2022-04-16(令和4年) 松尾芳郎
図1:(NASA GSFC/CIL/Adriana Manrique Gutierrez)ジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡は、宇宙の始まり/ビッグ・バンの頃の星々や銀河を観測をする。図下側が太陽光を遮るサンシールド、その上に主鏡や観測機器が搭載されている。サンシールドの太陽に面する側は[+85 ℃]にもなるが、観測機器は[ -233 ℃] ( 40 K )以下の超低温に保たれる。
ジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡 (JWST=James Webb Space Telescope) は、2021年12月25日に打上げられ、「エイリアン5」ロケットのペイロード室に折畳まれていた構造が展張し、今年1月8日にその全容を現した。そして予定の観測点に向かい1月23日からラグランジェL 2点の周回軌道に入った。L 2点周回軌道上で太陽光を地球で遮りながら観測機器の冷却を続け、4月13日までに観測機器が作動するに十分な超低温に到達した。
(The JWST, launched by Arian 5 at Dec. 25, 2021, deployed five-layered sunshield and primary mirror system in first 12 days. The telescope is on parking orbit around L-2 point since January 23, 2022, where is 1.5 million kilometer away from Earth. The telescope notched a cool milestone during months long period, and finally achieved its operating temperature of above the absolute zero on April 13..)
図2:(NASA 13 Apr 2022) 4月13日に発表された「ウエブ望遠鏡」各部の温度。「サンシールド」の太陽に面した部分( a )および(b)は「128 ℉」(326 K)、「57 ℉」(57 K)と高い。「サンシールド」の影になる主鏡周囲( c )および( d )は「-384 ℉」(42 K)、「-398 ℉」(37 K)。そして主鏡中心・背後にある「MIRI」などの観測装置は「-391℉」(38 K)から「-449 ℉」(6 K)の超低温。これで「MIRI」は運用可能な温度になった。
JWSTは「可視光線」の一部をから波長の長い「赤外線」領域で宇宙を観測する。観測機器の中心装置「中赤外線計測器(MIRI=Mid Infrared Instrument) 」は、打上げ時の常温状態から遥かに低い極超低温にし、機器自身の温度が放射する赤外線を絶対零度近くにして観測をする。
図3:(NASA) ウエブ望遠鏡の観測する範囲は、「可視光線」から「中赤外線」を含む。「ハブル宇宙望遠鏡」と比べて「赤外線」領域の観測能力が格段に広くなる。
「MIRI」機器を高精度で作動させるためには調整が必要だが、それには、自身の温度を「-266 ℃」(7 0 K/ケルビン/Kelvin)以下に保つ必要がある。NASA/JPL(Jet Propulsion Laboratory)の担当者によると「この冷却に関わる操作手順はかなり複雑だったが、1年を費やした事前の訓練のお陰でうまく乗り越えることができた。これで「MIRI」機器を予定の高精度に調整できる」としている。
超低温化に成功したので、これから半年ほどかけて深宇宙観測に向け主鏡の微調整と「MIRI」など観測機器類の調整に取り組むことになる。
「MIRI」の運用温度はウエブ望遠鏡の中で最も低い絶対温度「7 K」(7 Kelvin)にする必要がある。これより高くなると装置内部で原子の自由運動が起こり「ダーク・カレント(dark current)」と呼ぶ不要な微弱電流が生じる。これが観測する深宇宙からの信号に紛れ込み、観測精度を落とすことになる。
「MIRI」はウエブ望遠鏡観測機器に中で最も長い波長の赤外線を扱うので、最も低い温度にしなければならない。他の機器でも「40 K」(-223 ℃)以下の低温にする必要がある。
ウエブ望遠鏡は観測機器を含む全体を巨大なサンシールドで覆い、太陽と地球からの熱を遮り宇宙空間の温度レベルに冷却する。しかしこれだけでは「MIRI」が必要とする低温には不十分なので、別にヘリウム・ガスを使う冷却装置「クライオ・クーラー(cryo-cooler)」を搭載、他の機器より一段と低い温度に保っている。
