2021-03-02(令和3年) 松尾芳郎
令和3年2月、我が国周辺における中露両軍の活動と、我が国および同盟諸国の動きに関し、それぞれの公的部門等から発表があった。以下にその項目と内容を紹介する。中露両軍による我国防空識別圏(ADIZ)や領海侵犯事件はなかったが、中国軍傘下の海警局所属艦艇による尖閣諸島領海侵犯は連日のように続いている。今月の注目すべき事案は次の通り;―
① 2月26日発表 岸防衛大臣の記者会見・尖閣諸島防衛に関連した内容
② 2月27日発表 令和2年度日米共同統合防空・ミサイル防衛訓練/図上演習「レジリエント・シールド2021 (Resilient Shieled 2021/回復力の盾2021)」
③ 2月4日発表 原子力潜水艦「オハイオ」、沖縄近海で海兵隊と共同演習
防衛省
2月26日 岸防衛大臣記者会見
統合幕僚監部
2月17日発表 令和2年度日米共同統合防空・ミサイル防衛訓練について
陸上幕僚監部
2月26日発表 国内における米空軍機からの降下訓練の概要について
海上幕僚監部
2月15日発表 日米共同訓練 (ILEX21-1) について
2月17日発表 パキスタン海軍主催多国間共同訓練 (AMAN21) について
2月20日発表 日米仏共同訓練について
2月24日発表 平成30年度計画護衛艦の命名式・進水式について
2月25日発表 音響測定艦「あき」の引渡式・自衛艦旗授与式について
2月26日発表 令和2年度第2回米国派遣訓練(護衛艦)について
2月26日発表 不審船対処に関わる海上保安庁との共同訓練について
航空幕僚監部
略
米第7艦隊司令部
2月3日発表 アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦、「ラファエル・ペラルタ」横須賀に到着し第7艦隊に編入
2月3日発表 第7艦隊駆逐艦、台湾海峡を通過
2月4日発表 原子力潜水艦「オハイオ」、沖縄近海で海兵隊と共同演習
2月5日発表 第7艦隊駆逐艦、南シナ海で“航行の自由作戦”を実施
2月9日発表 「セオドア・ルーズベルト」空母打撃群と「ニミッツ」空母打撃群が共同演習
2月16日発表 第7艦隊駆逐艦、南シナ海で“航行の自由作戦”を実施
2月19日発表 米ミサイル駆逐艦「カーチス・ウイルバー」、日仏両海軍と3カ国共同の洋上補給訓練を実施
2月22日発表 米軍と日本海上自衛隊、図上演習“レジリエント・シールド2021”を実施
2月24日発表 第7艦隊駆逐艦、台湾海峡を通過
米空軍
略
ロシア海軍情報管理局ニュース
2月25日発表 太平洋艦隊の艦艇は日本海で砲撃演習を実施
中国軍ニュース(China Military Online)
航行の自由作戦に関する中国の言い分
防衛省
2月26日 岸防衛大臣記者会見
20分弱の記者会見の要旨は次の通り。
① 中国が2月1日に施行した海警法で中国側が自国の権益保護のため武器使用も辞さず、と決めたことに対し、我が自衛隊は、中国海警局艦艇が尖閣諸島に不法上陸しようとした場合は重大な凶悪犯罪と認定、危害射撃を実施できる、と岸大臣は遠回しな言い方で認めた。
② 中国は2月25日に「領海法」を制定し、その第2条に「台湾および台湾に属する魚釣島(尖閣諸島のこと)」を中国領と明記した。これに対し米国防総省のカービー報道官は「米国の尖閣諸島を巡る政策に変更はない、現状変更を目指す一方的な行動に反対する」と述べ中国の行動を牽制した。この“尖閣を巡る政策”とは従来米国が採ってきた「日本に施政権はあるが日本の領有権は認めない」という立場である。言い換えると、尖閣に関わる米国の立場は不明確で、いざという時に頼りにならない、と言う疑念を払拭しきれない。自主防衛の努力が求められる所以である。
③ 2月初旬我が海自の[P-3C]哨戒機が、中東アデン湾派遣業務を終了して帰投中に国際法に則りスプラトリー諸島のミスチーフ礁上空付近を通過した。岸大臣はP-3Cの航路について明言を避けたが否定もしなかった。
ここは中国沿岸から約1,200 km離れた場所で、スプラトリー諸島には中国が設けている7つの人工拠点がある。このうち、スービ礁、ミスチーフ礁、ファイアリークロス礁、にはミサイル発射装置、長さ3,000 m級の滑走路、多くの通信設備などが作られている。中国は海自P-3Cの件について我国に抗議を申し入れてきた。しかし岸大臣は明言はしないものの“航行の自由”を念頭に問題なし、との構えを見せている。
