2022-09-21(令和4年) 松尾芳郎
バイデン大統領は9月15日に、ロシアとの戦いを続けるウクライナを援助するために6億ドル(約840億円)の追加軍事支援をするよう国防総省に指示した。これは「大統領安全支援基金(PDA= Presidential Drawdown of Security Assistance)」から資金を拠出し、国防総省が保管する装備品から送られる。これでロシアによる侵攻開始後、米国が行う援助総額は151億ドル(約2兆1,100億円)に達する。
(U.S. President Joe Biden announced a new $600 million arms package to help the Ukrainian military battle Russia, a memo sent to the DOD. Biden authorized the assistance using his PDA, allowing the president to sanction the transfer of excess weapons from U.S. stocks. In total the U.S. has committed $15.1 billion in assistance to Ukraine since the Russian invasion on February 24. )
米国の援助
今回の援助には、「高機動ロケット砲システム(HIMARS=High Mobility Artillery Rocket Systems)」用のロケット弾の追加、「夜間暗視ゴーグル(night vision gollies)」、「クレイモア対人地雷(claymore mines)」、「地雷除去装置(mine clearing equipment)」、「105 mm榴弾砲用弾丸(105 mm artillery rounds)」、「155 mm榴弾砲用精密誘導弾(155 mm precision guided artillery rounds)などが含まれる。すなわち;―
- 高機動ロケット砲システム(ハイマース/HIMARS=High Mobility Artillery Rocket Systems)用ロケット弾の追加
- 105 mm 榴弾砲用の弾丸 36,000発
- 155 mm 榴弾砲用の精密誘導弾 1,000発
- 対・砲兵レーダー (Counter-artillery radar) 4基
- 高重量装備輸送用トラック 4輌と、同トレーラー8輌
- 対・無人機システム (Counter-Unmanned Aerial Systems)
- 地雷除去装置
- M18A1 クレイモア対人地雷 (Claymore anti-personnel munitions)
- C-4爆弾破壊用装置 (Demolition munitions and equipment)
- 小型兵器および弾薬
- 夜間視認装置 (Night vision devices)、寒冷地用装備 (cold weather gear)、その他の野戦用装備品(other field equipment)
ブリンケン (Antony J. Blinken)米国務長官は「ウクライナが必要とする戦闘用装備は、米国は同盟諸国と協力して送り続ける。米国と同盟諸国が提供する武器が大きな効果を発揮し、いずれ来るロシアとの停戦交渉でウクライナの立場を強くするだろう。」と語った。
2月24日のロシアの侵攻開始後、米国が行う援助は今回発表の6億ドルを含め総額で151億ドル(約2兆1,100億円)に達する。米国が供与済み、及び供与予定の主な装備は次の通り;―
- ステインジャー対空ミサイル(Stinger anti-aircraft systems) 1,400発以上
- ジャベリン対戦車ミサイル(Javelin anti-armor systems,) 8,500発以上
- スイッチ・ブレード戦術無人攻撃機(Switchblades Tactical Unmanned Aerial Systems) 700機以上
- 155 mm榴弾砲(155mm Howitzers) 126門とその砲弾806,000発
- 155 mm榴弾砲用の精密誘導弾(precision-guided artillery rounds) 2,000発
