探査機「ニュー・ホライゾンズ」、元旦にカイパー・ベルトの小天体へ到着/New Horizons on Final Approach to Ultima at New Year’s Day


 2018-12-28(平成30年) 松尾芳郎

 

冥王星探査機「ニュー・ホライゾンズ(New Horizons)」は2015年7月に冥王星(Pluto)に最接近して探査を完了し飛行を継続、現在は「カイパー・ベルト天体(KBO=Kuiper Belt Object)」の一つ「アルテイマ・スーリー(Ultima Thule)」に向けて飛行中である。そして到着予定は2019年(平成31年)元旦、「アルテイマ」の上空3,500 kmを通過する予定だ。

1992年までは、冥王星(Pluto)とその衛星カロン(Charon)が太陽系の最も遠くにある惑星と考えられていた。そしてその外側には無数の彗星の住処「オールトの雲(Oort Cloud)」が広がっていると想像されていた。

しかしその後観測が進むに連れて、海王星(Neptune)の外側の区域、太陽から28億mi. (45億km) 離れた辺りに別の小天体の大きな集合域があることが分かった。これが「カイパー・ベルト」と呼ばれる区域である。ここで発見された主な小天体は、1992年発見の1992QB1、2002年のクワオア(Quaoar)、2004年の2003VB12セドナ(Sedna)、2005年の2003UB313エリス(Eris)、2008年の2005FY9マケマケ(Makemake)、2003EL61サンタ(Santa)、など。その他2700個もの氷の小天体(icy bodies) が発見され、総数は恐らく数百万個になると考えられている。

そのうちの一つ、NASAが選んだ小天体「2014 MU69-アルテイマ・スーリー」に探査機「ニュー・ホライゾンズ(New Horizons)」が2019年1月1日には最接近する。このミッションの首席技師アラン・スターン(Alan Stern)氏は「太陽系生成当初からの氷に閉ざされた天体に巡り会うとは、全く予期していなかった、太陽系初期の姿を留めている古代の天体を観察できるのは素晴らしいことだ。」と述べている。

*  「アルテイマ・スーリー(Ultima Thule)」は太陽系生成時の遺物

*  最接近は2019年1月1日

*  その後カイパー・ベルト(Kuiper Belt)の他の天体への接近、観測が可能

「ニュー・ホライゾンズ」は2015年7月に冥王星に最接近し、氷雪に覆われた山々、平原、窒素ガスの噴煙、さらに地底には液体の大洋が広がる可能性、などについて調べてきた。

NASAは、この成功に続いて「カイパー・ベルト」の天体を探査することにし、目標としてMU 69 「アルテイマ・スーリー」を選んだ。

「アルテイマ」に付いてはほとんど判っていない。発見されたのは4年前で、ハブル宇宙望遠鏡(Hubble Space Telescope)で「ニュー・ホライゾンズ」の飛行方向にある新しい目標を探していた時。「アルテイマ・スーリー(Ultima Thule)」は、大きさ15 x 15 x 27 km で、詳しい形はまだ判らない。

「ニュー・ホライゾンズ」が「アルテイマ」に2,170 mi (3,500 km) の近くに到着するのは1月1日12:33 a.m. (米国東部標準時/EST)の予定だ。これは2015年7月15日の冥王星(Pluto)最接近した時の距離7,800 mi. (12,500 km)に比べると3分の1まで接近することになる。

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図1:(NASA/JHUAPL/SwRI/Steve Grippen) 探査機「ニュー・ホライゾンズ」がカイパー・ベルトの天体「2014 MU 69 アルテイマ・スーリー」の上空3,500 km を通過する想像図。「アルテイマ」は冥王星からさらに16億kmの彼方にある。

 

「アルテイマ」の軌道についてはかなり詳しく判っているが、目標の詳細な形状、サイズ、それに大気の有無、などは判っていない。但し12月15日最終の調査結果では、その周辺にリングや小さな衛星は伴っていないことが判明した。これで時速32,000 mph (51,000 km/hr) の高速で飛ぶ探査機が微細粒子と衝突する危険は無いと判定された。従って探査機は予定通り「アルテイマ」の至近距離に接近その上空を飛行することになる。

12月19日にはエンジンを低出力で27 sec作動させ「アルテイマ」に向け航路の微調整を行い、300 kmほどのズレを修正、到着時刻を5secほど早めた。これ以降は地上のミッション・コントロールから指令は出さない。理由は「アルテイマ」との往復通信に12時間もかかるためだ。

