2020-06-05(令和2年) 松尾芳郎
図1:(NASA/Bill Ingalls)5月30日午後3時22分(東部夏時間)、NASAケネデイ宇宙センター第39A号発射台から打上げれるスペースXクルー・ドラゴン(Crew Dragon)宇宙機。NASA宇宙飛行士2名が搭乗し国際宇宙ステーション( ISS )に向け出発した。2011年にスペース・シャトルが運航を停止してから9年振りの再開で、新時代の幕開けとなる。
スペースX・クルードラゴン(SpaceX Crew Dragon) 宇宙機が、NASA宇宙飛行士2名、ロバート・ベーンケン( Robert Behnken)、ダグラス・ハーレイ(Douglas Hurley)両氏が搭乗して、フロリダ州ケネデイ宇宙センター39A号発射台から5月30日午後3時22分(東部夏時間/ETD)にファルコン9 (Falcon 9 )ロケットで打上げられ国際宇宙ステーションに向かった。
(For the first time in history, NASA astronauts have launched form American soil in a commercially build and operated American crew spacecraft on its way to the International Space Station. The SpaceX Crew Dragon carrying Robert Behnken and Douglas Hurley lifted off at 3:22 p.m. EDT Saturday on the Falcon 9 rocket form Launch Complex 39A at Kennedy Space Center.)
NASA長官(Administrator)ジム・ブリデンスタイン(Jim Bridenstine)氏は次のように語っている;―
『今日は我々にとり新しい有人宇宙飛行の再開となる特別な日だ。アメリカ人宇宙飛行士が、アメリカ製ロケットで、アメリカから、地球周回軌道にあるアメリカ運用の国際宇宙ステーション(ISS)に向け飛行を再開した記念すべき日である。私は米国に偉大な成果をもたらす二人の宇宙飛行士、スペースX社、NASAチームにお目出度うと感謝の意を表したい。この民間開発の宇宙システムは、アメリカの優秀さを実証し、我々の次の目標である有人飛行による月・火星探査への道を開く事になる』。
今回の飛行は、シリアル・ナンバー「C206」号機を使って行う「NASAのスペースX デモ-2 (NASA’s SpaceX Demo-2)」と呼ぶ飛行で、スペースX 乗員輸送システム(SpaceX Crew Transportation system)検証のためのミッションである。
Demo-2は、発射、軌道周回飛行、ドッキング、そして大気圏再突入・着水を含む、出発から帰還までの試験飛行である。今回はスペースXにとり、クルードラゴンの2回目のISSへの宇宙飛行である。
1回目のDemo-1飛行は、2019年3月2日に行われたシリアル・ナンバー「C201」号機によるISSへの貨物輸送で、成功し無事に帰還した。したがって今回のDemo-2は最初の有人飛行となる。なお「C201」はその後、非常脱出試験の前に行われた静止状態でのロケット噴射試験で爆発・破壊した(2019-04-20)。
Demo-2でNASAの「Commercial Crew Program・民間宇宙飛行計画」に基づくISS向け有人飛行認可の承認取得への道が開かれる。
スペースXのCEO、イーロン・マスク(Elon Musk)氏は「今回の成功はスペースX社員全員の夢を叶えてくれた。我々チームとNASA、それに協力企業の関係者達の長年にわたる努力の結晶だ。今日の成功を観た関係者全ての喜びに満ちた笑顔が目に浮かぶ」と語った。
図2:(NASA/Bill Ingalls)5月30日午後3時22分(EDT)、スペースX Demo-2ミッションの出発を見送る右からトランプ (Donald Trump) 大統領、ペンス(Mike Pence) 副大統領、そして副大統領夫人カレン (karen pence)。場所はNASAケネデイ宇宙センターにある運航支援センター( Operation Support Center Building II ) のバルコニー。
スペース Xクルードラゴンは翌日の5月31日日曜日午前10時27分に宇宙ステーション(ISS)にドッキング、この様子はNASAのウエブサイトから実況放送された。ISSまでの飛行の間、飛行士達はスペースXミッション・コントロールと協力して、クルードラゴンの環境管理システム(environmental control system)、操縦表示装置(displays and control system)、飛行制御用スラスター(maneuvering thrusters)、その他のシステムの作動試験を入念に実施した。ドッキングに向けての第一段階は30日午後4時9分から始まり、翌31日午前8時27分にISSに接近した。ドッキングは、自動操縦でISSのハーモニー・モジュール(Harmony module) の前側ポートに接合するよう行われた。ドッキングは蒙古上空480 km付近で開始され、東部夏時間午前10時16分に先ずソフト・キャプチャー、それから10時27分に12箇所のフックが閉められて完全に結合した。ドッキングの動きは、両方の宇宙飛行士により注意深くモニターされた。