- 105 mm榴弾砲(105 mm Howitzers) 20門およびその砲弾18万発
- 155 mm榴弾砲(155 mm Howitzers)牽引用の戦術車両126輌
- 高機動ロケット砲システム(ハイマース/HIMARS) 16輌とロケット弾
- 先進地対空ミサイル・システム (NASAMS=National Advanced Surface-to-Air Missile Systems) 4装置と搭載ミサイル
- 装甲高機動装輪車(ハンビー/HMMWVs=Armored High Mobility Multipurpose Wheeled Vehicles)数百輌
- M 113装甲兵員輸送車 (M 113 Armored Personnel Carriers) 200輌
- 対地雷ローラー付きマックスプロ耐地雷・耐襲撃装甲車「MRAP」 (MaxxPro Mine Resistant Ambush Protected Vehicle) 40輌
- 装甲野戦病院車両 (armored medical treatment vehicle) 100輌
以下に主な供与兵器の簡単な説明をする。
図1:(Wikipedia) M142高機動ロケット砲システム「ハイマース(HIMARS=High Mobility Artillery Rocket System)」は、装輪式で重量が13.7 tonと軽くC130輸送機で空輸が可能、道路上を素早く移動できるので、射撃後すぐに別の射撃位置に移れるのが特徴。従来から配備されていた多連装ロケット砲「M-270 MLRS」 25 tonより軽量のため海兵隊などが使用中。M26ロケット弾なら6発を搭載する。長射程のMGM-140地対地ミサイルなら1発を搭載する。
図2:(Ukrainian World Congress)先進地対空ミサイル・システム (NASAMS= National/Norwegian Advanced Surface-to-Air Missile Systems) は短・中射程地上設置型対空ミサイル・システム。対空レーダー、中射程空対空ミサイル、コングスバーグ製の6連装発射機 (Fire Distribution Center)で構成されている。ノルウエイの「コングスバーグ(KDA= Kongsberg Defence & Aerospace)」と米国の「レイセオン(Raytheon)」が共同開発した。「NASAMS」は「AIM-120中射程空対空ミサイル(AMRAAM)」を地上発射型としとシステムで2007年から使われている。有効射程高度はロケット弾で異なるが21,000〜36,000 m。「NASAMS」中隊は普通3個小隊(ミサイル54発)で構成、リンク16通信網で連結される。
図3: M1224対地雷ローラー付きマックスプロ対地雷・耐襲撃装甲車 (M1224 MaxxPro MRAP=Mine Resistant Ambush Protected Vehicle)は装甲戦闘車で米国の「ナビスター(Navister Internationl)の子会社とイスラエルの「プラサン・ササ(Plasan Sasa」)の共同開発。「M 113装甲兵員輸送車」の更新車両である。V字型床構造で対地雷性能が強化され、不整地走行性能が向上し、耐被弾性が強化されている。重量は12-15 tonで最大7名が乗車可能。2007年配備開始で7,000両ほどが作られている。
イギリスの援助
イギリスは23億ポンド(28億ドル=約3,900億円)の軍事援助をウクライナに供与中である。これには、ウクライナ兵1万名を3ヶ月間訓練する費用を含む。これに経済援助と人道援助を含めると総額は38億ポンド(約5,000億円)に達する。
軍事援助には、「対戦車ミサイル」6,900発、「対空防衛システム」5基、「装甲歩兵戦闘車 (armored fighting vehicle)」120輌、「対地攻撃用砲弾 (anti-structure munitions)」1,360発、さらに今年6月には「多連装ロケット砲システム/M270」3輌と精密誘導ロケット弾M31A1、そのほか防弾チョッキ、ヘルメット、暗視ゴーグル,等の支援を発表した。
