2022-1-3(令和4年) 松尾芳郎
図1(統合幕僚監部)空母「遼寧」から飛び立つJ-15戦闘機。12月19日沖縄県北大東島の東300 kmの海域で海自ヘリ空母「いずも」が撮影した離着艦訓練の様子。
防衛省統合幕僚監部は年末12月15日から25日の間、中国海軍空母「遼寧」を含む6隻の艦隊が沖縄本島―宮古島間の宮古海峡を通過、西太平洋上で戦闘機の離着艦を含む訓練を実施したことを4回にわたって報じた。すなわち;―
- 12月17日発表 12月15日午前11時、「遼寧」を含む5隻が宮古海峡を南下、太平洋へ
- 12月21日発表 12月19日午前8時、「遼寧」を含む6隻が北大東島東300 km海域で演習
- 12月21日発表 12月20日午前8時、「遼寧」を含む6隻が沖大東島南東315 kmの海域で演習
- 12月26日発表 12月25日午前0時、「遼寧」を含む5隻が宮古海峡を北西に進み、東シナ海に向け航行
岸防衛相は12月24日の記者会見で、次のように述べた。
「今回の空母「遼寧」を含む中国艦隊の活動は非常に異例、従来に比べ急速に活発化している。今回に限らず近年の中国軍の活動には質的向上が見られ、実戦的な統合作戦遂行能力が向上している。防衛省・自衛隊としては引き続き中国軍の動向を注視していく。」
図2:(統合幕僚監部)「赤色」表示が「遼寧」空母艦隊の動き。大東島の東300 kmの海域で演習を行なった。北大東島と南大東島間の距離は13 km、はそれぞれ空港(1,500 m滑走路)があり琉球エアコミューター機が就航している、沖縄本島の東約360 kmに位置する。沖大東島は南大東島の南100 km+にあり現在は無人島である。
中国艦隊の行動:
12月15日から同25日の間大東島の東の太平洋で演習を行なったのは、空母「遼寧」を始めとし、それに随伴する「レンハイ級ミサイル駆逐艦」1隻、「ルーヤンIII級ミサイル駆逐艦」1隻、ジャンカイII級フリゲート」2隻、および「フユ級高速戦闘支援艦」1隻、の合計6隻である。
艦隊は、19日に北大東島の東300 kmの海域で、さらに南下して20日には沖大東島の南東315 kmの海域で、それぞれ「J-15」戦闘機および「Z-8」ヘリコプターと「Z-18」ヘリコプターの離着艦訓練を行なった。訓練を終了した後25日には宮古海峡を太平洋から東シナ海に向け航行、母港の山東半島「青島」軍港に向けて立ち去った。
「遼寧」とほかの空母:
図3:(海上幕僚監部)12月19日午前8時、海自横須賀基地・第1護衛隊所属ヘリ空母「いずも」が撮影した中国海軍空母「遼寧(16)」。「遼寧」は満載排水量60,000 ton、全長305 m、速力30 kts、「J-15」戦闘機を最大24機と各種ヘリコプター10機を搭載。飛行甲板はアングルド・デッキとスキー・ジャンプ甲板で構成。カタパルトはない。
「遼寧」は1998年に、旧ソ連が「クズネツオフ」級空母としてウクライナの黒海造船所で起工したが、資金不足で1992年に建造を中止・放棄され、以後ウクライナが保有していた。これを中国政府のダミー企業がマカオで「海上カジノにする」と云う名目でスクラップとして購入した。1998年のことで価格は20億円。これを黒海からスエズ運河を通り、マカオではなく大連まで曳航した。そして2005年に大連造船所のドックに搬入され、ここで空母にする工事が始まり5年以上かけて完成した。そして2012年9月に「001型空母」として中国海軍に引き渡された。
飛行甲板は原型通りで、アングルド・デッキは7度の開角、スキー・ジャンプ甲板は14度の傾斜角、甲板風速15ノット以上では「J-15」戦闘機は燃料をほぼ満載して、ミサイル等兵装6 tonを携行して離艦できる。
同型艦「山東」は「002型空母」と呼ばれ、満載排水量はやや増え7万トンとなり、2019年に完成、就役している。
続いて最新型の「003型空母」2隻が上海・江南造船所で2024年の就役を目指して建造中、さらに追加2隻が計画されている。これらはさらに大型化され満載排水量85,000 ton(Forbes誌は10万トンと推定)の本格的な攻撃型空母となる。スキー・ジャンプではない平滑飛行甲板を備え、電磁式カタパルト3〜4基を装備する、搭載航空機は100機近くになると言われている。
