2022-04-23(令和4年) 松尾芳郎
4月13日午後(EDT) 米国防総省は、大統領の要求にもとずきウクライナに対する緊急援助として第1回8億ドル相当の兵器を追加すると発表した。これは、ウクライナ東部でロシア軍の攻撃が集中化していることに対抗するためウクライナ政権から緊急要請があった項目に対応する措置である。ウクライナに対する国防総省からの武器供与は2021年8月以来これで7回目になる。
8億ドル(1,000億円)追加支援の中身は次の通り;―
- 155 mm榴弾砲(155 mm Howitzers) 18門とその砲弾40,000 発
- AN/TPQ-36砲撃箇所探知用レーダー (counter artillery radar) を10基
- AN/MPQ-64対空監視用レーダー (sentinel air surveillance radar)を2基
- スイッチ・ブレード戦術無人攻撃装置(Switchblade Tactical Unmanned Aerial systems)を300基
- ジャベリン対装甲車ミサイル(Javelin anti-armor missile) を500発と、その他の対装甲車ミサイルを数千発
- M113装甲兵員輸送車(Armored Personnel Carriers)を200輌
- 装甲高機動多目的装輪車(Armored HMMWV=High Mobility Multipurpose Wheeled Vehicles)を100輌
- Mi-17 ヘリコプターを11機
- 沿岸防備用無人艇(Unmanned Coastal Defense Vessels)
- 化学・生物・放射性物質・核放射能兵器から防護する装備(Chemical, Biological, Raidiological, Nuclear protective equipment)
- 防弾ベスト・ヘルメット(body armor and helmets)を30,000セット
- 望遠鏡およびレーザー距離測定眼鏡(optics and optics and laser rangefinders)を2,000個以上
- C-4 地雷除去用爆破装置 (C-4 explosives and demolition equipment for obstacle cleaning)
- オタワ条約に適合したM18A1 クレイモア対人地雷 (M18A1 Claymore anti-personnel munitions)
米国政府はバイデン政権発足以来、ウクライナに対し合計32億ドルの兵器援助をすることになる。このうち26億ドルは今年2月24日ロシアの不当な侵攻が開始されてから行われた。米国はNATOおよび日本など同盟諸国と緊密な連携を保ちながらロシアの不法侵略に対抗すべくウクライナの軍事力強化に力を入れている。
続いて4月21日木曜日にバイデン(Joe Biden)大統領は、ウクライナ・キーウ(Kyiv)政権支援のため、追加として第2回分8億ドルの武器供与を行うと発表した。追加8億ドルの中身には、155 mm榴弾砲72門とその砲弾144,000発、榴弾砲牽引車両72輌、および新開発の無人攻撃機フェニックス・ゴースト(Phoenix Ghost)121機を含んでいる。1回目の8億ドル援助の後、ゼレンスキー(Volodymyr Zelenskyy)大統領から重火器の更なる供与が必要、との要請があったのに応えて2回目の供与が決まった。2回目の供与は4月中に実施される。
これで米国からのウクライナへの兵器支援は、ロシア侵攻が始まった2月24日以来総額で34億ドルになる。
バイデン大統領は、武器支援とは別に、ロシア軍に包囲されている人々の救出作戦のために、5億ドルの経済援助を行う、と言明した。大統領は「事態は緊急を要するので軍事援助、経済援助を問わす早急に実行する必要がある」と述べている。
国防総省報道官カービー(John Kirby)氏は「現在ロシア軍が攻撃を集中しているウクライナ東部ドンバス(Donbas)地区は平原地帯なので榴弾砲は極めて有効な打撃力となる」と言っている。ウクライナ軍兵士に対する155 mm榴弾砲の取扱い訓練は4月中旬から米軍の手で現地で始まっている。
以下に前述の供与武器のあらましを述べる;―
・155 mm榴弾砲(155 mm Howitzers) 18門とその砲弾40,000 発、4月21日に追加72門と砲弾144,000発、合計で榴弾砲100門と砲弾184,000発となる
M777 155 mm榴弾砲は英国ビッカース社(現在は BAEシステムズから米国のUnited Defense社)が開発した野戦用の牽引式榴弾砲で、前身のM198榴弾砲と性能はほぼ同じ、特徴は重さが4.2 tonでM198の半分の超軽量であること。軽いのでC-130輸送機では2門同時に、また、UH-60ブラックホークやV-22オスプレイなどで吊り下げて輸送できる。
有効射程は24 km、M982“エクスカリバー”誘導榴弾を使えば射程は40 kmに伸び、しかもGPS誘導で正確に目標に着弾する。ウクライナ支援にはM777A2榴弾砲とM982誘導榴弾の組み合わせで供給されている。