図1:(bb79a.blog.fc2.com) ミスチーフ礁の全体像。左に滑走路が見える。
図2:(bb79a.blog.fc2.com) 3,000 m滑走路と付属施設の拡大写真 (上の写真のやや大きな雲の辺りから写したもの)。ミスチーフ礁はパンガニバン礁(Panganiban Reef)とも呼ばれる。
統合幕僚監部
2月17日発表 令和2年ど日米共同統合防空・ミサイル防衛訓練について
2月22日(月)から26日(金)の間、弾道ミサイル対処および防空戦闘に関するシミュレーション訓練を行い、弾道ミサイル対処に関わる自衛隊の統合運用能力と日米共同対処能力の向上を図った。
実施場所は、陸自の松戸、古河、下志津、青野ヶ原、飯塚、宮古島の各駐屯地、および八重瀬分屯地、海自の横須賀基地、空自の三沢、百里、横田、入間、小松、および那覇の各基地である。
参加部隊は、自衛隊から統合幕僚監部、陸上総隊、東部方面隊、中部方面隊、西部方面隊、陸自高射学校、海自艦隊、および航空総隊。米軍からは、第7艦隊司令部と艦艇数隻。
この訓練は2017年度から実施中で今回は4回目となる。
米第7艦隊の発表によると本訓練は「レジリエント・シールド2021 (Resilient Shieled 2021/回復力の盾2021)」と呼び、22~26日の間、第7艦隊横須賀司令部(CFAY)と各地に展開する日米両軍の各司令部で行われた。「レジリエント・シールド」演習は、毎年行われるコンピューター・ベースの演習で弾道ミサイル防衛(BMD)に焦点を当てた演習である。日米両海軍のBMD能力を備えたイージス艦を中心に両國の空軍が参加して強固なミサイル防衛体制を確認する。両軍から合計で77箇所の司令部が参加した。
陸上幕僚監部
2月26日発表 国内における米空軍きからの降下訓練の概要について
3月8日から11日の間、東富士演習場および米軍横田基地において陸上総隊第1空挺団は、米第5空軍第374空輸航空団 (5thAir Force 374th Airlift Wing) の4発ターボプロップ輸送機/C-130J-30に搭乗、降下訓練を行う。米軍機からの国内における降下訓練は毎年数回行われている。
第5空軍は、横田基地に本部があり、傘下に第18航空団/嘉手納基地、第35戦闘航空団/三沢基地、そして第374空輸航空団/横田基地を配下に持つ。第374空輸航空団はC-130J-30輸送機で編成されている。
図3:(U.S. Air Force by Yasuo Osakabe)横田基地から2021年1月8日に新年の初飛行を行った[C-130J] 輸送機。写真は第374空輸航空団第36空輸中隊所属の機。
海上幕僚監部
2月15日発表 日米共同訓練 (ILEX21-1) について
2月13日沖縄周辺海域で、海自補給艦「とわだ」は米海軍貨物弾薬補給艦「チャールズ・ドリュー」と洋上補給訓練を行なった。これは海自の戦技向上と米海軍との連携強化を図るための訓練である。
補給艦「とわだ/ AOE-422」は、1987年3月就役で現在は護衛艦隊第1海上補給隊に所属、呉基地を母港にしている。満載排水量12,000 ton、全長167 m、速力最大20 kt。同型艦は「ときわ・AOE-423」および「はまな・AOE-424」がある。乗員は約140名。
米海軍の貨物弾薬補給艦「チャールス・ドリュー / USNS Charles Drew (T-AKE-10)」は、2010年2月就役、太平洋で使われている。満載排水量40,000 ton、全長200 mの大型補給艦。貨物搭載量はドライ貨物約6,000 tonおよび給油用燃料2,900 m3である。速度20 ktで26,000 kmを航行できる。兵員約50名と民間人120名が乗務している。
図4:(海上幕僚監部)左が「とわだ」12,000 ton、右が「チャールス・ドリュー」40,000 ton。大きさの違いがよく分かる。
2月17日発表 パキスタン海軍主催多国間共同訓練 (AMAN21) について