今年3月には、これまでに供給した「次世代型軽量対戦車兵器 (NLAWs= next generation light anti-tank weapons)」を追加し、合計3,600発以上の供与、「スターストリーク高速携行型対空ミサイル( Starstreak high-velocity man-portable anti-aircraft missiles)」の供与を決めた。
4月には、国防省は1億ポンドの追加援助を決め、NLAW対戦車ミサイル800発、ジャベリンおよびスターストリーク対空ミサイルの増量、また装甲車両120輌の追加、新たにハープーン対艦ミサイルを供与すると約束した。
図4:(UK DOD, Lockheed Martin,) 「M270多連装ロケットシステム」はロケット弾12発を装填、1分間で斉射できる。重量25 tonで重く、大型輸送機でないと運べない。射程はロケット弾M31A1使用の場合は80 km。ブラッドレー(Bradley)歩兵戦闘車のシャーシーをベースに、ロッキード・マーチンが製造した。米陸軍で1983年から使用中。海兵隊ではこれをM142 HIMARSに更新している。写真は英陸軍のM270 MLRSで2008年にアフガニスタンで撮影。
図5:(Saab, Getty images)次世代型軽量対戦車ミサイル (NLAWs= next generation light anti-tank weapons)は、射程800 m、重さ12.5 kg。スエーデンのサーブ・ボフォース・ダイナミクス(Saab Bofors Dynamics)が開発、2008年から配備中。
図6:(BBC research, PA images)装甲歩兵戦闘車 (armored fighting vehicle)、マステイッフ (Mastiff) 装甲車は重さ17.2 ton、105 km/hrの速度で走行できる。アフガニスタンで高い防御能力を発揮した。
図7:(UK DOD, Thales)「スターストリーク高速携行型対空ミサイル( Starstreak high-velocity man-portable anti-aircraft missiles)」は射程7 km、重さ14 kg、携行型対空ミサイルの中で最も高速のマッハ4で飛翔、敵機を撃破する。タレス(Thales)グループが製造中。
ドイツの援助
ドイツ政府は、2022年末までに殺傷兵器、非殺傷装備を含む合計で20億ユーロ(約2,800億円)の援助を予定している。
9月14日までに決定した主な供与兵器は次の通り;―
- 自走対空機関砲「ゲパルド (Gepard)」 24輌(20輌は供与済み)
- 装甲兵員輸送車「 M113 」54輌
- 対戦車ロケット発射筒「パンツアーファウスト3 (Panzerfaust 3)」900基とロケット弾3,000発
- ステインジャー対空ミサイル(Stinger anti-aircraft systems) 500発
- 自走式榴弾砲「パンツアーハウビッツ2000 (PzH 2000=Panzerhaubitze 2000)」10輌
- バンカー・バスター・ミサイル (Bunker buster missile) 50発
- ヘルメット 28,000個
- スリーピング・バッグ 10,000個
- 各種車両 280輌
- 携行式対戦車ミサイル「RGW 90マタドール(Matador)」約8,000発
- 多連装ロケット発射システム「マースII (MARS II) 3輌とGMLRS精密誘導ロケット弾200発
- 装甲高機動装輪車(ハンビー/HMMWVs=Armored High Mobility Multipurpose Wheeled Vehicles)/レーダー装備8輌とジャミング装置付き2輌
9月16日の報道によるとドイツ政府/国防相はさらなる武器供与を決断した。すなわち、「多連装ロケット砲システム「MARS II」2輌と搭載するミサイル200発、それに装甲兵員輸送車「デインゴ (Dingo)」50輌。追加として、ギリシャが保有するロシア製装甲兵員輸送車「BMP-1」 40輌をウクライナに送り、代わりにドイツ国防軍が保有する歩兵戦闘車「マーダー IFV (Marder IFV) 40輌をギリシャに供与する。
