ロシア海軍のニュース、2題


2019-08-21(令和元年) 松尾芳郎

 

近着の「クズネツオフ記念・ウリヤノスク赤旗・親衛ロシア海軍情報管理局」および[Sputnik News]に掲載された記事2件を紹介する。いずれも我国メデイアは簡単に述べただけ、詳しく報じられなかったニュースである。

  1. [Tu-142]対潜哨戒機

Tu-142対潜哨戒機

図1:(Russ Navy)ツポレフ(Tupolev) [Tu-142]対潜哨戒機は、ロシア空軍の[Tu-95]戦略爆撃機を基本として海軍用対潜哨戒機に改造した機体である。設計はツポレフ設計局が行い、1968からクビシェフ・エビエーション、1975年以降1994年はタガンログ(Taganrog)機械製作所で製造された。[Tu-142]は、米海軍が1961年から配備を始めた潜水艦発射型弾道ミサイル[SLBM](射程1,800 km以上)、ポラリス[Polaris]プログラムに対抗するため開発された。[Tu-95]に比べ、対潜哨戒用装備搭載のため胴体前部を1.7 m延長し、不整地離着陸可能なようにランデイング・ギアを強化し、アビオニクスや兵装を近代化している。最新型は[Tu-142MZ]で、航続距離が伸び、最新のアビオニクスを搭載している。1970年から配備中。この他に[Tu-142MK] / 新レーダー[Korshun]を搭載、[Tu-142MR] / 潜航中の原子力潜水艦との通信機能を向上、の2つがあり、都合3機種、合計24機が使われている。

ロシア海軍航空隊の遠距離対潜航空機[Tu-142]の近代化改修が進行中である。タス通信が2019-07-25付けで国防省高官の談話として報じた。

[Tu-142]対潜哨戒機は、しばしば日本近海に姿を見せているのはご承知の通り。最近では8月8日に2機が日本海から対馬海峡南側を通り東支那海に入り、反転して往路と同じ経路でシベリヤ方面に立ち去っている。

タス通信によると、[Tu-142]対潜航空機には高精度爆撃照準誘導システム「ゲフェスト」[SVP-24]が取り付けられる。このシステムは、対潜魚雷、深海爆弾、巡航ミサイルなどの命中精度を高めるための装置で、これにより[Tu-142]は[Tu-95]と同様、搭載兵装は少ないが爆撃機として使えることになる。

[SVP-24]は、ロシア海軍の艦上戦闘機[Su-33]の対地攻撃能力を高めるために装備済みのシステムで、同じく対潜哨戒機[Il-38N]にも搭載が進められており、こちらは2025年までに30機の改修を予定している。

[Tu-142]は次の2箇所の配備され、それぞれ12機が任務に付いている;―

  1. 極東シベリア・樺太の対岸・ハバロフスク州(Khabarovsk Krai)にあるカーメニ・ルチェイ(Kamenny Ruchey)海軍航空基地の第298独立混成対潜航空連隊、太平洋艦隊に所属している。
  2. ロシア北西部セントぺテルスブルグを含むボログダ(Vologda Oblast)連邦直轄区のフェデトボ(Fedotovo)空軍基地にある第403独立混成対潜航空連隊。

カーメニ・ルチェイ

図2:(親衛ロシア海軍情報管理局) ハバロフスク州(Khabarovsk Krai)カーメニ・ルチェイ(Kamenny Ruchey)海軍航空基地の写真。駐機場は分散型で多数を収容できる。

最新型の[Tu-142MZ]のスペックは次の通り。乗員/ 11-13名、全長/53.08 m、翼幅/50 m、最大離陸重量/185 ton、エンジン・クズネツオフ(Kuznetsov) NK-12MPターボプロップ軸馬力14,800 shp  4基。性能は巡航速度711 km/hr、戦闘行動半径6,500 km。搭載する兵装は対潜魚雷、深海爆弾、対艦ミサイル[Kh-35]だが数量は不明。

8月6日付けロシア通信社ノーボスチによると、太平洋艦隊所属の[Tu-142]遠距離対潜哨戒機2機は、アリューシャン列島北からアラスカおよびカナダ西側空域の哨戒飛行を行った。これにはカムチャツカ海軍航空基地から[MiG-31BM]迎撃戦闘機が参加、エスコートをした。[Tu-142]は途中空軍の[Il-78]給油機から燃料補給を受け13時間にわたる飛行を行っている。これに対し米空軍は[F-22]を含む複数の戦闘機を緊急発進させ、ロシア機に対し進路変更を要求するとともに警告した。

Su-33艦上戦闘機

図3:(Wikipedia) ロシア海軍唯一の艦上戦闘機スーホイ[Su-33]はフランカーD (Flanker-D)とも呼ばれ、スーホイ設計局で設計、コムソモリスク・オン・アムール(Komsomolsk on Amur)航空機工場で製造された双発多目的艦上戦闘機。原型は[Su-27K]、空母で使用するため、脚と機体構造を強化、主翼端を折り曲げ式にし、低速時の安定性を増すためにカナードを取り付けてある。空母「アドミラル・クズネツオフ(Admiral Kuznetsov)」搭載用に24機が作られた。所属はロシア北西部ムルマンスク(Murmansk)の第279艦上攻撃航空連隊。スペックは、全長21.2 m、翼幅14.7 m、最大離陸重量33 ton、最大速度マッハM2.2、航続距離3,000 km、兵装搭載量は翼下面のハードポイント12箇所に各種ミサイル合計6.5 ton。アビオニクスはN001レーダー、[SVP-24]爆弾・ミサイル誘導装置を装備している。

