2021-06-09(令和3年) 松尾芳郎
図1:(Boom) ユナイテッド航空の超音速旅客機、ブーム・スーパーソニック社が作る「オーバーチェア」の完成予想図。「オーバーチュア」とはオペラ・歌劇などの「序曲」の意味で、超音速旅行時代の「幕開けの航空機」と言うことで名付けられた。
航空輸送の大手「ユナイテッド航空(UAL=United Airlines)」は、6月3日にデンバー(Denver, Colorado)のベンチャー企業「ブーム・スーパーソニック(Boom Supersonic)」が開発する超音速旅客機「オーバーチェア(Overture) 」を15機購入する契約を結んだと発表した。2029年から運航開始の予定。
実現すれば、英仏共同開発の超音速旅客機「コンコルド(Concorde)」が2003年に退役して以来、25年振りの超音速旅客機の復活となる。
(United will purchase 15 of Boom’s “Overture” airliners, once Overture meets United’s demanding safety, operating and sustainability requirements, with an option for 35 more. The aircraft expected to enter airline service in 2029, and will fly sustainable aviation fuel(SAF). Overture is the first airliner in a new era of enduring supersonic flight, since the end of Concorde’s service in 2003.)
「コンコルド」は、主に英国航空(BA)とエアフランス(AF)で使われ、1976年1月に就航し2003年10月に退役した。この間試作6機を含み20機が作られた。最高速度はマッハ2(音速の2倍)、座席数は92〜128席、ニューヨーク・ロンドンの運賃は2020年換算で$12,900 (140万円)と極めて高額だった。開発費が予定の2倍、13億ポンドに膨らんだこと、ソニック・ブームのため超音速飛行が陸上では禁止され大洋上空に限定されたこと、などの影響でBA・AFは共に7機ずつしか運航できなくなり、不採算で早期退役に至った。日本航空およびユナイテッド航空は1965年と翌年にそれぞれ3機、6機を発注したが1972年と翌年に発注を取り消した。
ブームが開発中の「オーバーチュア」は、環境に優しく長期間使用できる(sustainable)超音速旅客機で、多数の都市間を音速の2倍近くのスピードで結び、多くの人々や文化を輸送できる。
飛行時間の短縮
「オーバーチェア」が就航すれば都市間の飛行時間はほぼ半分に短縮される;―
・マドリッド(Madrid)—ボストン(Boston) : 3時間30分(現在7時間30分)
・シンガポール (Singapore)…ドバイ(Dubai) : 4時間(現在7時間)
・ロスアンゼルス (Los Angeles)…ソウル (Seoul):6時間45分(現在12時間45分)
・東京 (Tokyo)…シアトル (Seattle) : 4時間30分(現在8時間30分)
・パリ (Paris)…モントリオール (Montreal ): 3時間45分(現在7時間15分)
・ロスアンゼルス (Los Angeles)…シドニー (Sydney) :8時間30分(現在14時間30分)
・ニューヨーク (New York)…ロンドン(London):3時間30分(現在6時間30分)
・サンフランシスコ (San Francisco)…東京 (Tokyo) :6時間(現在10時間15分)
・マドリッド (Madrid)…ボストン (Boston) :3時間30分(現在7時間30分)
機体設計
主翼形状は普通の複合型デルタ翼でコンコルドの75 %ほどの大きさ、近年研究中の低ソニックブーム技術は使っていない。アスペクト比は1.5しか無いので低速時の抗力が大きく、離陸時には大推力が必要になる。また着陸時には機首上げ角度が大きくなるが、コンコルドの様な折れ曲り式機首は採用せず、パイロットは電子式視認デスプレイで対応する。最大離陸重量は未定だが80 ton程度になると見込まれる。
機体の諸元
「オーバーチェア」の主要諸元は次の通り;―
・乗客数 : 65名から88名
・巡航高度 : 60,000 feet (約20,000 m)
・炭素排出量: ほぼゼロ
・全長 : 205 feet ( 61.5 m)
・速度 : マッハ1.7
・航続距離 : 4,250 n.m. (7,860 km)
客室
