2017-10-25(平成29年) 松尾芳郎
図1:(Defense News Daniel Mihailescu/AFP via Getty Images) ルーマニアのデベセル(Deveselu, Romania)基地に設置された「イージス・アショア」サイトの写真(2016-05-12撮影)。ルーマニアへの配備は2015年、ポーランドに2018年に配備される、日本は3番目となる。ルーマニアには、ロシアが“地域の軍事バランスを崩す”、として強硬に反対した。
図2:(Missile Defense Agency) 「イージス・アショア」システムの概念図、左が「SPY-1」レーダーを中心とするシステム管制サイト(図1に相当する部分)。右が「SM-3」ミサイルを発射する垂直発射装置「Mk41 VLS=Vertical Launch System」」。お互い距離を置いて配置される。
防衛省は2018年度度予算で、項目要求として「弾道ミサイル防衛用の陸上配備型「イージス・アショア(Aegis Ashore)」の2基導入」を計上している。
「イージス・アショア」とは、イージス艦に搭載する弾道ミサイル防衛(BMD)システムを地上配備型にした装置で、レーダー(SPY-1)を含む管制サイトと垂直発射装置(Mk 41 VLS)などで構成される。2018年度から整備に向け動き出すが、配備は5年後の2023年になる模様。
配備に5年も掛かるのは、レーダーを、探知性能の向上した「SPY-6」に変更を求めているためと云う。「SPY-6」レーダーは開発中で、米海軍がイージス艦に搭載、運用を始めるのは2022年になる。もちろん現行の「SPY-1」を使うという選択もあるが、これでは後述の日米共同開発の最新型迎撃ミサイル「SM-3 Block IIA」の性能を十分生かすことができない。
(注)「SPY-1」と「SPY-6」レーダー
「SPY-1」はPESA(Passive Electronically Scanned Array)レーダーで、「イージス戦闘システム」の中心。アンテナ面に多数のアンテナ素子を並べてマグネトロンや導波菅などの発信機と受信機に接続し、アンテナ素子からの発射電波を電子的に制御、目標を探知する。最新の」SPY-1D(V)」型の探知範囲は370 km。
「SPY-6」は、AESA (Active Electronically Scanned Array)レーダーで、アンテナ面に配列された多数の素子はそれぞれが送受信機能を持ち、発射電波を電子的に制御、目標を探知する。最新型の送受信素子を窒化ガリウム(GaN)製にしたレーダーは、現在最も新しい「SPY-1D(V)」モデルに比べ、感度が30倍向上し、探知可能な目標数も30倍になると言われている。
我国ではAESAレーダーの実用化がかなり進んでいて、空自の「F—2」戦闘攻撃機に搭載したのを始め、海自のヘリ空母「ひゅうが」以降の艦艇に「FCS-3改」が装備されている。
「レーダー」の詳細についてはTokyoExpress 2011-01-29 「レーダーの基本」を参照されたい。
「イージス・アショア」システム1基の価格はおよそ800億円だが、「イージス艦」1隻は1,500億円なので、かなり割安、それにサイト運営に必要な要員もイージス艦の乗組員300名に比べずっと少なくて済む。
後述のように「イージス・アショア」の防衛可能な範囲は広いので、これら2基の配備で北海道から九州南端まで全域を守ることができる。そして南西諸島はイージス艦で防衛しようというのが、当局の考えである。現在「BMD」能力を備えたイージス艦は4隻、それに2隻(「あたご」と「あしがら」)で実施中の「BMD」能力付与の改修が間も無く完了する。さらに2隻を新たに建造し2021年には合計8隻体制となる。当面は、レーダーは「SPY-1」を搭載、迎撃ミサイルは「SM-3 Block1A」を使用する。
「イージス・アショア」2基が配備されれば、北朝鮮のみならず中国からの弾道ミサイル攻撃も迎撃できる。
「イージス・アショア」2基の配備先は;—
1) 秋田県男鹿半島の加茂、または新潟県佐渡島の佐渡。加茂駐屯地には「FPS-3改」レーダー、佐渡駐屯地には「FPS-5」レーダーが配備済み。
2) 長崎県の対馬の海栗島、または五島列島の福江島。これら駐屯地には高性能レーダーはないが、近くの佐賀県背振山に「FPS-3改」レーダーを配備すみ。
図3:防衛省が検討中の「イージス・アショア」の配備地。東北に1基と長崎県に1基、合計2箇所に配備される。
度々述べてきたように、我国の弾道ミサイル防衛(BMD=Ballistic Missile Defense)システムは次の2段構えになっている;—
1) 海上自衛隊イージス駆逐艦6隻に搭載する「SM-3=Standard Missile-3」ミサイルで、飛来する弾道ミサイルを大気圏外で捕捉、撃破する。
2) もし「SM-3」が撃ち漏らしたら、地上配備の航空自衛隊「ペトリオット・ミサイル「PAC-3 =Patriot Advanced Capability 3」が、大気圏内で迎撃、撃破する。
「イージス・アショア」には、日米共同開発中のSM-3 ブロックIIA迎撃ミサイルを搭載する予定である。近着の外電によると、防衛省は、新たに巡航ミサイル防衛用の「SM-6」ミサイルも同システムに採用し、弾道/巡航の両ミサイル防衛の機能を持たせようとしている。
「SM-3」とは;—
「SM-3」は、弾道ミサイル防衛用に開発されたRIM-161「イージス弾道ミサイル防衛システム(Aegis Ballistic Missile Defense System)」。米海軍と我が海上自衛隊が主なユーザーとなっている。レイセオン(Raytheon製だが三菱重工が3段目ロケットと弾頭/ノーズコーン等の開発を担当している。
「SM-3」の射程/防御可能な範囲/飛行速度は、改良の過程で順次向上している。すなわち、現在配備されている「SM-3 Block 1A/B」では700 km/マッハ10、2018年から配備が始まる「-Block IIA」では2,500 km/マッハ15、となる。
