2021(令和3)年3月7日 元 文部科学大臣秘書官 鳥居徹夫
菅義偉政権が誕生して、この3月で半年になる。衆議院議員の任期満了は10月。それまでには総選挙が必ず実施される。
自民党の総裁選挙も9月にあり、今年は定期改選なので全党員による投票である。新型コロナのワクチンも接種が始まり、予定通りならば東京五輪も7月にスタートする。
◆安倍政権が敷いた路線が、実質的に軌道修正された
昨年9月に、安倍晋三首相が持病の悪化で辞任し、菅義偉が自民党総裁選挙で新しい自民党総裁に選出された。
そして9月16日、国会で第99代内閣総理大臣に、菅義偉が選出された。
7年8ヵ月続いた安倍政権のあとをうけた菅政権は、内閣支持率は発足当時7割を超え、国民の期待を集めたが、直近の支持率は3割台に半減し、年明けから菅内閣を「支持する」より「支持しない」が上回った。まさに急流下りで、下降するだけで上ることがない。
当初の高い支持率は、スタート時の菅義偉内閣に期待が大きかったからとみられる。菅首相は、安倍内閣の官房長官であり、安倍路線の継承とみられたことも、当初の高支持率の背景にあった。
菅首相は組閣直後に、議員会館の安倍事務所を訪ねて挨拶に行くというパフォーマンスを、マスコミも注視する中で行った。安倍路線を継承するとの意思表示のように見られていた。
昨年9~10月は、新型コロナの第2波が終息時で、自民党の議員や候補者は、菅首相が解散総選挙に打って出ることを期待し、勢いづいていた。ところが菅首相は、解散総選挙に打って出なかった。
そのころの立憲民主党と国民民主党は、合流をめぐってゴタゴタしていた。解散となれば惨敗が必至で、自民党にとっては絶好のチャンスだった。
ところが菅首相は長期政権を視野に入れ、2021(令和3)年9月の自民党総裁選挙での再選に意欲を示した。菅首相は、携帯電話料金の値下げ要請などで、成果を出し求心力を高めようとしていたようだが、それが裏目に出た。
菅首相と二階俊博幹事長は、安倍政権の時も含めてだが、ポスト安倍の有力候補であった岸田文雄、石破茂の芽を摘んだ。菅義偉にとって、気にかかるのが安倍前総理の再登場ではなかったか。
◆消費税率の10%到達を、2度も延期した安倍政権
菅政権になって、安倍総理が熱意を示していた安全保障、とりわけ憲法改正や敵基地攻撃能力の保有検討は、いつの間にか蒸発した。この敵基地攻撃能力はイージスアショアの配備中止に伴うものであった。
菅首相は、安倍内閣との違いを見せようとしている。いま菅首相を支えているのは二階俊博幹事長と、安倍政権と距離をおかれていた財務省である。
財務省は、安倍総理の金融緩和などの積極財政政策に、以前から快く思っていなかった。菅首相は、幹事長の二階俊博の言いなりで、しかも財務省の緊縮路線に乗ってしまった。つまり安倍路線の継承ではなかった。
民主党政権のとき、「社会保障と税の一体改革」で自民党や公明党と三党合意があり、消費税の税率を5%から8%、8%から10%への道筋がつけられた。
ところが安倍政権は10%引き上げの既定路線を延期した。それも2回であった。
最初の延期のとき、財務省だけでなく野党に転落した民主党も反発した。
安倍総理は2014(平成26)年に解散総選挙で国民の信を問うた。いわゆる「消費増税シナリオ潰し解散」で、税率アップを先延ばしにした。
安倍首相は衆参の国政選挙に6連勝で、衆参とも3分の2を確保した時期もあった。
財務省は昨年、新型コロナ対策で「生活困窮世帯に絞って現金(30万円)給付」を既定路線としようとしたが、安倍政権に潰され予算案修正となった。そして世帯単位でなく国民一人ひとりを対象に、一人当たり10万円の給付となった。
財務省にとって、コントロールできない安倍首相は不愉快な存在ではなかっただろうか。
消費税率の10%達成を4年も遅らせ、しかも国民全員に定額給付金をバラマクなど、財務省のポリシーに逆行したのである。
◆予算と税制を担い、国税庁も傘下の財務省パワー
マスコミでは「安倍一強」との見出しであったが、安倍首相も財務省には相当てこずっていた。
民主党政権時に道筋をつけた官邸機能強化で、2014(平成26)年5月に発足したのが内閣人事局である。
各省庁の幹部の人事を一元的に掌握するのが目的であったが、財務省がらみの人事は、官邸もアンタッチャブルだった。
