スペースX社、惑星間輸送機 ”BFR” の開発を加速


2018-02-18(平成30年) 松尾芳郎

 

先月大型ロケット「ファルコン・ヘビー」の打上げに成功し、世界を驚かせたスペースX社は、それを遥かに上回る巨大ロケット”BFR”を 製作し、火星を含む惑星間輸送に乗り出そうとしている。

以下にその概要を、次に掲げる長さ13分のyoutubeを参考にしてまとめたので紹介する。この動画は2017年9月29日豪州アデレードで開かれた会議でイーロン・マスク(Elon Musk)社長が行なった講演を収録したものである。Httpsアドレスを選択しタップすればすぐにアクセスできる。

 

https://youtu.be/Mg0BB2bCDPo

 

先日スペースX社のファルコン・ヘビー(Falcon Heavy)が初飛行に成功したが、これに要した費用は、それまで最大だったデルタIVヘビー(Delta IV Heavyのわずか3分の1の9,000万ドル/100億円)であった。それでもマスク社長は、長年の夢である惑星間旅行のためにはまだ高すぎると考えている。

今年(2018)春にはファルコン9型ロケットの最終の生産機が完成し、12月には同社が開発する最初の有人宇宙船ドラゴン(Dragon crew capsule)の試験が予定されている。その先を見据え、マスク社長は、ファルコン9やファルコン・ヘビーの後継機、”BFR”と呼ぶ「惑星間輸送システム(ITS=Interplanetary Transport System)」の開発を急ぐよう社内に指示を出した。

スペースX社では”BFR”本体部分(2段目)の地球周回軌道飛行を3-4年後に実現したいとしている。

 

BFR;-

昨年秋(2017-09-29)豪州サウス・オーストラリア・アデレード(Adelaide)で行われた国際宇宙会議(IAS=International Astronautical Congress)で 、スペースX社の社長兼主任設計者のイーロン・マスク氏は、開発中の”BFR”輸送機に関わる最新情報を公表した。”BFR”は、現在10時間前後かかるの大都市間輸送の短縮ができ、さらに月や火星の探査、基地設営、などにも使える“惑星間輸送システム”と位置付けている。

これは打上げ用ブースター1基(1段目)と輸送機(2段目)で構成する単一のシステムで、これだけでファルコン9、ファルコン・ヘビー、さらに同社が開発中の“ドラゴン“宇宙船の機能を受け持つことができる。つまり単一のシステムで、地球周回軌道に衛星の打上げ、地球上都市間の高速輸送(例えばロスアンゼルス・ロンドン間10時間30分を32分に、東京・シンガポール間7時間10分を28分になど)、月探査、火星基地建設など多目的に使う輸送機で、低コストで実現できるとしている。

BFRの初号機は、2018年6月から組立開始して、2019年には大気圏外への飛行(suborbital flight)と大気圏への再突入試験を繰り返す。そして2022年に火星向け2機の”BFR cargo”機で無人貨物輸送を行うとしている。

“BFR”とは”Big Falcon Rocket”の略称である。

Falcon系列

図1:(SpaceX) 左から“ファルコン1”、“ファルコン9”、“ファルコン・ヘビー”、そして“BFR”、の比較。”BFR”は、大きさでは高さ106 m、直径9 m、ペイロード150 tonを地球周回低軌道に打上げ可能で、これまでのファルコン系列に比べずば抜けて大きい。

 

 

火星へのミッション;—

2022年の火星に向けた最初の2機による貨物輸送ミッションでは、水源の確認と有人基地に当初必要なエネルギー源の確保、採掘可能な箇所、基地設置に適した場所などを確認する。2回目のミッションは2024年に予定し、それぞれ2機ずつで貨物と人員を輸送し、推進剤の貯蔵庫を設置し、以後の有人飛行に備える。これら初期のミッションは恒久的な火星基地の建設の始まりで、将来は独立した火星都市の実現を視野に入れる。

火星大気圏への進入;—

BFR輸送機は火星大気圏へ速度7.5 km/秒で降下進入し、大気との摩擦で生じる高温に晒されながら空力的に減速をする。輸送機のヒート・シールド(heat shield/遮熱板)は複数回の使用に耐えられるよう作る。

