2021-03-16(令和3年) 松尾芳郎
防衛省統合幕僚監部の3月11日発表によれば、ロシア空軍機9機が日本の防空識別圏(ADIZ)に侵入、航空自衛隊はF-15戦闘機を緊急発進させ領空侵犯を防ぐなどの対応をした。
空自戦闘機が撮影したロシア機はA-50早期警戒監視機1機のみで、他の写真はない。これは同時期に飛行した2機のTu-95MS戦略爆撃機と、これを護衛するSu-35S戦闘機が3群に別れて飛行して空自機を牽制したため、撮影の機会を失したためと思われる。
ロシア軍は、本件についてTu-95MS戦略爆撃機2機と護衛のSu-35S戦闘機が日本海と北西太平洋を飛行した、と報じた。また、途中で日本のF-15戦闘機が飛来した、と報じている。
この日は東日本大震災発生から10年目、地震、津波による犠牲者2万人を追悼する行事が行われている最中に、プーチン大統領は空軍機9機を動員、我国を脅かす訓練を指令したと見られる。
図1:(統合幕僚監部)3月11日、日本海上空で空自戦闘機が撮影したA-50 AWACS。A-50は、 IL-76軍用輸送機をベリエフ(Beriev)設計局が早期警戒機に改造した機体。IL-76はイリューシン設計局が開発した大型輸送機、これまでに960機以上が作られた。IL-76MD型は最大離陸重量210 ton、貨物52 tonを搭載して5,000 km飛行できる。我が空自のC-2輸送機は最大離陸重量140 tonとされるのでIL-76はかなり大きい。C-2は2016年就航開始以来これまでに配備されたのは僅か11機だけ。
Il-76MDとA-50 AWACSの外見上の違いは主翼フェアリング前方にバルジを追加、APUの強化のため垂直尾翼付け根にエアインテイクを設置、給油プローブ取り付け、など。原型機A-50は1984年に導入、1992年までに約40機が作られた。
今回飛来したのは改良型の「A-50U」、基本型をデジタル化し、シュメーリ・レーダーを搭載、西側AWACSと同等の性能を備える。空中目標300機を追尾、友軍機30機を誘導する性能を持つ、と言われる。空軍では「A-50U」を6機と「A-50M」を20機ほど使用中。乗員5名、レーダー要員11人、全長49.6 m、翼幅50.5 m、高さ14.8 m、最大離陸重量190 ton、エンジンはソロビヨフD-30KUターボファン推力26,500 lbs (117 kN) 4基。航続距離6,400 km、速度900 km/hr。
図2:(統合幕僚監部)2021年3月11日、ロシア軍機、9機の日本海、オホーツク海および太平洋における飛行経路。図中「推定ロシア機(2機)」とある4項目は、ロシア空軍発表から、薄緑色矢印が「Tu-95MS」戦略爆撃機、他の3項目は護衛戦闘機「Su-35S」2機ずつと推定できる。これら4項目の航空機を支援するため赤色矢印の「A-50U」早期警戒監視機が日本海中央で空自戦闘機の対応を監視したものと考えられる。
図3:(令和2年防衛白書)日本の防空識別圏(J ADIZ)を示す地図。昭和44年(1969年)防衛庁訓令第36号で定義された。この空域は1945年に占領軍司令部(GHQ)が制定した防空識別圏をほぼそのまま踏襲している。我国の実効支配がおよんでいない「竹島」と「北方4島」は含んでいない。また小笠原諸島については、1945年敗戦の結果米国の支配下となったが、1968年(昭和43年)に日米間で復帰協定が締結されて日本領となった。この経緯で我国ADIZに入っていない。その後、韓国および中国は日本の防空識別圏に食い込む形で勝手に自国のADIZを宣言し、現在に至っている。今回(2021-03-11)のロシア機9機の飛行経路はいずれも我国ADIZの範囲内で、我国に事前に通報することなく行われた。
図4:(Google)ロシア空軍の第37航空軍(37th Air Army)第326重爆撃機師団に所属する「Tu-95MS」戦略爆撃機は、旧満州国とロシアの境界を流れる黒龍江(アムール河)の北東岸、ロシア連邦直轄地・ハバロフスク地方の「ウクラインカ空軍基地」に配備されている。
図5:(Google) 「ウクラインカ空軍基地」の衛星写真。空軍基地はハバロフスク地方のスポポドヌイ(Svobodny)市近郊にあり、長さ3,500 mの滑走路を持つロシア最大の戦略空軍基地。スボボドヌイ市には他にICBM基地と大規模な核弾頭貯蔵施設がある。
ロシア第37航空軍
