小型機用の非常パラシュート・システム、採用が広がる


2018-04-05(平成30年) 松尾芳郎

 

アラバマ州バーミンガム(Birmingham, Alabama)に住む物理学者で医者のリチャード・マクグローリン(Richard McGlaughlin)博士は、自家用軽飛行機シラス(Cirrus) SR22型を操縦し、2010年にハイチ(Haiti)を襲ったマグニチュード7.0の大地震の後に、2年間にわたり救援のため何度もマイアミ経由でハイチを訪れた。今回 (2012年1月)再びハイチに行くことになったのは医薬品を届けるためで、25才になる娘エリアン(Elaine)が同行していた。

ハイチは図2の地図で分かるように、マイアミの南東約1,200 kmに位置する島国で、小型機で数時間ほどの距離にある。

マイアミを離陸して機首を南東に向け大西洋上を45分ほど飛んだとき、エンジンの油圧が急に低下していることに気付き、バハマ諸島(Bahamas)にあるアンドロス(Andros)島のナッソー(Nassau)に不時着することを決めた。そして直ぐに航空管制にその旨連絡したが、間も無くエンジンが激しい振動を起こして停止し、機体はグライダーのように滑空し始めた。

マクグローリン氏は直ぐに非常事態を管制に通報、最も良く滑空できるようトリムをセットし、娘にはシートベルトをきつく締めるよう言った。高度が下がり始め2,200 ft(約700 m)になりアンドロス島に辿り着けないと判ったため、不時着水を決心、頭上の赤いハンドルを強く引き下げた。パラシュート射出用のロケットが作動し、胴体から大きなオレンジと白色のパラシュートが引き出され、開いた。直径30 mに全開し、シラス機全体を覆い隠しながら静かに紺碧の大洋に向け降下した。

機体が着水すると、マクグローリン氏と娘は救命胴衣を掴みパイロット側のドアから翼上に脱出、救命筏を引き出し膨らまして乗り込み、救助を待った。直ぐに米国コーストガードのHC-144機が発見し、続いて救助用のMH-60 ジェイホーク・ヘリコプターが到着、二人を救出して安全にアンドロス島まで運んでくれた。

今回のマクグローリン博士の墜落/生還事件は、シラスSR20およびSR22において、1999年以来28件目のシラス・エアフレーム、パラシュート・システム(CAPS =Cirrus Airframe Parachute System) の作動事故例となり、これで53名が助かっている。

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図1:(US Coast Guard) マイアミから配置に向かう途中エンジン停止で大西洋上に不時着水したシラスSR22型軽飛行機[N732EA]。USコーストガードのHC-144機が発見、撮影した写真。パラシュート装備だったため無事に着水、機体は全損となったが乗員2名は無事に救出された。

 

シラスSR22機は全損となったが、装備していたパラシュートは完全にその役目を果たし、2名の乗員はコーストガードのヘリで無事に救出された。装備していたパラシュートはBRSエアロスペース社製の全機懸垂用で、シラス機の374機を始め、ホームビルド機を含む多数の単発小型機に装備されている。この中にはセスナ172型機や同182型機の一部、さらにはエアバス製パーラン(Perlan)高空用グライダー等があり、今では約35,000機に採用されている。

BRSエアロスペース社は1980年にミネソタ州サウス・セントポール(South St. Paul, Minnesota)に設立された企業である。

しかし、今の所パラシュートを標準装備としてFAA(連邦航空局)から認定された機体はシラス機以外にはない。つまりシラス機ではパラシュートが型式証明の一部となっており、パラシュート・システムが故障したり、あるいは取外したりした場合は耐空性が保証されず飛行ができない。

マイアミ・ハイチ

図2:(Google)マクグローリン氏が操縦する軽飛行機シラスSR22の予定飛行航路(点線)と実際の航跡(実線)。

BRS社の本社従業員50人ほどで、別にノースカロライナ州に縫製工場を持っている。同社によると、新しく数社が新設計の小型機にパラシュートを標準装備とすべく、話し合いをしていると言う。しかし現在生産中の機体に新しくパラシュートを標準装備とする案は、機体の型式証明を取り直す必要があり時間と費用がかかり過ぎるので実際的でない。

しかし、パラシュートを追加装備として追加型式証明 (STC=supplemental type certificate) を取得することは可能で、この方法を使って多くの飛行機が搭載している。最近新しく小型機を購入した人達は、今回のシラス機不時着水の成功に関心を寄せ、これが新しい市場になりそうだ。

これからは、無人エアタキシーや無人貨物機用として、多くの関係企業がパラシュートを標準装備とすべく強い関心を示している。 BRSエアロスペース社のCEOエンリクー・デイロン(Enrique Dillon)氏は次のように話ししている。