森友問題で公文書の改竄を指示したのが財務省理財局長の佐川宣寿だ。財務省は佐川宣寿の国税庁長官への昇格を求めた。官邸は、この人事ですら拒否できなかった。
野党から追及されても、官邸は財務省からの推薦者は拒否できない。ところが野党は、国税庁長官への昇格を「森友隠しの論功行賞」とか「人事の私物化」として安倍首相を攻撃した。
省庁の幹部人事では、財務省を除いては官邸が関与したこともあった。
違法な天下りのあっせんを繰り返していた文部科学省の事務次官に前川喜平がいた。官邸は更迭をちらつかせながら、前川喜平に辞表を提出させた。
ところが財務省は、そのようにはいかない。
テレビ局の女性記者へのセクハラ事件を起こしたのが、財務省の福田淳一事務次官だ。その事務次官が辞任したときもそうだったが、あのときは財務省自体が抵抗しきれないと観念した。
財務省は、予算と税制の実務を担っており、さらに国税庁も傘下にある。それが財務省のパワーだ。
国会議員も、地元や支援組織の予算づけ、税制関係でお世話になっているし、国税庁に睨まれたくない。
安倍首相にとっても、自民党内の結束や政権の求心力から見ても、消費税の増税延期は2度が限度であった。2019年10月に消費税を8%から10%に上げたが、その直後から景気が下降局面となった。
そして2020年の年明けからはじまった新型コロナの感染拡大は国民生活を直撃した。
実際、安倍政権が一枚岩のように見えたが、その結束を支えていたのは、内閣では菅義偉官房長官。自民党では二階俊博幹事長であった。
それは安倍首相も十分すぎるほどわかっていた。安倍内閣の閣僚任命で、菅グループは適齢期の大臣病患者を推薦した。菅原一秀であり河井克行であった。二階派では、吉川貴盛、今村雅弘、江﨑鐵磨、桜田義孝、片山さつきなど、問題があり野党から追及される大臣適齢期の議員を大臣に押し込んだ。
安倍内閣では「閣僚の身体検査が甘い」と酷評されたが、その身体検査を担当したのが菅官房長官。
これら問題議員を閣僚にし、その尻拭いを安倍首相にさせた。菅義偉が首相だったならば、絶対に閣僚にしない人物だった。
安倍内閣では、菅グループや二階派を除けば、閣僚のスキャンダルはなかった。
防衛大臣の稲田朋美による「PKOの日報隠し」があったが、これは自分の能力を過信しすぎたもので、スキャンダルではなかった。
そうなると安倍内閣の次の政権では、問題のない議員を閣僚にできる。実際、菅政権では閣僚の不祥事は指摘されない。
菅首相の長男が、総務省幹部を接待していたことが週刊誌に報じられ野党が追及したが、菅首相は「別人格だ」と一蹴した。
問題となるのは、電波行政で利害関係のある関係者(長男のこと)から、接待を受けていた総務省幹部ということになる。
◆緊急事態宣言の対象地域を増やしたくない財務省
緊急事態宣言は、今年1月8日から東京、千葉、神奈川、埼玉の4都県、14日から大阪、愛知など7府県が2月7日まで宣言地域に指定された。そして大阪・愛知・福岡が2月末まで再延長、東京など4都県は3月21日まで再々延長となった。
飲食店は、午後8時までの営業の自粛要請。一方で住民には、夜間だけでなく昼間も移動自粛を呼びかけた。つまり強制ではないから保障はしない。
営業時間の短縮は協力金という形だが、1日あたり1店舗に6万円の協力金は、緊急事態宣言の対象地域だけである。
国の緊急事態宣言による地域指定となると、財政出動が伴う。財務省としては何としても避けたい。地域指定にも後向きとなる。
菅首相は1月13日の記者会見で、緊急事態宣言の対象でない地域も、「飲食店の営業時間短縮など同じ対策をとる場合、非常事態宣言の対象地域と同じ扱い」と表明したが、財政支援はなかった。財政支援は、指定地域に限っていた。
1月14日に、西村康稔経済再生大臣が、広島市を「緊急事態宣言に準じる地域」にする方向を示していたが、16日になると政府の姿勢が一変し「準じる地域とは認められない」と広島県に通知してきた。
広島市が「準じる地域」になれば、1月18日から2月7日まで、国の補助金の増額によって「宣言対象地域」と同様、休業・時短に応じた店舗への協力金が1日4万円から6万円に引き上げられるハズであった。
ところが休業要請に応じた広島市内の飲食店へ支払われる協力金は1日4万円のまま。国から支援を受けられない。