2月11日から16日の間、アラビア海北部カラチ近くの海域でパキスタン海軍主催の多国間共同訓練 「AMAN21」が行われ、海自からは護衛艦「すずなみ」が参加した。目的は海自の戦技向上と各國海軍との相互理解を増進するため。
海自から参加した護衛艦「すずなみ・DD-114」は、「たかなみ」級護衛艦の5番艦、2006年2月就役で、現在は第3護衛隊群第7護衛隊に所属、大湊基地を母港にしている。昨年末に大湊を出港、2021年1月20日から中東地域で日本関係船舶の安全確保の任務に付いている。「すずなみ」は満載排水量6,300 ton、最大速度30 kt、Mk. 41 VLS 32セルを備え[SM-2]対空ミサイルを搭載、また90式対艦誘導弾( SSM-1B) 4連装発射筒2基を搭載する。
この演習には中国海軍艦艇数隻も参加したと、中国軍ウエブサイトChina Militaryは伝えている。中国海軍の同演習への参加はこれで8回目となる。
図5:(海上幕僚監部)パキスタン海軍主催の多国間共同訓練(AMAN21)に参加した艦艇。
2月20日発表 日米仏共同訓練について
2月19日、九州西方海域(東シナ海)で、海自補給艦「はまな」、米ミサイル駆逐艦「カーチス・ウイルバー」、フランス海軍軽フリゲート「プレリアル」が共同訓練を実施した。目的は海自の戦技向上、および米海軍・フランス海軍との連携強化を図るため。写真等は後述の「米第7艦隊ニュース」を参照されたい。
2月24日発表 平成30年度計画護衛艦の命名式・進水式について
来たる3月3日(水)に三菱重工長崎造船所において平成30年度計画護衛艦の1番艦の命名式・進水式が実施される。
平成30年度計画護衛艦とは、従来の護衛艦とは異なる多機能・コンパクトなフリゲート(Frigate)で「新型護衛艦」と呼び、艦種は「FFM」とされている。満載排水量5,500 ton、全長133 m、最大速力30 kt、兵装は、Ml.41 VLS 16セルに対空ミサイルSM-6を搭載、また中近距離迎撃ミサイルSea RAM 1基、17式対艦ミサイル4連装発射筒2基などを備える。同型艦2番艦「くまの・FFM-2」は昨年11月に進水式を行い、現在艤装中。
(「FFM-2・くまの」の進水式についてはTokyoExpress 2020-12-06“令和2年11月、我が国周辺における中露両軍の活動と我が国の対応”8ページを参照されたい)
2月25日発表 音響測定艦「あき」の引渡式・自衛艦旗授与式について
来たる3月4日(木)に三井E&S造船玉野艦船工場で、音響測定艦「あき」の引渡式・自衛艦旗授与式が行われる。「あき/ AOS-5203」は「ひびき」型音響測定艦の3番艦で、三井E&S玉野艦船工場で建造。満載排水量3,800 ton、全長67 m、全幅30 m、ヘリコプター発着甲板を備える。護衛艦の中で唯一の双胴型船。艦尾のスクリュウ、艦首の錨、は双方の胴体に1基ずつ付いている。任務は、中国、ロシアなどの仮想敵国潜水艦の音響を測定、分析して特定すること。
図6:(YouTube) 音響測定艦「あき /AOS-5203」の進水式は2020年1月15日に行われた。
2月26日発表 令和2年度第2回米国派遣訓練(護衛艦)について
2月26日から4月4日の間、ハワイ諸島を含む海空域で訓練を行うため、海自護衛艦「ふゆづき」と搭載ヘリコプター1機を派遣、米海軍の協力を得ながらミサイル射撃訓練を行う。これにより海自の戦技向上を図る。
汎用護衛艦「ふゆづき/ DD-118」は「あきづき」型護衛艦の4番艦、三井造船玉野造船所で建造され、2014年3月に就役、現在第3護衛隊群第3護衛隊の所属、舞鶴を母港にしている。満載排水量6,800 ton、全長151 m、最大速力30 kt、乗員約200名、兵装は、62口径5 inch単装砲1基、対空機関砲20 mm CIWS 2基、90式対艦ミサイル/SSM 4連装発射筒2基、Mk.41 VLS(垂直発射装置)32セル、ここにレイセオン製対空ミサイルRIM-162 ESSM(発展型シースパロー)を搭載する。レーダーは防衛省開発のGa-N半導体使用のFCS-3A多機能レーダーで、艦橋周囲4面にアンテナを搭載する。これで「あきづき」型護衛艦4隻は僚艦防空を主任務にしている。他にOPS-20C対水上レーダーを備えている。