米海兵隊で580基、米陸軍および州兵で421基、合計1,001門のM777A2型榴弾砲が配備されている。
図1:(Wikipedia)M777 155 mm榴弾砲。M777原型は光学式火器管制装置だったが、改良型のM777A1はデジタル化され、GPSによる目標位置設定が可能になった。現在米軍が配備している「M777A2」はソフトがアップグレードされ、エクスカリバー(Excalibur)誘導榴弾が使えるよう改良されている。操作要員は5名。
図2:(Raytheon Missile Systems)M982“エクスカリバー”誘導榴弾。誘導機構は米国レイセオン・ミサイル・システムズが、弾体、基礎構造はスエーデンのBAEシステムズ・ボフォースが担当・共同開発した。米陸軍、カナダ、スエーデンが採用している。
- AN/TPQ-36砲撃箇所探知用レーダー (counter artillery radar) を10基
敵からの砲撃を受けた場合、その発射位置を探知するための車載型レーダーで、1982年から米陸軍、海兵隊に配備が始まった。ノースロップ・グラマン社とタレス・レイセオン・システムズで生産されている。ウクライナは2015年に米国から2基を受領しているが、今回10基を追加し、ロシアとの戦いに投入する。AN/TPQ-36は24 km以内にある10箇所の発射地点を1秒以内に識別することができる。
図3:(Ukraine Military) AN/TPQ 36レーダーは汎用高機動車(HMMWV=High Mobility Multipurpose Wheeled Vehicle)に搭載・牽引され友軍砲兵隊の近くに展開、15分ほどでセットアップできる。
- AN/MPQ-64対空監視用レーダー (sentinel air surveillance radar)を2基
AN/MPQ-64対空監視レーダーは、来襲する無人機(UAS)、巡航ミサイル、ヘリコプター、戦闘攻撃機を正確に探知する。統合防空指揮・管制システム(Integrated Air Defense Command and Control System)に組み込まれ、情報を伝達、反撃を支援する3次元レーダー。システムはXバンド使用の360度回転のフェイズド・アレイ・レーダーで75 km以内の目標を探知する。モード5の敵味方識別装置(FFI)を備え正確に敵を判別する。HMMWVやM1082中型戦闘用トラックで牽引して使う。メーカーはレイセオン。
図4:(U. S. Army Acquisition Support Center)左がAN/MPQ-64対空監視用レーダー、右は対空監視用レーダーと牽引するM1082中型戦闘用トラック
- スイッチ・ブレード戦術無人攻撃装置 (Switchblade Tactical Unmanned Aerial systems)を300基、4月21日に無人攻撃機フェニックス・ゴースト(Phoenix Ghost)121機を追加
「スイッチブレード戦術無人攻撃装置」は、iPadに似た小型デイスプレイの発射管制装置と携帯用ランチャーで構成される。一部報道によれば、各システムには10機のドローンが付属するので、300基全体ではドローン数は3,000機なる、と言う。
国防総省報道官カービー氏は、「フェニックス・ゴースト」は「ロシアのウクライナ侵攻開始(’2月24日)以前から開発がスタートしていたドローンで、ウクライナ軍が東部ドンバス地方で最も必要とする兵器だ」と説明している。ウクライナとの協議で米空軍はこのドローンの有効性に着目、2回目の8億ドル供与の中にスイッチブレードに似た「フェニックス・ゴースト」ドローン121機を含めることにした。
「フェニックス・ゴースト」の詳細は不明だが、カリフォルニアのエイベックス・エアロスペース(Aevex Aerospace)社が製造している。「スイッチ・ブレード」(バージニア州エアロバイロンメント社製/AeroVironment, Virginia)と同じく、探索飛行で目標を捉え、発射兵員にビデオ送信し、自爆攻撃をするドローンだ。
軍事専門ニュースは「フェニックス・ゴースト」は一般装甲車両攻撃のみならず偵察にも使え、滞空時間は6時間、夜間でも運用可能、垂直発射ができる、と報じている。これに対し「スイッチブレード300」は滞空時間は20分、また改良型の「-600」は40分程度である。
図5:(Coffee or Die/US Marine photo by Cpl. Alexis Moradian) 海兵隊員による スイッチブレード300発射の様子。
図6:(AeroVironment) スイッチブレード300。射程10 km、滞空時間20分、弾頭炸薬は2.5 kg。尾部のプロペラで飛行し、機首のEO/IR センサーで敵の装甲車やレーダー・サイトを探知してダイブ攻撃をする。
図7:(AeroVironment)スイッチブレード600。300より大型、性能が向上している。
