2019-10-4(令和元年) 木村良一(ジャーナリスト、元新聞記者)
■透視・霊視能力者、宜保愛子さんを取材したことがある
いまから26年前に宜保(ぎぼ)愛子さんを取材したことがあった。透視・霊視能力が評判となって日本中に心霊ブームを巻き起こしたあの女性だ。
宜保さんは1932(昭和7)年1月5日に横浜で生まれた。幼いころから透視・霊能力があったが、21歳のときに大病を患って17年間、その能力を失った。その間に結婚し、子供3人を産んで育てた。
透視・霊視能力が戻ると、テレビ番組に出演。それがきっかけで彼女の存在が注目され、日本各地や世界の不思議な現象を透視し、その裏側に潜む人間ドラマをあぶり出すなどして活躍した。2003年5月6日に71歳で他界している。
透視・霊視は左目で行われる。私の取材に宜保さんは「右が1・5で、左が0・2ぐらい」と話し、視力の差の原因についてこう説明してくれた。
寝転がって遊んでいると、弟が火鉢の灰に刺してあった熱い火箸を一本取り上げ、よちよちと近づいてきた。突然、弟が火箸を離した。火箸は宜保さんの左目をかすめて落ちた。
「私は動物のような悲鳴を上げた。目からヌルヌルとしたものが出てきた。その感触を自分の手で感じ取ったのをはっきり覚えている」
■ツタンカーメン王やナポレオン皇帝も透視した
医者に「失明するだろう」と言われたが、1年ほどで回復した。4歳のときの出来事だった
「振り返ると、それから霊視ができるようになったようです」
左目の焦点を合わせていくと、私たちには見えない現象や霊が見え、その霊と会話することができる。テレビ番組では古代エジプトのツタンカーメン王やフランスのナポレオン皇帝とも会話している。
取材は宜保さんの横浜市内の事務所兼自宅で行われた。宜保さんは61歳だった。取材中、私の求めに応じて透視を始めると、じっと私を見つめる左目が山奥の湖水のように澄んでいくのが分かった。残念だったが、途中、付き人の女性に「体力を消耗するので止めさせてください」と言われ、透視は中止された。
私には透視・霊能力や霊体験などない。だが、いま思い出しても宜保さんのあの左目の眼力は凄まじかった。左目の中に吸い込まれてしまいそうだった。巷では「うさん臭い」「死者を冒とくしている」と批判もされた。だが、透視を受けた経験から宜保さんの能力は本物かもしれないと思う。
■首などの痛み…、宜保さんの予想の通りなのか
透視で宜保さんが「将来、問題が出るかもしれません」と教えてくれたのが、三叉(さんさ)神経だった。
三叉神経は脳から顔面に向かって伸び、神経節から眼神経、上顎(じょうがく)神経、下顎(かがく)神経の3つに分かれ、顔の知覚や咬筋運動などをつかさどる。神経ひとつで目にも歯にもつながっている。
宜保さんの予想があたったのか、10数年前から首の左付け根が痛み出し、その痛みは左奥歯や両目頭の上部にまで伸びてきている。さらに驚いたことに最近、大学病院の親しい眼科医に「三叉神経の神経痛」と診断された。いまのところ三叉神経痛特有の激しい痛みはないが、鍼(はり)を打つなどして治療している。
ところで宜保さんの能力はスピリチュアルで、いわゆるエネルギー療法につながる。エネルギー療法は西洋医学・医療を補う「補完代替医療」のひとつであり、補完代替医療はいまの医学・医療と組み合わせて施される「統合医療」とも呼ばれる。民間療法と呼ばれることもある。
果たして補完代替医療(統合医療)に効果はあるのか。安全性はどうなのか。どう考え、どう付き合えばいいのだろうか。今回は医学・医療の問題でこれまで取り上げなかった補完代替医療について考えてみたい。
■エネルギー療法は実体や有効性が不透明だ
元東京女子医大付属青山自然医療研究所クリニック所長で、東京有明医療大教授の川嶋朗氏によれば、補完代替医療は次のように大きく分類できる。川嶋氏とは取材を通じて20年ほど前に知り合った。
〈伝統医療〉漢方薬、鍼灸、気功(呼吸と体操などで健康を維持する療法)、マッサージ、整体、ヨガ、アーユルヴェーダ(ヨガと同じ古代インドの医療)。
〈現代医療に対する新療法〉アロマセラピー、ホメオパシー(特定の物質を水で薄めて薬として使う)、カイロプラクティック(脊椎を手で調整する)、温熱療法。
〈栄養療法〉薬膳、断食、サプリメント。
〈心身相関〉エネルギー療法(手かざし、気功、ホメオパシー)、サイコセラピー(睡眠、瞑想)、五感活用(アロマセラピー、色彩療法、音楽療法、絵画療法)。
さらに実体のあるものと、実体のつかめないものにも分かることができる。たとえば漢方薬や鍼灸、それにマッサージや整体は実体がはっきりしている。その有効性の一部が証明され、公的医療保険の対象になっている。しかし気功や手かざし、ホメオパシーなどの目に見えないエネルギー療法は、実体が不明で有効性や安全性が定かでない。
■厚労省の検討会は大半が有効性「未確定」と指摘する
なかでも手かざし療法は生命エネルギーを整えるもので、原理は気功と同じだ。川嶋氏によれば、生命エネルギーをコントロールできるヒーラー(施術者)が、患者の患部に手をあてたり、近づけたりして心身を整える。イギリスではヒーラーに国家資格を与え、保健医療の対象にしている。
しかし私は取材で、ある団体の手かざし療法を受けたことがあるが、効果は実感できなかった。
厚生労働省の第5回「『統合医療』のあり方に関する検討会」(2013年2月8日開催)の「これまでの議論の整理」の報告書を見ても、有効性については補完代替医療の大半を「未確定」であるとしている。さらに安全性の問題もある。手かざし療法などには直接の副作用はないが、補完代替医療を信じるあまり、西洋医学・医療による治療を止めて命取りになるケースがある。玉石混交ゆえにお金儲けで会員を集め、人の弱みにつけ込む霊感商法として摘発され、あるいは脱税罪で告発されてもいる。
補完代替医療は、時間を費やしてもその有効性と安全性について科学的に調べ上げ、整理していく必要がある。医学会や厚労省がしっかりやってほしい。
■治験の「プラセボ効果」によく似ている
個人的には、補完代替医療は人間が本来持っている自己治癒力(免疫力など)を活性化させる糸口の療法ではないかと考えている。
薬の治験(臨床試験)の「プラセボ(偽薬)効果」によく似ていると思う。治験では小麦粉などで作った偽薬を何割かの患者に与え、本物の薬を飲んだ患者と比較する。この治験で偽薬を服用した患者に効き目が出ることがある。これがプラセボ効果である。効くと信じて服用することで自己暗示にかかり、治癒力が働く。
ここで補完代替医療が自己暗示だとすると、気功や手かざし療法などエネルギー療法の生命エネルギーの存在は消える。
だが、そうだすると、私を視力の弱い左目で透視して「三叉神経に気を付けなさい」と教えてくれたあの宜保さんのような能力は一体、何なのだろうか。秋の夜長、こんなことを考えていると眠れなくなってしまう。
―以上―
※慶大旧新聞研究所OB会による「メッセージ@pen」10月号からの転載です。同10月号 http://www.message-at-pen.com/?cat=16