米陸軍の将来用攻撃偵察ヘリコプター[FARA]計画、候補が出揃う


2020-03-17 松尾芳郎ボーイングFARA

図1:(Boeing) ボーイング提案の[FARA]は、タンデム複座コクピット、ヒンジ無し固定式6翅メイン・ローター、尾部には推進プロペラ、のコンパウンド・ヘリコプターである。主翼はない。

 

米陸軍は退役済み(2014年)のベルOH-58キオワ(Kiowa)偵察ヘリの後継として、2018年に「将来用攻撃偵察ヘリ[FARA]/Future Attack Reconnaissance Aircraft」開発に関する提案要求書を公表した。

(The Future Attack Reconnaissance Aircraft(FARA) program was initiated by the U.S. Army in 2018 to develop a successor to the Bell OH-58 Kiowa scout helicopter.)

提案書を提出した8社の中から、AVX Aircraft+L3 Harris Technologies、ベル・ヘリコプター、ボーイング、Karem Aircraft、およびシコルスキーの5社が選定された。2020年3月にはこの内の2社が試作機製造に選ばれ製作に入り、2022年末から試験飛行を始める。そして最終選定は2028年以前になる。

[FARA]計画は、小型の機体に最大の性能を盛り込むよう求めていて、エンジンは別途計画[ITEP]/ Improved Turbine Engine Programで選定されたエンジンを使い、ローター直径は12 m以内、としている。ローター径を12 mとするのは都市の建造物間を飛行可能にするため。この他に航続距離、滞空時間、速度(180 Kt/ 3330km/hr以上)、ペイロード等、いくつかの要件が定められている。

[FARA]発注の責任者ワリー・ルーガン(Wally Rugen)准将によると、選定された5社にはそれぞれ開発費1,500万ドルをすでに支給済み、試作機製造に選ばれる2社には試作費7億3,500万ドルずつが交付される。

(注) [ITEP]とは、現在シコルスキー[UH-60ブラックホーク]およびボーイング[AH-64アパッチ]に搭載している[GE T-700]エンジンを更新するための新エンジン開発プログラム。2019年2月にGE提案の[GE T901]がP&Wが提案する[T-900]を抑え選ばれた。[GE T901]は単軸ターボシャフト、軸馬力3,000 SHP、タービンには、[CFM Leap]や[GE9X]と同じセラミック・マトリックス・コンポジット(CMC)材を使う。[CMC]材は日本カーボンとGEの折半会社が作る「ハイニカロン」を使用する。2025年以降1,300機の[UH-60]と600機の[AH-64]のエンジンが順次これに換装される、そして本題の[FARA]エンジンにも採用が決まっている。

GE T901

図2:(GE Aviation) GE T901はGE T700エンジンと比べ、外形寸法は同じだが、出力で50 %増、燃費で25 %改善される。寿命はT700で実証済みの40年以上。設計は3D空力設計法、高温部にはCMC耐熱素材を使用、製造にはアデテイブ・マニュファクチャリング(Additive Manufacturing/3Dプリンテイング)を多用、耐砂塵技術を組み込んである。

 

5社提案の概要

5社の提案は、一部を除きコンパウンド・ヘリコプター形式を採用している。これは[FARA]の高速化要件に対処するためである。

(注)コンパウンド・ヘリコプター(Compound Helicopter) とは通常型ヘリコプターの速度を上げる(約1.8倍)ため、メイン・ローターとは別に推力専用のプロペラを持つヘリコプターを云う。

通常のヘリコプターはローター回転で揚力を出すと同時に前方に傾けて推力を出し前進する。速度を上げるには、揚力を大きく、つまりローター回転を早めなければならない。しかしローター回転数を上げると翼端が音速に近くなり限界がある。また、ローター回転数を高くすると、機軸に対して左右の揚力に偏りが多くなる。通常型ヘリでは、ローターの回転トルクで機体が回るのを防ぐため尾部ローターが必要である。二重反転ローターでは、メイン・ローター同士で回転トルクを打消すので尾部ローターは不要になる。

