2019-06-09(令和元年) 松尾芳郎
図1:(Alaka’I Technologies)「スカイ」と呼ばれるeVTOLはパイロットを含め5名が乗れる。当初はパイロットが操縦するが、将来は自律飛行あるいは地上からの遠隔操縦で飛行する。「スカイ」eVTOLは証明取得、効率的な生産、高い安全性を目指して単純な設計にしてある。「スカイ」は有人の大型ドローンと言ってよい。
アメリカの創業間もないベンチャー企業が、5人乗りの電動垂直離着陸機(eVTOL=electric Vertical-takeoff-landing aircraft) の製作を進めている。このeVTOLはバッテリーやハイブリッド電動ではなく、水素を使う燃料電池を動力源にしている。5人を乗せて航続時間は4時間、400 miles(640 km)・ほぼ東京―大阪間に相当、の飛行ができる。
(A U.S. venture is making a full-scale five-seat electric vertical-takeoff-and-landing(e-VTOL) aircraft that is powered not by batteries or hybrid-electlic propulsion, but by hydrogen fuel cells. The result can fly for 4 hours or up to 400miles between cities like Tokyo and Osaka.)
このeVTOLは、マサチューセッツ州(Massachusetts)で2015年に設立されたアラカイ・テクノロジーズ(Alaka’I Technologies)が製作中の機体で、この10ヶ月ほどFAA型式証明取得の作業を続けている。同社CEOのブライアン・モリソン(Brian Morrison)氏によると、2020年にFAA Part 21.17bの証明取得ができそうだ。
(注) FAA Part 21.17bとは;―
超軽量飛行機(VLA=very light airplane)の型式証明取得に関する規定で1992-12-21に施行された。詳しくはFAA Advisory Circular No: 21.17-3 Dated 12/21/92 “Type Certification of Very Light Airplanes Under FAR 21.17(b)に記載してある。従来米国では最大離陸重量12,500 lbs (約5.6 ton)以下の超小型機の型式証明にも大型機用のPart 23規則を準用していた。一方ヨーロッパ各國では”Joint Aviation Requirements for Very Right Aeroplanes = JAR-VLA)規定を制定した(1990-04-26)。これを受けてFAAは新しく上記VLA用規定を発効した。
この機体は「スカイ(Skai)」と呼び、製造コストを下げるため簡単な構造にしてある。「スカイ」はキャビンの上に6個のモーターとプロペラを取付けただけで、主翼やファンあるいは動翼の類は無く、自動車のような形をしている。
「スカイ」の重量は4,000 lbs(約1.8 ton)で、内ペイロードは1,000 lbs、燃料電池(fuel cell)からの電力でプロペラ/モーターを回して飛行する。圧力100 psiに加圧したタンク内の液体水素を燃料電池に供給して発電する。飛行には燃料電池は2個で十分だが、3個搭載している。またプロペラ/モーターはそれぞれ100 KWの出力があり、5個が作動していれば飛行できるが6個を搭載している。またプロペラ/モーター系統には、長い駆動軸、複雑なギアボックス、尾部ローターの駆動装置などはない。オートパイロット(autopilot system) も冗長性を持たせて3個搭載している。
燃料電池は、自動車用燃料電池より軽く出力の大きい新世代型で、ピーク・パワーが必要な時でも十分対応できる。いわゆる予備の電池は搭載していない。
液体水素タンクは200リットル型と400リットル型の2種があり、400リットル型は重量36 lbs、これを使うと1,000 lbsのペイロードを搭載4時間飛行できる。これはリチウム・イオン(lithium-ion)バッテリーに比べかなり勝れている。「スカイ」導入当初は、アラカイ社が離着陸地点に水素燃料タンカーを配備するが、いずれは燃料供給の会社がガソリンスタンドと同じような水素スタンドを用意してくれるだろう。
燃料電池の採用を決めるに際し、リチウム・イオン電池も検討したが、両者のエネルギー密度を比べると、水素燃料電池は147MJ/kgであるのに対しリチウム・イオン電池は0.6 MJ/kgと大きな差があるのが決め手になった。言い換えると同じ重量で、水素燃料電池はリチウム・イオン電池に比べ200倍ものエネルギーを出せる。また液体水素の給油には10分もかからない。燃料電池では排気ガスが水蒸気だけなので環境上も大きなメリットがある。
(注):水素燃料電池とは;―(燃料電池実用化推進協議会[FCCJ])の解説による。
燃料電池とは水素と酸素を化学反応させて、直接「電気」を発電する装置。「電池」と名前がついているが、蓄電池/バッテリーのように充電した電気を溜める装置ではない。燃料の「水素」は天然ガスやメタノールを改質して作るのが一般的。酸素は大気中から取り入れる。発電と同時に熱もでるので、その熱を活かすことでエネルギーの利用効率がさらに高くなる。
外部から入れる水素分子[H2]は、マイナス電極内の触媒に吸着され活性な水素原子[H-H]になる。この水素原子は、水素イオン[2H+]となり2個の電子[2e–]を電極に送り出す。この電子は外部回路を通って反対側のプラス電極に電流として流れる。プラス電極では、外部から入る酸素分子[O2]が外部回路から戻ってきた電子を受け取り、酸素イオン[O2]となる。一方マイナス電極で電子を取られてプラスの電荷を帯びた水素イオン[2H+]は、電解質を伝ってプラス電極に移動し、マイナスの電荷を帯びた酸素イオンと結合し「水[H2O]となる。
