2021-04-26(令和3年) 松尾芳郎
図1:(NASA/SpaceX) 月面に着陸したスペースX・スターシップの想像図。スターシップは高さ50 mなので、月面に立つ宇宙飛行士や探査用車両は豆粒ほどに見える。
これまで月面に降り立った宇宙飛行士はアポロ計画でわずか27名、1972年以降は一人もいない。今年4月16日、NASAは有人月面着陸計画の再開のためスペースXのスターシップを選定し29億ドル(USD 2,900,000/約3,200億円)で契約した、と発表した。これでNASAはスターシップを使い新たな有人宇宙開発に乗り出すことになる。
(Only 24 men have been to the Moon via Apollo program, and no one has been back since 1972. On April 16, NASA announced they have nominated SpaceX’s Starship spacecraft for the first astronauts on the lunar surface since Apollo era.)
スペースXの発表;―
NASAとスペースXは強固に連携して、宇宙飛行士を打上げ月に着陸させ、そして安全に地球に帰還させる能力を、米国が保有していると全世界に示すことになる。
これまで両者は月面着陸に向け密接に協力してきたが、今後はこれを加速、実現に向け一層協力することになる。そして将来の火星とその遠方の有人探査に繋げて行きたい。
有人月面探査には、宇宙飛行士と大量の貨物を安全に月面に運ぶ低コストの輸送手段が不可欠。スペースXが作るスターシップ宇宙機と打上げ用スーパー・ヘビー・ロケットは設計上統合化されており、完全に再利用可能で、同じ推進剤を使い、宇宙空間での給油や補給に必要な自動結合/ランデブー(rendezvous)機能を備え、月・火星などの不整地に着地可能な頑丈なランデイング・システムを装備、そして安全性も極めて高いシステムである。
スターシップは、月周回の軌道上にある宇宙基地と月面の間を往復して、探査に必要な人員と貨物のすべてを輸送する。すでに地球を周回する国際宇宙ステーション(ISS)への輸送にはドラゴン(Crew Dragon)宇宙機とファルコン(Falcon)9打上げロケットが日常的に使われている。スターシップは、ドラゴン宇宙機で実績のあるアビオニクス、誘導システム、航法システム、自動結合(rendezvous)システム、精密着地システム、耐熱シールド・システムを装備し、さらにコクピットの操縦装置はドラゴンと同じく近代化され、広々とした室内になる。
スターシップの開発は、装着するラプター・エンジンと共に、着々と進んでいる。2020年1月以来、スターシップ試作機は10機作られその都度改良が組込まれてきた。ラプター・エンジンは60台以上が製造され、567回の着火スタートを含み合計で3万秒の運転を経験している。これまでに高度150 mへの上昇飛行2回と高度10 kmへの飛行4回の試験飛行を実施している。高度150 m飛行ではいずれも着地・回収に成功したが、高度10 kmの飛行では最終着地に失敗・炎上している。
現在後続の改良型のスターシップ5機を製作中である。
打上げロケットのスーパー・ヘビー・ブースターは試作1号機の組立てと分解が終了し、現在は最初の試験打上げに使う2号機の組立てを始めている。
今回NASAのアルテミス(Artemis)計画に指名され、月面に最初の女性飛行士を含む2名の宇宙飛行士を送り届ける機会を得たのは、スペースXにとり大変名誉なことである。
NASAの発表(April 17, 2021) Release 21-042;―
NASAは月面に宇宙飛行士を送るアルテミス(Artemis)計画で、スペースX社を選定した。アルテミス計画では女性を含む2名の宇宙飛行士を月面に送る予定である。
NASAは、宇宙飛行士4名が乗るオライオン(Orion)宇宙機を強力なスペース・ローンチ・システム(SLS=Space Launch System)で打上げ月周回軌道に運び、そこでスペースXのスターシップに乗り移り月面に輸送する。約1週間月面に滞在して探索を行い、再びスターシップで月面を離れオライオンに向かい、オライオンにドッキング移乗して地球に帰る。
これに見込まれる費用28億9000万ドルをスペースX社に支払う。
この契約で両者は21世紀最初の有人月面着陸を成し遂げ、その先にある火星を含む深宇宙探査の第一歩を踏み出す。
スペースXはNASAと、有人月面着陸システム(HLS=Human Landing System) に関し緊密な協議を進めており、宇宙機がNASAの定める有人飛行に関わる安全基準に合致するよう製作する。スペースXは、有人月面着陸の前に無人のスターシップで月面に着陸し安全性を立証する。