 

l  AVX/L3

AVXエアクラフトとL3 テクノロジーズは、共同で[FARA] プログラムに同軸2重反転メイン・ローターの機体を提案した。コンパウンド同軸ヘリコプター([CCH]= Compound Coaxial Helicopter)で、並列座席コクピット、胴体後部両側にダクテッド推進プロペラを備える。メイン・ローターは同軸2重反転式なので尾部ローターは無い。高速飛行時の揚力は、メイン・ローターと主翼で半分ずつ受け持つ。2重反転ローター・システムは、普通の柔軟な胴体結合方式なので、胴体へ伝わる振動が少なく、トランスミッションも小型になり、構造全体が軽量化できる。

AVXエアクラフトは機体全体の設計を受け持ち、L3テクノロジーズがローター・システム、兵装、それに全体の取りまとめを担当する。L3テクノロジーズ・ハリス(Harris)部門は、同軸2重反転ローター・システムに長い経験があり、また量産体制も整っている。

AVX:L3

図3:[AVX/L3]コンパウンド同軸2重反転ローター・ヘリコプターで、並列複座コクピット、主翼があり、胴体後部両側に前進・後退用に使うダクテッド・プロペラを備える。AVXによると最高速度は370 km/hr以上、航続距離は424 km以上になる、と云う。

 

ベル

親会社テキストロン(Textron)CEO のScott C. Donnelly氏は次のように話している。2019年10月に提出した案は、メイン・ローターと尾部ローターを備えるた通常形ヘリコプターで、基本はベルが開発した19人乗りの中型ヘリ「ベル525リレントレス(Relentless)」で、「ベル360インビクタス(Invictus)」と呼ぶ。

「ベル360」は複座タンデム・コクピット、胴体中央に主翼、ローターは直径12 m の4翅、尾部に水平尾翼とテイルト・ローターを備える。主エンジンは[GE T-901]で、補助動力としてPW207D1(軸馬力610 SHP)エンジンを搭載している。

[FARA]の要件である「巡航速度180 kt(330 km/hr)以上」に対し、基本の「ベル525」は試験飛行で時速200 Kt(371 km/hr)を記録しており、「ベル360」でも速度要件は十分クリアすると言っている。

巡航速度以上では主翼が揚力の50 %を受け持つ。戦闘行動半径は135 n.m.(250 km)で滞空時間は90 分間。

ベル360

図4:(Bell, Textron) ベル360 インビクタス(Invictus)はタンデム・コクピット、固定式メイン・ローター、主翼、ダクテッド尾部ローター、補助エンジンを備える。

 

ボーイング

ボーイングは5社の内の最後(2020-03-03)に[FARA]提案機の内容を明らかにした。同社のファントム・ワークス(Phantom Works) 部門が設計した本機は、ステルス形状で、タンデム複座、メイン・ローターと推進用プロペラを備える「コンパウンド・ヘリコプター」である。現在陸軍が使用中のボーイング製攻撃ヘリ[A H-64E アパッチ (Apaches)]の後継機と位置付けている。

メイン・ローターは6翅ブレードで固定式、尾部ローターは4翅ブレード、そして尾部には推進用のクラッチ付き4枚プロペラが付く、これらの動力源は軸馬力3,000 shpのGE製T901タービン・エンジン。主翼はない。

ロケット弾などの兵装は胴体内に収納し抵抗を減らしている。

 

(注) ファントム・ワークスは2016年末から2018年にかけて、空軍のT-X練習機プログラムで[T-7]レッド・ホーク(RedHawk)を、海軍の空母艦載用の無人給油機プログラムで[MQ-25]ステイングレイ(Stingray)を、それぞれ提案し相次いで受注している。ファントム・ワークス担当副社長マーク・チェリー(Mark Cherry)氏はこの2件の受注成功の要因として「使用者側の話をよく聞き、社内の能力をよく調べ、両者を勘案して最善の構想をまとめたこと」と言っている。[FARA]提案でも陸軍の要求をすべて満たすように考えた、と語っている。

