2017-10-19(平成29年) 松尾芳郎
ボーイングは、新型の737MAXを含め全ての737をレントン(Renton)工場で生産している。完成すると飛行時間で5分ほどのボーイング・フィールドにフェリーし、“完成試験 & 引渡しセンター (Completion & Delivery Center)”で塗装、最終検査を行って顧客に引き渡している。
2018年末になるとボーイングが上海の南に建設中の舟山 (Zhoushan)工場が操業を開始する。ここで作られた緑色のジングロ(zinc chromate)塗装をしたままの新品の737MAXは、レントン製の機体と同じように、ここから1万kmも離れたシアトルに飛び、“引渡しセンター”で最終検査を受けるのか?
そうはならない。
図1:(Google) ボーイングが建設中の工場は、上海中心部から南へ80 kmの杭州湾上に広がる舟山群島舟山市の東側にある。
ボーイングが中国の航空機メーカーCOMACと共同で設立する舟山工場は、“完成試験 & 引渡しセンター”として操業を開始する。そして顧客となる中国国内のエアライン向け737MAX型機の塗装、客室内装工事などを行うことからスタートする。
ボーイングによると、舟山工場では中国国内市場向けの737MAXを作る予定で、将来は737生産機数全体の3分の1にもなると予想している。この工場は狭胴型機生産工場としてはボーイング史上最大の規模となる筈で、完成機を駐機させるランプエリアもシアトル近郊の工場よりずっと広くなる。
737MAXを購入する中国エアラインにとっても、完成機を近くで受け取れるし、受領試験飛行も国内で行えるので正に“ウイン・ウイン”の関係となる、とボーイングは言っている。
アビエーションウイーク誌は2015年9月にボーイングが中国に工場を建設すると報じた。同年9月23日には訪米中の習近平主席がシアトルに立ち寄り、中国国有航空機メーカーCOMACとボーイングの合弁企業を作り、中国国内で737型機を作ると公表した。
(注)COMACは、「Commercial Aircraft Corporation of China Ltd.」の略称で、中國商用航空機企業として2008年5月に上海に設立された。資本金は3,000億円)。150席クラス以上の旅客機を作るのが目的とされる。「AVIC」が主導する国有企業数社と上海市の協力で作られた。
COMAC設立を主導した「AVIC (China Aviation Industry Corporation)」(中国航空機工業)は、1999年7月の創業で、Xian H-6、Xian JH-7爆撃機など大型機及び各種戦闘機の生産を行っている。民間機として手掛けたのが100席級のARJ21型機で2015年から国内で就航、続いてやや大型の160席+級のC919の開発に着手、こちらは2017年5月に初飛行している。「AVIC」は、多くの子会社を持ち、瀋陽(Chengdu)航空機工業、貴州(Guizhou)航空機工業、上海(Shanghai)航空機工業、西安(Xian)航空機工業、などを配下にしている。
新しい舟山工場は、シアトルの“引渡しセンター”から独立した工場となり、完成した737MAXはここで最終検査を受けて中国国内の顧客エアラインに引き渡される。中国での旅客機製造は、エアバスは2009年に天津(Tianjin)にA320の製造工場を開設し、現在A330の生産を追加すべく拡張中。またブラジルのエンブラエル(Embraer)は、2016年に旧満州のハルビン(Harbin)にERJ 145リージョナル機の製造工場を開設済みで、現在大型のE195-E2の現地生産を検討している。
図2:(Boeing)シアトル南にあるボーイングのレントン工場は、現在737系列機の生産で多忙を極める。舟山工場が完成すれば、レントン工場で作られ、“B1”納入飛行試験を完了した中国向け737MAXは緑色のジングロ(zinc chromate)塗装をしたままで、太平洋を横断、舟山工場で塗装し完成する。
レントン工場での737型機の月産は現在47機だが、2018年には52機になる。このうちMAX型機の生産割合は2017年対比で4倍に増える。2017年には737全体で520機が生産され、そのうち約70機がMAXになる予定である。2018年には、MAXは280機となり737全体では625機が作られる。
そして2019年には737全体で690機が生産され、そのうちMAXの占める割合は57.7 % に達する。
舟山工場の起工式は今年5月に行われたが、これで現在ボーイングでの隘路になっている塗装作業と完成機の駐機スペース不足の問題、さらには不測の事態による引渡し遅延問題、などが緩和される。ボーイングでは2019年にシアトル近郊ピュージェット湾エリア(Puget Sound Area)で737を月産57機体制に引き上げるが、これに伴い多くの生産上のネックを解決しなくてはならない。
シアトル近郊で引渡し前の試験飛行“B1”が終わった737を、塗装作業(通常3日が必要)等のため舟山工場にフェリーするのは2018年6月から始まる予定である。当初のフェリー機は、客室内装を完了してから飛行するが、将来はこれらの作業も中国側に移管される。
舟山へのフェリー・フライトは長距離試験飛行も兼ね、舟山工場の“引渡しセンター”で顧客エアラインから要求される細部の改修作業など3−6週間行い、それから引渡される。
舟山工場は、公式には2018年末から稼働し、将来は年産100機程度、月産8-10機の引渡しを目指している。