準ずる地域に指定されていれば、この期間の協力金は1店舗あたり当初の84万円が126万円になるハズで、国庫からの拠出を見込んでいた。
広島県と広島市は目算が外れた。人口10万人当たりの新規感染者数が「想定以上に改善した」というのが、西村担当大臣の言い分だった。
◆当初予算の2倍近くになった令和2年度予算
財務省は、コロナ対策で財政出動が重なり、財政規律が緩むとの理由で危機感を強めている。
令和2年度の当初予算、それに1次、2次、3次の補正予算をあわせた、令和2年度全体の政府予算の総額は175兆6878億円と、当初予算(102兆6580億円)の1.7倍という単年度予算額では過去最大の規模となった。
その中身は、一般歳入が63兆1339億円。国債発行は112兆5539億円で一般歳入の2倍近い。
年明け1月に、菅首相の政務秘書官が代わった。菅義偉事務所の秘書から財務省出身者になった。
事務取扱の秘書官には財務省、経済産業、厚生労働、外務、防衛、警察から6省庁から派遣されている。政務秘書官は各省庁から派遣される6人の事務取扱を束ねる役割だが、それを財務官僚が担う。つまり首相秘書官は、7人すべてが中央省庁出身となり、財務省派遣は2名を占める。
そして菅首相は、1月18日に開会された通常国会の所信表明演説で「少子高齢化と人口減少が進み、経済はデフレとなる」「国民に負担をお願いする政策も必要になる。その必要性を国民に説明し、理解してもらわなければならない」と、大見栄をきった。
菅政権は、まずは感染防止や生活支援に注力する姿勢を強調するが、それが一段落すると、さらなる国民負担を求めてくるのではないだろうか。
菅義偉は、首相就任時に「国民のために働く内閣」を表明したが、実態は「財務省のために働く内閣」であったということか。
◆菅政権に財政規律を求めた立憲民主党議員
2月15日の衆議院予算委員会で、立憲民主党の野田佳彦(元首相)は、「国の財政も緊急事態だ」と菅内閣を問い詰めていた。まるで財務省の代弁者である。
野田佳彦は「財政健全化の道筋を明らかにせよ」「財政健全化について菅内閣総理大臣から明確なメッセージを」と提起したのである。
所得課税の負担増や、消費税の軽減税率の縮小や廃止は、真っ先に狙われるのではないか。消費税率の15%とか20%へのアップも視野に入っているのではないか。
またガソリンにかけられている炭素税(温暖化対策税)の本格導入の動きもある。これは菅首相が通常国会の所信表明演説で、グリーン社会実現を掲げて「2050年までに温室効果ガス排出ゼロ」を宣言し、取り組む決意を表明したことによる。
財務省は、コロナ対策と経済の両立、すなわち国民の生命と生活を守ることよりも、財政規律を優先する。
いまは感染拡大の防止対策とあわせ、事業者や国民への支援が必要である。
3月の年度末を越せないとか、倒産とか企業解散を余儀なくされることがないように、財政面で強力に手当することが大事だが、財政規律を理由に抵抗するのが財務省である。
もっとも菅首相も、野田佳彦との質疑で「経済あっての財政である」と反論はしていたが。
昨春の国民一人あたり10万円給付は効果があった。いわば「逆・人頭税」ともいえるものだった。国民の財布を不十分ながらサポートした。
昨春の緊急事態宣言の際は、外出自粛要請や施設の休業を要請し、国民もそれに応えた。
財務省は国民からカネを吸い上げることに虎視眈々としているが、納税者への還元には抵抗する。
財務省は、国債残高が増えると長期金利が上がりインフレになると、メディアに訴え、国会議員などへのご説明をハシゴしてきた。ところが実際はマイナス金利である。
ハイパーインフレどころか、毎年2%の物価目標すらも達成していない。
まだまだ国債を発行できるし、日銀券をジャブジャブ印刷すれば国民生活の救済に当てることができる。
◆政権を取ろうという気概がない野党
今の野党には、政権を取ろうという気概がない。
立憲民主党や共産党は、それまで森友、加計、桜を観る会などで政府を攻撃していた。
ところが年明けになって急遽、政府のコロナ対策が遅れていると、政府を非難する戦術に変えた。
GOTOキャンペーンの一時中断の決定が遅いとか、非常事態宣言の発令が遅いとか、オリンピックができるのかというものだった。
東京オリパラ組織委員会の森喜朗会長が2月3日に不適切な発言をした。野党は「女性の話は長い」というフレーズを切り取り、女性差別として攻撃した。
