2018-05-24(平成30年) 松尾芳郎
スペースX社では、ファルコン9ロケットは最小限の整備を繰り返しながら少なくとも10回は再使用するという目標を立ててきた。
同社では、ファルコン9 Block 5再使用可能ロケットを今後30-50基打ち上げる予定である。ただし同じロケットを回収後24時間以内に再打上げすることはしない。
同社のイーロン・マスク会長は、ロケット回収後24時間以内の再使用はしないとしながら、来年には回収したBlock5ロケットを24時間以内に再び打上げる実証試験を行う、と言っている。これは将来の宇宙旅行ロケットを、現在の航空輸送の水準並みにしたいとしており、そのための過程として行おうというもの。
イーロン・マスク氏は電気自動車のテスラ・モーターズの会長も務めていて、こちらでは最近の生産遅れと自動運転の車が公道で追突事故を起こすなどで、マスコミから社内の管理体制が悪いと非難を浴びている。これに対しマスク氏は「自動運転車の追突事故でドライバーが足首を骨折したことを、新聞は一面に大きく書き立て、社内の管理不在だと非難を繰り返している。しかし年間4万人と言われる全米の交通事故死については語ろうとはしない。これは事実を歪める報道で、受け入れられない」と強く反発している。
確かにその通りで、マスク氏のもう一つの事業であるスペースX社は、ここに紹介するように世界の宇宙開発の常識を覆す新技術を次々に実用化し、欧州、ロシア、日本、中国の打上げロケット技術を大きく引き離している。これを持ってすれば、マスク氏のマネージメント能力を非難するのは的外れだと言えよう。
以下に、マスク氏が5月11日に打上げに成功したスペースX社製ファルコン9Block 5に関連して、業界関係者を対象とする講演会で語った内容を紹介する。
Block5は、2段式液体燃料使用のファルコン9の最終かつ最新型のロケットで、前身のBlock 4から100箇所以上の改修を行い、再使用可能性の強化、安全性の向上、性能改善、製作費の低減を図ったロケットである。
図1:(SpaceX)5月11日ケネデイ宇宙センター39A発射台から打上げられたBlock 5 初号機。バングラデッシュ(Bangladeshi)の通信衛星打上げに成功した。
マスク氏は次のように語っている。「原理的にはBlock 4でも、各再飛行の前に十分な修理をすれば恐らく10回の再使用は可能な筈である。Block 5は飛行毎の再修理を不要にし、簡単な整備だけで10回以上の連続使用を目指している。」
「基本的には次のように考えている。すなわち着陸パッドにロケットが着陸したら、ロケットを水平位置にし、着陸用脚を収納し、発射台近くに移動、2段目を取付け、その先にペイロードと覆いのフェアリングを取付ける。それから、発射台まで輸送、垂直に立てて、燃料を入れてから、再び飛行する。」
「ここまで来るのに16年間、数千にも及ぶ改良を積み重ね、大変な努力をしてきたが、遂に実を結ぶ段階に到達した。こうしてBlock 5は10回の発射毎に整備を行い、これを積み重ねて100回以上の発射に使うことができる。」
Block 5の外観上の改良点は、ロケットエンジンに塗布していた白色の摩滅性保護層を、耐火性に優れた撥水性の耐熱保護層に変え、ペイントを不要にした点である。これでBlock 5の外観は、炭素繊維複合材製の2段目が黒色、着陸用脚のカバーが黒色となり、ロケット全体の白に彩りを添えることになり、より精悍な姿になった。
図2:(SpaceX) 大西洋の海上に設置された着陸スポット(drone ship) に着陸するスペースXの1段目ロケット。これは25回目の着陸成功となる。
1段目ロケット下部外周に取付けられるランデイング・レグ(着地用の脚)は、これまではいわゆる外付け型だったが、Block 5では本体外周に設けられた溝に収められ、展開する機構も本体内に入り全体がスムースに改められた。これでランデイング・レグの出し入れがずっと容易になった。これまでは収納作業に数時間も掛かっていたがこの改修で極めて簡単にできる。
図3:(SpaceX) Block 5初号機が発射に成功し、1段目が着陸船(droneship) に着地した直後の写真。Block 5で改良されたランデイング・レグ(landing leg )は4本あり、第1段目が分離されると着地に備え開く。次の写真(図4)に示すように、このレグはアルミ合金ハネカムと炭素繊維複合材でできており、発射時にはロケット本体に格納される。