図7:(海上自衛隊)汎用護衛艦「ふゆづき/DD-118」。艦首甲板に、62口径Mk.45 5 inch 単装砲、その後ろにMk.41 VLS、艦橋前部に20 mm CIWS高性能機関砲、艦橋上部にはFCS-3A多機能レーダー用アンテナが見える。艦尾にはSH-60J/Kヘリコプター用甲板と格納庫がある。
2月26日発表 不審船対処に関わる海上保安庁との共同訓練について
3月3日(水)九州西方の海空域(東シナ海)で、海自護衛艦「さわぎり」、ミサイル艇「おおたか」および「SH-60J/K」ヘリコプター2機が参加し、海上保安庁からは巡視船「あそ」と「ほうおう」が参加して共同訓練を実施する。訓練内容は我国の重要な施設や島嶼に向かう不審船を想定し、共同追跡・監視訓練、停船措置訓練、さらに情報共有訓練、を含む。海自と海保との不審船対処に関わる訓練はこれで18回目となる。
米第7艦隊司令部
2月3日発表 アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦「ラファエル・ペラルタ」、横須賀に到着し第7艦隊に編入
2月4日、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦(イージス艦)「ラファエル・ペラルタ(USS Rafael Peralta / DDG115)」が横須賀基地に到着した。これにより米国は、最新鋭の艦を極東に送り同盟国日本の防衛強化と“自由で開かれたインド・太平洋”を守る決意、を改めて世界に示した。「ラファエル・ペラルタ」は、第7艦隊指揮下の第15駆逐艦隊に編入された。
「ラファエル・ペラルタ」はフライトIIA(Flight IIA)級のミサイル駆逐艦で、MH-60多用途ヘリコプター2機を搭載し、これまでのイージス艦と比べ最新の弾道ミサイル防衛ミサイル、対空ミサイル、対艦ミサイルを備える。米海軍が保有する最も高性能ミサイル駆逐艦の1つである。
同艦はアーレイ・バーク級の65番艦で2017年7月就役の最新艦「フライトIIA」型、イージス・システムは最新の「ベースライン9」を搭載している。満載排水量9,200 ton、全長156 m、動力はGE LM2500ガスタービン4基で合計10万馬力、可変ピッチプロペラ2軸を装備、速力31 kt。レーダーはSPY-1D(V)型パッシブ・フェーズド・アレイ(PESA)で4面にアンテナを装備しているが、後日Ga-N素子使用の新型のAESA 式SPY-6に換装される予定。
兵装は、対空ミサイル[SM-2]または新型の[SM-6]を垂直発射装置[Mk. 41 VLS]に搭載する。前甲板29セル、後甲板61セル、合計90セルに搭載して来襲する敵ミサイルから空母打撃群を護る。自艦防空のために艦尾に高性能対空機関砲ファランクス20 mm CIWSを1基搭載する。対水上戦用として、{Mk. 41 VLS]セルにトマホーク巡航ミサイルを搭載することも可能。艦砲は前甲板に[Mk.45 Mod. 4 ] 54口径127 mm砲を搭載する。
レイセオン製「SM-6」;―
[SM-6]は、[対空ミサイル]、[対弾道ミサイル]、[対艦ミサイル]が持つ機能を1つにまとめたミサイル。[対空ミサイル]としては、来襲する有人機、無人機、巡航ミサイルに対処できる。[対弾道ミサイル]としては、来襲する敵弾道ミサイルをその最終行程で捕捉、撃墜することに成功した(2015年)。[対艦ミサイル]としては2016年に来襲する敵艦への攻撃に成功した。レイセオンは、2017年に対中距離弾道ミサイル迎撃能力を改良、性能を一段と向上させている。最新型は[SM-6 Block 1A]で2019年に試験を完了済み。現在米海軍向けに、60隻に合計500発以上を納入している。
[SM-6]は、旧型の[SM-2]に空対空ミサイル[AIM-120 AMRAAM]に搭載するアクテイブ・シーカーを取付けているで、目標近くまで誘導すれば、あとは自身で捕捉・着弾する。射程距離は300 km以上と言われる。
図8:(US Navy 7th Fleet Photo by Mass Communication Specialist 2nd Class Reymundo A Villegas III) 2月4日横須賀に入港したアーレイ・バーク級の最新型ミサイル駆逐艦「ラファエル・ペラルタ(DDG 115)」。