「オーバーチュア」の客室は全て席ビジネス・クラス。座席は固定枠で支えられたリクライニング・シートになる。離陸から着陸までを通して、室内は現在の旅客機と比べてはるかに静粛で快適な時間を過ごせる。座席毎にある大型の窓から高さ6万フィートの成層圏の暗闇を通して眼下に広がる地球を眺めることができる。ゆったりした肘掛、広いテーブル、前席背面には大型のデスプレイがあり、娯楽映像から飛行情報まで楽しむことができる。座席の固定枠の床下には大型の手荷物収納スペースがあり、乗客はいつでも手荷物の出し入れができる。
図2:(Boom) 座席の様子。大型の窓、大型のデスプレイ、折りたたみ式テーブルを備える。
図3:(Boom) 客室内は通路を挟んで左右1列ずつの座席 配置となる。
「オーバーチェア」開発の協力者
「オーバーチェア」の開発に協力している主な企業等は次の通り;―
ユナイテッド航空(United Airlines)
前述の通りユナイテッド航空は、ブームが開発する超音速旅客機「オーバーチェア」が、約束通りの安全性、運行能力、環境への適合性、を達成したら購入する旨、15機を確定発注し、オプション35機を追加する、と発表した。「オーバーチェア」は燃料に現在のジェット燃料に代わる新燃料「SAF=Sustainable Aviation Fuel」を使う予定で、これによりエンジンからのカーボン排出量を事実上ゼロにする。
新燃料「SAF」はバイオ航空燃料(BAF)とも呼ばれ、木材・生活廃棄物・珪藻類などから生成する燃料。「持続可能な燃料」と邦訳されることもある。
ジェット燃料の代わりに「SAF」を使うことで排気ガス中のカーボン含有量を著しく減らすことができる。IATAによると2019年に世界中で使われた燃料のうち「SAF」は全体の0.1 %だった。ユナイテッド航空は2019年に、ファルクラム・バイオエナジー(Fulcrum BioEnergy)社から今後10年間で9億ガロン(340万㎥)の「SAF」を購入すると発表した(ユナイテッドの2018年燃料消費は41億ガロン)。まだ少ないが「SAF」購入の比率は世界的に拡大しつつある。
図4:(Boom)ユナイテッド航空のハンガーの前で待機する「オーバーチェア」の想像図。「オーバーチェア」は全長61.5 m、最大離陸重量は80 ton程度、高度2万mの成層圏をマッハ1.7で巡航、サンフランシスコー東京間を6時間で結ぶ。就航は2029年の予定。
日本航空(Japan Airlines)
2017年12月にブームと日本航空は、超音速旅行の実現を目指し戦略的パートナーシップ協定を締結した。日本航空はブームに対し$10 million (約10億円)を投資して、エアラインの立場から機体構造や客室の構想、整備の容易さなどについて助言をする。これに伴い日本航空は「オーバーチェア」を優先購入権(pre-order arrangement) 付きで20機をオプションとして購入できる契約をしている。
図5:(Boom) 高度60,000 ft (約20,000 m)の成層圏を飛ぶJAL「オーバーチェア」の想像図。
空軍 (U.S. Air Force)
2020年9月8日、ブームは米空軍との間で、「オーバーチェア」を空軍が運用する将来のVIP (政府要人)用輸送機として開発する契約を締結した。空軍はこれに必要な資金をブームに提供する。国防総省および米空軍は、大統領専用機エアフォースワン(Air Force One)を含む政府関係の要人輸送用機材を管理・運用している。
ブームの創立者兼CEOのブレイク・ショール氏(Blake Scholl)は次のように話している;―「超音速飛行は、仕事でも家族でもさらには国家間の外交でも、人々を一層近付けるようになる。旅行時間を短縮すれば、より多くの政府要人がより頻繁に外国政府の幹部と会い直接話し合うことができるようになる。これで国と国との間に生じる多くの問題が解決できるようになる。ブームはこの意味で空軍の新しいVIP輸送機計画に参画することを誇りに思っている。」
図6:(Boom) 空軍のVIP専用「オーバーチェア」は、客室内を数区画に分け、プライバシーのあるVIP専用の空間を設ける。
ロールス・ロイス(Rolls-Royce)
2020年7月30日、ブームと英国のエンジン・メーカーであるロールス・ロイス社は、「オーバーチェア」に必要な推進システム/エンジンの開発で協力する事で合意した。
これによると、両社のチームは「オーバーチェア」の機体形状に最適化した推進システム、つまりエアダクト、エンジン取付位置、などを開発する。これで「オーバーチェア」の最終構造が決まる。
ロールス・ロイスは、環境に優しい航空燃料「SAF=Sustainable Aviation Fuel」を使うファン・エンジンを開発、これで「オーバーチェア」の排気ガスは実質カーボン・ゼロになる予定。新開発のエンジンは、コンコルドで使った「オリンパス」エンジンとは異なり、中程度のバイパス比を持つターボファン・エンジンで、アフタバーナは無し、推力は15,000-20,000 lbs (67-89 kN)になる予定。