スイッチブレードについては「TokyoExpress 2022-03-27 “米国、ウクライナに戦車攻撃用ドローンの供与を決定”で紹介済みなので参照されたい。
- ジャベリン対装甲車ミサイル(Javelin anti-armor missile) を500発と、その他の対装甲車ミサイルを数千発
「PGM-148ジャベリン」については「TokyoExpress 2022-03-27 “米国、ウクライナに戦車攻撃用ドローンの供与を決定”の中で紹介済みなので、参照されたい。
『その他の対装甲車ミサイル』とは「M-141 SMAW-D肩持ち式対建造物兵器(shoulder mounted anti-structure weapon)」と呼ばれる装置で、建物、塹壕、装甲車などの近距離攻撃用の兵器である。1996年から米陸軍で採用、今年1月に100基がウクライナ軍に供給された。
図8:(US Army Manual) 「M-141 SMAW-D」は口径83 mmの塹壕破壊用ロケットを装填しライフル銃と同じ要領で発射する。携行時は80 cmと短くし、発射時には54.8 inch (1.4 m)に伸ばして使う。重量はランチャーとロケット合計で7.2 kg。射程距離は500 m。
図9:(Ukraine MOD)ウクライナ西部リビウ近郊にある演習場「International Peace Keeping and Security Center」で米陸軍スタッフからM-141 SMAW-Dの取扱訓練を受けるウクライナ軍将兵。
- M113装甲兵員輸送車(Armored Personnel Carriers)を200輌
米国企業FMC Corp.が開発製造し、1960年から使われている米陸軍の装甲兵員輸送車で、これまでに輸出を含め2007年までに8万両以上が生産された。改良型・派生型が多く、現在でも主力のAPCとして米軍/5,000輌をはじめおよそ50ヵ國で使われている。新しい「M 113A3」は1987年から“生残性強化型”として導入された。構造は強化アルミ合金製、小火器には充分な抗堪性があり、軽量(12.4 ton)なので簡単に空輸ができる。長さ5.3 m、幅2.7 m、最高速度64 km/hr、航続距離は480 kmだが増加タンクを装着すればさらに伸びる。エンジンはデトロイト・デイーゼル製6気筒デイーゼル・エンジン275馬力。基本型の兵装はM2 ブローニング機関銃1門。
米陸軍は2014年にM 113の一部の後継としてBAE Systems製ブラッドレイ戦闘車(Bradley Fighting Vehicle)の採用を決め逐次導入が始まっている。
図10:(US Army) 米陸軍第4歩兵旅団のM-113A3装甲兵員輸送車。2015年ドイツ・ババリア・ホーヘンフェルス(Hohenfels, Bavaria, Germany)で行われた演習で撮影。
- 高機動多目的装輪装甲車(HMMWV=Armored High Mobility Multipurpose Wheeled Vehicles)を100輌
軍用車M151 Jeep(ジープ)の後継としてAM ゼネラル社が製造しているM1151「ハンビー/HUMMWV」は、4輪駆動の多目的軽トラック。1983年以来米軍はじめ各國で28万台以上が使われている。当初は非武装型だったが、イラク戦争での経験から「対地雷防護構造/MRAP (Mine Resistant Ambush Protected)」への改修が行われた。これで現在は「軽武装車(Light Armored Car)」に分類されている。
重量は2.5 ton程度、エンジンはV8デーゼル・エンジン、最高速度110 km/hr、自動変速機付きで普通の乗用車と変わらない。全長4.6 m、幅は2.16 mで少し幅広。
基本形は4人乗り兵員輸送車だが、M134ミニガン、Mk19擲弾筒、M2重機関銃、などの機銃の他に、負傷兵の救出、対戦車ミサイル発射装置、M119榴弾砲の牽引、ステインガー対空ミサイル発射装置、衛星通信アンテナなど、多くの兵器のプラットホームとして使われている。
図11:(Wikipedia) 天井に防弾装甲ターレットを装備したM1151 HMMWV、乗員はこの中から機銃を発射する。最新型では機銃射撃が車内から遠隔操作で行えるCROWS= Common Remotely Operated Weapon System)に改良されている。
- Mi-17 ヘリコプターを11機
省略
- 沿岸防備用ドローン・ボート(Unmanned Coastal Defense Vessels)
第2次8億ドルパッケージに含まれる沿岸防備用ドローン・ボートは「無人水上艇(USV= uncrewed surface vessels)」と呼ぶ。米海軍では数種のボートを開発しているが、国防総省はどのタイプのUSVになるか明らかにしていない。
このUSVは自律行動ができ、水平線以遠を含む沿岸海域に入るロシア艦艇の様子をリアルタイムで基地にビデオ送信およびデータ送信できる。さらに搭載のロケット・ランチャーで敵艦艇攻撃もできる。敵艦艇の情報を送ることで、味方の火砲、対艦ミサイル攻撃の精度を高めることができる。
