2018-01-26 (平成30年) 松尾芳郎
2018-01-27 改定(イースタン航空との契約解消ほか)
図1:(三菱航空機)県営名古屋空港に隣接するMRJ最終組立工場の内部。工場建屋5階には工場内部を一望できる「MRJミュージアム」が設置されている(2017-11-30)。
周知のように三菱MRJは1年前に設計の一部を変更したため、初号機のANAへの引渡しが2020年中頃に変更されている。現在4機がFAA証明取得のため飛行を続けており、5号機が名古屋で地上試験中である。さらに2機が今年2018年末までに完成するが、これらは設計変更をした機体で、量産型に最も近い形になる。
2017年1月に型式証明に関わる規則の理解が不十分だったことが判明、これへの対処で開発作業がさらに2年間遅れざるを得なくなった。すなわち最新の規則に盛り込まれている機体内部での爆発や多量の浸水などの異常事態に対する設計の見直しが必要となった。これがアビオニクス室の設計変更と配線ハーネスの見直し作業である。
アビオニクス室の設計変更と関連部品の製造は2017年10月に始まった。これに伴う新しい配線ハーネスの形状が決まり、現在、設計・製造を担当するフランスのLatecoere Interconnection Systems社と細部の詰めを行なっているところである。
6号機 (JA26MJ)と7号機 (JA27MJ) には、前述のようにこれらの変更が組込まれる。5号機は設計変更をしていない最後の機体だが、これには後日部分的に改修が行われる。最初の4機は原設計のままで、モーゼスレイク(Moses Lake, Washington)で試験飛行をおこなっているが、これは今回の設計変更が性能、燃費、システムの機能に影響がないため、原設計のままで飛行試験を続けて差し支えないためである
図2:(三菱航空機)モーゼスレイクのグランド・カウンテイ空港で試験飛行中のMRJ90型機の4機。
完成が近い2機は、このほど名古屋の最終組立工場に隣接して建てられた新塗装工場でペイントされた。この2機を飛行試験に投入することは未だ公表されていないが、いずれも2019年から試験に加わることになるだろう。
これで2019年末に予定していたFAA型式証明取得に影響が出るのでは、と懸念する向きもあるが、三菱はそれには答えず、2020年中頃の1号機納入には変更ないと云っている。
型式証明取得が2020年にずれ込んでも、初号機引渡しは年央なので、その間に半年の余裕があり、納入目標期日の再延期はないと思われる。通常証明取得から引渡しまで1-2週間程度あれば十分なので、半年間の余裕は不測の事態に備え設定されたもので、今回はその一部が充当されると考えて良い。
図3:(三菱航空機)近代的な塗装工場で白色塗装を終えたM6号機(機番JA26MJ)。垂直尾翼にはMRJ90と書かれている。
図4:(三菱航空機) 塗装工場で白色塗装を終え最終組立工場に搬入された2機 (機番JA26MJ、JA27Mk)。2018年末の完成を目指している。
FAA型式証明取得の試験飛行はすでに1,500時間を超え、予定の飛行時間の半分を超え、その一部は、運輸省航空局のパイロットの立会いで行われている。
2016年11月から始まった4機による試験飛行は、極めて高い信頼性で推移しており、技術的な問題で予定をキャンセルしたフライトは1%に過ぎない。
ご存知のようにMRJのエンジンはP&W製PW1200Gギヤード・ターボファンである。試験飛行中の4機は、いずれもエコノミー・クラス88席仕様のMRJ90で、同じエンジンを装備し2021年就航予定のブラジルのエンブラエル(Embraer) E175-E2が直接の競争相手となる。三菱ではMRJ90の証明取得後直ちに76席級のMRJ70の証明取得に取り組み、続けて100席仕様のMRJ100型の検討も視野に入れている。
図5:(日本航空協会「航空と文化」2014-3-24 “MRJを世界の空へ“) MRJ90とMRJ70の比較図。全長には2.4 mの差があるが、翼幅は同じ29.2 m。エンジンは、MRJ90:PW1217G推力17,000 lbs、MRJ70:PW1215G推力15,000 lbs、共にファン直径は56 inch(140 cm)、バイパス比は9 : 1である。航続距離は両者共標準型で約2,000 km、長距離仕様では3,700 kmになる。最大離陸重量は標準型で、MRJ90:39.6 ton、MRJ70:36.9 ton。MRJ70型の1番機は全体での8号機になり、現在最終組立て中で2018年末に完成する。
MRJ開発が決まったのは2008年、ANAがMRJ90型の発注(確定15機+オプション10機)を決めたことでスタートし、2013年末に初号機を納入する予定だった。しかし三菱にとりFAA証明取得作業は初めてで、不慣れのため齟齬が重なり5回の納入延期をせざるを得なくなり、既述のように初号機の納入は2020年半ばになった。
昨年(2017)行われた主な試験は、アイシング(icing)環境下での飛行試験、および地上での高温環境下の試験で、後者はアリゾナ(Arizona)州で外気温42℃の条件下で実施された。また高速飛行時のフラッター特性試験、および貨物室内での火災発生時に煙を閉じ込める機能試験も行われた。いずれも問題なく終了した。
5号機は名古屋空港にとどめ置かれ、地上でAPU運転時の騒音テストなどに使われている。
三菱航空機は三菱重工の子会社で、MRJの組立作業は三菱重工の手で行われている。証明取得作業が遅れているのに対し、量産に向けた準備はほぼ完成している。県営名古屋空港に隣接する最終組立工場は2016年3月に竣工済みで、従業員の訓練も十分に行われている。愛知県飛島工場で製造する胴体と主翼、三重県松坂工場で作る尾翼がこの工場に送られ、結合されて完成するという手順である。組立工場の規模は月産10機で、量産開始を待ち侘びている状況だ。