ドッキング後、両チームはリーク・チェックを行い漏れのないことを確認してから12時45分ごろクルー・ドラゴンのハッチを開き、2名の宇宙飛行士はISSに移乗、ISS側に乗務中の3名のクルーによる大歓迎を受けた。
ISS乗務中の遠征63チーム(Expedition 63)のクルーは、船長クリス・キャシデイ(Chris Cassidy)とロシア人宇宙飛行士アナトリー・イワニシン(Anatoly Ivanishin)、イワン・ワグナー(Ivan Vagner)である。
図3:(NASA TV) 国際宇宙ステーション(ISS)に30 mまで接近したクルー・ドラゴン宇宙機。ISS側から撮影した写真。
今回のDemo-2飛行は、NASAが「Commercial Crew Program・民間宇宙飛行計画」に基づき、「クルードラゴン」をISS向け運航用の宇宙機として認証する最終試験になる。スペースXは今回の試験で、クルードラゴン宇宙機、新設計の宇宙服、ファルコン9打上げロケット、第39A号発射台、およびシステム運用、を含めて、同社が保有する能力全体を立証する。二人の宇宙飛行士は110日間滞在した後地球に帰還する。
NASAから「クルードラゴン運航」が認証されれば、「クルードラゴン」は通常の宇宙飛行に使える宇宙機/Operational vehicleとなる。
次のミッションは、「クルー1(Crew 1)」として、NASA宇宙飛行士ビクター・グローバー(Victor Glover)、マイケル・ホプキンス(Michael Hopkins)、シャノン・ウオーカー(Shanon Walker)、JAXAの野口聡一、の4氏が乗り込み、今年8月にISSに向かう。4名が塔乗するクルードラゴンには貨物100 kgを積込み、無重力状態で長期間を要する研究を行い、その研究成果を地球に持って帰ることになる。
図4:(SpaceX) 「クルードラゴン」の全体。高さ8.1 m、直径4 m、カプセル容積9.3 m3、トランク容積37 m3、打上げ時ペイロード重量6 ton、帰還時ペイロード重量3 ton。最大7名を乗せ地球周回軌道およびその遠方に飛行できる。「ドラゴン」宇宙機には、操縦用に16個のスラスター「ドレイコ(Draco)」が付いている。「ドレイコ」を使い軌道変更、姿勢制御をする。各「ドレイコ」は真空中で90 lbsの推力を出せる。
図5:(SpaceX) ドラゴン宇宙機に16個取付けられている「ドレイコ」スラスター。「ドレイコ」は、スペースXの設計で、宇宙機で使う水素燃料ロケット。「ドレイコ」と「スーパー・ドレイコ」の2種類があり、後者は「ドレイコ」の推力90 lbsの百倍以上の推力を出し、クルードラゴン発射時の非常脱出用スラスター(LAS=launch abort system)として8基が使われている。
図6:(NASA)2020年5月25日、4機の宇宙機が国際宇宙ステーション(ISS)にドッキングした様子。JAXAの貨物輸送機「HTV-9 (こうのとり9号)」、ロシアの貨物輸送機「プログレス(Progress) 74と75」および有人宇宙機「ソユーズ(Soyuz) MS-16」である。JAXAの「HTV-9」は、EDT 25日午前10時4 6分にISS「ハーモニー・モジュール(Harmony Module)」に接続している「きぼう」研究室の地球側のポートに「キャナダーム2(Canadarm 2)」で捕捉されドッキングに成功、貨物4 tonを搬入した。「Mode 2」クルードラゴンは「ハーモニー・モジュール」・ポート「PMA 2」(Pressurized Mating Adapter 2) にドッキングしている。
ここで打上げに使われたロケット・スペースX「ファルコン9 (Falcon 9)」について簡単に復習して見よう。
「ファルコン9」は、再使用可能な2段式ロケットで、これまでに84回打上げ、内45回着陸に成功、そして31回の再飛行に成功している。極めて信頼性の高い安全な宇宙への輸送手段である。非常に高価なロケット部品を再使用できるため、打上げコストを安くできる。
・「第1段」:「マーリン(Merlin)」エンジン9基とアルミ・チタン合金製の液体酸素 (LOX = liquid oxygen)およびロケット用ケロシン(RP-1)タンクからなる。発射時の合計推力は17,000,000 lbsに達する。
・「第2段」:「真空用マーリン」エンジン1 基でペイロードを所定の軌道高度に乗せる。第2段のエンジンは、第1段から分離後数秒間燃焼して一旦停止、その後複数のペイロードを異なる軌道に乗せるため再稼働できる。合計燃焼時間は397 秒、真空中推力は220,500 lbs。
・「中間段」:複合材製で1段と2段の結合をしている。内部には第2段分離に使う「ニューマテイック・プッシャー」が入っている。「中間段」底部には「極超音速グリッド・フィン(hypersonic grid fins)」が付いており、大気圏再突入時に展張し、第1段の減速と姿勢制御を行う。
・「ペイロード」:炭素繊維複合材製のフェアリングでペイロードを覆い、所定の軌道に投入する。フェアリングは打上げ3分後に分離され落下、回収され再利用する。この部分は高さ13.1 m、直径5.2 mである。主題の「ドラゴン」宇宙機はフェアリングで覆わず、第2段に取付けられそのまま打上げられる。