2月4日発表 原子力潜水艦「オハイオ」、海兵隊と沖縄近海で共同演習
2月2日、米潜水艦「オハイオ(Ohio / SSGN 726)」は沖縄本島に来航、米第3海兵遠征師団(III MEF=III Marine Expeditionary Force)の偵察部隊と共同演習を行なった。演習には海兵隊の中型テイルローター中隊(VMM 265)所属のMV-22Bオスプレイも参加した。
占領された離島を奪還することを想定した演習で、海兵隊員が小型ゴムボートCRRC= combat rubber raiding craft) で「オハイオ」に移乗し、オハイオに搭載する特殊潜水艇・SEAL用小型輸送艇(Advanced SEAL Delivery System)に乗り込む訓練を含む。
日々緊迫度が高まる“第1列島線”で、攻撃を受けたら直ちに反攻、戦闘区域に進出する能力(stand-in)を練磨し即応体制を高めるための訓練で、敵の攻撃行動を思い止める効果もある。「オハイオ」は大規模な対地攻撃能力を有しており、さらに特殊部隊を迅速に前方に展開する能力を備えている。
「オハイオ」巡航ミサイル原子力潜水艦(SSGN);―
「オハイオ(USS Ohio / SSGN 726)」は、1981年11月に就役した弾道ミサイル潜水艦(SSBN)で、当時はトライデント(Trident) II D-5核弾頭付き弾道ミサイル24基を搭載していた。
同型艦は18隻建造されたが、冷戦終結後その内の4隻、「オハイオ」、「ミシガン(Michigan)」、「フロリダ(Florida)」、「ジョージア(Georgia)」、は弾道ミサイル艦(SSBN)から、対地・対艦攻撃用として巡航ミサイル「トマホーク(Tomahawk)」を搭載する艦(SSGN)に改造された。
これにより「オハイオ」型4隻は、トマホーク巡航ミサイルを154発を搭載し、海軍特殊部隊SEALsが乗り込む小型艇を搭載する艦に変貌した。「オハイオ」は2006年2月に改修が完了して、バンゴール(Bangor, Washington)基地第19潜水艦隊に配備されている。2007年からはグアム島に展開している。(Submarine Force Pacific USS Ohio, 2/22/2021による)
「オハイオ」級原潜は、排水量/水上16,500 ton、水中18,500 ton、全長170 mの超大型潜水艦で90日間連続の潜水パトロールが可能。船体の直径は13 m、内部は4層の構造、艦内装備品の交換をスムースに行うため大型ハッチ3箇所を備えている。水中巡航速度20 kt、極めて静粛な航行をする。
「オハイオ」級は、24本あったトライデント弾道ミサイル発射筒(直径2.2 m)のうち22本をトマホーク巡航ミサイル7基を装備する発射筒に改修した。これでトマホークを合計154基搭載でき、水上艦数隻分の対地攻撃能力を持つことになる。残り2本のトライデント発射筒は潜水要員の“水圧順応室に変わり、その上部にSEALs要員(66名)が乗り込む小型艇を搭載している。
「トマホーク」巡航ミサイル;―
トマホーク巡航ミサイルはレイセオン社が開発する巡航ミサイルで、水上艦・潜水艦いずれからでも発射でき、1,600 km以上離れた敵目標に対し精密攻撃ができる。2004年から実戦配備が始まった。
「タクテイカル・トマホーク(Tactical Tomahawk) RGM/UGM-109E」は、それ以前のBlock IIIを軽量化し、エンジンを換装、外形寸法はそのままで(長さ5.56 m、直径52cm)、重量1.3 ton、射程はBlock IIIの1,600 kmから大幅に伸びている。本体に固体燃料ブースター・(長さ70 cm、重量270 kg)が付く。
Block IV 現在配備中の型で「B lock IV タクテイカル・トマホーク」あるいは[TACTOM]と呼ばれている。発射後にデータ・リンク経由で目標変更ができる。目標まで800 km/hrの亜音速で飛ぶが途中指示により航路変更ができる。
Block V 米海軍は2020年から近代化を開始、サービス・ライフを15年に延伸してBlock Vシリーズとすることを決めた。