立憲民主党と共産党の女性議員が、本会議場に白い服を揃って着るというパフォーマンスを展開した。白い服はアメリカの婦人参政権運動の象徴とのこと。
両党以外の女性議員たちは「しばらく白い服が着られない」「一緒にされたらイヤだわ」と言っており、ひんしゅくを買っていた。
これら野党やマスコミの煽り方は、度を越えている。野党の思考とかメディアの論調のように、政府が動いてくれないというのが気に食わないようだ。
「学術会議への人事介入をやめろ!」って言っていた野党が、「オリパラ組織委員会の人事には介入せよ!」と言う。まさしく二枚舌そのものである。
菅首相は、公益財団法人のオリパラ組織委員会の最高顧問だから助言はできる。森喜朗の後任会長について「若い人か女性が良い」と、菅首相自身は発言したものの人事介入はできない。
◆財務省べったり政権は短命。距離を置くと長期に
財政出動を伴う非常事態宣言は、財務省の抵抗で遅れた。それを野党が非難攻撃している。政府の対応に問題があるというならば、野党はその障害の除去に協力すべきだが、その姿勢にはない。
最大の障害は、財政出動に後向きの財務省。その財務省に苦戦を強いられているのが政府と自民党である。
まさしく自民党にとっては、「前門の野党、後門の財務省」だ。
菅義偉政権は、麻生太郎政権や民主党の野田佳彦政権によく似ている。いずれも衆議院議員の任期切れ直前、追い込まれ解散だ。
麻生太郎政権のとき、菅義偉は自民党の選挙対策副委員長だった。選対委員長は古賀誠で、全国調査で麻生首相の就任直後の解散では、自民党は敗北との報告をまとめた。そのため麻生首相も解散を断念した。
その直後にリーマンショックもあり、解散総選挙は任期満了に近くなり、敗北どころか惨敗を喫した。自民党は政権から転落、民主党政権となった。
任期満了に近くなると、追い込まれ解散になり政権党に不利になる。民主党の野田佳彦政権の「近いうち解散」も、敗北どころか惨敗で政権交代となった。
麻生政権は、リーマンショックの経済悪化で効果的な施策を打ち出せず、雇用情勢は最悪だった。
派遣切りによる「年越し派遣村」は国民の猛批判を浴びた。
財政出動は小出しで「ツーレイト・ツースモール」だった。庶民の多くは年を越すのが大変だった。
野田政権の時は、東日本大震災の直後で、消費税率を5%から10%に引き上げるため「社会保障と税の一体改革」を進めた。
東日本大震災の復興財源として、前任者の菅直人が、「消費税引き上げのチャンス」と、財務省のお先棒を担いだ。その後を受けたのが野田首相だった。
野田首相は、消費税率アップへ自民・公明を巻き込んだ「3党合意」で法改正し道筋をつけた。
ただ麻生政権や野田政権の時は、政権交代を願う国民の機運もあり、野党の支持率が高かった。
ところが菅義偉政権の時は、野党の支持率が1ケタと低すぎる。とても政権交代なんて夢のまたユメ。
麻生・野田政権では、スキャンダル、失言などで閣僚の辞任が相次いだ。ところが菅政権では、辞任を余儀なくされる大臣はいない。
そこが麻生・野田政権と菅政権との大きな違いである。
菅義偉首相は「財務省の財政緊縮政策に乗っかっている」というよりも、財務省が菅首相をコントロールしようとしている。
安倍政権では、国民ひとり一律10万円給付などで、財務省の抵抗を押し切ったという記憶が国民に鮮明に残っている。
麻生・野田政権のように、菅政権は財務省のパペット(操り人形)にはなってくれない。
民主党の野田内閣は、パペットというより「パーなペット」と、財務官僚からも嘲笑されている。
財務省の言いなりになった麻生政権、野田政権は1年で崩壊した。
一方、財務省と距離を置いた安倍政権は7年8ヵ月の長期政権であった。
さて政権基盤がない菅義偉首相は、どうであろうか。いったいどこへ進むのか、首相本人にもわからないのではないか。まさしく生体反応なし。
菅義偉首相が生まれたのは秋田県の湯沢市秋ノ宮。山を越えると「三途川」という小さな集落がある。
その昔、国鉄(いまのJR)の湯沢駅から「三途川行き」という乗り合いバスがあった。下車して山道を歩くと、三途川渓谷があり三途川が流れている。
菅首相には、地獄行きの案内人にだけはなってほしくない。
いずれにしてもコロナ感染拡大を抑制し、一日も早く通常の生活、経済活動に戻ることである。それには言うまでもなく政治の役割が大きい。(敬称略)