図4:(SpaceX) ファルコン9Block 5のランデイング・レグの写真。下部の黒い舟状がレグ部分。向こう側の切り欠きがロケット胴体に支えられ、写真右下部には接地用部材が取付けられ、ロケットを垂直に支える。
Block 5は、ヒートシールドにこれまでは複合材を使っていたが、これを耐熱性のあるチタン合金製に改めた。このTi製シールドは再突入時に大気との摩擦による高温から守るため、水噴射をして強制冷却をする。再突入時は超音速衝撃波で高熱スポットが生じ、これがシールドの焼損を起こすので、これを防ぐためである。この水強制冷却は発射・上昇時には使う必要はない。
もう一つの重要な変更点は、9基のマーリン(Merlin) 1Dエンジンを束ねる主支持機構の改良である。主支持機構はオクタウエブ(octaweb)と呼ばれ、8基の1Dエンジンを円周上に配しその中心に9基目の1Dエンジンを据え、1段目の後端に取付けている。このオクタウエブ機構の材料はアルミ合金2000シリーズであったが、高強度の7000シリーズに変えることで著しく強度が増え、同時にエンジン火災などによる高温にも耐えられるようになった。
オクタウエブの設計変更で、再使用前の検査の必要性を減らし、信頼性を向上し、また製作時間を短縮できた。
マーリン1Dエンジン本体も改良され、海面上静止推力は8%増え190,000 lbsとなり、大気圏外では205,500 lbsまで出せるようになった。まだ改良の余地があり10 %まで推力を増加できそう。さらに燃費に相当する比推力(specific impulse) も数秒程度向上可能と思われる。これら改良に材料の変更はしていないのでエンジン重量は変わっていない。マーリンの推力—重量比はこれで150に達し、最も効率の良いロケット・ブースターとなっている。
図5:(SpaceX) マーリン1Dエンジン9基の取付け写真。オクタウエブ(octaweb) と呼ぶ支持機構に取付けられている。9基を束ねる主支持機構がやや白く見える。Block 5ではこの部分の設計を変更し、素材を7000シリーズアルミ合金に変更、強度を高めた。9基のうち2基が停止してもミッションを遂行できる。
Block 5の給油方式も変更されている。これまでは打上げ前70分に1段目にケロシン燃料の給油を始めていたが、これを打上げ前35 分から燃料と酸素の注入を開始し打上げ数分前に完了するように改めた。2段目用のRP-1ケロシン燃料の給油も同様に打上げ35分前から始め16分前に終了する。それから2段目用の液体酸素を注入する。
1段目上部にある回収時に使う姿勢制御用のグリッドフィンは、Block 5からはこれまでのアルミ製からチタン製に変更した。アルミ製フィンは再突入時の2,000 F (1,094 C) の高温で損傷し再使用できないためだ。
図6:(SpaceX) ファルコン9Block 5初号機はバングラデシュの通信衛星を打ち上げに使われた。
Block 5初号機の打上げではフェアリング2(Fearing 2)と呼ぶ次世代型フェアリングが使われた。これは600万ドル(6.6億円)もするので回収方法を検討している。またスペースX社では2段目ロケットの回収についても検討しているが、その前に2020年に初飛行する予定の新型のビッグ・ファルコン・ロケット(BFR=Big Falcon Rocket) の成功を優先させているため、2段目回収への本格的取組みはその後になる。
今年は2段目については、再使用に必要な熱遮蔽のための材料追加等を検討する。何れにせよ2段目の再使用は十分に可能であり、問題はそのために必要な追加の材料の重さがどの程度になるかと云うことである。
Block 5の初飛行は1日遅れたが、これは発射寸前に地上側システムの不具合が検出されたためで、これはそれ以前の発射プログラムが残り、Block 5の発射プログラムに適合しなかったためである。
Block 5ロケットは、バングラデシュ衛星1を乗せEDT 5月11日午後4時14分にケネデイ宇宙センター39号発射台から打上げられた。
ロケットは打上げ後2.5分で1段目を分離、1段目は分離後姿勢を変えてスペースX社が洋上に準備した着陸船(drone ship)に向かい、25回目となる着陸に成功した。スペースX社では、これまでに1段目の再使用を11回行なっている。今後は以前に回収したBlock 4を含め、量産されるBlock 5の再利用を続ける予定だ。
