2020-12-11 (令和2年) 松尾芳郎
2020-12-18 改定(図2A~2Kを追加、図13と説明の誤りを訂正、その他の修正)
図1:(SpaceX)スターシップ8号機[SN 8]は、12月8日打上げられ、予定通り高度12.5 kmに到達、姿勢制御に成功、着陸態勢に入り降下したが、燃料フィーダー・タンクの圧力不足で推力が不足し地上に激突、破壊した。打ち上げから6分42秒後だった。
スペースXスターシップ[SN 8]は当初12月8日打上げ予定だったが、打上げ1.3秒前に自動エンジン停止が作動、中止となった。翌9日午後4時45分過ぎ(現地時間・CST)に打上げ、予定の高度12.5 km/41,000 ftに到達した。それから帰還のため緩やかに姿勢を横向きに、次いで垂直に変え、着地点に向けて降下に入った。着地降下速度が大き過ぎ、着地点に衝突、火炎に包まれ爆発した。
(SpaceX Starship SN 8 flight test was originally scheduled for Tuesday morning, but the launch was aborted at T minus 1.3 seconds. On next day late afternoon, the Starship was running three engines and flew to an altitude of 12.5 km / 41.000 ft, then conducted fancy maneuvers before returning to its landing pad. Unfortunately, the landing was faster than predicted and exploded as it touched down.)
[SN 8]発射試験の目的
この試験は、3基のラプター・エンジンが離陸からボデイフラップと連携して着陸まで正常に作動すること、燃料の移送が正常に行われること、降下・着陸モードで高さ50 mの大型の機体が上手く姿勢を変えられること、などを検証するために行う。
[SN 8]の試験の状況
着地帰還には失敗したけれど、[SN 8]は目的の12.5 kmへの高空飛行に成功したことで、宇宙飛行に向けての大きな一歩を踏み出した。現在今回のデータを収集・解析中だが、これらで得られる知見は次回の[SN 9]の打上げに反映することになる。
打上げは順調で、3基のラプター・エンジンが点火されスターシップはゆっくり上昇を開始、胴体側面に付けたカメラで地上の様子、エンジン室内のカメラでエンジン作動状況を撮影、ライブで刻々と放送された。
発射から4分42秒後、[SN 8]は前述の通り高度12.5 kmに到達、エンジンを停止、慣性飛行に入り、降下の指令で胴体の姿勢を着陸に向け変え滑空に移った。これは予定された「ベリー・フロップ(belly-flop)」と呼ぶ姿勢制御で、これでスターシップの前後に取付けたフラップと翼の効用を検証できた。
それから地上からの指令でエンジン3基が再始動(発射後6分25秒)、尾部を下方に向ける垂直姿勢になった。最後の17秒間このままソフト・ランデイングに向け降下を続けた。
残念なことに、発射後6分42秒後(現地時間午後4時52分)着地と同時に火炎に包まれ爆発した。数秒して煙が吹き払われると、着陸パッドの上には残骸が残っていた。
以下に[SN 8]の飛行試験経緯の写真を示す。
図2A:(SpaceX Starship SN8 High-Altitude Flight Test /YouTube) 「SN 8」打上げ11秒の様子。右上は上部カメラで下部フラップと地上を撮影した写真、右下はエンジン室内の写真、3基のラプターエンジンの作動を写している。以下同じ。
図2B:(SpaceX Starship SN8 High-Altitude Flight Test /YouTube) 打上げ24秒後、ラプターエンジンは順調。
図2C:(SpaceX Starship SN8 High-Altitude Flight Test /YouTube) 打上げ後1分45秒、エンジン1基を停止。
図2D:(SpaceX Starship SN8 High-Altitude Flight Test /YouTube) 打上げ後3分16秒後、間も無く高度12.5 kmに到達するのでエンジン1基のみの作動となる。
図2E:(SpaceX Starship SN8 High-Altitude Flight Test /YouTube) 高度12.5 km、打上げ後4分40秒でエンジン3基ともシャットダウン、慣性飛行に入る。
図2F:(SpaceX Starship SN8 High-Altitude Flight Test /YouTube) 高度12.5 kmで前後のフラップを操作し「ベリー・フロップ」/水平になるところ。