ロシア第37航空軍は2個重爆撃機師団で編成、重爆撃機「Tu-160」、「Tu-95MS」を合計76機と核巡航ミサイル「Kh-55」、「Kh-55SM」を約850発を装備する。
両師団は共に敵国に核攻撃を加えるのが主な任務で、このためプーチン大統領直属の組織となっていて、大統領の指令で行動する。我が国周辺にしばしば飛来するのは、ウクラインカ基地にある「第326重爆撃機師団」の所属機である。
・「第22親衛重爆撃機師団」:
ウラル山脈西部のサラトフ州エンゲリスに司令部、3個重爆撃機連隊で構成
第52親衛重爆撃機連隊:シャイコフカ、Tu-22M3
第121親衛重爆撃機連隊:エンゲルス、Tu-160、Tu-95MS
第840重爆撃機連隊:ソリツイ、Tu-22M3
・「第326重爆撃機師団」:
極東ハバロフスク地方・ウクラインカ空軍基地に司令部、4個重爆撃機連隊で構成
第79重爆撃機連隊:ウクラインカ基地、Tu-95MS
第132重爆撃機連隊:Tu-22M
第182親衛重爆撃機連隊:Tu-95MS
第200親衛重爆撃機連隊:Tu-22M
配備中の「Tu-95MS」以外の爆撃機;―
「Tu-160」:
ツポレフ設計局開発の可変翼超音速戦略爆撃機、1987年就役で35機が製造された。米国の「B-1」可変翼超音速爆撃機より大きい。最大離陸重量276 ton、航続距離14,000 km、乗員4名、兵装は通常爆弾18 tonまたはKh-55核巡航ミサイルまたは通常弾頭ミサイルKh-55SMを12発を搭載できる。
「Tu-22M」:
ツポレフ設計局開発の可変翼超音速の中型爆撃機、発展型の「Tu-22M3」/バックファイアC」が1977年に初飛行、最大離陸重量130 ton、戦闘行動半径1,500 km、乗員4名、兵装は爆弾倉およびパイロンに巡航ミサイルKh-55またはKh-55SMを8発を含む合計12 tonを搭載できる。約500機が製造・配備されている。
図6:(Yahoo/ロシア空軍動画3月11日発表)ハバロフスク地方・ウクラインカ空軍基地から離陸する第326重爆撃機師団所属の「Tu-95MS」戦略爆撃機。ロシア軍では「Tu-95MS」を[戦略ミサイル輸送機]と呼び、63機が第37航空軍に配備されている。軸馬力14,800 hpのクズネツオフNK-12MAターボプロップを4基、最大離陸重量185 ton、最高速度925 km/hr、航続距離は6,400 km。海軍用に改造した対潜哨戒機Tu-142がある。[ Tu-95MS ]は、超音速対地攻撃用ラドウガ(Raduga) Kh-15巡航ミサイル(射程300 km) 6発を胴体内のドラムランチャーに搭載する。改良型のTu-95MS-16は、ラドウガ(Raduga) Kh-55亜音速・射程2,500 kmの巡航ミサイルを胴体内に6発と翼下面に10発、計16発搭載できる。従ってTu-95系列機は、我国の防空識別圏( ADIZ)の外から容易に我国の目標を巡航ミサイルで攻撃できる。
図7:(Yahoo/ロシア空軍動画3月11日発表)「Tu-95MS」の2重反転プロペラと「Su-35S」戦闘機。
図8:(Yahoo/ロシア空軍動画3月11日発表)「Tu-95MS」戦略爆撃機から撮影した護衛戦闘機「Su-35S」。「フランカー-E」とも呼ばれ、スーホイ(Sukhoi)設計局開発、製造は極東ロシアのアムール・コムソモリスク(Komsomolsk-on Amur)航空機工場が担当。原型の「Su-27」から数次の改良を経て、コクピットとウエポン・コントロール・システムの近代化と推力偏向ノズル付きにした機体が「Su-35S」多目的戦闘機である。2014年からロシア空軍に配備開始。試作機6機を含め128機が製造されている。中国空軍が24機を輸入、2018年から南シナ海に面した広東省の空軍基地に配備している。
乗員1名、最大離陸重量34.5 ton、エンジンはサターン(Saturn) AL-41F1Sアフトバーナー付き推力86.3 kN (19,400 lbs/ドライ)、142 kN (32,000 lbs)/アフトバーナー時、を2基装備する。最大速度マッハ2.25 / 2,400 km/hr、戦闘行動半径1,600 km。兵装は主翼等のハードポイント12箇所に合計8 tonの各種ミサイルを搭載できる。これで分かるように近代化された多目的戦闘機である。空自ではF-15戦闘機の近代化改修を進めているが、予算で抑えられ遅々として捗っていない。緊急発進した未改修のF-15で互角に戦うことができるのか?