Block 5は打上げ後34分後に衛星を軌道上に乗せた。この衛星はタレス・アレニア・スペース(Thales Alenia Space) 社製で、放送、通信サー7ビスと国内僻地への直接テレビ放送を行う。
図7:(SpaceX) ファルコン9の打上げから1段目回収までの経緯。
今回の打上げは、スペースX社が今年(2018)に計画している30件の打上げの9番目で、NASAが計画している国際宇宙ステーション(ISS)への有人飛行にBlock 5の1段目を使う認証取得のための最初の試験になっている。
NASAは、有人飛行の認証のためにBlock 5の5回連続しての成功を要求している。NASAはBlock 5を使って今年8月に無人のボーイング宇宙船CST-100スターライナー・カプセル(Starliner capsule)を打上げ、続いて11月にはCST-100の有人飛行を行う予定。NASAは2011年にスペース・シャトル運用を中止して以来、ロシアに委託してソユーズ(Soyuz)によるISS(国際宇宙ステーション)への有人輸送を行ってきた。今回のスペースXとボーイングの協力で、米国産の機材を使いISS輸送を本格的に再開、米国に維新を取り戻すことになる。
マスク氏は結びの言葉として「Block 5の最も重要な点は、NASAの有人飛行認証を取得すること、そして空軍が要求する最高の信頼性に合格すること、である。我々はこのロケットをこれまで作られた中で最高の信頼性に仕上げる決心である。」と述べている。
図8:(Wikipedia) ファルコン9の系列。左から順に「ファルコン9v1.0」、「ファルコン9 v1.1」、「ファルコン9v1.2 (Full Thrust)」、「ファルコン9Block 5」、そして「ファルコン・ヘビー」。
最後にボーイングが開発している有人宇宙機「CTS-100 Starliner(スターライナー)」(Crew Space Transportation)について触れてみよう。CTS-100はISSを含む宇宙ステーションへの人員輸送が目的の宇宙船で、NASA / Lockheed Martin開発のオライオン(Orion)宇宙船と似た形をしている。最大7名を乗せ、地球周回軌道上に7ヶ月滞在できる。重量は13 ton、直径は4.56 m、高さは5 m。
図9:(Boeing) ボーイングCTS-100スターライナー。10回までの再使用が出来るよう設計されている。頂部には大型パラシュート3個と底部には着地時の衝撃を和らげるためのエアバッグを装備する。ISS(国際宇宙ステーション)へのドッキングは完全自動操縦で行われる。ISS輸送ミッションでは乗員4名と貨物を搭載して行う予定。
—以上—
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
SpaceX 11 May 2018 “Falcon 9 Block5 first stage has landed on the Of Course I Still Love You droneship”
Aviation Week online 2018/05/16 Today’s Featured Content “SpaceX Falcon 9 Block 5 aces First Mission” by Irene Klotz
Space. Com. May 14, 2018 “Elon Musk Explaines Improvements to SpaceX’s Falcon 9 Block 5 Rocket” by Caleb Henry
Fortune January 14, 2018 “SpaceX and Boeing slated for Crewed Space Mission by Year’s End” by David Z. Morris
NASA April 6, 2018 “NASA, Boeing may evolve Flight Test Strategy”
TokyoExpress 2018-02-18 “スペースX、惑星間輸送機BFRの開発を促進“
TokyoExpress 2018-02-14 “ファルコン・ヘビー打ち上げ成功、ペイロードを太陽周回軌道に“
TokyoExpress 2017-04-07 “スペースX、ファルコン9打ち上げロケットの1段目の再使用に成功“
TokyouExpress 2017-04-08 “スペースX社/マスク氏、ファルコン9の打ち上げ拡大を目指す“