「病腎移植」をどう考えればいいのか


2018-10-05(平成20年)木村良一(ジャーナリスト)

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写真:木村良一氏撮影

▶日本初の臓器売買事件で発覚

その是非が大きく問われた「病腎移植」が今年7月、公的医療保険の使える先進医療として正式に認可された。

腎がんや尿にタンパクが漏れ出るネフローゼ症候群などの病人の腎臓を摘出し、別の患者に移植するのが病腎移植である。今回はこの移植医療について考えてみたい。

12年前の2006(平成18)年、病腎移植は宇和島徳洲会病院(愛媛県宇和島市)で起きた日本初の臓器売買事件に絡んで発覚した。

同年10月1日、生体腎移植をめぐって愛媛県警が臓器移植法違反の疑いで、腎移植手術を受けた患者(レシピエント)とその腎臓を斡旋した女性(患者の内縁の妻)を逮捕した。腎臓の提供者(ドナー)には現金と車が渡っていた。

この逮捕から1カ月後の11月2日。宇和島徳洲会病院が地元の記者クラブに対し、事件以外の臓器売買の有無について調べた結果をファクスで送ってきた。その中の11件が問題の病腎移植だった。

①  尿管狭窄3件②腎がんの疑い1件③腎がん2件④動脈瘤2件⑤良性腫瘍2件⑥ネフ

ローゼ症候群1件。開院以来2年半で計11件の病腎移植が行われていた。

どのドナーも腎移植を受けた患者とは赤の他人だった。日本移植学会は倫理指針で生体移植を親族間に限っている。明らかに倫理指針違反だった。

 

▶いまだに根本的問題が未解決

当時、日本移植学会は病腎移植に否定的で、宇和島徳洲会病院と激しい論争となった。

まず日本移植学会の見解を挙げてみる。

移植を受けた患者には免疫抑制剤を投与され、がんなどの疾病に対する抵抗力が落ちている。腎がんの病腎を移植する場合、がん細胞を完璧に切除しないと、レシピエントががんを発症する危険性がある。

がんの病腎を摘出する際、血液を通じてがん細胞がドナーの他の臓器に飛ぶ危険性も否定できない。

がん細胞を切除したとはいえ、がんの病腎を移植してがんが発生しないと言い切れるのか。がんが発生しないというのならその根拠は何か。

オーストラリアでは病腎移植43例中10例が、摘出の必要がない良性腫瘍だったと報告されている。

腎臓移植の専門家で当時日本移植学会の副理事長だった大島伸一氏は「移植した他人の体内で機能する腎臓だったら、摘出する必要がない。ドナーの患者は取られる必要のない腎臓を失ったことになる」と批判していた。

実はいまだにこうした根本的問題が、解決できていない。

当時、医療体制の不備も指摘された。宇和島徳洲会病院には病腎移植の是非を判断する倫理委員会が設置されていなかった。ドナーやレシピエントから同意書も取っていなかった。

病腎移植は、宇和島徳洲会病院の万波誠医師とその弟の医師らを中心とする広島、岡山、香川など「瀬戸内グループ」と呼ばれる〝仲間内〟で閉鎖的に行われていた。不透明な医療だった。

2007年3月、日本移植学会など移植関連学会は「実験的医療が医学的倫理的な観点から検討されずに閉鎖的環境で行われてきたことは厳しく非難される」との声明を発表した。

厚生労働省も4カ月後の7月、病腎移植を「臨床研究以外に原則禁止とする」規制を新たに設けた。

その結果、日本国内で一般の医療行為として病腎移植を行うことは不可能になった。

 

▶善意のドナー増やすのが本道

次に宇和島徳洲会病院の万波氏の反論を挙げてみよう。

「腎臓を摘出されたドナーが自分の体に戻すのを望まないなら捨てることになる。捨てるなら腎不全に苦しむ透析患者に移植してあげたい」

「一番の問題は、患者から腎臓を摘出するときにどういう話をしたのか。書類はないが、私は患者に十分に説明した」

「もうひとつ、倫理委員会にかけなかったことから『独断による人体実験』と批判を受けた。私は倫理委を通しても解決できる問題ではないと思う」

「タンパク尿のネフローゼは患者自身の免疫が腎臓を攻撃する。その腎臓を他人に移植すれば、正常に働くという確信があった」

「透析患者が日本臓器移植ネットワークに登録しても、移植までに20年待つ。これでは目の前の患者は救えない」

万波氏は地元で「赤ひげ先生」「宇和島のブラックジャック」と親しまれ、患者の評判はいまも高い。

彼を直接取材したことはないが、目の前の患者をなんとか救いたいと考える医師なのだろう。患者中心の考えを持っていると思う。患者側から見れば素晴らし医師だ。

しかしながら数の限られる病腎移植では、深刻なドナー不足は到底解消できない。病腎移植だけに傾倒すると、本筋から外れて脇道に入り込み、本末転倒という大きな落とし穴にはまりかねない。

移植医療が社会的医療といわれる以上、本来は自らの肝臓や心臓、肺、腎臓などの臓器を善意から提供しようとする脳死の臓器提供者(腎臓は心停止でも可能)を増やすことに全力を尽くすべきだと思う。

しかも病腎移植は生体移植のひとつの形態である。生体移植は臓器提供者(ドナー)の片方の腎臓や部分切除した肝臓を患者(レシピエント)に分け与える。ドナーの体を傷付けることから緊急避難の措置としては許されるが、移植医療の本道ではない。

宇和島徳洲会病院は2009年に一般の医療とは違う臨床研究の形で病腎移植を再開し、先進医療への承認を申請。厚労省の先進医療会議は今年7月5日、一部で健康保険が使える先進医療として正式に承認した。

しかし、あくまでも条件付だ。ドナーとレシピエントの双方の選定に日本移植学会などの関連学会が関わることを求めている。医学的妥当性や倫理面で大きな論争となっただけに当然である。

今後、宇和島徳洲会病院はグループの他の病院とともに病腎移植を臨床研究の枠の中で実施していくというが、臓器移植が公正性と透明性の重視される社会的医療であることを忘れないでほしい。

ー以上ー

 

※慶大旧新聞研究所のOB会によるWebマガジン「メッセージ@pen」の10月号から転載しました。

http://www.message-at-pen.com/