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図2:(NASA/JHUAPL/SwRI) 「ニュー・ホライゾンズ」は2006年1月に地球を出発、75億kmを飛行し10年後に冥王星に到着した。途中2007年2月に木星に到着し探査、木星の重力を利用して速度を上げて冥王星に向かい、米国東海岸夏時間(EDT) 2015年7月14日07:50 a.m.に冥王星に到着した。その後遠方のカイパー・ベルトに向かい小天体(KBO)「アルテイマ」を観測する。

 

「カイパー・ベルト天体(KBO = Kuiper Belt Object)」は、太陽系の最も遠く45億kmの彼方の惑星「海王星(Neptune)」、その外側30〜55 AU (astronomical unit / 天文単位、太陽と地球の距離1億5000万kmを1 AUと云う) にある小天体が集合する大きな円盤状の区域である。直径100 km 以上の氷の天体(icy bodies) だけでも数百万個あるとされる。「カイパー・ベルト」は太陽系が生まれた46億年前に形成され、その姿が現在まで続いていると考えられている。「カイパー・ベルト」の存在を予言したのは1943年にケネス・エッジウオース(Kenneth Edgeworth)、1951年にジェラード・カイパー(Gerard Kuiper)の二人、これにちなんで名付けられた。存在が発見されたのは1992年デイビッド・ジェウイット(David Jewitt)とジェーン・ルー(Jane Luu)による。直径が2,200kmの冥王星はKBOの中で大きい部類である。

地球—冥王星間の距離は30億mi.(48億km)で、通信用電波や光が冥王星から地球に届くには片道で4時間25分掛かる。さらに信号の強度が弱くなるため送信速度を768bit/secに落とす必要があった。従って1枚の画像を送るのにかなりの時間が必要になる。

地球と「カイパー・ベルト」内を飛行中の「ニュー・ホライゾンズ」との距離は40億mi. (64億km) になり、電波が届くまでに6時間も掛かる。

観測結果が判るのは何時になるか?撮影した画像(image)は元旦から送信が始まり10,000 pixels(ピクセル)のイメージが2日には入手できる筈だ。

「ニュー・ホライゾンズ」は発射されてから13年を経過しているが観測機器は全て正常に機能している。しかし電源であるプルトニウム238の崩壊熱を利用する「ラジオアイソトープ・熱発電装置(RTG=radioisotope thermoelectric generator)」の出力が、次第に低下している。発射時に245 wattsあったものが、冥王星(Pluto)通過時には201 wattに落ち、「アルテイマ(Ultima)」到着時には189 wattになる。このため全ての観測機器を同時に働かせることはできず、分散して作動させる。

 

(注)プルトニウム238(Pu238)はプルトニウムの同位体で、半減期は87.7年。放射能防護壁がほぼ不要なため、宇宙探査機の電源[RTG]用として多く用いられる。

 

探査機の電源「RTG」はまだ20年ほどの寿命が残っているので、「アルテイマ(Ultima)」の撮影後は自身の能力で次の小天体を選び、探査することになろう。

ニュー・ホライゾンズ探査機

図3:(NASA/JHUAPL/SwRI) 探査機「ニュー・ホライゾンズ(New Horizons)」の外観。ケープ・カナベラル空軍基地(Cape Canaveral Air Force Station)から打上げ(2006-01-19)、木星(Jupiter)に向かい230万kmまで接近(2007-02-28)、フライバイして加速、冥王星(Pluto)に向かう。そして冥王星の上空12,500 kmを通過、詳しい観測を実施(2015-07-14)した。現在は太陽から43.4 AUの遠距離の「カイパー・ベルト天体(KBO=Kuiper Belt Object)」「2014 MU69 “アルテイマ“」に向かっている。

 

探査機「ニュー・ホライゾンズ」は、本体はグランド・ピアノほどの大きさ(2.2 x 2.1 x 2.7 m) で打上げ時の重さは478 kg、正面には直径2.1 mの大きな通信用パラボラ・アンテナが付いている。図3では「REX」と表示されている。図右の黒い筒状はラジオアイソトープ・熱発電装置(RTG)で、本体に固定されている。三角形状の本体は、アルミ・ハネカム(aluminum honeycomb)板のサンドイッチ構造で内部にはかなり余裕がある。内面は熱伝達が良いように黒色塗装、外面はアンテナを含め熱の放散を防ぐためブランケットで覆っている。「RTG」は電源だが同時に熱源として、外部太陽系の飛行中は探査機を温める。しかし内部太陽系を飛行する間は過熱を防ぐため、搭載する装置の作動を制約し、放熱用のルーバーを開く。