・Block V:;前掲「TACTOM」の航法装備および通信装備をさらに近代化した型。
・Block Va:海上の移動目標を攻撃できる型。
・Block Vb:厳重に防御された地上目標に対し連続精密攻撃ができる型(Joint multi-effects warhead)
図9:(U.S.7th Fleet Photo by Sgt. Audrey M.C. Rampton) 第7艦隊との共同演習で、「オハイオ(SSGN 726)」が、第III海兵隊遠征師団(MEF)所属の偵察中隊・上陸戦闘用ゴムボート(CRRC=combat rubber raiding craft)と並走している様子(2021-02-02沖縄海域で撮影)。司令塔の後ろにSEALs用小型舟艇が見える。
図10:(U.S. Navy) 「オハイオ」級巡航ミサイル潜水艦「SSGN」が対地攻撃用「トマホーク」を発射する想像図。22本のトライデント弾道ミサイル発射筒を各トマホーク巡航ミサイル7基発射用に変更したが、これはトマホークだけでなく、無人潜水艇(UUV)、無人航空機(UAV)、などの発射もできる。司令塔の後ろにはSEALs要員が使う小型舟艇格納室が描かれている。
図11:(Wikipedia/Voytek S)改修前の「オハイオ(SSBN 726)」級弾道ミサイル潜水艦の概要。主な箇所を示すと;―①ソナー・ドーム、②メイン・バラストタンク、⑥指揮室、⑨エンジン・ルーム、⑩原子炉、(12)乗員寝台、(14)魚雷発射管室、(17)巡航ミサイル室(直径2.2 mのトライデント弾道ミサイル発射筒が片側12本、2列なので合計24本ある)。
第7艦隊が実施した“航行の自由作戦”は次の4件、まとめて紹介する。
2月3日発表 第7艦隊駆逐艦、台湾海峡を通過
アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦「ジョンS.マケイン(USS John S. McCain / DDG56)」は現地時間2月4日に台湾海峡を通過、航行の自由作戦を実施した。
図12:(7th Fleet, by Mass Communication Specialist 2nd class Markus Castaneda)台湾海峡を通過中の「ジョンS.マケイン」、艦首から艦橋部を写した写真。
2月5日発表 第7艦隊駆逐艦、南シナ海で“航行の自由作戦”を実施
同じく「ジョンS.マケイン/DDG56」は2月5日に南シナ海パラセル諸島(Paracel Islands/西沙諸島)で航行の自由作戦を実施した。
これとは別に、本稿冒頭に記述の通り、海自[P-3C]哨戒機がスプラトリー諸島のミスチーフ礁上空付近を通過した。ここは中国が占領し、大型機発着可能な滑走路を建設している。中国は我国に抗議してきたが、政府は“航行の自由”を念頭に問題なし、との構えを示している。
図13:(Google) 南シナ海の地図。パラセル諸島は国際法に違反して中国が占領(1996年)、軍事基地を建設している。スカボロー諸島、スプラトリー諸島についても同様に不法占拠して中国領と主張している。
2月16日発表 第7艦隊駆逐艦、南シナ海で“航行の自由作戦”を実施
2月17日、ミサイル駆逐艦「ラッセル(USS Russell / DDG 59)」は南シナ海スプラトリー諸島(Spratly Islands/南沙諸島)で航行の自由作戦を実施した。
図14:(7th Fleet, by mass communication Specialist 3rd Class Wade Costin) 2月17日、スプラトリー諸島海域で航行の自由作戦を実施するミサイル駆逐艦「ラッセル/DDG 59」。
2月24日発表 第7艦隊駆逐艦、台湾海峡を通過
2月24日、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦「カーチス・ウイルバー(Curtis Wilbur/ DDG 54)」は、台湾海峡を通過、航行の自由作戦を実施した。同艦は、その前の2月19日に海自補給艦、フランス海軍フリゲートと共に洋上補給訓練を行なっている。