コリンズ・エアロスペース(Collins Aerospace)
2020年11月17日、レイセオン・テクノロジー(Raytheon Technologies)傘下の「コリンズ・エアロスペース・システムズ(Collins Aerospace Systems)」社と「ブーム・スーパーソニック」社は、「オーバーチェア」に搭載するRRエンジンの「インレット」、「ナセル」、および「排気システム」を開発することで協定を結んだ。これらには軽量構造部材や可変ナセル構造など最先端の技術を適用し、燃料消費を低減、カーボン排出量を少なくし、ソニック・ブームの小さい静かな超音速飛行を実現する。
コリンズ・エアロスペースは革新的なナセル技術を保有し、最近では高バイパス比のギヤード・ターボファン(GTF)エンジン用に世界初の可変ファン・ノズルを開発したことで知られる。同社は過去10年間で19種類のナセルをデザインしFAAの証明を取得している。
ブームとコリンズの合同チームは、先進的な消音機能付き、面積を変えられる可変機構付きインレット/排気ノズルの開発に取り組み、静粛な客室と空港周辺の騒音低減を実現する。
実証試験機「XB-1」/N990XB
2020年10月7日にロールアウトした実証試験機「XB-1」は、カリフォルニア州モハベ(Mojave, Calif.)に運ばれ現在地上試験を行っている段階。近着の報道(Flight Global) によると初飛行は2022年になると言う。
XB-1は「オーバーチェア」の3分の1の大きさで二人乗り、全長71 ft (22 m)、翼幅17 ft (5.2 m)、重量6,100 kg、構造は軽量複合材で作ってある。推力12,300 lbsのGE製J85ターボジェット3基を装備する。2席のコクピットは標準型キャノピーを備えるが、前方視界は電子式デスプレイで視認する方式となる。
詳しくはTokyoExpress 2020-07-28 “ブーム超音速機”XB-1”の組立てが進む“を参照されたい。
図7:(Boom)昨年10月7日にロールアウトした実証試験機「XB-1」、現在カリフォルニア州モハベ空港 (Mojave Air & Spaceport) で、飛行試験を請け負う専門の会社「フライト・リサーチ社(FRI=Flight Research Inc,)」と共同で試験飛行の準備中。
今後の予定
「オーバーチェア」開発の今後の予定は次図の通り。
図8:(Boom) 2022年製造を開始、2025年に完成・ロールアウト、そして2029年末から就航開始、としている。しかし実証試作機「XB-1」の初飛行が2021年春の予定から2022年に延期される見通しなので、「オーバーチェア」がこの予定通りに進むのかやや不透明。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
・Boom 2021-06-03 “United goes Supersonic” by Blake Scholl
・Boom Jun 03, 2021 “United Adding Supersonic Speeds with New Agreement to Buy Aircraft from Boom Supersonic”
・CNN 19th May 2021 “Boom Supersonic aims to fly “anywhere in the world in four hours for $100” by Maureen O’Hare
・Boom Jun 03, 2021 “Overture”
・Boom 2020-08-31 “The principles we live by : Boom’s mission for speed, safety, and sustainability” by Blake Scholl
・Boom Jul 30, 2020 “Boom Supersonic and Rolls-Royce Agree on New Collaboration for Supersonic Overture Engine Program Design”
・Boom Nov.17, 2020 “Collins Aerospace and Boom Supersonic Announce Trarategic Collaboration”
・Aviation Wire 2021-06-04 “ユナイテッド航空、超音速旅客機を15機発注、東京-西海岸6時間、29年にBoom社Overture就航” by Tadayuki Yosikawa
・Aviation Wire 2021-06-04 “超音速機オーバーチュア、コンコルドと何が違う?アフタバーナ〜なしでマッハ1.7” by Tadashi Yoshikawa