ボーイングFARA-2

図5:(Boeing)地上待機中のボーイング[FARA]の想像図。タンデム複座コクピット、6翅メイン・ローター、4翅推進用プロペラ、尾部ローター、がある。車輪は引込み式、胴体横にはウエポンベイ・ドアが開いている。対地攻撃用ロケット弾はここに収納される。競合機種にある主翼はない。

 

Karem

カレム(Karem)航空機は、2019年10月にノースロップ・グラマンおおびレイセオンと共同で[AR40]コンパウンド・ヘリを提案した。[AR40]は、並列座席、主翼はテイルト式。メイン・ローターは直径11 mの3翅でカレム社が開発する[Optimum Speed Rotor/最適ローター速度]技術を適用している。水平飛行および垂直飛行時にそれぞれに最適な回転速度に調節できる。また3枚のプレードは普通のヘリと異なり、個々に迎え角を調節できる。

尾部ローターはスイーベル方式で、機動飛行を助け、水平飛行時には胴体軸線後方を向き推進プロペラとして働く。メイン・ローターのトルクを打消すのは尾部の垂直安定板。

テイルト式主翼は翼幅12.2 mで水平飛行時には揚力の大半を受け持つ。上昇・下降時にはテイルトして上下に向き抵抗を少なくする。

カレム

図6:(Karem Aircraft) [カレム(Karem)AR40]の完成想像図。メイン・ローターは3翅直径11 m 、巡航速度は400 km/hr (220 Kt)程度。並列複座コクピットで、後ろには4名が追加着席できる。

 

シコルスキー

ロッキード・マーチンの傘下に入ったシコルスキーの提案は「ライダーX(Raider X)」で、2019年10月に発表した。これは、並列座席、同軸2重反転メイン・ローターと尾部に推進プロペラを備えるコンパウンド形式で、 “X2 Technology”を組み込んだ機体である。

”X2 Technology”とは、同社開発の高速ヘリ[X2]が2010年に時速250 Kt (460 km/hr)を達成した際に使われた“技術様式”で、2重反転ABCローター技術を含む。これは米陸軍の「武装偵察ヘリコプター計画(AAS=Army’s Armed Aerial Scout program)」用に同社が開発した「S-97ライダー( Raider)」にも採用されている。

[X2]はヘリコプターとしては革新的な250 kt (460 km/hr)の高速飛行を達成したことで、2010年度コリア賞(Collier Trophy)を受賞している。コリア賞とは、米国航空協会(NAA)が、航空宇宙関連で最大の技術功績を挙げた事案を毎年1件選定、授与するトロフィーで、ボーイング787広胴型旅客機/2011年、ノースロップ・グラマン/米海軍チームの艦載用無人戦闘機X-47Bの空母自動着艦、などが受賞している。

「S-97ライダー」は、重量約5 ton、ロータ直径10 mの小型ヘリで、GE製[YT706]エンジン2,600 shpを装備、2015年5月に初飛行、3機が製造され現在も開発が続いているが、巡航速度407 km/hr (220 Kt)を達成している。尾部の推進プロペラにはクラッチがあり、ホバリング時にはクラッチをカットする。

今回[FARA]に提案した[ライダーX]は、3,000 shpの{GE T900}を装備するので性能はさらに向上する見込み。

ライダーX

図7:(Sikorsky) シコルスキー[ライダーX(Raider X)]は2重反転4翅メイン・ローターと推進用プロペラを備えるコンパウンド・ヘリコプター。[X2]で実証済みの技術 “X2 Technology” を組込み、在来ヘリの2倍の速度、優れた機動性、抜群の耐久性、攻撃・偵察を含む多任務をこなせる機体になる予定。

 

“X2 Technology”

”X2 Technlogy” とは、[X2]試験機に組込まれた速度・機動性・拡張性を兼ね備えた設計様式で、[ABCローター]/[Advancing Blade Concept rotor]と呼ぶ先進ブレード・ローターを使う技術。米陸軍とNASAの資金を得てシコルスキーは、 “X2 Technology” を組み込んだ2重反転ローターの[S-69]/陸軍名称[[XH-59A]の開発を開始、1973年7月に初飛行した。1号機は同年8月に着地に失敗破損したが、19757月に2号機で試験を続け最大水平速度238 Kt (441 km/hr)を達成した。