「003型空母」の艦載航空機は、「J-15T」あるいは「J-35」と呼ばれる新型艦上戦闘機を主に、西安航空機が作る「KJ-600」ターボプロップ双発早期警戒管制機およびハルビン航空機製の「Z-20F」ヘリコプターになる模様。
中国空母搭載の戦闘機:
「遼寧」搭載の戦闘機「J-15」は、空母建造計画に合わせて瀋陽航空機が開発した双発・多目的艦上戦闘機で、ロシアのスーホイ「Su-33」戦闘機を基本にしている。
中国は2001年頃に、ロシアの意図に逆らって、当時開発中だった艦上戦闘機「Su-33」の試作機「T-10K-3」を、ウクライナから入手、リバース・エンジニアリングでその詳細を把握した。
「J-15」は、構造は「Su-33」とそっくりだが、アビオニクスなど装備システムは瀋陽製「「J-11B」戦闘機に搭載する国産品を採用している。中国ではこれを「4.5世代戦闘機」と呼んでいる。米海軍のF/A-18E/F戦闘機に比べると推力/重量比で10 %、翼面荷重では25 %改善され、優れている。しかし中国海軍には空中給油機がなく戦闘行動半径はずっと少なくなる。
「J-15」は空母艦載機としては最も重く自重は17.5 ton、これに対し米海軍のF/A-18E/Fは14.6 ton。これは艦載機の場合、搭載燃料とかミサイル等兵装の搭載量の制限に響いてくる。
「J-15」試作機は、ロシアから入手したAL-31Fターボファン2基を装備、2009年に初飛行した。2011年にエンジンを国産の「WS-10H」に換装を決めたが実際に行われているのかは不明。、2012年には量産型複座機「J-15S」が初飛行した。「遼寧」に搭載しているのはこの形式である。現在50機が配備中で、2021年に追加として55機が発注された。
これをカタパルト発進ができるようにするため、機体構造だけでなくレーダーを含み大幅にアップグレードした「J-15T」の開発が進められている。これは昨年12月18日に地上試験の様子が発表された。
図4:(統合幕僚監部) この写真は今回の撮影ではない。「J-15S」は、乗員1~2名、全長22.28 m、翼幅15 m、翼端折り曲げ時には7.4 m、最大離陸重量32.5 ton、エンジンはサターン(Saturn) Al-31アフトバーナー時推力27.6 ton (122.6 kN)を2基。最大速力マッハ2.4、フェリー航続距離3,500 km。
図5:(統合幕僚監部)「J-15S」の下面。主翼前方にカナードが見える。エンジン排気口の間の突起は後方監視用のレーダー・アンテナ。下面には12箇所のハードポイントがあり、中距離空対空ミサイルPL-12、翼端に短距離空対空ミサイルPL-8、対艦/対地ミサイルYJ-83K、などを搭載する。
図6:(South China Morning Post)中国・瀋陽航空機は2021-12-18に新型の「J-15戦闘機」「J-15T」がトーイング・タグで滑走路上を移動する様子を発表した。新型機は機体構造を大幅に炭素繊維複合材で作り軽量化した。新しいノーズギアを取り付け、翼端に最新型短距離空対空ミサイルPL-10を搭載し、レーダー・システムを新型化し、建造中の「003型空母」に搭載する予定にしている。
海自の対応:
冒頭に述べたように統合幕僚監部は、「遼寧」空母艦隊の動きに対し海上自衛隊は次の対応をし、その動きを逐一監視した、と発表した。
12月15日午前8時、ヘリ空母「いずも」と護衛艦(ミサイル駆逐艦)「あきづき」、および厚木基地・第4航空群「P-1」哨戒機および那覇基地・第5航空群「P-3C」哨戒機が、長崎県男女群島の西350 kmの海域を南東に進む「遼寧」以下5隻の中国艦隊を発見した。
その後、16日にこれら艦艇が宮古海峡を南下、太平洋に向かったことを確認した。
そして19日には中国艦隊に1隻が加わり6隻となり、北大東島の東300 kmの海域を航行、艦載戦闘機および艦載ヘリコプターの離着艦訓練が行われるのを監視した。
ヘリ空母「いずも」を中心に、10日間に及ぶ「遼寧」を含む中国艦隊の行動を監視・情報収集を行った。