Il-38

図4:(ロシア国防省)ロシア海軍対潜哨戒機[Il-38]はイリューシンIl-18旅客機をベースに開発された機体で、1967-1972年の間65機が生産された。現在[Il-38N]仕様に向けて近代化改修中、2025年までに30機を改修する。現在5機が終わり、沿海州およびカムチャツカ半島の海軍航空基地に配備されている。機首上部に追加されたのは「ノベッツラP-38」装置。全長39.6 m、翼幅37.4 m、全備重量63.5 ton、イフチェンコAI-20Mターボプロップ4,250 HPを4基、航続距離9,500 km、兵装は対潜魚雷、空対地ミサイルなど9 tonを搭載する。[Il-38N]はしばしば日本近海に飛来し、最近では2019-01-17に本州日本海側に接近、空自戦闘機が緊急発進して領空侵犯を防いだ。原型の[Il-18]旅客機は1957-1959年で約560機が作られた。

 

  1. 深海用原子力潜水艦[AS-12]の事故と復旧予定

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図5:(親衛ロシア海軍情報管理局) 2019年7月1日ロシア領海のバレンツ海で潜行中火災で沈没したロシア海軍北方艦隊所属の深海探査原子力潜水艦「ロシアリク(Losharik)」[AS-12]。推進は搭載する原子炉で10,000~15,000 SHPの動力を発生、1個のスクリューを駆動する。水中速力30 kt、潜航深度は3,000 m(一説では6,000 m)とされる。乗員は全員士官で25名だが本事故でうち14名が電池火災で発生した一酸化炭素中毒で死亡した。

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図6:[AS-12]の沈没事故が起きたバレンツ海と周辺。原潜[AS-12]はは引き揚げられ、ムルマンスクの北東25 kmにあるセベロモルスク(Severomorsk)/北方艦隊の重要基地、に係留されている。火災は電池から発生、延焼したもので原子炉の安全は確保されていると云う。

2019年7月1日、ロシア海軍の深海探査原子力潜水艦「ロシアリク」[AS-12]は、バレンツ海のロシア領海内で海底調査中に火災を起こし、艦長のデニス・ドロンスキー海軍大佐を含む乗組員14名が死亡した。ロシアでは本艦を「科学研究深海装置」とか「原子力深海ステーション」と呼んでいる。

事故後 [AS-12]は、搭載母艦である「特殊用途原子力潜水艦BS-64“ポドモスコビエ”」に引き揚げられ、ムルマンスク近くのセベロモルスクにある北方艦隊基地に入港している。来月(2019-09)にはアルハンゲリスク州セベロドビンスクの艦船修理センター「ズベズドーチカ」に回航されて、修理が始まる。タス通信によると、機関部以外は損傷が激しく船体の一部を含めほとんどの機器は交換される模様。

7月4日のロイター通信によると、[AS-12]原潜は、通常の潜水艦が到達できない深海で、特別任務に当たっていた、とされる。

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図7:(親衛ロシア海軍情報管理局) 深海探査原子力潜水艦「ロシアリク(Losharik)」[AS-12]は1988年ごろアルハンゲリスク州セベロドビンスク造船所「セブマシュ」で建造が始まり、2004年に就役した。船体はチタン合金製。水中排水量2,100 ton、全長60 m。ロシア海軍の第4世代型通常動力潜水艦プロジェクト677「ラーダ」とほぼ同じサイズの小型原潜である。一般の潜水艦とは異なり耐圧殻は円筒形ではなくチタン製の球型殻をつないだ形になっている。これで船室の容積は狭くなるが水圧に強くなり、3,000 mを超える深海に潜ることができる。武装はないが、遠隔操作可能なマニピュレータ、カメラ付きショベルなどを持つ。これで海底に敷設された各種ケーブル(音響探知用、通信用、インターネット用など)の盗聴や破壊工作をする。例えば、北海道〜本州間の津軽海峡には、通信ケーブルの他に潜水艦探知用の音響ケーブルが敷設されているので、当然[AS-12]の攻撃対象となり得る。

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図8:(親衛ロシア海軍情報管理局) 2016年10月に「ロシアリク」[AS-12]搭載母艦として改修を終わった「特殊用途原子力潜水艦BS-64“ポドモスコビエ”」がアルハンゲリスク州セベロドビンスク基地の艦船修理センターを出港、試験航海に向かうところ。原潜BS-64“ポドモスコビエ”」は、「デルタIV級弾道ミサイル潜水艦[K-64]型」の一隻として1986年末に就役した。「デルタIV級」はプロジェクト667BDRMとも呼ばれ、7隻が作られた。全長167 m、全幅12.2 n、水中排水量12,100 ton、の超大型原潜である。機関はVM-4SG加圧水型原子炉2基/蒸気タービン2基、スクリュー2基、出力6万馬力、水中速力24kt。外見の特徴は艦橋後部の背中の大きな膨らみ、これは大型弾道ミサイルを収納するためで、改修でミサイル区画が取り払われ、ここに「ロシアリク」[AS-12]が搭載されるようになった。

 

本稿作成の参考にした記事は、近着の「クズネツオフ記念・ウリヤノスク赤旗・親衛ロシア海軍情報管理局」および[Sputnik News]で、関連するロイター通信、BBC News、CNN Newsなどである。

 

―以上―