「中国の台湾威嚇」もはや対岸の火事では済まされない


2021-11-01(令和3年)木村良一(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員)

図1:(統合幕僚監部) ロシア太平洋艦隊から5隻、中国海軍から5隻、合計10隻の艦隊は、日本海で演習した後、合同パトロールと称して10月18日に津軽海峡/幅11海里を通過、本州東沖を南下、伊豆諸島を横切り23日には本州南岸沖太平洋から九州南端の大隅海峡/幅22海里を通過、東シナ海に入った。ここでロシア艦隊は中国艦隊と別れ、対馬海峡を経て日本海に向かった。

図2:(ChinaNews Service)10月18日-23日の間、中露海軍の10隻からなる艦隊が我国本州を一周した。写真は大隅海峡近くの太平洋上を航行する中露艦隊、23日撮影。

■中露軍艦の津軽海峡の通過に驚かされる

NHKのニュース映像を見て驚いた。中国軍とロシア軍の軍艦合わせて10隻が艦隊を組んで津軽海峡を西から東へと通過していた。NHKが10月18日午後2過ぎにヘリから撮影した映像だという。

もちろん、防衛省は早い時点で確認している。防衛省の発表によると、18日午前8時ごろ、北海道の奥尻島の南西110キロの日本海で、中露の軍艦10隻が航行しているのを海上自衛隊が確認。中国海軍の艦艇は最新鋭のレンハイ級ミサイル駆逐艦など5隻で、ロシア海軍の艦艇はネデリン級ミサイル観測支援艦など5隻だった。午後にかけて津軽海峡を通過し、太平洋に抜け、伊豆諸島に進んだ。中露の軍艦が津軽海峡を同時に通過するのが確認されたのは、今回が初めてである。

軍艦10隻は22日午後、高知県足摺岬の南180キロの海域を航行し、夜には大隅半島と種子島の間の大隅海峡を通過した。その後、東シナ海に進み、翌23日朝、長崎県男女群島の南南東130キロの海域で艦載ヘリの発着訓練を実施した。これに対し、自衛隊が戦闘機を緊急発進(スクランブル)させて対応した。中露軍艦による大隅海峡の通過の確認も初めてだった。

■中露に航行目的を問いただすべきだ

防衛省によれば、津軽海峡も大隅海峡も国際海峡で、軍艦を含めて外国の船舶の航行が国際的に認められ、領海侵入の問題はなかったという。だが、不信感は残る。今回、中国とロシアの軍艦は津軽海峡から入って日本列島を半周したことになる。事前の通知などはなく、航行信号も発していなかった。突然、自宅に土足で入り込まれ、そのまま勝手口から出て行くのと同じではないか。極めて異例の事態である。日本に対する挑発行動とみなされても仕方がない。

ロシア国防省は津軽海峡を軍艦が通過した18日、日本海で14日~17日まで中国軍との合同軍事演習を行った、と発表している。軍事演習には、ロシア海軍と中国海軍の駆逐艦や潜水艦など15隻のほか、ロシアの戦闘機も参加し、射撃や機雷除去などの訓練を実施した。この軍事演習に参加した10隻の軍艦が津軽海峡と大隅海峡を通過したとみられている。

防衛省は中露の軍艦の航行目的について分析を進めている。思うに日本やアメリカ、オーストラリアがインド太平洋地域で軍事訓練を頻繁に実施するなか、中国がその対抗手段としてロシアとの軍事連携を示したのだろう。

磯崎仁彦官房副長官は25日の記者会見で「政府としては高い関心を持って注視している」と語り、日本周辺の海域や空域での警戒・監視活動に全力を上げる考えを示したが、甘くないか。多くの国民がNHKなどニュースを通じてかなり驚かされた。せめて日本政府は外交ルートを通じて中国とロシアに航行目的を問いただすべきである。

「中国が6年以内に台湾を攻撃する」

ところで、いま隣国の台湾では、自国の海峡を他国の軍艦が通過する以上の脅威にさらされている。中国軍機による防空識別圏(ADIZ、領空の外側に設けられた空域)への度重なる進入だ。台湾国防部によると、最近では10月1日~4日までに延べ150機もの戦闘機や爆撃機などが飛来した。進入を繰り返して既成事実化し、蔡英文(ツァイ・インウェン)政権を圧迫する。まさに台湾有事である。

台湾はスクランブル発進によって警告しているが、台湾のスクランブル機と中国軍機とが偶発的に衝突をする危険性は高く、そこから台中戦争へと突入する可能性がないとは言えない。