月面着陸用のスターシップは、スペースXが作るラプター(Raptor)エンジンを備え、打上げロケット・ファルコン9とクルードラゴン宇宙機で示した技術を受け継いだ機体である。広々としたキャビンを持ち、月面活動のための出入口は2つある。スターシップは完全な再使用可能な構造で、月、火星、その先の目的地に飛行ができる。
今回の契約は「NextSTEP-2=Next Space Technologies for Exploration Partnerships/ 次期宇宙技術探査のための協力体制・付属書H」に基ずいて評価、決定をした。
NASAが主導し開発中のスペース・ローンチ・システム(SLS)ロケット、オライオン宇宙機、ゲートウエイ宇宙基地、有人月面着陸システム(HLS)、これらは民間企業や国際的な協力体制でNASAが総合調整をするアルテミス計画として有人月面着陸を目指している。月面では居住施設を設置し、地上を走る走行車を準備する予定だ。
NASA発表のポイントとマスク氏のコメント;―
NASA発表を要約すると「スターシップは、月周回軌道を回るオライオン宇宙機と月面との間の人員・貨物輸送に限定」して使う。スターシップはスーパー・ヘビー・ロケットで打上げれば、直接月に大量の人員・貨物を輸送し地球に帰還できるが、NASAは自身が進めてきたアルテミス計画を最大限活用し、不足する月面との往復部分だけをスペースXに依頼したい、と言う事だ。
「図1」をよく見るとNASA発注のスターシップには地球大気圏再突入に必要な耐熱シールドと大気圏飛行に使う4枚のフラップがない。つまり地球に帰還せず、オライオンと月往復に限定、かつ月面基地に転用可能な特殊モデル「ルナー・スターシップ(Lunar Starship)」であることを示している。
NASAが進めるSLSロケットはスペースシャトル用エンジン4基を装備するが、地上着火試験を2度実施したばかり、4人乗りオライオン宇宙機は無人で打上げ海上で回収する試験を2回済ませたのみ。いずれも開発が大幅に遅れている。
2019年のトランプ政権の時代NASAは一旦月面着陸の再開を2024年までに行うと発表したが、バイデン新政権下で再検証した結果、期日を限定せず2024年以降を目標にすると改めた。
しかしスペースXのマスクCEOは、「2024年の有人月面着陸は可能だ」、と明言した(2021-04-23)。これは、クルー・ドラゴン宇宙機で2度目となる乗員4名のISSへの輸送に成功した記者会見で述べた言葉である。
続けてマスク氏は「スターシップは、今の宇宙機(ドラゴンやオライオンを指す)より遥かに大型、結合(給油を含む)が可能、再利用可能な宇宙機で、2023年には有人飛行を常時行えるようになる。もちろんそのためにはやるべきことが沢山あるが、我々はこれまで以上に開発を加速させ、2年以内にスターシップによる有人飛行を定常化する決意だ」と語っている。
何度も述べてきたが、スターシップは100 tonの重量を低地球周回軌道に乗せ、ここで給油を受ければそのまま月に向かい、着陸し、再び地球に戻ることができる。他の宇宙機、計画中を含めて、全ては遥かに小型でスターシップには遠く及ばない。
図2:(SpaceX/RGVAerialPhotograpy) 打上げを待つ標準型スターシップSN 15。標準型は、大気圏突入のために胴体下面を耐熱シールドで覆い、大気圏内での飛行のため前後に一対ずつのフラップを装着する。しかしNASA発注の “ルナー・スターシップ”は、耐熱シールドとフラップがないので軽くなり、これで50~100 tonの貨物を追加輸送できる。
スターシップ15号機 SN-15の高空飛行試験予定;―
スペースXは、2020年12月以来これまでスターシップSN 8からSN 11まで4機は高度約10 kmの飛行の大部分に成功したが、いずれも着地に失敗・炎上した。これを受けてSN 12、SN 13、SN 14は組立てを中止、失敗で得た知見を取り入れ大幅に改良した次世代型スターシップSN 15を製作、これで高空試験に挑戦する。
SN 15の改良箇所は、構造、アビオニクス/ソフトウエア、エンジンを含む数百箇所におよび、これでこれまでの着地失敗の原因が解消することを期待している。
C/Net ニュース(April 25, 2021)は、イーロン・マスク CEOの発言として「 SN 15は4月26日午後(現地時間)にエンジンの着火試験を行い、順調に終了すればFAAから発射の認可を受け、週末までに(27日か28日)飛行試験を行う」と報じている。
図3:(SpaceX/bocachicagal-NASA Space Flight. Com)2021年4月25日のスターシップSN 15の様子。胴体途中の黒い帯の部分は試験のため貼った耐熱シールド。左はノーズコーンとキャビン部分の加重試験装置。
YouTube WAISpace Felix Schlang氏のコメント;―
- なぜスペースXを唯一の月面着陸機として選んだのか?