図2G:(SpaceX Starship SN8 High-Altitude Flight Test /YouTube) 高度12.5 kmで姿勢を水平にし、飛行する。
図2H:(SpaceX Starship SN8 High-Altitude Flight Test /YouTube)打上げ後6分33秒で、 着地に向けエンジンを再始動し、姿勢を垂直に変える。
図2 I:(SpaceX Starship SN8 High-Altitude Flight Test /YouTube) 打上げ後6分35秒、エンジン2基を作動し降下中。
図2J:(SpaceX Starship SN8 High-Altitude Flight Test /YouTube) 打上げ後6分38秒、エンジン3基を作動し着地に向け減速しながら降下。
図2K:(SpaceX Starship SN8 High-Altitude Flight Test /YouTube) 着地2秒前の「SN8」、エンジン3基の出力を全開にするも間に合わず、減速不十分のまま2秒後に着地パッドに激突、「図1」に示すように破壊炎上した。
イーロン・マスク氏の声明
[SN 8]の試験飛行終了後イーロン・マスク(Elon Musk) CEOは次のように語っている;―
「この飛行は大成功だった。計画通りの高度に上昇し、エンジンの停止・再着火をしながら精密なフラップ操作で着地点に正確に誘導できた。
しかし、降下中燃料フィーダー・タンクの圧力が低かったためエンジン出力が落ち、降下速度が早くなり着陸パッドに衝突・破壊炎上した。しかし関連するあらゆるデータは入手済みなので、「RUD=Rapid Unscheduled Disassembly」(“即時予定外の分解”をすると云う意味)を行い、次の打上げに反映する。
高度12.5kmの最高点に達した後、[SN 8]は薄い大気圏中をフィンと操舵翼だけで滑空したのち、着陸に向けて正確なタイミングでエンジンを再着火、姿勢を垂直にし、着陸態勢に入った。次回の試験では着地前の減速時間を多少長くする。
スペースXでは、次の試験機 [SN 9]がほぼ完成、ノーズコーンを取付けるばかりになっている。特に大きな問題がない限り数週間以内に打上げられる。予定では高度12.5 kmか、それ以上に上昇する。
その後の情報では「SN 9」の打ち上げは12月28日前後になる、という。
しかし、スペースXでは、早い機会にスターシップの飛行範囲を拡げ、エンジン6基を搭載したモデルで200 kmまで上昇させ、地球周回の低軌道に乗せたいと考えている。
そして2026年までには有人による火星ミッションを実現させたい。
現在の計画では、スターシップ原型機は次回打ち上げ予定の[SN 9]以降、[SN 10]から[SN 15]までが製造中で、その次の「スーパーヘビー(Super Heavy)」原型1号機 [BN 1] に繋げる予定。
そんな訳でこれからボカ・チカ・ビーチからのニュースに目を離せなくなるだろう。」
図3:(SpaceX, Brendan2908) 高度150 m 飛行に成功した[SN 5] と[SN 6]はエンジン1基と燃料タンクを組合せた筒状の飛行体。[SN 8]からはノーズコーン、ボデイ・フラップが付き、外見はスターシップ実用機 [ BN 1]と同じになる。[SN 9] から [SN 15] は現在組立てが進行中。[SN… ]は「シリアル・ナンバー」。大気圏外飛行用の“スーパーヘビー・スターシップ”では呼び方が[ BN…] (ブースター付きの意)表示に変わる。次回打ち上げは[SN 9]で数週間以内の予定。
これまでの経緯と今後の予定
図4:(NASA、SpaceX)完成した「スターシップ」 [SN 8]と右手前に見えるのは「スターホッパー」。「スターシップ」は、直径 9 m 、高さ 50 m 、重量(dry mass) 120 ton以内、メタン(CH4)/液体酸素(LOX)を燃料とするラプター・エンジンを装備する。エンジンは[SN 8]では大気圏内用の短スカート型を3基を装備。しかし後継機では、上昇後に真空中で効率の良いスカートの長い型を3基追加する。この場合、合計推力は約11,500 kN (2,600,000 lbs)。大気圏内用ラプター・エンジンは、スターシップ・システムの1段目「スーパーヘビー・ブースター」に搭載するものと同じ。
スターホッパー:(ラプター・エンジン1基装備)
・2019-07-25 高度22 m 飛行試験と回収に成功
・2019-08-27 高度150 m飛行試験と回収に成功
図5:(SpaceX) スターホッパーの高度15 m 試験飛行の様子。
スターシップ:([SN 1]〜[SN 6] はラプター・エンジン1基装備、[SN 8] からはラプター・エンジン3基装備)