図7:(SpaceX) 「クルードラゴン」打上げ用のロケット「ファルコン9」の概要。 第1段底部には、4基の大型の着地用脚が収められ安全な着陸をする。「LEO」とは低地球周回軌道で高度160~2,000 km で地球を周回する軌道をいう。「GTO」とは静止軌道/対地同期軌道で高度約36,000 km の周回軌道をいう。
図8:(SpaceX) 「マーリン(Merlin)」はスペースXが開発したロケットで、ファルコン1、ファルコン9、ファルコン・ヘビーに使われている。燃料は前述したがケロシン(RP-1)、液体酸素(LOX)を使う。「ガス・ジェネレーター・サイクル (gas-generator cycle)」 ロケットで、回収、再利用を前提に作られている。海面上推力は190,000 lbs。第2段用「マーリン」は真空中で使うのでノズルスカートが拡大され、推力も大きくなる。
終わりに
クルードラゴンDemo-2は、「C206」号機を使い乗員2名を乗せ5月30日に打上げ、翌日にはISSに自動ドッキングに成功、約110日間ISSに滞在したのち地球に帰還することになっている。
この輝かしい成功で忘れてはならないのが、昨年3月、ISS向け貨物輸送と地球帰還に成功したカーゴドラゴン「C201」号機の存在である。「C201」はその後、打上げ時の非常脱出試験 (In-Flight Abort Test)に使われることになった。ところが、試験の前に「スーパー・ドレイコ」スラスターの着火試験をしていた際(2019-04-20)に燃料漏れが発生、「C201」は爆発・炎上した。
ドラゴンの非常脱出試験は、その後2020年1月17日に、当初Demo-2ミッションに予定されていた「C205」号機を使い実施され成功した。その結果Demo-2用には「C206」号機が使われることになった。成功の陰には常にこのような予期せざる事故が存在し、それを乗り越えて初めて栄光を勝ち取ることになる。
クルードラゴンDemo-2出発が成功した前日、5月29日には、同じスペースX社が開発中の月・火星飛行用の大型宇宙機 「スターシップ(Starship)」が、同社のボカ・チカ試験場(Boca Chica Test Facility @ Texas)で、試験飛行準備中に爆発・炎上した。「スターシップ」試作機の破壊は、Mk1 /2019-11月、SN1/2020-1月、SN3 /2020-4月、に続いて今回のSN4 / 2020-05-29で4回目となる。
高さ50 m、直径9 mサイズの大型宇宙機「スターシップ」・「SN4」号機は、高度150 mまで無人で上昇する跳躍試験飛行をする予定だった。しかし直前の準備でのロケットの着火試験中に爆発・炎上した。
図9:(YouTube) 5月29日ボカ・チカ試験場で “跳躍試験飛行” 準備中の スターシップ「SN4」号機が突然爆発した。
[スターシップ・システム]はNASAのアルテミス計画の一つとして2025年頃に月に向けた有人飛行を行うべく開発中のシステム。スペースXは、連続する失敗にも関わらず、これを克服して必ずや目的を達成するだろう。
―以上―
NASA Commercial Crew May 31, 2020 Release 20-057 “NASA Astronauts Launch form America in Historic Test Flight of SpaceX Crew Dragon”
NASA Space Station June 2, 2020 “Crew Opens US Market; Advanced Space Science Continues” by Mark Garcia
NASA Space Station June 1, 2020 “SpaceX Crew Astronauts Get Used to Space Station” by Mark Garcia
NASA Space Station May 31, 2020 “Commercial Crew Astronauts Join Expedition 63” by Norah Moran
NASA Space Station May 31, 2020 “Crew Dragon Docks to Space Station” by Norah Moran
NASA Space Station May 31, 2020 “Watch Commercial Crew Astronauts Dock to Station” by Norah Moran
NASA Space Station May 25, 2020 “Japan’s Resupply Ship Installed on Station’s Harmony Module” by Mark Garcia
CNN business June 1, 2020 “SpaceX’s Crew Dragon took flight in historic mission. What’s next?” by Jackie Wattles
SpaceX “Dragon”
Aviation Week May 31, 2020 “Astronauts Reach ISS in Another SpaceX Flight” by Irene Klotz
TokyoExpress 2020-04-24 “NASA・スペースX、国際宇宙ステーション有人飛行を再開“
TokyoExpress 2020-05-26 “スペースX・スターシップ、高度150 mの跳躍飛行へ“