10月1日は中国の国慶節(建国記念日)に当たる。中国共産党機関紙「人民日報」系の「環球時報」(電子版)は「進入は国慶節を祝う軍事パレード」とアピールしたが、どこが軍事パレードだ。立派な威嚇である。中国の台湾に対する軍事行動は許されない。

しかし、中国は「台湾は中国の一部で、核心的な利益」との主張を繰り返し、他国の批判には「内政干渉」と強く抗議する。台湾へ上陸するための軍事訓練も公開し、台湾に圧力をかける。民主派を制圧した香港と同じように、中国共産党のしもべにしたいのだろう。

習近平(シー・チンピン)国家主席は10月9日に北京の人民大会堂で開かれた式典で「台湾の統一という歴史的任務は実現しなければならない。実現は必ずできる。台湾には香港とマカオで取り入れた一国二制度を適用する」と語った。辛亥革命から110年を記念する式典での演説だった。

このままだと、中国は台湾に侵攻して併合を求める可能性が高い。今年3月、米インド太平洋軍のフィリップ・デービッドソン司令官(当時)も「中国が6年以内に台湾を攻撃する恐れがある」と指摘している。中国と台湾の歴史的問題は根深く、双方に言い分があるだろう。だが、軍事的脅威によって制圧しようとする中国の行動は認められない。

中国は「A2AD」戦略を推し進める

アメリカ国防総省の分析によると、中国は台中戦争に備え、アメリカの軍事介入を阻止する「A2AD」と呼ばれる軍事戦略・能力を推し進めている。A2AD とは「Anti Access(A2、接近阻止)」「Area Denial(AD、領域拒否)」のことで、アメリカ国防総省が命名した。中国はこのA2AD戦略を駆使し、台湾周辺の空域と海域へのアメリカ軍の進行を妨害して軍事的主導権を握る作戦を立てている。

具体的には日本の伊豆諸島からグアムに至るいわゆる「第2列島線」の内側でアメリカ軍の軍事行動を阻止し、南西諸島とフィリピンを結ぶ中国大陸に近い「第1列島線」の内側へのアメリカ軍の進入を食い止める作戦だ。

台湾はこの第1列島線の内側に置かれ、東・南シナ海の守りと太平洋への進出の重要な拠点となる。このために中国は何としても台湾を支配下に置きたいのである。

一方、アメリカ軍は中国のA2AD戦略に対抗するため、グアムや沖縄などの基地への部隊配置や軍事戦略を見直している。同盟国の日本との連携もさらに強化する。アメリカ海兵隊が昨年3月に発表した「2030年の戦力設計」では、戦力の分散化と無人機の徹底活用を掲げ、南西諸島海域への中国の進出に対し、沖縄の基地などに海兵沿岸連隊の部隊を置く。中国軍の無人機の周波数を識別するとともに妨害電波を発信して通信を遮断する。空母の耐久性も高め、攻撃に備える。

■軍事的に日本列島は重要な位置にある

台中戦争となると、日本も平時ではなくなる。戦場となる台湾から日本最西端の沖縄県の南西諸島・与那国島までは110キロと近い。しかも中国が台湾に侵攻する場合、事前に沖縄の島々を占領して軍事拠点にする危険性は以前から指摘されてきた。

このため、日本は中国軍の侵攻に備え、沖縄の防衛力の強化と整備を進めている。防衛省は2022年度に沖縄県の石垣島に陸上自衛隊の地対艦・地対空ミサイル部隊を配備し、与那国島には2023年を目途に電子戦部隊を配備する。

ここで防衛省が防衛白書などで使う「逆さ地図」(環日本海・東アジア諸国図)を思い出してほしい。日本列島を中国大陸側から見たあの地図だ。中国海軍が太平洋へ進出するには、日本列島を越えなければならない。北海道と本州との間の津軽海峡、九州の佐多岬と種子島の間の大隅海峡、沖縄本島と宮古島の間にある宮古海峡などを通過しなければならない。中国やロシアから見た場合、日本列島は台湾とともに重要な位置にある。それゆえ冒頭に書いたように実際に中露の軍艦が津軽海峡と大隅海峡を通過したのである。軍事訓練だけでなく、軍事作戦上の情報も収集しているはずだ。

日本が安全保障を確保するには、同盟国のアメリカなどと連携して中国に台湾への威嚇を止めさせるとともに、中露の太平洋への進出を阻止することが重要である。

―以上―

※慶大旧新聞研究所OB会によるWebマガジン「メッセージ@pen」の11月号(下記URL)から転載しました。

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