配備中の巡航ミサイル「Kh-55」、「Kh-55SM」;―
「Kh-55」;
ラドウガ(Raduga)設計局開発の亜音速巡航ミサイル、米国のトマホーク巡航ミサイルに相当するミサイル。図6に示すように1983年から戦略爆撃機「Tu-95MS」に搭載されている。胴体直径51 cm、全長6 m、重量1,250 kg、射程2,500 km、通常弾頭型はHE炸薬500 kg、核弾頭型は200 ㌔㌧の威力がある。(核爆弾の威力は相当するTNT爆弾の爆発力で示され、広島に投下された核爆弾は16 ㌔㌧、長崎は20 ㌔㌧とされる。)
エンジンはウクライナ製「Motor Sich JSC R95-300」ターボファン(現在はNPO Saturn製TRDD-50Aに換装されつつる)で、発射後主翼が展開すると同時に胴体下にポップ・アウトして作動開始、高度100 m以下で目標に向かう。
図9:(Wikipedia)ウクライナ空軍博物館の「Kh-55」、飛行中は翼が展張し尾部下面からエンジンポッドが降ろされ、ターボファンの推力でマッハ0.7程度の速度で飛行する。誘導は慣性誘導システム(inertial guidance system)および地形照合システム(terrain counter-matching guidance system)で行う。
「Kh-55SM」:
1987年に配備が始まったミサイルで、「Kh-55」の左右にコンフォーマル・タンクを取付けた射程延伸型、弾頭はHE 通常炸薬500 kgのみで核弾頭付きはない。この結果、ミサイル胴体幅は77 cm、重量1,700 kg、射程は3,000 kmになった。さらに改良した「Kh-555」が2004年から使われている。
図10:(Wikipedia/ロシア国防省)大型爆撃機の爆弾倉に懸架された巡航ミサイル。「Kh-55」を改良し胴体両脇にコンフォーマル・タンクを増設し射程を伸ばした「Kh-55MS」または「Kh-555」と見られる。
終わりに
3月11日にロシア戦略爆撃機「Tu-95MS」2機を含む合計9機が我国の防空識別圏に侵入した件は、一部のマスコミが小さく採り上げただけ、その重大性に触れる事なく、もっぱらコロナ対応、総務省関係の夕食饗応の話題、そして震災10周年追悼行事の記事で明け暮れた。
しかし今回のロシアの行動は、“その気になれば何時でも日本の重要都市、基地、産業拠点を破壊できるぞ”と脅し掛けてきた、と受け止めた方がいい。怖いものには蓋、外国からの脅威には無言で対応、では国土・国民の安全は守れない。国会議員諸侯、マスコミの記者の方々は、内外の事態を直視し軽重を判断して国民を守るよう行動して欲しい。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
統合幕僚監部 2011-03-11 “ロシア機のオホーツク海および太平洋における飛行について“
Yahoo News 2021-03-12 “3月11日、ロシア軍9機に航空自衛隊の戦闘機がスクランブル” by JSF/軍事ブロガー
Fly Team 2021-03 12改定“ロシア空軍Tu-95MS、Su-35S、A-50が日本周辺飛行、F-15が緊急発進”
Wikipedia “第37航空軍”
Wikipedia “Sukhoi Su-35S”
Wikipedia “Kh-55”