現在のボーイングと中国企業との関係はかなり緊密で、次のような部品を中国で生産、ボーイングに供給している。すなわち、737NG型では水平尾翼、垂直尾翼、胴体尾部、主翼パネル、その他の部品。787では方向舵、フェアリング、垂直尾翼前縁部、その他の部品。また台湾海峡に面した厦門(Xiamen)工場では747-400旅客機を貨物機に改修する工事も行なっている。
ここで、舟山工場で完成検査が行われるボーイング737MAX機について簡単に触れておこう。
737の初代型は1968年ルフトハンザ航空で就航した「737-100/200」で、合計9,700機が作られた。
2代目は改良した-300/-400/-500型機を総称して「737クラシック(Classic)」と呼び、1980年代から2,000機近くが生産された。
3代目が「737NG (Next Generation)」で、-600/-700/-800/-900型機として1997年から6,500機以上が作られ現在も生産が続いている。エアバスA320系列機と競合するモデルである。
「737NG」から、エンジンを新型のCFM Leap-1Bに換装し、スプリット型ウイングレットを取付け、コクピットには15.5 inch (38 cm)サイズのロックウエル・コリンズ製液晶デイスプレイを4枚とするなど、各所に改良を加えたのが737系列4代目となる「737MAX」である。今年5月からマレーシアのMalindo Airで就航が始まり、受注総数は総計3,900機+に達している。エアバスA320neoシリーズと競合する機種である。これまでの引渡しは30機(いずれもMAX 8)。
「737MAX」には、MAX 7、MAX 8、MAX 9、MAX 10 の4機種があり、それぞれ「737NG」系列の-700、-800、-900、を改良したモデルと位置付けられている。なお新しく大型のMAX 10を追加し、好調なエアバスA321noeに対抗する。
図3:(Boeing)ボーイング資料を基に作成した737MAX系列機一覧表。
図4:(Boeing) 737系列機の最新型「737MAX 9」、737MAXには基本型のMAX 8に続き、大型(220席級)で航続距離が7,000 kmになるMAX 9が今年初めに完成した。737MAXの受注は3,900機だが、MAX 9と大型のMAX 10の受注はそのうち340機に止まる。これは先行するエアバスA321neo(1,400機受注)に押されているためである。
終わりに
ボーイング・COMACが設立する舟山工場は、737MAX型機を部品から全て生産するかのような印象を受けるが、そうではない。737系列機のサプライヤー・リストを見れば判るが、現在レントン工場に納入しているサプライヤーは、スピリット(胴体、垂直尾翼、水平尾翼)、CFM(エンジン)、GKN(金属製部品、操縦室窓ガラス、ウイングレット、エンジンナセル)、モーグ(フライトコントロール・アクチュエータ)、ナブテスコ(アクチュエータ)、ウッドワード(油圧アクチュエータ)、フォッカーエルモ(ワイヤ・ハーネス)、PPG(客室窓ガラス)、AVIC(後部胴体)、Heroux-Devtek(ランデイングギア)、ボーイング・オーストラリア(外側フラップ)、三菱(内側フラップ)、リフト(客席)、その他数百社にも上る。うち一部は中国に生産が移されるかもしれないが、大部分は現在同様の方式で舟山に送られ、組立てられることになるだろう。
既述したが、舟山工場はレントン工場と同規模、またはそれを上回る施設になる。米国を代表する企業が中国に大きな生産拠点を持つことには、その政治的発言の大きさから、多少疑念がある。
ボーイングは、最近カナダ・ボンバルデイア製の150席級旅客機“CSeries”の輸入阻止を目指して政府に働き掛け、国務、商務両省を動かして成果を挙げつつある。これはCSeriesが、同クラスの737MAX 7の国内市場に参入するのを防ぐためである。
開催中の中国共産党大会で習近平総書記は「強軍を整備し、強国路線を拡大する」と演説した。同氏は5年前に尖閣諸島の領有を主張して総書記に就任した経緯がある。演説では、就任後5年間で南支那海の人工島整備を完遂した、とその実績を誇った。
次の目標が尖閣諸島になるのは明らかである。中国軍が尖閣占領に向けて動けば、我が自衛隊と日米安保条約に基づき米軍が防衛出動をすることになる。しかし米軍が、対支全面戦争の危険を冒してまで日本防衛の役目を遂行してくれるか、どうかはわからない。特に中国と深い関係を築き、かつ大きな政治力を有するボーイングは、日本を支援し対支軍事行動に入るのに反対するのは想像に難くない。
—以上—
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
Aviation Week Network Sept. 26, 2017 “Boeing Zhoushan Completion Facility Sets China Plan in Motion” by Guy Morris
Aviation Week Network Nov 4, 2016 “Boeing-Comac Facility to free up Space Around Seattle” by Bradley Perrett
Aviation Week Network Sept 11, 2015 “Boeing Closes in on China 737 Facility Deal” by Guy Norris
Business Insider Mar 13, 2017 “Boeing’s newest plane is also its biggest headache” by Benjamin Zhang
Airframer 16/10/2017 “Boeing 737 program supplier guide”