「カーチス・ウイルバー(DDG 54)は第15駆逐艦隊(DESRON15)に所属し第7艦隊の配下にある。アーレイ・バーク級の4番艦で1994年就役の艦、満載排水量8,400 ton、ミサイル垂直発射装置Mk.41 VLS を前後に分け合計90セルを装備、ここに対弾道ミサイルSM3および対空ミサイルSM2等を搭載する。
2月9日発表 「セオドア・ルーズベルト」空母打撃群と「ニミッツ」空母打撃群が共同演習
「セオドア・ルーズベルト(Theodore Roosevelt/CVN 71)」第9空母打撃群(CSG 9= Carrier Strike Group 9)は「ニミッツ(Nimitz/CVN 68)」第11空母打撃群(CSG Eleven)と共同で、2月9日に11回目となる訓練を南シナ海で行なった。この演習を通じ有事即応の技量を磨くと共に、同盟諸国に対し、米国が“自由で開かれたインド・太平洋”の維持に固い決意を持っていることを示した。
「セオドア・ルーズベルト/CVN 71」を中心とする第9空母打撃群は、第11空母航空団(CVW 11=Carrier Air Wing 11)、タイコンデロガ級ミサイル巡洋艦「 バンカー・ヒル(USS Bunker Hill/CG 52)」、第23駆逐艦隊、アーレイバーク級ミサイル駆逐艦「ラッセル( USS Russel/DDG 59)」および同「ジョン・フィン(John Finn/DDG 113)」で構成されている。
第11空母打撃群は、空母「ニミッツ/CVN 68」を中心に、第17空母航空団(CVW 17)、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦「プリンストン(USS Princeton/CG 59)」および同「ステレット(USS Sterett/DDG 104)」、第9駆逐艦隊、で構成されている。
図15:(7th Fleet, by Mass Communication Specialist 2nd Class Logan C. Kellums) 南シナ海で共同演習を行う米空母打撃群。向かって左が空母「ニミッツ(CVN 68)」、右が「セオドア・ルーズベルト(CVN 71)」。
2月19日発表 米ミサイル駆逐艦「カーチス・ウイルバー」、日仏両海軍と3カ国共同の洋上補給訓練を実施
2月19日、米海軍アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦「カーチス・ウイルバー(DDG 54)は、海上自衛隊とわだ級補給艦「はまな(AOE 424)」およびフランス海軍フロリアル級軽フリゲート「プレリアル(F731)」と太平洋上で補給訓練を実施した。訓練は航走しながら燃料や物資を補給するというもの。
図16:(7th Fleet by 海上自衛隊)上から、米ミサイル駆逐艦「カーチス・ウイルバー(DDG 54)」、海自補給艦「はまな(AOE 424)」、フランス海軍軽フリゲート「プレリアル(F731)」。
ロシア海軍情報管理局ニュース
2月25日発表 太平洋艦隊の艦艇は日本海で砲撃演習を実施
2月25日、太平洋艦隊の大型対潜艦(ウダロイI級駆逐艦)「アドミラル・トリプツ(564)」とロケット艇「R−20」は、日本海の射爆場で、仮想敵艦に対しAK-100型100 mm砲を射撃、成功裏に演習を終えた。ロケット艇「R-20」は演習に参加した対潜哨戒機「Il-38」が投下したパラシュート標的に対し射撃を行い、成功した。
「アドミラル・トリプツ(564)」は、1985年12月就役で、収益中の同型艦8隻の内の1つ。満載排水量8,500 ton、全長163 m、最大速力30 kt弱、兵装はAK-100型100 mm砲1門、AK-630型30 mm CIWSを4基、3K95キンジャール短SAM 8連装VLSを8基、等を装備する。対潜装備としては、強力なソナー、長射程のRBU-6000対潜ロケット12連装発射機2基を備え、Ka-27対潜ヘリコプター2機を搭載している。
図17:(ロシア海軍情報管理局)太平洋艦隊所属の大型対潜艦(ウダロイI級駆逐艦)「アドミラル・トリプツ・564」。8,500 tonの大型艦で、強力な対空、対潜戦闘能力を備える。
2月26日 ロシア軍東部軍管区発表