BFR

図2:(SpaceX) “BFR”の完成予想図。高さ106 m、直径9 m、の2段式ロケット。打ち上げ時重量は4,400 tonになる。低地球周回軌道(LEO)に150 tonの重量を打上げ、地球帰還時には50 tonを持ち帰ることができる。エンジンは、1段目、2段目とも開発中のラプター(Raptor)ロケットを使う。1段目には31基を取付け、合計推力52.7 MN(11,80万ポンド)を得る。打上げ後”BFR”が所定の軌道に入ったら1段目は分離し地上に帰還、回収、再使用される。2段目は分離した後、同型のエンジン6基、合計推力12.7 MN(290万ポンド)で飛び続けて目的地に向かう。目的地で着陸し任務を終えたのち離陸、地球に帰還着陸し再利用される。

Raptor-CAD-768x983

図3:(SpaceX) ラプター・ロケットはスペースX社が開発する次世代型ロケットで、燃料は、これまでマーリン(Merlin)1C,-1Dが使うRP-1ケロシンと液体酸素(LOX)とは異なり、液体メタン(CH4=liquid methane)と液体酸素(LOX)を使う。

 

ラプター・ロケットは、ファルコン9やファルコン・ヘビーが使うマーリンに比べ、推力は2−3倍になる。ラプターは最初から再使用を前提にして作られるので、これを多数使う惑星間輸送機(ITS)のコストは使い捨て型に比べ数分の1で済む。ラプターの開発は、2009年から始まり2015年までは自己資金で続けられたが、2016年からは空軍の資金も加えて2段目に使う改良型の開発を行っている。ラプターの「離着陸」用エンジンは推力1,700 kN(38万ポンド)、宇宙空間用「バキューム」エンジンは推力1,900 kN(43万ポンド)である。

ラプターは複数回、かつ長寿命の使用を前提としており、特に燃料ポンプ(液体メタンと液体酸素)用タービン駆動燃焼ガス温度を下げるため、”full flow staged combustion cycle“(予燃焼室内へのCH4/LOX流量比を大きく変え温度を下げるサイクル)を採用している。

BFRのサイズ、諸元

図4:(SpaceX) BFRの2段目。直径9 mの円筒形で、尾部にフラップ付きデルタ翼を使い、薄い大気、濃い大気中で姿勢制御を行う。BFRには3種類が用意される。すなわち、”BFR crew”、”BFR tanker“、“BFR cargo”である。

BFRの中身

図5:(SpaceX) ”BFR”2段目の中身。ペイロード部分の与圧室容積は大型旅客機ほどもあり、火星行きの場合40の客室と共用部分のギャレイ、貨物室、磁気嵐避難用遮蔽室などを設ける。燃料タンク部分には、液体メタン(CH4)/240 ton、液体酸素(LOX) /860 ton、のタンクがあり、さらに着陸用燃料タンクが液体メタン・タンクの内部にある。

エンジン部

図6:(SpaceX)”BFR”輸送機2段目のエンジンを後ろから眺めた想像図。中央の2つは離着陸時に使う地上用エンジン、大きいノズルの4基のエンジンは宇宙空間の真空中で使うバキューム・エンジンである。

 

離着陸用エンジン2基とバキューム用エンジン4基は、同じ“ラプター”であるがノズル出口が大きく異なる。

ノズルの効率は、ノズル出口のガス圧[Pe]が「外気圧と同じ時に最大」となる。「[Pe]が外気圧より高いと[underexpand(出口面積過小)]になり排気ガス流が拡散する、「[Pe]が外気圧より低いと[overexpand(出口面積過大)]」になり排気ガス流が絞られる、従っていずれの場合も効率が落ちる。

これを避けるため、外気圧が高い状態で使う離着陸用エンジンではノズル開口部直径を1.3 mとし面責を小さくし、ノズル(出口面責)比を1 : 40にしてある。また大気圏外真空中で使うバキューム用エンジンではノズル開口部直径を12.4 mと大きくしノズル(出口面責)比を1 : 200にしてある。

燃料補給2

図7:(SpaceX)地球周回軌道上でBFRに燃料を補給するには左側のBFR tankerを打上げて使い、スラスターで正確に接近、合体して給油する。

 

“BFR”は低地球周回軌道(LEO=low Earth orbit)にペイロード150 ton (330,000 lbs) を乗せることができる。これはファルコン・ヘビーの最大打上げ能力(63.8 ton)の2.5倍近くになる。

長楕円の地球周回低軌道で”BFR tanker”と合体、燃料補給を受けた”BFR crew”あるいは”BFR cargo”輸送機は再給油なしで月に着陸し地球に帰還できる。