ここで監視任務についたヘリ空母「いずも」を簡単に紹介する。
「いずも/ DDH-183」は2015年就役、満載排水量26,000 ton、全長248 mで海自最大の護衛艦、同型艦に2番艦「かが/DDH-184」がある。
2022年度防衛予算で、短距離離陸・垂直着陸/STOVLができるステルス戦闘機「F-35B」を搭載可能にする改修費61億円が計上された。この改修で「自動着艦誘導装置/JPALS (joint precision approach and landing system)」を装備し、昼夜を問わず離着艦ができるようになる。これにより「いずも」、「かが」の両艦は2026年までに「F-35B」を運用する軽空母に生まれ変わる。搭載機数は10数機程度。「いずも」は2021年に第1次改修を終わり、昨年10月3日に米海兵隊所属の「F-35B」による1回目の離着艦試験を済ませている。
防衛省が取得予定の「F-35B」は合計42機、2024年度に6機が航空自衛隊に導入される。
次の写真は「F-35B」短距離離陸垂直着陸(STOVL)機搭載のための第1次改修をした「いずも」の姿。甲板に黄色のトラムラインが書かれ、後部甲板には高温のジェット噴射から甲板を守るため耐熱塗装が施された。第2次改修では前部甲板を梯形から四角形に改め、高速航行中に生じる下からの吹き上げを防ぐ。後部甲板左の張り出し部は舷外エレベーターである。
図7:(海上自衛隊)へり空母「いずも・DDH 183」はジャパン・マリン・ユナイテッド横浜磯子工場で建造、2015年から横須賀基地第1護衛隊に配属、満載排水量26,000 ton、速力30 kts、全長248 m、最大幅38 m、「SH-60K」やMCH-101ヘリコプターを最大14機搭載する。
図8:(China Military) 中国軍機関紙 China Military は12月31日に「遼寧」空母艦隊の演習を報じた。発表動画の中に「遼寧」から撮影した「いずも」が写っている。写真の赤枠が「いずも」で、「遼寧」にかなり接近・反航している様子がわかる。手前は「レンハイ級ミサイル駆逐艦「南昌(101)」らしい。
中国軍機関紙China Militaryの報道:
中国軍機関紙「China Military online」は12月31日本件を「“遼寧”空母打撃群は公海上で戦闘訓練を実施、完了した」と題して大略次のように報じた;―
遼寧空母打撃群は公海上で20日間に渡る戦闘訓練を実施して12月30日に母港青島に帰還した。打撃群は黄海から東シナ海、宮古海峡を抜け、西太平洋に行き、ここで戦闘訓練を実施、艦隊としての戦術技量を高めることができた。
12月9に出航、黄海で艦載機の悪天候下・夜間での戦闘訓練を含む離発着訓練を実施した。
西太平洋上では、これに加えて防空訓練、対潜訓練を多数回、さらにJ-15艦上戦闘機による昼夜間の厳しい戦闘訓練、艦隊からの指揮・命令系統の検証/訓練などを行なった。
訓練期間中、空母打撃群は外国軍艦(「いずも」など海自艦を指す)や戦闘機の執拗な追尾・監視を受けたが、その都度(J-15)戦闘機を発進させ対応、これで中国戦闘機の能力を相手に知らしめることに成功した。
図9:(China Military)空母「遼寧(16)」から発進する「J-15」戦闘機。
図10:(China Military) 「遼寧」のスキージャンプ甲板で出発を待つ「J-15」戦闘機。
図11:(China Military)「遼寧」から夜間発進する「J-15」戦闘機。夜間の離着艦訓練を行うにはパイロットの技量もさることながら、高度な離着艦支援システムが必要。中国海軍はすでに「支援システム」の実用化に成功していることを示している。
「遼寧」に随伴した艦艇:
統合幕僚監部では、演習の期間中空母「遼寧」に随伴した中国海軍艦艇を写真付きで発表している。簡単に紹介しよう。
12月15日に長崎県男女群島西を南下、同16日に宮古海峡を通過、太平洋に出た艦艇は
- 空母「遼寧」(16)
- レンハイ級ミサイル駆逐艦(101)
- ルーヤンIII級ミサイル駆逐艦(154)
- ジャンカイII級フリゲート(598)
- フユ級高速戦闘支援艦(901)
