2018-02-24(平成30年) 松尾芳郎
開発が遅れている三菱MRJだが、性能は予想よりも良くなりそうだ。空力設計とエンジン性能が予想通りで、今後の細部の改良でさらに良くなる見込みと云う。
2月6日から11日の間シンガポールで開かれた航空ショーで三菱航空機福原営業本部副本部長が記者会見で語った内容を、近着のAviation Week誌 電子版 が、2018-02-13付けで報じた。表題は “MRJ is Meeting Specification and Could be Made Better”、作成はBradley Perrett氏。以下にその内容を中心にして紹介する。
図1:(三菱航空機)最終組立工程にあるMRJ70型1号機。MRJ全体の通算で8号機となる。2018年末に完成予定。2017年11月20日公開された写真。
名古屋空港に隣接した三菱小牧工場ではMRJ70型の最初の2機の組立てが始まっている。MRJ70は米国の市場で益々その重要性が高まっている。その理由は、米国では、大手エアラインとパイロット組合が締結している協約(Scope Clause)で“リージョナル機として運行可能なのは離陸重量39 ton以内”と定めてあり、大きいMRJ90はこれに抵触する。この“Scope Clause”は、大手エアラインに勤務するパイロットが、大型化するリージョナル機を運用するリージョナル航空に仕事を奪われるのを防ぐために設けた協約である。
三菱によると、飛行試験で最も心配されたのは、制限ぎりぎりの重心位置でバフェット(振動)発生の限界を調べる試験と失速性能の試験であった。試験の結果は、あらかじめ想定した設計速度までは振動は発生せず問題はなかった。
飛行試験では、さらに機体の空力抵抗とPW1200Gエンジンの燃料消費率が設計の予測値に合致していることを確認できた。福原営業副本部長によると、飛行試験は今も継続中なので、機体のパネル間の隙間を狭めるなどの改良を加えてさらなる抵抗削減策を加え今後試験したいとしている。これで燃費が改善されれば、MRJ90の場合、設計離陸重量42.8 ton 、エコノミー・クラス88名搭乗で最大航続距離3,770 km とするスペック値を多少改善することができる。
新設計の機体の場合、スペック値より性能を向上させるには、普通重量との戦いになるが、MRJの開発は、試験飛行の段階で早くもスペック値を達成、さらなる改善が試みられている、と云うことだ。
この他に飛行試験で判ったのは、MRJの失速(stall)速度が予測よりも遅かった点である。このため、より短い滑走路からの離陸ができ、あるいは規定の長さの滑走路から離陸できる重量を増やすことができる。
このように開発途上でスペック値を達成、失速速度の一層の低下等は、MRJの基本設計段階で採用した新開発のCFDシミュレーション手法[MODE]によるところが大きい。
航空機設計で一番大切なのは空力、エンジン、構造、制御など数多くの性能目標の優先順位を考えバランスの良い機体にすることである。従来は風洞実験を繰り返して最適設計を求めてきた。近年はコンピューター性能の向上で風洞実験をシミュレーションで置き換え、主翼の設計をはじめ、翼・胴の接続部、機首の形状、エンジン・翼の接続部分などの詳細な形状決定が行われるようになった。これが“多目的設計最適化(MODE)”すなわち、[Multi-Objective Design Exploration]と呼ぶ手法で、東北大学流体科学研究所所長大林茂氏らと三菱重工、三菱航空機が共同開発しMRJ設計最適化に適用した。MODEを使うことで、MRJの最適化形状の可視化に成功し、設計の最適化と性能の極大化に大いに貢献している。
図2:(三菱航空機)写真は高速飛行時のMRJを、[MODE]を使って圧力分布を可視化して表した図である。青色が低圧力、赤色が高圧力の部分を示している。[MODE]のお陰で抵抗の少ない主翼が作られ、パイロン・主翼の接合部や胴体・主翼の接合部などに発生する局所的衝撃波が緩和され、抵抗削減とバフェット防止に役立ったのである。
ブラジルのエンブラエル(Embraer)が作るE190-E2は数週間後に型式証明を取得するが、こちらも燃費は予測より良い。しかしサイズはかなり大型(最大離陸重量56.2 ton)なので、MRJ90と直接競合する同社製のE-175-E2(同44.8 ton) よりかなり大きい。
E175-E2およびMRJ90は共に、前述の大手エアライン・パイロット組合の協約 ”Scope Clause” で示す最大離陸重量39 tonを超えている。三菱はこの制限の緩和を見込んでMRJ90の最大離陸重量を41 tonにする案と39.6 tonの案を提示しているが、39.6 tonの場合は航続距離が2,120 kmになり魅力を欠くことになる。
三菱は2008年にMRJ開発を決めた際、エアライン・パイロット組合の協約”Scope Clause”は近く改訂され重量制限が緩和されると予想していた。しかし2018年現在協約はそのままで改定の見通しはない。
福原副本部長は記者会見で「我々の戦略は協約には左右されない。米国の市場にはMRJ70を第一に考えている。MRJ70は全席エコノミーで76席、航続距離3,740 km の場合の最大離陸重量は40.2 ton 。しかし協約の制限値39 tonが変わらない場合は、重量を制限値内に抑えて航続距離3,090 km として型式証明を取得する。飛行試験で性能向上が確認されればその分航続距離を多少延伸できる」と語っている。