発射から敵ミサイルを捕捉、追跡、衝突、破壊するまでの過程は次の通り。
「SPY-1」レーダーが発射された弾道ミサイルを発見、必要な計算をし、「SM-3」に発射指令を出す。「SM-3」のエアロジェットMk72ブースターが作動しMk 41 VLS(垂直発射装置)から「SM-3」が発射され上昇。「SM-3」は艦上/地上の管制サイトと通信を開始する。ブースターが燃え尽きると分離され、2段目エアロジェットMk 104固体燃料2段燃焼ロケットが作動して大気圏外に達する。ミサイルは艦上/地上の管制サイトの誘導を受けそのまま飛行、2段目が燃焼し終わると3段目ATK Mk 136固体燃料ロケットが作動する。3段目は断続的にロケットを噴射しながら、目標まで30秒の距離まで近づき、ここで弾頭を分離する。
弾頭、すなわち「運動エネルギー弾頭 (KW=Kinetic Warhead)」が、艦上/地上サイトからの情報で目標の探索を開始する。KW弾頭のエアロジェット製のコース・姿勢制御スラスターが断続的に作動、最終の衝突位置に向かい、衝突・破壊する。衝突時のエネルギーは130 メガジュール (TNT炸薬31 kgに相当)になる。
「SM-3 Block 1A」の価格は約1,000万ドル(11億円)、
「SM—3 Block IIA」の価格は約2,400万ドル(26億円)と言われている。
図4:(Missile Defense Agency) イージス・弾道ミサイル防衛システム(BMD) の[SM-3]の変遷。現在海上自衛隊イージス艦が搭載するのは「SM-3 Block !A」で、「こんごう」、「ちょうかい」、「みょうこう」、「きりしま」の各艦から発射に成功している。発射時重量は1.5 ton、高さ(全長)は6.55 m。
「SM-3 Block IIA」はレイセオン/三菱重工の共同プロジェクト。2段目、3段目の直径が53.3 cm (21inch)に太くなっている。また、より大型の運動性の向上した「KW弾頭」になり、性能向上したセンサー類を装備する。現在開発の最終段階にあり、2018年末には実戦配備が始まる。
「SM-6」とは;—
「SM-6」は、中国空軍のH—6戦略爆撃に搭載する核弾頭装着可能な「KD-20」巡航ミサイルに対処するために必要な迎撃ミサイル。「KD-20」は対地攻撃用ミサイルで海面上すれすれを飛び、射程1,500 km、米国のトマホークに相当するもので、我国領空に接近せずに公海上どこからでも日本国内の目標を攻撃できる。
図5:(PLAAF Blue Sky website) 中国空軍H-6K 爆撃機の両翼に2発ずつに搭載された「KD-20」巡航ミサイル。弾頭にカバーが付いているが、これは新型の光学( IR) シーカーの窓を隠すためらしい。
「H-6」爆撃機はこれまでしばしば本州の周辺に姿を見せており、現在日本が配備しているペトリオットPAC2あるいはPAC3による巡航ミサイル対応は限定的でしかない。「イージス・アショア」の日本国内配備は2023年まで待たねばならないが、「SM-6」は2018年から現有の「イージス艦」に搭載できる。
「SM-6」は、来襲する航空機や巡航ミサイルから友軍の艦艇や地上設備を守る長射程の対空ミサイルでRIM-174とも呼ばれる。レイセオンが開発するスタンダード・ミサイル「SM-2」の弾体に、すでに戦闘機などに搭載し実用化済みの「AIM-120C アムラーム(AMRAAM)」・「中距離空対空ミサイル(advanced medium-range air-to-air missile)」のシーカーを組み込んだ“艦対空/地対空ミサイル”である。既存の技術を使うため開発費は極めて少額、2013年から初期少量生産に入り、米海軍で配備が始まっている。
「SM-6」の価格は約400万ドル(4.4億円)。
図6:(Raytheon) 「SM-6」はSM-2をベースにしている2段式ロケットで、大きさは重量1.5 ton、長さ6.6 m、直径53 cm、でSM-2とほぼ同じ。シーカー、つまり搭載レーダーはAMRAAM用をやや大きくしてある。艦上あるいは陸上のMk 41 VLS垂直発射装置から発射する。弾頭にはペレットを含む64 kg炸薬を装填、射程は目標の速度により異なり240-500 km、有効高度は34,000 m、速度はマッハ3.5とされる。地上配備型の「ペトリオットPAC-3」より防衛できる範囲がずっと広い。
終わりに
「イージス・アショア」の配備が5年先になるのは、昨今の厳しさを増す近隣の軍事情勢から、遅過ぎる感を免れない。1日も早い整備に向け、第4次安倍内閣のさらなる努力を期待したい。
中国、ロシア両国は、我国の「イージス・アショア」の整備の動きに早速反応を始め、8月以降公式・非公式にメデイアを通じ度々“自国の核抑止力を弱め、地域の安定を乱す試み”と非難している。
—以上—
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
Defense Industry Daily Oct 20, 2017。The Japanese government is considering the inclusion of SM-6interceptors
Defense News
Sept 26, 2017 “Japan evaluating sites for Aeigis Ashore Missile Defense system” by Mike Yeo
United States Navy Fact File 30 January 2017 “Standard Missile”
Jane’s 360 10 August 2017 “Images indicate possible precision-guided version of China’s KD-20 LACM” by Neil Gibson and Richard D Fisher