結成30年を迎える連合―共産党を排除、左翼政党とも距離


2019-04-08(平成31年) 元 文部科学大臣秘書官 鳥居徹夫

連合結成は平成元年、結成30年は新しい年号の令和元年

2019年は5月から新しい年号「令和」となり、平成の時代を終える。
昭和の労働4団体時代が終わり、「連合(日本労働組合総連合会)」が誕生したのが平成元年(1989年)。その「連合」が結成30年を迎えるのが令和元年の11月となる。
先の大戦直後の混乱期に、日本共産党の指導をうけ結成された産別会議は、経済要求闘争を政治闘争と結合させ革命的雰囲気を醸成し、当時は「共産党と社会党左派を中心とする民主政府の樹立」も公然と叫ばれたという。
この日本共産党支配に対する産別会議の民主化運動の成果として、1950(昭和25)年に結成されたのが「総評」であった。
総評の結成宣言は「日本共産党の組合支配と暴力的・革命的な方針を排し…自由にして民主的な労働運動によって」とし、さらに総評結成直後に勃発した朝鮮戦争に対し「北朝鮮による武力侵略に反対する」とされ、綱領にも①左右両極の全体主義に反対、②自由主義諸国の労働組合で構成される国際自由労連に加盟、を打ち出した。
これは現在の「連合の進路(綱領的文書)」と同じ路線である。
ところが総評は、綱領とは正反対の反米・反安保・反自衛隊、そして親中ソ・親共産の反体制・階級闘争路線へと急激に左傾化した。そして階級闘争主義、反体制運動の先導役となり先鋭化した。
こともあろうに、民主化運動の成果として結成された総評に、共産系がなだれ込んだのであった。
俗に「ニワトリと思ってかえした卵がアヒルになった」と言われ、国民をも唖然とさせた。
労働戦線統一とは、労働運動から共産党の影響力を排除すること

総評は、電産スト(電気供給ストップ)、三井三池争議(石炭から石油へのエネルギー転換への反対闘争)、日米安全保障条約の改定反対闘争、ベトナム民族解放戦争支援(反米運動)、スト権スト(国鉄の労働組合などが8日間業務ストップ)、行革反対運動などを指導してきた。
そのため左傾化した総評からは、民主化勢力の脱退が相次いだ。その民主化運動のうねりは、その後の同盟結成へと発展した。
当時、総評の階級闘争運動を支えてきたのは、国鉄(国労)、学校教員(日教組)、地方自治体職員(自治労)の官公労が中心で、製造業を中心とする民間労組ではなかった。
総評は、革命を視野においた反米・反体制の運動推進の共産党勢力も抱え込んでいたために左カーブになってしまった。
1970年代に入り、総評内では共産党の影響力が急速に増大し、共産党勢力と社会党勢力の対立が激化した。共産党系は、潜入して活動する方式から独自のナショナルセンター構築に動き出し、それが1974(昭和49)年の「統一労組懇(統一戦線推進労働組合懇談会)」で、のちに反連合の「全労連(全国労働組合総連合)」となった。
そもそも労働団体「連合(日本労働組合総連合会)」は、共産党を排除した当時の労働団体「総評」の駆け込み寺として、民間労組の呼びかけに応じて平成元年(1989年)に結成されたものである。

労働組合は、政党の下請け機関ではない

マスコミでは、連合が民進党系の諸政党の最大の支援組織と報道されてきた。選挙時に民進党系の諸政党や候補者を応援することをもって、労働組合は政党の下請け機関であるかのような報道も一部に行われている。
それは戦後かなり長期間、共産主義思想が強かった時期にみられた労働組合観を引きづっているからである。
一昨年2017年はロシア革命から、ちょうど100年であった。ロシア革命を指導したレーニンは「労働組合は共産主義の学校」と規定した。
レーニンによれば「労働組合などの大衆組織は、前衛党(共産党)によって指導される」という考え方で、政党(前衛党)が上部組織で、労働組合など大衆組織は下部機関というもの。
言うまでもなく労働組合は、革命や大衆運動の組織体ではないし、ましてや政党の下請け機関ではないのである。

左翼候補を推薦しなかった都知事選挙

連合の綱領・基本目標は、①自由にして民主的な労働運動の伝統を継承、②社会正義の追求、③労働組合の主体性の堅持につとめ、外部のあらゆる支配介入を排除、④労働諸条件の維持向上、⑤活力ある福祉社会の実現、⑥労使対等の原則に立ち、相互の自主性を尊重した労使関係の確立、などを30年前の結成大会で明らかにしていた。
つまり連合は、無条件に左翼野党を支援するということはないのである。
一昨年2016年7月31日は、東京都知事選挙日の投開票日であった。
結果は、小池百合子が291万票、自民・公明推薦の増田寛也が173万票、そして民進党・共産党・社民党・生活の党の野党共闘の鳥越俊太郎氏は135万票に過ぎず惨敗となった。
鳥越俊太郎は、自ら「権力は腐敗する」と自白したように、自称ジャーナリスト界のドンであり、まさに腐敗とオゴリの極にあった。
その一方では、地方政治と無関係の国政がらみの「反アベ」を狂ったように絶叫した。
さらには週刊誌による女性スキャンダルに対しては、説明責任すら果たさず、「聞く耳」を持たなかった。
労働団体の連合も、共産党も含めた野党共闘の鳥越俊太郎に距離を置くのは当然であり自主投票であった。
東京都知事選挙では、連合組合員の動員は全くゼロ。ポスター貼りもビラ配りも、また選挙ハガキの推薦依頼もなかった。
告示日に、公営掲示板に鳥越候補のポスターが貼られていなかった箇所が実際多かった。
都知事選挙の告示日であった同年7月14日の連合の記者会見で、記者から「民進党の支持基盤である連合が、自主投票という対応を取ると、野党共闘に水を差すのではないか」という質問が出された。
神津連合会長は「野党共闘だから鳥越さんという方が分かりにくい」「政策があって、初めて選挙でどういう応援する」と反論したという。
マスコミは、労働団体の連合を左翼にカウントしたがるが、そもそも労働組合は、政党ではなく政治団体ではない。
労働組合も政党も、それぞれの目的をもった独立した組織である。
今日の労働組合は、左翼運動の行動部隊ではなく、左翼政党と距離を置いている。政党と労働組合は、上下関係でも主従関係でもない。
連合の結成の原点は、政党の労働運動か支配介入を排することであり、共産党の影響力を排除することであった。

 

―以上―