「現在数社の垂直離着陸機(VTOL)メーカーと話し合い中で、安全装置を供給する我社にとりこれまでにない機会が訪れている。」

無人垂直離発着機(unmanned VTOL)業界はこれからの産業と目され、エアバスのE-Fanをはじめ多数の新規参入企業がひしめき合い、開発を競っている。ここで誰もが重要視しているのが“安全装置”、つまりパラシュート・システムの装備だ。

無人垂直離発着機(unmanned VTOL)は“UAV” (unmanned air vehicle)とも呼ばれ、通常のヘリコプターのような単一のローターではなく、多くは複数のローターを円周上に配した分散推進方式になっているので、中心部にパラシュートを装備する十分な余地がある。

将来はBRSパラシュート・システムを搭載した多くの無人タキシーを含むUAV機が地上のパイロットの操作で飛び交うようになり、万一故障で飛行不能になった時にはパラシュートが開き着地、乗客は無事に生還、と云う時代がくる。

パラシュートで生還したマクグローリン博士は、275機のシラス機オーナーで組織するシラス・オーナー&パイロット協会の幹部を務め、BRSのデイロン氏が保証する“墜落機から生還”した証人の役をしている。

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図3:(Cirrus Aircraft) シラスSR22型機は、自重1028 kg、搭載量605 kg、3時間飛行の場合は予備燃料45分ぶんを搭載するので搭載量は439 kgとなる。エンジンはコンチネンタルIO-550N、310馬力。離陸滑走距離570 m、巡航速度183 KTAS (340 km/hr)、失速速度60 KTAS。

シラスSR22は単発4人乗りの複合材製の軽飛行機でミネソタ州ダルース(Duluth, Minnesota) のシラス航空機で2001年から製造されている。2003年以降は最も売れている小型軽飛行機となっている。これまでに5,200機以上が作られた。

我国の航空大学校では、初級訓練にビーチクラフトA36型機を使っているが、順次シラスSR22型機に更新されている。すなわち同校帯広分校ではシラスSR22を10機導入済みだが追加5機の納入が決まっている。さらに宮崎本校でも15機がリース導入される。これらには全日空商事がJapan General Aviation Service社と協力してリース導入を支援している。

最大の特徴は非常時に機体全体を懸垂できるシラス・エアフレーム・パラシュート・システム (CAPS= Cirrus Airframe Parachute System) を装備する点である。コクピット・アビオニクスはガーミン(Garmin)製シラス・パースペクテイブ+(Cirrus Perspective+)を装備する。10 inchスクリーンで合成視認表示(SVT=Synthetic Vision Technology)になっている。

パラシュートを作るBRSエアロスペースとは“Ballistic Recovery Systems”の略で、1980年にボリス・ポポフ(Boris Popov)氏により創業された。同氏は1975年にハング・グライダーで飛行中120 mの高さから墜落し助かった経験から、小型軽飛行機が操縦不能に陥った場合に、全機を懸垂できるパラシュートで助けることを思い立ち、この事業を始めた。

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図4:(BRS Aerospace) BRSエアロスペースが作っている各種のエアフレーム・パラシュート・システム。

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図5:(Cirrus Aircraft SR22 Pilot Operating Handbook)SR22のパラシュートは、キャビン後部に収められ、パイロットが天井の赤いハンドルを引くと、ロケットが点火、パラシュートのバッグを引き出す。するとその力で懸下索が収められている胴体側面の皮膜が破れ、懸下索が引き出される。懸下索は胴体前部2箇所、後部1箇所に結ばれ、30 mほどの長さになる。ロケット発射から2秒以内に開傘し、機体の落下速度は遅くなる。8秒ほどで機体の前進速度はなくなり、毎分550 mほどの降下速度でゆっくりと降下する。着地あるいは着水時の衝撃は4 m (13 feet)の高さから落ちる場合に相当する。この衝撃を緩和するため、座席下はハネカム構造にしてあり、前部にはエアバッグが装備されている。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

Aviation Week Mar 14, 2018 “Whole-Aircraft-Parachute-System Maker Eyes EVTOL Sector” by William Garvey

Cirrus Aircraft Home “Explore the SR22”

Cirrus Owners & Pilots Association 10 Jan. 2012 “Early Reflections on CAPS Pull #32 by Dick McGlaughlin in the Bahamas” by Rick Beach

Wikipedia “Ballistic Recovery Systems”

BRS Aerospace – Home

JGAS Aviation Blog 2018/01/05 “シーラスSR22型が航空大学校宮崎本校の次期訓練機に決定“