ウエブ望遠鏡が観測する「赤外線」とは「放射熱」である。望遠鏡自身も程度の差こそあれ温度があり熱を放射している。これが搭載する観測機器のセンサーの感度に影響を及ぼす。従って望遠鏡全体、4個の観測機器を含め、を出来るだけ冷やして自身が出す赤外線を最低にする必要がある。これで深宇宙からやって来る微弱な赤外線信号を捉えることが可能になる。
先週、「JWST」担当部門であるJPLは、「MIRI」観測機器の温度を「ピンチポイント(pinch point)」と呼ぶ「15 K」( -258 ℃)から、「6.4 K」( -267 ℃)に下げることに成功した。
「MIRI(中赤外線計測器)」はNASAとヨーロッパが共同で開発した装置である。計測範囲は「赤外線」の中波長から長波長5~27 μm(ミクロン)の範囲で、装置には[中赤外線カメラ/mid-infrared camera]と[撮像分光計/imaging spectrometer]を内蔵している。全体の形はホイール状で「NIRSpec」に似ていて、共にドイツのカール・ツアイス製。
「中赤外線カメラ」は深宇宙の天体の様子を撮影する装置でハブル望遠鏡のものと似ている。「撮像分光計」は天体の化学組成、温度、密度、それに遠ざかる速度に関わる情報を捉える装置。前述のようにウエブ望遠鏡は、宇宙創生間もない頃の銀河、星々の様子を調べるのが最大の目的であり、これには「MIRI」が全てに関わっている。
また「MIRI」には4個のコロナグラフがある、これで撮影したい天体の近くにある高輝度の天体の光を遮り、鮮明な映像を撮影する。この機能で太陽系以外にある系外惑星の情報が格段に多く得られるようになる。このホイール状の新しいコロナグラフ・システムは、ドイツ・ハイデルベルグ(Heidelberg, Germany)の「マックス・プランク宇宙研究所 (MPIA= Max Planck Institute for Astronomy)が開発した装置で、複数の撮像フィルターと組み合わせて使われる。
ジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡は、これから約2ヶ月をかけて、直径6.5 mの巨大な主鏡の焦点を調整する作業、「MIRI」および他の観測機器の調整作業が行われ、本格運用が始まる。そして今後20年間にわたり観測活動が続けられる。
図4:(NASA/University of Arizona) 「MIRI」はウエブ望遠鏡の「統合観測機器モジュール(ISIM=Integrated Science Instrument Module)に組込まれている。CFRP製支柱に囲まれた箱状の装置(五角形)が「MIRI」。
図5:(BBC/ MPIA)「 MIRI」内部のフィルター・ホイール、多数の撮像フィルターとコロナグラフの組合せ構造。
終わりに
ジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡は米国のNASAおよび民間企業だけでなく、欧州の英国、ドイツなどの機関・企業が参加して進めている国際プロジェクト、100億ドル(1兆2000億円)の巨費を投じて行われている。打上げ、システムの展張、予定したL-2点の周回軌道への投入、搭載機器類の超低温化、のいずれにも成功した。現在は観測開始に向け機器の最終調整に入り、今年夏から運用が開始される。これで宇宙に関する人類の知識が飛躍的に高まることを期待したい。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
- Fraser Cain / Universe Today April 15, 2022 “Brrr. Webb’s MIRI has Reached 6.4 Kelvin, Just a few Degrees above Absolute Zero”
- Space.com April 13, 2022 “Final James Webb Space Telescope instrument reaches super-cold temperature” by Elizabeth Howell
- NASA 13 Ape 2022 “Webb Telescope’s Coldest Instrument Reaches Operating Temperature”
- BBC News 13 Apr 2022 “James Webb telescope’s MIRI instrument goes super-cold” by Jonathan Amos
- TokyoExpress 2022-01-17 “ジェームス・ウエブ宇宙望遠鏡、サンシールドと主鏡の展開に成功”