ロシア軍東部軍管区では、我国の北方領土である択捉島、国後島を中心に千島列島で将兵1,000名以上が参加する演習を開始した、と発表した。演習には300輌の軍用車両とヘリコプターが投入され、仮装敵(陸上自衛隊)が無人機を使い電子線を行いながら上陸したと想定し、これを撃退する訓練である。国後、択捉、色丹、歯舞の返還を求める日本に対し、明確に拒絶の意思を示した演習である。
図18:我が国固有の領土北方4島の位置を示す。
中国軍ニュース(China Military Online)
環球時報“張春暉報道官”発表
中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報英語版によると、中国軍は最近、南シナ海で10機以上の爆撃機による軍事演習を実施した。また中国軍東部戦区の張春暉報道官は25日、米艦が台湾海峡を通過したことについて「地域の平和と安定を損ない、断固反対する」と声明を出した。
米国、南シナ海で常習的にルールを歪曲
南海研究院教授Ye Qiang氏署名の主張を発表、米国が南シナ海で実施中の演習を中国の立場から強く非難した。要旨は次の通り。
米海軍はバイデン政権になってからも、依然として南シナ海で“航行の自由” 作戦を継続し、空母打撃群の演習を行なっている。そして国際法に反するとして周辺諸国を誘い、南シナ海における中国固有の権利と関心を打ち破ろうとしている。
米国は“海洋法に関する国連協約(UNCLOS=United nations Convention on the Law of the Sea)”に加盟していない。この協約は条約ではないので拘束力はないが、国家間の海洋政策の紛争の解決にしばしば使われてきた。しかし米国はこの協約(UNCLOS)を度外視し、これまで30年間にわたり軍事力で他国とに海洋紛争に対処してきた。
それが、南シナ海では“中国の権益”を無視し“航行の自由”を言い立てるのはダブル・スタンダートと言って良い。
協約(UNCLOS)には、“航行の自由”について慣例的な原則と記述してあるが、1990年以降では適用範囲を狭める動きが広がっている。例えば1992年から南アフリカとポルトガルは日本船舶が放射性物質を積んでEEZ内を航行するのを禁じたり、2003年からEUが重油タンカーの域内入港を禁じたり(本当か?)している。
米艦による南シナ海での“航行の自由”作戦は、周辺諸国の安全を脅かし、秩序を乱す行為でしかない。
(中国の南シナ海実効支配で国際司法裁判所から「不法占拠」と判定されたことは無視し、条約でない古い協約を持ち出し、“航行の自由”作戦を非難するのは的外れ)
終わりに
米国は、バイデン政権が発足し間もない2月でも従来の対中政策を継承し、巡航ミサイル潜水艦「オハイオ」を沖縄周辺海域に派遣し海兵隊と合同演習を実施したり、南シナ海で「セオドア・ルーズベルト」空母打撃群と「ニミッツ」空母打撃群の共同演習を行ったりして、東シナ海、南シナ海で存在感を示してきた。我が国ではこれで、米国は台湾、尖閣諸島を守る姿勢に変りはない、と安堵する雰囲気が広がっている。
ところが一方で、我が国であまり報道されていない対中政策の変更に関わる重要な事実がある。ワシントン駐在古森義久記者によると、バイデン大統領は次の2項目の政策変更を行った。(2021年1月26日);―
① 新型コロナウイルスを「中国ウイルス」や「武漢ウイルス」と呼ぶことを政府内で公式に禁止した。
② 米国の多数の大学内に設置された中国共産党の対外宣伝教育機関「孔子学院」との接触が学内であった場合は政府に報告する、ことを義務ずけたトランプ前政権の行政命令を撤回した。
2つとも中国への融和や忖度を思わせる措置であり、「バイデン政権はトランプ前政権と同じ対中強硬路線を踏襲する」と信じることはできない。何れも前政権の政策を逆転するもので、米国内で激しい反対が起きている。マルコ・ルビオ上院議員は「バイデン大統領は中国を“戦略的競争相手”と批判するが、行動では習近平への融和の道を歩み始めている」と強く批判している。
古森記者の報告を読むにつけ、国家、国民の主権を守るのは自分しかない、との気持ちをますます強くする。自国の安全、主権を守るのは他国ではなく我々自身である。
―以上―