「ニュー・ホライゾンズ」は、巡航中・観測中の姿勢制御(spin-stabilized and three-axis stabilized) にヒドラジン(hydrazine monopropellant)を噴射するスラスターを使っている。スラスターは、推力4.4 N(Newton) が4つ、0.9 Nが12個、合計16個ある。大きい方は主に航路修正に、小さい方は姿勢制御に使う。

電源の「ラジオアイソトープ・熱発電装置(RTG=radioisotope thermoelectric generator)」は、4年毎に5%ずつ出力が低下するため、2030年代末になると通信ができなくなる。この「RTG」は、重さ9.75 kgのプルトニウム(plutonium)-283のペレットから生じる崩壊熱で電力を得ている。発電プロセスは「シーベック・エフェクト(Seebeck effect) 」で、熱を直接電力に変えるので、動く部品はない。

一般に良く知られている「サーモカップル(thermocouple)(熱電対)・エフェクト」は、受感部の両面が受ける温度(temperature)差(hot side vs cold side)によって電気(voltage)が生じる現象から温度を知る装置である。「シーベック・エフェクト」は、この逆の現象を使う「熱から電気」を得るプロセスである。

「RTG」は1997年打上げの「カッシーニ・ホイヘンス(Cassini-Huygens)」探査機でも使われたが、その後の技術の進歩で「ニュー・ホライゾンズ」のそれは、搭載プルトニウムの量は3分の1になり、打上げ失敗時に大気中に発散される放射線量は350分の1に減じるものと推定されている。

搭載の計測機器(Science payload) は7つあり、うち3個が光学機器、2個がプラズマ計測機器、1個のダスト・センサー、そして1個のラジオ・サイエンス受信機/ラジオメーターである。これらで天体の地形、表面の組成、表面の温度、大気圧、大気温度、天体からの脱出速度、を調べる。計測機器の概要は;—

 

LORRI (Long-Range Reconnaissance Imager) 遠距離望遠鏡

・  遠距離から可視光線領域で高解像度精密な画像を撮影する。望遠鏡は口径208.3 mmのRCT (Ritchey-Chretien Telescope)で、軽量化と耐低温のため構造全体をシリコン・カーバイドで作ってある。

SWAP (Solar Wind Around Pluto) 冥王星周りの太陽風分析装置

・  プラズマおよび高エネルギー粒子の測定用分光計で、6.5 keVまでの範囲で微弱になった太陽風を計測する。図の左面に僅かに見える

PEPSSI (Pluto Energetic Particle Spectrometer Science Investigation)

・  プラズマおよび高エネルギー粒子の測定用分光計で、6.5 keV以上1 MeVの範囲の太陽風を計測する。これで冥王星から逃げ出す大気イオンを調べる。

Alice (ultraviolet imaging spectrometer) 紫外線望遠鏡兼分光計

・  遠紫外線帯域(50-180 nm)より更に外側の1,024 nm帯域を感知できる。これで冥王星大気の組成を調べた。この観測の結果からNASAは2018年8月に太陽系の外縁に”hydrogen wall”と呼ぶ層があることを確認した。

Ralph Telescope可視光線および赤外線望遠鏡兼分光計

・  口径75 mmの望遠鏡で、可視光線カメラと近赤外線望遠鏡兼分光計からなる。”Alice”と対になって天体のカラー写真、組成分析、温度分布調査を行う。

VBSDC (Venetia Burney Student Dust Counter)

・  コロラド大学(Univ. of Colorado Boulder)の学生ベネシア・バーネイが製作、運用するダスト計測機で、大きさ46 x 30 cmの平板状、太陽と反対側の面に装着されていて、平板に微粒子が衝突すると発電する仕組み。航行中「天王星(Uranus)」を過ぎてから、太陽系外縁部の宇宙空間に漂う微細(nano and pictograms range)なダストを計測する。

REX (Radio Science Experiment)

・  冥王星(Pluto)の近くを飛行する際に、冥王星と衛星カロン(Charon)のイオン層(ionosphere)、熱放射温度(thermal emission temp.)を調べ、そこから大気の気圧、気温、を知る装置。[2014 MU69]を通過する際にも同様の測定をする。

 

—以上—

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

NASA December 20, 2018 “Pluto New Horizon’s The PI7s Perspective: On Final Approach to Ultima”

NASA November 30, 2017 “Kuiper Belt: In Depth”

Aviationweek.com Dec 19, 2018 “One Billion Miles past Pluto, Ultima Thule Beckons” by Irene Klotz

TokyoExpress 2015-07-14 “ニュー・ホライゾンズ、冥王星とカイパー・ベルト探査を実施“

TokyoExpress 2014-12-20 “「ニュー・ホライゾンズ」冬眠から目覚め、いよいよ冥王星へ“