これまで候補はブルー・オリジン(Blue Origin)が主導しロッキード・マーチン、ノースロップ・グラマン、ドレーパー(Draper)が参加するナショナル・チーム(National Team)とダイネテイックス(Dynetics)の3つがあった。
図4:(NASA) ダイネテイックス(Dynetics) とシエラネバダ社共同提案の月着陸宇宙機(HLS)。3社の提案の中で最も小型。このままの形でオライオン宇宙機やアルテミス宇宙基地と月面を往復する。中央の円筒形は乗員用キャビンで数名が乗務し、地上との往復は簡単なステップでできる。
図5:(NASA) ナショナル・チーム(National Team)提案の月着陸機。ブルーオリジン(Blue Origin)が主導し、ロッキード・マーチン、ノースロップ・グラマン、およびドレーパー(Draper)研究所が参画する。全体は、飛行部分(transfer element)/左、降下部分(descent element)/中央、上昇部分(ascent element)/右、の3つで構成、全体を「統合着陸機/ILV=Integrated Landing Vehicle」と呼ぶ。月面着陸は、飛行部分を切り離し中央の降下部分で行い、月面活動が終えると上昇部分のみが分離して離陸、軌道上の基地に向かう。
ダイネテイックスには設計上の問題、着陸船の重量が重すぎエンジンの大型化あるいは全体の軽量化が必要。ナショナル・チームは洗練されているが高価すぎる。両案は共に月面に着陸し活動して月周回軌道上のゲートウエイ基地やオライオン宇宙機に戻ることはできるが、月面滞在のための貨物、試験設備などは別に運ばなければならない。
スペースXのスターシップは基本的に異なり、地球周回軌道上でタンカーから燃料補給を受け、月面に着陸し、宇宙飛行士滞在に必要な大量の貨物を輸送し、ゲートウエイに寄らずに地球に帰還する能力を備える。
図6:(SpaceX/WAI)スターシップは、地球周回低軌道に打上げられ、そこでタンカー・スターシップ(左側)とドッキング、燃料補給を受けて月に向かう。
図7:(NASA/WAI)NASA 2021年4月16日発表の「月面有人着陸システム/HLS=Human Landing System」選定報告書[Source Selection Statement]に記載された評価表。「スペースX」を、”技術的評価(Technical Rating)“で ”許容できる・Acceptable“、”管理評価・Management Rating”で “素晴らしい・Outstanding)”と結論している。
NASAはこれまでスペースXの開発に注目はしてきたが、その方法にリスクが大きいと感じていた。NASAは従来の手法で、SLS打上げロケット(ボーイングと協力)、オライオン有人宇宙機(ロッキード・マーチンと協力)、月周回のゲートウエイ(Gateway)宇宙基地(国際協力)、で開発を進めてきた。現状は、SLSロケットは地上着火試験に成功、オライオン宇宙機は無人で弾道飛行を行い海上回収に成功、ゲートウエイは設計の途中、といった段階にある。
一方スペースXは、ファルコン9打上げロケットとクルードラゴン宇宙機の組合せで、国際宇宙ステーション(ISS)への人員輸送を米国の手で再開し2回実施済み、定常化している。またロケット・宇宙機の再利用技術を確立して、打上げコスト削減を図っている。NASAはこれらを評価してSpaceXの採用を決めた。
もう一つは予算の制約である。ダイネテイクスおよびナショナル・チームの宇宙機は小型で能力が不十分、完成までには多額の費用がかかる。スペースXのスターシップは開発試験が進んでいて、高性能で製造費用も安い。
- アルテミス計画との関係はどうなるのか?