[XH-59A]は、2重反転ローター駆動用にPWC製PT6T-3ターボシャフト1,800 shpと推進用にP&W J60-P-3Aターボジェット推力3,000 lbs 2基を備えていた。しかし、振動が大きく、燃費が悪く、さらにアナログ式フライト・コントロールのため乗員の負担が大きかった。

[XH-59A]は1981年までの3年間に106時間の試験飛行を完了、陸軍は開発続行を望んだが、シコルスキーは応ぜず1982年に開発を中断した。

同軸2重反転ローター方式は1960年代ソ連で実用化され、これでテイル・ローターが不要になったが、「ABCローター」は採用されなかった。「ABCローター」は1930年代から知られていたが、当時の技術では実現が難しかったためである。

[ABCローター]とは、ローターの各ブレードの迎え角を、前進時から後退時にかけて変える「フェザリング・ヒンジ(feathering hinge)」のみを備え、他の関節部が無い「固定ローター(rigid rotor)」方式の2重反転ローターのことである。[ABCローター]は、上下2重の各ローターの前進側にあるブレードだけで揚力を得る方式である。後退側になるとブレードはほとんど揚力を生じないので、後退側で生じる逆流や失速で左右の揚力バランスが崩れると云う問題がなくなる。

また[ABCローター]では、ブレード翼型を高速翼型にできるので、従来不可能だった高速度が得られる。

さらに低速時では、上下のローターの回転数を変え生じるトルク差を利用して機敏な機首変更ができる。

“X2 Technology”には、「ABCローター」だけでなく、振動を著しく減衰する技術[active vibration control]、操縦を容易にするデジタル技術[fly-by-wire flight control]が含まれる。

以下に、シコルスキーが[ABCローター]の利点を解説した要点を紹介しよう。

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図8:(Sikorsky Product History) 通常のヘリコプターの揚力分布。

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図9:(Sikorsky Product History) ABCローターでは、上下のローター・デイスクの前進側で揚力を受け持つため、飛行速度が増えても、あるいは高度が上がっても、ローターが発生する揚力は低下しない。これがヘリコプターにおける革新的技術と言われる所以である。上下ローターの間隔は約60 cm、固定式2重反転ローターでは機体の振動が大きくなる欠点があるが、反対の振動周波数を加える[active vibration control]システムの採用で問題を解決する。

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図10:(Sikorsky Product History) ローター揚力と飛行速度の関係。

rotor lift alt

図11:(Sikorsky Product History) ローター揚力/飛行速度と飛行高度の関係。

 

終わりに

間も無く将来用攻撃偵察ヘリコプター[FARA]計画の第2段階、試作2機種が発表される。エビエーション・ウイーク誌(March 9-22, 2020)では、[Boeing Reveals Long-Awaited FARA Design]と題して大きく紹介し、ボーイング案を有力候補と言外に匂わせてているが、ヘリコプター開発で長い歴史のあるシコルスキーの提案[Raider X]も捨て難いように見える。米陸軍の選定結果が注目される。

 

―以上―

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

 

GE Aviation “Military New Beginning The T901 is here”

Aviation Week March 03, 2020 “Boeing Reveals Long-Awaited FARA Design” by Graham Warwick & Lee Hudson

AVX Aircraft Company “Future Attach Reconnaissance Aircraft(FARA)Competitive Prototype”

Flight Global 16 April 2019 “AVX, L3 unveil coaxial helicopter desigh for FARA” by Garrett Reim

Sikorsky “Raider X”

Sikorsky Product History update April 21, 2013 “S-69 (XH-59A) Advancing Blade Concept Demonstrator”

TokyoExpress 2018-09-02 “ボーイング、空母搭載用無人タンカーMQ-25Aを受注“