・2019-11-20 [Mk 1]が、タンクの加圧試験中液体酸素(LOX)タンクが破壊、廃棄
・2020-02-28 [SN 1]が、タンクの加圧試験中タンクが破壊、廃棄
・2020 [SN 2] が、タンク加圧試験と超低温試験に成功
・2020 [SN 3] が、タンク加圧試験で液体酸素(LOX)タンクが破壊、廃棄
・2020-04-26 [SN 4] が、超低温加圧試験に成功
・2020-05-20 {SN 4} が、エンジン着火試験に成功
・2020-05-29 [SN 4] が、4回目のエンジン着火試験に成功した直後、地上設備の燃料タンクからの漏れで火災・爆発が生じ、破壊
・2020-06-30および同07-30 [SN 5]が、2回連続で超低温加圧試験と静止状態でのエンジン着火試験に成功
・2020-08-04 [SN 5] が、高度150 m 飛行試験・回収に成功
・2020-09-03 [SN 6] が、高度150 m 飛行試験・回収に成功
図6:(Elon Musk on Twitter)[SN 5] は低温試験(7月1日)、地上着火試験(7月30日)に成功、8月4日に高度150 mへの上昇飛行に成功した。1ヶ月後の9月3日には[SN 6]が同じ飛行に成功した。共にラプター・エンジン1基を装備、胴体内には液体メタン(CH4)と液体酸素(LOX)タンクを収める。いずれも大気圏再突入に使うボデイ・フラップやペイロードを積むノーズコーン無しで飛行した。
・2020-10-20 [SN 8] が、静止状態で3基のラプター・エンジンの着火試験に成功
・2020-11-10 [SN 8] が、ボデイ・フラップとノーズコーンを取付けた状態で、発射台にテザーリング・固定し、ラプター・エンジン1基の着火試験に成功。
・2020-11-12 [SN 8]が、ラプター・エンジン2基を使う3回目の着火試験で問題が発生。着火2秒後にコンクリートを覆うmartyte材が破損、破片がエンジン室に飛び込みアビオニクス・ケーブルを損傷、ニューマチック・システムを破損した、このためエンジンは非常自動停止した。
図7:(SpaceX/LabPadre) 11月10日午後6時過ぎに スターシップ[SN 8]の静止状態での3回目のエンジン着火試験が行われた。轟音と共に多数のデブリが飛び散った。調査の結果デブリは発射台のコンクリート・ブロックを覆う保護材が破損、これでコンクリートが飛散、一部がエンジン室の電気ケーブルを破壊した。
・2020-11-25 [SN 8]が、ラプター・エンジン3基による4回目の着火試験に成功、これで次回の高度12.5 kmへ飛翔・回収する試験飛行の準備に入った。
・2020-12-08 [SN 8]が、打上げカウント・ダウン中、発射1.3秒前にエンジンが自動停止。
図8:(SpaceX)12月8日早朝、「スターシップ[SN 8]」は、発射直前1.3秒前にエンジンが自動停止し、打上げは中止。
・2020-12-09 [SN 8]が、高度12.5 kmへ上昇飛行を実施。上昇、滑空、降下に向けた姿勢制御、着地地点への降下には成功したが、着地速度が速すぎ、衝突・炎上、回収に失敗した。
図9:(SpaceX/Universetoday.com) スターシップ [SN 8] には大気圏内で高性能を出せる短いスカート付きラプター・エンジン 3基。液体メタン・タンク底部のエンジン室の支持機構に取付ける。スターシップ試験機の後期からは、この周りに長いスカート付きの真空用ラプター・エンジン3基が追加装備される。
スターシップとは
スターシップとは、スペース Xの次世代型「スーパー・ヘビー(Super Heavy)打上げロケット・システム」の総称である。同時に「スーパー・ヘビー打上げロケット・システム」の2段目を指す。「スーパー・ヘビー・ロケット」はラプター・エンジンを28基搭載して、打上げ時の推力は約 71.2 MN (1,600万ポンド)に達する。
「スターシップ」を載せた「スーパー・ヘビー」は、ボカ・チカ(Boca Chica, Texas)、あるいはケープ・カナベラル(Cape Canaveral Florida)の宇宙基地、または海上の発射台、のいずれから打上げられる。打上げ後メイン・エンジンが停止し「スターシップ」を分離した「スーパー・ヘビー」は発射台のそばに着陸する。「スターシップ」は予定の軌道に向かい飛行を続ける。ミッションの違いにより、「スターシップ」は搭載するペイロードを分離したり、タンカーの「スターシップ」と結合して燃料補給を受け目的の月や火星に向かう。
「スターシップ」が(地球や火星の)大気圏に再突入する際には、ラプター・エンジンを噴射・速度を減じて軌道から離脱、それから水平に姿勢を保ちながら再突入する。着地する前に再度姿勢を変え垂直になり、3基の大気圏用のラプター・エンジンを噴射して静かに着地する。