12月19日に同艦隊は、北大東島の東300 km付近で新たにジャンカイII級フリゲート1隻を加え合計6隻で演習を実施した。
図12:(統合幕僚監部12月17日発表)空母「遼寧(16)」。説明は既述を参照。
図13:(統合幕僚監部12月17日発表)055型「南昌級駆逐艦」、写真「南昌・101」は2020年の就役。前級の「052D型/ルーヤンIII級・昆明級」を近代化した最新鋭の大型艦。満載排水量13,000 ton、同型艦は3隻が完成、3隻が建造中、追加2隻を予定。兵装は、112セルのミサイル垂直発射装置(VLS)が中心、YJ-18対艦ミサイル、CJ-10対地巡航ミサイルを発射できる。70口径130 mm単装砲を装備。艦尾にはヘリ2機搭載格納庫がある。海自最新のイージス艦「はぐろ」級2隻より大型で多くのミサイルを搭載する。
図14:(統合幕僚監部12月21日発表)「ルーヤン/旅洋III級 / 052D型 昆明級」駆逐艦は中国版イージス艦である。同型艦は25隻が就役済み、追加5隻が艤装中で間も無く30隻体制になる。写真「廈門 (Xiqmen)/154」は2017年の就役、東海艦隊に所属。満載排水量7,500 ton、全長156 m、速力29 kts。VLS(垂直ミサイル発射装置)64セルに対空/対艦ミサイル(HHQ-9、CY-5、YJ-18など)を装備。海自イージス艦「こんごう」級6隻よりやや小振りだが、総合性能はほぼ同じ。
図15:(統合幕僚監部12月17日発表)「ジャンカイII/江凱II」型は「054A」フリゲート、写真は「日照 (Rizhao) /598」で2018年の就役、北海艦隊に所属。同型艦は30隻が完成・就役済み。満載排水量4,500 ton、全長137 m、速力27 kt、HQ-16対空ミサイルを32セルVLSに収納。対艦ミサイルは艦中央にYJ-83型を4連装発射機2基に搭載。海自はこれに対抗するフリゲート「もがみ」型の建造を決定、22隻の導入を予定している。ただし現在4隻が艤装中で就役までには暫く時間がかかる。
図16:(統合幕僚監部12月17日発表)中国海軍は、補給艦に903型および903A型(フチ/福池級)23,000 tonを計10隻保有している。これに飽き足らず2011年から空母打撃群に随伴、その遠洋作戦能力をを高めるため大型補給艦の開発が進められた。これが「フユ (福裕)」級901型高速戦闘支援艦(fast combat support ship)である。満載排水量48,000 ton、全長241 m、速力25 kts、903や903A型の2倍近い大型艦。中部甲板に門型ポスト3基を備え、前後の2基が燃料・水などの液体補給用、真ん中がドライカーゴ用にしている。補給システムが近代化され、荒天下(Sea State 5)でも80 m程度の間隔で並走しながら安全に補給ができる。同型艦1隻が建造中。
終わりに
今回の「遼寧」空母打撃群の演習は、艦載戦闘機「J-15」を駆使、夜間の離着艦を含む高度な戦技訓練を誇示、その急速な成長振りを我国に見せ付けた。演習に参加した艦艇も最新の「レンハイ級」ミサイル駆逐艦、「ジャンカイII級」フリゲート、それに「フユ級」高速戦闘支援艦を揃え、我国を威圧した。また12月18日には、2024年完成を目標に建造中の大型空母「003型」に搭載する新型戦闘機「J-15T」を公表するなど、我国に対し脅しをかけてきた。
これに対する我国の対応はどうか。「いずも」級2隻の軽空母化改修の完了が2026年、で象徴されるように安全保障に関わるあらゆる対策が会議・協議で明け暮れ遅々として進んでいない。岸田首相が言う「スピード感をもって問題を解決する」ことが必要だ。
中国の挑戦は厳しい。脅威はこれだけではない。櫻井よしこ氏(1月3日サンケイ)によれば、中国軍が配備する中距離弾道ミサイル(MRBM)は2020年末には600発に急増しており、日本全国をその射程に収めると言う。国民の生命財産を守る我国のミサイル防衛体制はどうか。イージス艦搭載の「SM-3」、地域防空の「ペトリオット「PAC-3」の2段構え、言葉は勇ましいが、何と言っても弾数が不足、数十発の飽和攻撃を受ければひとたまりもない。
―以上―