アルテミス計画では、打上げロケットSLS、オライオン宇宙機、ゲートウエイ宇宙基地、の開発が進めているが、今の所これには変更はない。SLS 1号機の試験打上げは近く行われるだろうし、オライオンの試験も続くと思われる。月周回のゲートウエイ基地はまだ計画段階だが、作られることになる。これらに予定される機能は全てスターシップには備わっているので、開発を継続する必要性は薄い。。しかし、スターシップの開発・試験が余りにも急速に進んでいるので、宇宙開発関係者の間にはその実現に疑念を抱く向きが依然としてあり、NASAの従来の取組みを直ぐに廃棄するには至っていない。
有人月面着陸システム(HLS)用のスターシップ;―
NASAが今回明らかにしたところでは、月面着陸用スターシップ/ルナー・スターシップは次の点が改良される。
図8:(NASA/SpaceX/WAI, Casper Stanley) 左が最初のスターシップ案、右は第1図に示す改良型のスターシップ。改良点は次図以降に示す。
図9:(NASA/SpaceX/WAI, Casper Stanley) 改良箇所①は、先端を平らにし連結用ドッキング・アダプターが付く。これでゲートウエイ宇宙基地やクルードラゴンと接合、人員・貨物の移送ができる。改良箇所②は、ソーラー・パネルがノーズ先端にあったが、本体に移設、大きくする。
図10:(NASA/SpaceX/WAI, Casper Stanley) 改良箇所③は、窓を少なくする。窓は構造上複雑になり強度上の弱点になるので原案の12個から4個に減らす。改良箇所⑤は、クレーンと貨物ドア。貨物ドアは正方形になり、クレーンは筐体側面のレールに沿いながら上下する側面エレベーターにする。改良箇所⑥は、胴体ソーラーパネル下部に多数(24個)の小孔が設けられ、ここに着地用の減速スラスターが付く。着陸にはラプター・エンジンが使われるが強力なので大量の砂塵を舞い上げ、本体が損傷する恐れがあるため、高い位置にあるスラスターで減速着地する。
図11:(NASA/SpaceX/WAI, Casper Stanley) 改良箇所の図。スラスターは、開発中の簡単な小型メタン燃料使用エンジンになる見込み。スペースXはヒドラジン燃料のスーパー・ドレイコ(Super Draco)を開発済だがこれは使わない。
図12:(NASA/SpaceX/WAI, Casper Stanley)改良箇所⑦は、最大で最も重要なランデイング・レグ(landing leg)。大型で頑丈な幅広型の脚になる予定。
終わりに
NASAはこれまで主導してきた有人月着陸「アルテミス」計画の進展が遅れているため、止むを得ず部分的にスターシップの採用を決めたという感を免れない。一般に大きな組織は、一旦目標を設定すると、その後に生じた情勢の変化に迅速かつ適切に対応するのが極めて困難になる。今回の事例はその良い教訓とも言える。これまでの相違を捨てNASA、SpaceXは協力して有人月着陸を予定通り実現することを願う。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
・SpaceX April 16, 2021 “Starship to land NASA Astronauts on theMoon”
・NASA April 17, 2021 Release 21-042 “As Artemis Moves forward, NASA Picks SpaceX to Land next Americans in Moon” by Monica Witt, Editor; Katherine Brown
・C/Net April 25, 2021 “Elon Musk and SpaceX aim to launch an upgraded Starship prototype this week” by Eric Mack
・YouTube WAISpace Fliex Schlang 2021/04/21 “Starship Update”
・Space com. April 23, 2021 “SpaceX could land astronauts on the moon in 2024, Elon Musk says” by Mike Wall
・TESMANIAN April 25, 2021 “SN15 flight TFR has been added for Wednesday. Flight TFRs are now posted for Tuesday and Wednesday! “ by Evelyn Arevalo