貫通核爆弾を使う必要がある。
図4:(Northrop Grumman) ノースロップ・グラマン製B-2“スピリット(Spirit)。
B-2ステルス戦略爆撃機は強力な防空網を突破して敵地深く侵攻できる。機内兵倉庫に230 kg級Mk82 JDAM通常誘導爆弾を80発、あるいは1,100 kg級B83核爆弾16発を搭載できる。また14 ton級のGBU-57 MOP大型貫通爆弾を搭載できる唯一の爆撃機でもある。単価が9億ドル(約1,000億円)にもなったため、生産は21機で打ち切られた。高度15,000 mを飛行し、航続距離は給油なしで11,000 km。1997年4月から配備開始。最大離陸重量は170.6 ton、最大速度はマッハ0.95 (1,000 km/hr)、エンジンはGE製F118-GE-100ターボファン推力17,300 lbs x 4基。
図5:(Business Insider) GBU-57A/B大型貫通爆弾(MOP=Massive Ordnance Penetrator) の想像図。後部に開いているのは4枚の安定板。
GBU-57A/B大型貫通爆弾は、空軍が精密誘導の地下壕破壊爆弾(bunker buster bomb)として作った14 ton級の大型爆弾で、B-2爆撃の爆弾倉に収納される。長さ6.2 m、直径80 cm、高性能炸薬2.4 tonを内蔵する。それまでの2.3 ton級のGBU-28やGBU-37に比べずっと大きい。
米陸軍が今年4月に明らかにしたところでは、北朝鮮には全国5,000-6,000箇所に強固な地下壕を設置していて、その多くは山岳地帯に設けられている。これらを全て破壊するのは極めて難しい。
北朝鮮は世界第4位の陸軍を持ち、その兵員は95万人、ほぼ70%が前線に配備され、直ちに戦闘に参加できる体制をとっている。装備する野戦砲、榴弾砲の数は8,600門、多連装ロケット砲は5,500基、戦車は4,200両、装甲車両は2,200両、と驚くべき数に達する。海軍は兵員6万人、430隻の小型艦艇、260隻の上陸用舟艇、70隻の小型潜水艦、20隻の機雷敷設艦等を保有している。
これらを全て殲滅するには、米国が保有する全てのミサイルを使っても不可能。
若し核戦争になれば状況は変わる、すなわち北朝鮮の核開発はこの10年著しく進歩したとは言えまだ初期の段階で、米国の艦艇、潜水艦、航空機からの核攻撃は圧倒的に有利になる。
米国統合参謀本部副議長ポール・セルバ(Paul Selva) 空軍中将は、今年8月に「米国は小規模の核攻撃も考慮中」と発言している。しかし続けて次のように述べている;—
「我々が無差別殺戮を含む全てのオプションを用意しても、大統領が許可することはまず有り得ない。ただ万一に備えて準備しているだけだ。核戦争は悲惨な結果をもたらす、我々は戦争の規範を守り行動する」。
国防総省及び国務省の元顧問アンソニー・コーデスマン(Anthony Cordesman)氏は、戦略及び国際問題研究センター(Center for Strategic and International Studies) への論文で、北朝鮮は”開戦の危機“を過小評価や過大評価すべきではなく冷静に対処すべし、と言っている。続けて、トランプ政権は恐怖心を強調して、誰もが欲しない米中衝突へのリスクを増やすべきでない、と話している。
また、北朝鮮は空軍とミサイルはかなりの規模だが、地対空ミサイルは旧式で米韓両空軍には対抗できそうもない、とも語っている。
北朝鮮の対空ミサイルは、大半がベトナム戦争時代のロシア製SA-3あるいはSA-5で、多少近代的なS-200がそれに加わる。空軍は大部分がソビエト時代のMiGとSu-25、これに対し韓国空軍は、より近代的なF-16、F-15それにFA-50で編成されている。また韓国が保有する地対空ミサイルはPAC-2と配備が進行中のTHAADミサイルである。
さらに米海兵隊は最新の第5世代戦闘機F-35Bを岩国基地に配備している。
—以上—
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
Aviation Week Network Aug.11, 2017 “No Easy Military Optins in North Korea” by James Drew