図12:(US Navy)米海軍が開発中の沿岸防備用ドローン・ボート(USV)の一つ。化学・生物・放射性物質・核放射能兵器から防護する装備(Chemical, Biological, Raidiological, Nuclear protective equipmen
・防弾ベスト・ヘルメット(body armor and helmets)を30,000セット
・望遠鏡およびレーザー距離測定眼鏡(optics and optics and laser rangefinders)を2,000個
・C-4 地雷除去用爆破装置 (C-4 explosives and demolition equipment for obstacle cleaning)
詳細不明だが、陸上自衛隊が配備する「92式地雷原処理車」に似た装備と思われる。「92式地雷原処理車」は、73式牽引車(キャタピラ式)を改良、車体上に92式地雷原処理用ロケット弾発射筒2本が装備されている。ロケット弾にはワイヤーで数珠つなぎされた26個の爆薬がある。ロケット弾を発射すると爆薬が引き出され、落下爆発して埋設地雷を爆破処理する。これで迅速に通路を啓開することができる。
・オタワ条約に適合したM18A1 クレイモア対人地雷 (M18A1 Claymore anti-personnel munitions)
省略
終わりに
2月24日、ロシアによる突然、且つ、不法なウクライナ侵攻が始まってから57日が経過した。国際社会からの轟々たる非難に対しプーチン大統領は「“ドンバス共和国”を支援するための“特別軍事作戦”」と主張、ドンバスの解放を目指してミサイルを含む攻撃を一層強化している。
英国国防省は、ウクライナ軍について次のように報じている。
「米欧諸国からの援助で態勢を整え、反撃力を強め、ロシア軍と激戦を繰り返している。侵攻開始以来、ロシアに与えた損害は、航空機140機撃墜、ヘリコプター106機撃墜、対空火器システム254基破壊、戦車・戦闘車両2,433両破壊、野戦榴弾砲1051基破壊、などに達している。」
ロシア側は、米欧による軍事援助が戦争の規模を拡大しているとして抗議しているのは報じられている通り。
ドイツは、スロベニアがT-72戦車をウクライナに供給した穴埋めに装甲戦闘車(APC)マーダー(Marder)および戦車レオパルド2(Leopard 2)を供与する。またドイツはこれまでの慎重な態度を変更し、重火器である自走式155 mm榴弾砲を直接ウクライナに送り、訓練も実施する。
オランダは155 mm自走榴弾砲PzH 2000をウクライナに供与する。
ノルウエイは、携帯式対空ミサイル”ミステラル(Misteral)”を100基供給している。
日本政府のウクライナ支援は、3月に防弾チョッキ、ヘルメットなど5000人分を供与、財政支援として4月22日に合計3億ドル借款を表明したのみ。米欧同盟諸国の対応に比べ遙かに見劣りする。岸田政権はロシアに遠慮しているのか。
―以上―
本稿作成の参考にした記事は次の通り。
- Global Security Com April 13, 2022 “$800 Million in Additional Security Assistance for Ukraine”
- The White House March 16, 2022 “Fact Sheet in U.S. Security Assistance for Ukraine”
- Voice of America April 21, 2022 “US Preparing New Military Aid for Ukraine” by Ptsy Widakuswara
- Reuters April 22, 2022 “Biden unveils $800 million in new Ukraine military aid, to ask Congress for more” by Steve Holland
- The Warzone April 21, 2022 “Mysterious ‘Phenix Ghost’ Suicide Drone Headed to Ukraine” by Dan Parsons
- Black Rifle Coffee Company April 21, 2022 “The Air force is sending a custom drone ‘the Phenix Ghost’ to Ukraine” by Matt White
- Drone DJ April 20, 2022 “US sending drone boats for Ukraine port and coast defense” by Bruce Crumley
- Root Nation 19/04/2022 “What American unmanned coastal defense vessels can Ukraine get?” by Yuri Svitlyk