一部既述したが、“BFR輸送機”を、現在10時間前後かかる都市間の輸送に使うと時間は30分前後に短縮でき、しかも料金はエコノミークラス正規運賃と同じにできる。

“BFR”の開発が早まったのは、昨年マスク氏がファルコン・ヘビーを使う有人宇宙飛行に消極的になり、月への有人輸送計画を”BFR”に変更したためである。「ファルコン・ヘビーで有人宇宙船ドラゴンを月に送るのは容易で、アポロ宇宙船より遠方、多分小惑星帯までの飛行ができるだろう。これは昨年までの計画だったが、その後”BFR”構想の研究を進めた結果この方が月旅行を一層早められる、と考えを改めた。

マスク氏は語っている、「“BFR”輸送機の開発で最も技術的に難しいのは、2段目のペイロード部分が月または火星からの帰還に際し地球大気圏再突入で受ける超高温の摩擦熱である。再突入時に被る高温は、部材によって異なるが物によってその差は8倍にもなる。従って輸送機の耐熱試験は極めて難しくなりそうだ。」

「また“BFR”は多様な環境下で飛行しなくてはならない。すなわち、真空中、希薄なガス中、希薄な大気中、高圧な大気中、極超音速飛行、超音速飛行、遷音速飛行、および亜音速飛行である。さらに異なる組成の大気中で機能し、月や火星の不整地に着陸し、離陸できなければならない。これらの要件はお互いに相反するものもあるが、最も難しい問題の解決から取組むつもりだ。」

「NASAでは2名の宇宙飛行士をドラゴン宇宙船で国際宇宙ステーション(ISS)に送る試験を今年12月に実施したいとしているが、不測の事態さえなければ、ファルコン9ブロック5を使い、準備に2ヶ月もあれば遂行できる」、「一方BFR輸送機部分の最初の打上げ試験(大気圏外に打上げすぐ帰還する”hopper test”)は、来年には始められる」。

スペースX社では同じような試験を、ファルコン9で1段目の回収技術を習得するため“Grasshopper(バッタ)”試験として行なっている。BFRの試験は、スペースX社がテキサス州ブラウンズビル(Brownsville, Texas)近郊に建設中の新しい発射基地で行われることにそうだ。「この基地は無人の荒野の広大な敷地内に設けられ、最適の打ち上げ基地となるはずだ。これとは別に海上の2隻の船の間に発射基地を設置するのでこれも使える」とマスク氏は話している。

スペースX社の試算では、”BFR”の重量当たりの打上げコストはこれまでのファルコン1を含む全ての系列機のなかで最も安くなる見込みと云う。理由は”BFR”の全ての部品は再利用できること、それに世界最高、かつ正確なブースター部分回収技術を使えること、のためである。

17-07 衛星軌道解説

図8:”地球周回”低軌道(LEO=Low Earth Orbit)、“地球周回”静止軌道(GEO= Geostationary Earth Orbit)、静止トランスファー軌道(GTO=Geostationary Transfer Orbit)の説明図。

  1. “地球周回”低軌道(LEO):高度160 km – 2,000 kmで地球を中心とした軌道で、周期は約90分。
  2. “地球周回”静止軌道(GEO):高度22,236 km以上の地球を中止とした軌道で、周期は地球の1日と同じ。
  3. 静止トランスファー軌道(GTO):近点が低軌道(GTO)で遠点が静止軌道(GEO)の楕円軌道。衛星を静止軌道に打上げる際一時的に使われる。
  4. “太陽周回軌道(GSO=Geosynchronous Orbit)、 (heliocentric orbit):太陽を周回する軌道で、地球が1年かけて太陽を周回する軌道もその一つである。

 

—以上—

 

Aviation Week Network Feb 09, 2018 “SpaceX Aiming to Start BFR Test Next Year” by Irene Klotz

https://youtu.be/Mg0BB2bCDPo

”With Successful Debut, SpaceX Falcon Heavy Becomes Heir to Saturn V”

TokyoExpress 2016-08-11改訂“ロケットエンジンの基本”

TokyoExpress 2013-10-06 “次世代型ファルコン9ロケットv.1.1、発射に成功“

TokyoExpress 2017-02-10 “スペースX社、「ファルコン9」で次世代通信衛星10基を打上げ、1段目の回収にも成功“

TokyoExpress 2017-04-07 “スペースX、「ファルコン9」打上げロケット1段目の再使用に成功“

TokyouExpress “スペースX社/マスク氏、ファルコン9の打上げ拡大を目指す”