エンブラエルE170-E2はMRJ70と同じサイズだが、E170のエンジンを換装した後継機なので組み込まれている技術は旧い、だが航続距離は3,980 kmで若干優っている。
図3:(三菱航空機)最終組立工程のMRJ70型、右が前掲(図1)に示す1号機、左は胴体の接続が終わっていない2号機のようだ。2017年11月20日公開された写真。
図4:(日本航空協会「航空と文化」2014-3-24 “MRJを世界の空へ“) MRJ90とMRJ70の比較図。
図5:(三菱航空機) MRJ70とMRJ90の三面図。両者の違いは全長と前後の車輪の間隔だけである。
図6:(三菱航空機)MRJ90とMRJ70の比較表、MRJ販促用パンフレットから作成した。それぞれ3機種があるが、”STD”=標準型、”ER”=Extended Range/航続距離延長型、”LR”=Long Range/長距離型、を意味する。
MRJの最大の顧客2社はいずれも米国の大手リージョナル・エアラインである。トランス・ステイツ・エアライン(Trans States Airlines)は2011年に50機発注、スカイウエスト・エアライン(SkyWest Airlines)は2012年に100機を発注している。これら2社はMRJ90またはMRJ70を選択できる条件付きの契約のため、若干機数をMRJ70にする可能性が高まっている。
トランス・ステイツ・エアラインはミゾーリ州ブリッジトン(Bridgton, Missouri)を本拠とする大手航空会社。幹線を運航するユナイテッド航空とアメリカン航空のために、それぞれのリージョナル路線を担当する“ユナイテッド・エクスプレス(United Express)”と “アメリカン・イーグル(American Eagle)” の名称で、全米70都市間の運航をしている。2017年現在エンブラエルERJ-145型系列機を56機使用中である。
スカイウエスト・エアラインはユタ州セントジョージ(St. George, Utah)を本拠とする、輸送旅客数、使用機数、運航距離、いずれでも北米で最大のリージョナル航空である。自社の名称は使わずに幹線運航をする航空会社と契約を結び、リージョナル路線を担当して収益を得ている。北米226都市を結ぶ毎日2,000便以上のフライトをこなし、2016年の輸送旅客は3,120万人に達している。最大の顧客はデルタ航空でデルタ・コネクションとして毎日819便、またアラスカ航空のリージョナル部門アラスカ・スカイウエストなどを運航中である。使用機材は、ボンバルデイアCRJ100, CRJ200, CRJ700, CRJ900, およびエンブラエル175で、合計426機に達する。
MRJ70の開発はMRJ90より1年遅れで進んでいて、現在2機が最終組立工程にある。-90と-70は、客室長さを除きほとんどの部分が共通なので、同じ組立ラインでの作業に支障はない。
度々伝えられている様にMRJ開発プログラムはかなり遅れているが、2020年中頃の初号機納入は間に合いそうだ。
一般に民間機の型式証明取得のための試験飛行は2,500時間程度とされるが、MRJの場合は初号機引渡しまでに3,000時間になりそう。追加の500時間で不具合箇所の発見と処理が一層進むことになる。現在モーゼスレイク(Moses Lake, Washington)で飛行中の4機のMRJ90は、実際のエアライン運航を模した飛行を含めて99%の高い就航率をマークしている。
試験飛行時間が伸びた理由は、先般伝えた様に、2016年に床下の水漏れと貨物室内での限定的爆発が起こった場合に備えた耐空性が不足とされ、設計変更が行われたためである。
新設計に基づく2機 (6号機と7号機でいずれもMRJ90型) はTokyoExpress「三菱MRJ、設計変更後の2期は2018年末までに完成」2018-01-26作成、にあるように、現在最終組立中で2018年末に完成する。その後モーゼスレイクで試験飛行に参加することが決まった。この結果MRJ90の試験飛行は名古屋にいる1機を含め合計7機で行われることになる。
改修項目は、前後のアビオニクス室の変更と胴体内の電気配線ハーネスの変更である。アビオニクス室の改修設計は2017年末に完了済み、ハーネス改修は基本設計は完了したが細部の変更がまだ終わっていない。
—以上—
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
Aviation Week Today’s Featured Content 2018-02-13 “MRJ is Meeting Specification and Could be Made Better” by Bradley Perrett
トラベルWatch 2017-11-20 “三菱航空機、「MRJミュージアム」オープン前に内部写真や動画を公開 by 稲葉隆司
三菱航空機 平成23年11月11日”MRJの開発状況“ by 藤江 壮
monoist.atmarkit.co.jp “CAE最前線―MRJ事例に見る航空機設計でのシミュレーション活用“by 加藤まどみ
三菱航空機 Sep 18, 2017 “MRJ: Progress and Developments – Optimizing The MRJ’s Aerodynamics through Advanced Design” by Shigeru Obayashi
TokyoExpress [三菱MRJ、量産体制は予定通り進行中] 作成2016-04-18
TokyoExpress [三菱MRJ、設計変更後の2機は2018年末までに完成] 作成/改定]2018-01-27