図6:(三菱航空機)県営名古屋空港に隣接して設置されたMRJ最終組立工場の正面、総面積は2.4万平方メートルある。この向かい側に塗装工場が新設された。
図7:(三菱航空機)MRJの主な協力企業とその担当部位。
既述のように「MRJ」の機体構造は三菱重工の各工場で組立てられる。一方、主要装備品、大型部品の多くは外注となり、その主なものは図7に示すが、これを含めて再録すると次のようになる。
・ AIDC:台湾空軍傘下の企業で、スラット(Slat)、フラップ(Flap)、方向舵(Rudder)、昇降舵(Elevator)、補助翼(Aileron)、スポイラー(Spoiler)を担当。
・ エアバス・ヘリコプタ(Airbus Helicopters):ドア類を担当。
・ GKNエアロスペース(GKN Aerospace):客室窓を担当。
・ ナブテスコ(Nabtesco/帝人精機):フライト・コントロール舵面(昇降舵、方向舵、補助翼、フラップなど)のアクチュエーターを担当。
・ パーカー・エアロスペース(Parker Aerospace):油圧システムを担当。
・ PPGエアロスペース (PPG Aerospace):コクピット風防ガラスを担当。
・ ロックウエル・コリンズ(Rockwell Collins):コクピット表示盤「プロライン・フュージョン(Pro Line Fusion)」統合アビオニクス・システム、フライト・コントロール・コンピューター、水平尾翼コントロール・システムを担当。
・ スピリット・エアロシステムズ(Spirit Aerosystems):エンジン取付け用パイロンを担当。
・ 住友精密工業(SPP):ランデイングギア・システムを担当。
・ UTCエアロスペース製(UTC Aerospace Systems):電源システム・空調システム・高揚力システム・防火システム等を担当。
・ ゾデイアック・エアロスペース(Zodiac Aerospace):ギャレイ・ラバトリー・客席を含む客室内装と燃料システムなどを担当。
(注)図7では「“ヒーステクナ(Heath Tecna)”が化粧室、内装などを担当」と記載してある。これは “ゾデイアック”が“ヒーステクナ”を買収し、2013年2月から同社の客室内装部門として“ヒーステクナ”の名称が使われ始めたため、この表示としたものである。
このようにMRJ製造に協力する企業は、大半が欧米や台湾で、国内の航空機関連企業の成長が未だ不十分なことを改めて示している。
MRJの受注状況を改めてまとめて見ると次のようになる;—
確定受注:223機
大半は MRJ90だが、トランス・ステイツ航空 の50機とJALの32機は、機種を指定していないのでMRJ70型を含むことになるかもしれない。
オプション等:184機
イースタン航空(Eastern Air Lines)は、MRJ90「20機確定発注+購入権覚書20機」の契約をしていたが、2017年に破綻しスイフト・エア(Swift Air)に買収された。この結果発注に関わる契約は、このほど正式に解消した(2018-01-26)。スイフト・エアはフェニックス(Phoenix, Arizona)に本拠を置くチャーター専門の会社で、ボーイング737-300と-400を計13機運用している。スイフト・エアはイースタンの名称と営業権を取得したが、イースタンの運航路線を引き継ぐ予定はない模様。
終わりに
MRJの現状については、しばしばマスコミが論評しているが、その多くは日経ビジネスに代表されるように、将来は“極めて悲観的”で展望はない、中止の選択肢もあり得る、と酷評している。1月26日にイースタン航空との契約解消が三菱航空機広報担当から明らかにされると“40機の注文が失われた”、これを契機にキャンセル拡大の恐れあり、と報道された。しかしイースタン航空の件は、三菱航空機が言うように、自身の破綻が原因でMRJ開発遅延には関係なく、これが他社の動向に影響することはあり得ないとするのが正しい。
MRJ計画遅れを冷静に見ると、米紙が指摘するように、度重なる遅延にはそれなりの理由があり、その都度適切な対策が採られ、修正されて今日に至っている。むしろこれで完成度が向上する、と受け止めるべきである。
前にも触れたが、競合するエンブラエルE-Jet機に比べ、客室は幅0.5 inch広く、通路高さは1 inch高い、さらに手荷物収納ビンには大型ローラーバッグが入る。このように客室はリージョナル機として顧客の嗜好に合わせて作られている。また機首、主翼などの形状は最新のCFD設計手法で決められ、燃費向上に寄与している。
加えて量産を控え、上述のように月産10機の体制が着々と整備されている。開発の遅れにも関わらず、受注はオプション等を含め400機を超えている。
こうして見るとMRJの将来はマスコミが云う“お先真っ暗”ではなく、2020年初めに予定通りFAA証明を取得すれば、一気に展望が開くだろう。関係者の一層のご努力に期待したい。
—以上—
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
Aviation Week Jan 15, 2018 “MRJ Program Nears Completion of Redesign” by Bradley Perrett
Aviation Wire 2017-12-27 “MRJ、塗装工場で初塗装垂直尾翼にMRJ90ロゴ“by
Tadayuki Yoshikawa
トラベルWatch 2017-11-20 “三菱航空機、「MRJミュージアム」オープン前に内部写真や動画を公開 by 稲葉隆司
TokyoExpress「三菱MRJ、証明取得飛行は圧縮して実施、引渡し期日は厳守」作成2015-11-24、(改定)2015-11-25
TokyoExpress [三菱MRJ、量産体制は予定通り進行中] 作成2016-04-18
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