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2019年8月15日 (令和元年) 元・文部科学大臣秘書官 鳥居徹夫
◎朝鮮人追悼式へのメッセージを拒否した小池都知事
東京都の横網町公園内(墨田区)には、大正12(1923)年の関東大震災で亡くなった朝鮮人の追悼施設があり、毎年9月1日に追悼式が左翼団体によって行われてきた。
追悼式には、3年前まで東京都知事の名前で追悼文を送付していたが、小池百合子知事が就任して2年目(2017年)から送付を取りやめた。
これに対し左翼団体は、追悼文の再開を求め、小池都知事に署名を提出したという。
小池知事は、8月9日の記者会見で「都が追悼式と同じ日に開いている大法要で、すべての犠牲者に追悼の意を表している」として、朝鮮人施設を特別扱いしないと表明した。
この朝鮮人追悼式典の事務局は日朝協会で、関東大震災で6000余名も朝鮮人が、日本人により虐殺されたという虚偽宣伝をまき散らしていた。
しかも朝鮮人追悼碑には、碑文に「6000余名に上る朝鮮人が尊い生命を奪われた」などという、事実に反する一方的な政治的主張と文言を刻まれている。
ノンフィクション作家の工藤美代子の著書「関東大震災 朝鮮人虐殺の真実」によると、不法行為を働いた朝鮮独立運動家と、彼らに扇動されて追従したために殺害されたと思われる朝鮮人は約800人、また、過剰防衛により誤って殺害されたと考えられている朝鮮人は233人だと調べ上げた。
ちなみに関東大震災の三年前、大正9年に実施された国勢調査によると、朝鮮人の人口は、埼玉県、千葉県、東京府、神奈川県を合わせても3385人であって、6000人という数字は明らかにウソである。
これらはむしろ日本及び日本人に対する主権及び人権侵害、ヘイトスピーチであって到底容認できるものではない。
追悼メッセージを、2017年そして去年今年と、拒否したのは当然である。
小池知事は「関東大震災という大きな災害で犠牲になられた方々、そして、それに続いてさまざまな事情で犠牲になられたすべての方々に対しての慰霊という気持ちには変わりがない」と記者会見で述べた。
◎朝鮮半島あって都民無視の都政を転換
小池百合子が都知事に選出され3年が経過した。
2106年夏に小池都知事が就任して最初に手がけたのは、舛添要一前知事がすすめていた韓国学校の用地貸与計画を白紙としたことであった。
これは新宿区矢来町にあった旧都立「市ケ谷商業高校」の跡地を、待機児童の多い新宿区が保育所の敷地に求めた要望を、こともあろうに舛添前知事が拒絶し韓国学校増設の用地としようとした。
また小池知事は、舛添前知事が進めていたオリパラのボランティア制服が、韓国王宮守衛の衣装と類似していたことから、その制服を廃止した。
さらに、東京都内で朝鮮学校11校を運営する東京朝鮮学園の教育環境や経営状況を調査した報告書が、いつの間にか都のホームページから削除されていた。この報告書は、朝鮮総連(在日本朝鮮人総連合会)と朝鮮学校の「緊密で不可分な」関係を提示していたという。
小池都知事は、この報告書を都のホームページに再掲載させた。
◎小池都政は、ちょうど山下清画伯の絵画と同じ
これらは都議会自民党・自民党東京都連が手をつけられなかった。
それは朝鮮半島と関係の深い自民党議員が少なからず存在したからと言われる。
東京の自民党は、無思想無節操で古手のボスが支配し私物化してきた。そして若手が育つ芽を摘みとってきた。
ところが一昨年2017年の都議選において、自民党の古手のボスとそれに追従した都議たちが、枕を並べて落選し都議会から追放された。
3年前の都知事選で、都民が小池百合子候補(当時)に期待したのは、都庁ボスと都議会自民党のボス支配によるブラックボックスの徹底究明と透明化であった。自民党東京都連の権威主義と、都議会自民党の旧態依然たる体質、さらには東京都庁の公費天国、役人天国に大ナタを奮うことであった。
小池都政は、スタートから都議会自民党と対決関係もあったが、何とか乗り越えた。
小池都政のこれからは、ちょうど山下清画伯と同じで、作成時点はバラバラで支離滅裂であっても、仕上がりは立派な絵に完成されるのではないか。 (敬称略)