図2:(燃料電池実用化推進協議会[FCCJ])燃料電池は「水の電気分解」の逆のプロセス。
燃料電池の構成単位はセルと言う。セルは、プラスの電極板・空気極とマイナスの電極板・燃料極が固体高分子膜・電解質膜を挟んだ構造になっている。空気極と燃料極には多数の細い溝があり、ここを外部から供給された酸素と水素が通り反応が起きる。水素は電解質膜と接し電子を遊離して水素イオンとなり、電子は外へ出て行く。電解質膜中を移動した水素イオンは、反対側の電極に送られた酸素と外部から電線を通じて戻ってきた電子と反応して水になる。この電子とイオンに分かれるところが燃料電池の原理の重要な点である。
図3:(燃料電池実用化推進協議会[FCCJ])燃料電池の構成単位を示す。
「スカイ」の構造はランデイング・スキッドを含め炭素繊維複合材で作られハード・ランデイング時の衝撃を和らげるよう考慮されている。キャビンはパイロット1名と乗客4名を収容するが、ここはドイツの自動車メーカーBMWのDesignworks部門の協力を得て設計され、衝撃吸収型座席にしてある。アラカイ社は、自社開発のオートパイロットとフライ・バイ・ワイヤでプロペラ/モーターを駆動する関連ソフトの開発を進めている。
NASAには、FAAと協力して地方都市間の空港を結ぶ「SATS =Small Aircraft Transportation System / 小型輸送機システム」と呼ぶプログラムがある。これに基ずきエアタキシー会社[SATSair] や[DayJet]が営業を始めたが、2018年に経済的な不振のため運航を中止した。これらは[Eclipse 500]などの小型機を使っていた。
図4:(Alaka’i Technologies) 「スカイ」試作機は3基の水素燃料電池で6個のプロペラ/モーターを回す。プロペラ/モーターはそれぞれ支持ビームの先端に取り付けられている。支持ビーム内には電線があるだけで駆動軸の類は一切ない。座席は先頭にパイロット用1席、その後ろに乗客用4席がある。
「スカイ」は、15-30分の短距離輸送だけでなく、地方都市間を結ぶ長距離飛行を目指している。アラカイ社は、飛行機自体を作るだけでなくそれを使ってエアタキシー業務に乗り出す予定だ。アメリカにはサンフランシスコに拠点を置く運輸ネットワーク企業[Lyft]が北米300の都市でタクシー、ハイヤーの配車サービスを行なっている。また[Uber]は米国だけでなく中国、インド、日本など500以上の都市と地域でタクシーの配車サービス、ケータリング、宅配サービスなどを行なっている。つまりアラカイ社は「スカイ」ドローンを使って「空のLyftあるいはUber」を目指している訳だ。
アラカイの計画では、「スカイ」は座席・哩当たりの運航費がエアバスの小型ヘリ[AS350]の8分の1程度なので収益力は十分にある。
アラカイ社の幹部は「我々の機体は極く簡単で安く作れる。運航には僅かばかりの水素燃料が必要なだけで整備費も掛からない。その上寿命が来た燃料電池の90 %以上はリサイクルが可能だ」と語っている。
(注) エアバス・ヘリコプターズAS350;-
図3:(Airbus Helicopters) エアバスAS350は、アエロスパシャルが開発した軽量ヘリコプター。最大離陸重量2.25 ton、座席はパイロット1名乗客5名、航続距離660 km。これまでに3,600機以上が生産され、世界中で使われている。単価は26億円。
「スカイ」の試作機は間もなく初飛行をする、型式証明取得用の機体は6ヶ月以内に飛行を開始する。そして2020年中には証明を取得できそうだ。
専門家の予想では、エアタキシー事業は、自律飛行または半自動飛行で2025年には本格的に開始される。そして5年以内に世界的に広がり、その機数は3,000機に達すると見ている。世界的な金融機関グループであるモーガン・スタンレー(Morgan Stanley)は、世界のエアタキシーの事業規模は2040年には100兆円を上回る、と予想している。
この5月末には、ドイツの企業“リチウム・ジェット”が5人乗りの小型機の試験飛行に成功したし、中国の電気大手“Ehang”は4ローター型の小型VTOLを数年以内に発売すると発表した。米国ではグーグルの共同創業者ラリー・ページ(Larry Page)氏が開発中の小型VTOL・「キテイホーク[Kittyhawk]」にニュージーランド政府が出資を決めた。また中東ドバイでは、ボロコプター(Volocopter)開発の18翅プロペラ付き旅客用ドローンが試験飛行を行い、タクシー配車大手のウーバー(Uber)との競争に打ち勝った。この他にもエアバス、ボーイングなどを含めて100社以上の企業が電気動力の小型機開発に傾注している。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
Aviation Week Network May 30, 2019 “Hydrogen Fuel Cells to Power eVTOL Aircraft” by Graham Warwick
Designboom May 30 2Sk019 “alaka’I technologies unveils hydrogen-powered skai flying taxi”
Transport May 29, 2019 “Alaka’I Technologies unveils Skai, a hydrogen-powered air taxi” by Kyle Wigers
Transport June 01, 2019 “Alaka’I Technologies Unveils Skai, A hydrogen Fuel Cell eVTOL”
燃料電池実用化推進協議会[FCCJ] “燃料電池とは”