図10:(SpaceX) 「スターシップ・システム」の構成。「スーパー・ヘビー」はラプター・エンジン28基を備え「スターシップ」を地球周回軌道または以遠に打上げ、分離後地上に帰還する。「スターシップ」は分離後搭載の6基のラプター・エンジンを使い予定のミッションを遂行する。「スターシップ」裏面はヒートシールドで、ステンレス鋼板をセラミックタイルで覆っている。再使用可能で整備費も安い。
図11:宇宙空間を飛行する「スターシップ」の想像図。真空用ラプターエンジン3基で飛行する。長さ50 m、直径 9 m、自重 85 ton、燃料重量 1,200 ton、打上げ時のペイロード 150 ton、帰還時のペイロード 50 ton。
図12:(SpaceX) 「スターシップ」のエンジン装着。[SN 8] 、[SN 9]などでは大気圏内エンジン3基のみを装備、真空用エンジンは付けない。大気圏内エンジンは推力200 ton、真空用エンジンは推力220 ton。
図13:(SpaceX/ Rafael Adamy@fael079) 「SN 8」の燃料タンク構造。タンクは、上(緑)が液体メタン(CH4)下(空色)が液体酸素(LOX)、で、LOXタンクの中心にCH4の輸送チューブが入っている。液体メタン[ CH4 ]/ (―161.5度)と液体酸素 [LOX] /(―183度)の組合わせで、燃焼で生じる堆積物(deposits)がケロシンより少なく、再使用時の整備が簡単。また取得価格も安い。将来は月や火星でも入手可能。また[CH4 ]と[LOX]は温度がほぼ同じなのでドームを含むタンク設計上の共通点が多い。
図14:(SpaceX)「ラプター・エンジン」は、メタン・液体酸素を燃料とするロケットで、再使用可能な [Full flow Staged Combustion Cycle /フルフロー 2段燃焼サイクル]ロケット。「スターシップ・システム」に使われる。2019年7月に「スターホッパー」で初飛行済み。写真の大気圏用エンジンの推力は2 MN / 440,000 lbs。
図15:( SpaceX)最近完成した真空用ラプター・エンジン、真空中で高効率が発揮できるようノズルには長いスカートが付く。左は大気圏用ラプター。
―以上―
参考にした主な資料
・Fraser Cain / Universe Today December 9, 2020 “SpaceX’s SN8 Starship Soars and Belly-Flops, but Fails to Stick the Landing. Oh Well, Bring on the SN9!” by Matt Williams
・Fraser Cain / Universe Today October 30, 2020 “SpaceX Starship Passes Static Fire Test with Three Raptor Engines, Finally Gets Nose Cone”
・You Tube / NASA Spaceflight 2020-11-12 “Live: Starship SN8 Static Fire ad Post-Test Burst Disc Incident”
・@elonmusk 13 November 2020, “About 2 secs after starting engines, martyte covering concrete below shattered, sending blades of hardened rock into engine bay. One rock blade severed avionics cable, causing bad shutdown of Raptor. via Twitter.
・@elonmusk 25 November “Good Starship SN 8 static fire!. Aiming for first 15 km altitude flight next week. Goals are to test 3 engine ascent, body flap, transition from main to header tanks & landing flip” via Twitter.
・Everyday Astronaut “Starship SN 8 12.5 km hop”
・TokyoExpress 2019-09-15 “スペースX、火星着陸用スターシップの試作機スターホッパーの飛行試験に成功
・TokyoExpress 2020-05-26 “スペースX・スターシップ、高度150 mの跳躍飛行へ“
・TokyoExpress 2020-08-10 “ スペースX、スターシップ原型機SN 5、高度150の飛行に成功“