これは、ウクライナがドイツに強く求めている「レオパルド主力戦車 (Leopards Main Battle Tank)」および「歩兵戦闘車マーダー IFV (Marder IFV)」の供与を渋ったことによるEU加盟国からの非難を回避するための代替の措置である。「レオパルド戦車」、「マーダー歩兵戦闘車」はいずれもラインメタル(Rheinmetall)が製造中で、同社はそれぞれ88輌、および100輌をウクライナに輸出すべく政府に許可を申請していたが、ロシアとの関係悪化を恐れる政府により阻止されている。
「多連装ロケット砲システム「MARS II」は独仏英米伊5ヶ国共同開発のシステムで1980年代初めより各國で配備されている。ドイツは7月15日に「MARS II多連装ロケット砲」3輌をウクライナに送ったと発表した。クリステイン・ランブレヒト(Christine Lambrecht)国防相がブラッセルで語った。これと合わせると合計5輌が供与される。
図8: 自走対空機関砲「ゲパルド(Gepard)」は1970年代にドイツ陸軍に配備されたが2020年までに退役、米国製FIM-92ステインジャーおよびドイツ製LFK NG を発射できる4連装の「ウイーゼル2オゼロット(Wiesel 2 Ozelot)」に交代が進んでいる。「ゲバルド」は、35 mmエリコン(Oerlikon)機関砲2門を搭載、重さは47 ton。
図9:(ドイツ国防省)「PzH 2000 」155 mm自走榴弾砲、1998年よりドイツ陸軍で配備中で154両を保有。7月下旬ドイツ政府はウクライナに100両を譲渡すると発表した。イタリア、オランダを含む各國が採用している。重量55.3 ton、速力60 km/hr、155 mm砲はラインメタル製の52口径長砲身、BB(ベースブリード)砲弾使用の場合は射程は40 km、ベグマン社が開発した自動装填装置で毎分8発の高速射撃が可能。ドイツ陸軍で200輌ほど使用中。
図10:(ドイツ国防省)「マースII多連装ロケット発射システム」は、米国製「M270多連勝ロケット発射システム」の欧州版。12発のロケット弾を一斉射撃できる。米国ではM142 HIMARS (ハイマース)」に更新が進んでいる。両者とも同じロケット弾を使用可能。我が陸上自衛隊でもIHIライセンス生産で100輌ほど保有中だが逐次「12式地対艦誘導弾(改)」に変更しつつある。
日本の援助
日本からウクライナへの軍事装備品支援は微々たるもので、対ロ結束を強調するG7の構成国として著しく見劣りがする。米国、英国、ドイツなどの援助とは比べ物にならない。
防衛省8月4日の発表によれば、非殺傷の物資を「防衛装備移転3原則(2014年4月制定)」の範囲内で提供している。2022年3月以降、防弾チョッキ、ヘルメット、防護マスク、防護衣、小型ドローン、さらに車両、等を提供している。総額は不明だが1,000億円弱と思われる。
「防衛装備移転3原則」では、日本の安全保障に資する場合など一定の条件を満たす場合輸出が認められる。これに基ずいて海自練習機TC-90 5機がフィリピンに無償供与、2020年8月には同国に防空レーダー4基の輸出が決まっている。
終わりに
ロシア侵攻開始後、米国の援助は総額2兆円を超え、GDPで我国と比肩する英国は4,000億円、ドイツは2,800億円、の援助をしている。
読売新聞オンライン(2022-06-20)によると、ドイツ・キール世界経済研究所が、1月24日から6月7日までにG7とEUなどがウクライナに軍事・財政・人道支援を表明/実施した支援額を集計比較している。
支援各國37ヶ国の支援総額は783億ユーロ(11兆円)、米国が427億ユーロ(55 %)、英国48億ユーロ(6 %)、ドイツ33億ユーロ(4 %)で、日本は6億ユーロ(0.7 %)で全体の7位。
各國の国内総生産・GDP比で見ると、支援額で13位のエストニア最も高く0.87 %、ポーランドは支援額で米英独に続く4位だがGDP比では3位になっている。
追記
小河正義ジャーナリスト基金第4回の募集を開始しました。今回が最後になりますので、有終の美を飾れるよう、皆様のご協力をお願いします。
連絡、お問い合わせは下記「藤井良宏」氏宛にお願いします。
〒101-0063 東京都千代田区丸の内3-2-2丸の内二重橋ビル5階
日本外国特派員協会 気付
(一社)環境金融研究機構 藤井良広
Email green@rief-jp.org
小河氏は元日本経済新聞編集委員で、航空、宇宙、防衛、を始めとし医療、環境、デジタルなど広い分野の解説をするウエブサイト「TokyoExpress」を立ち上げた方です。趣旨に賛同し応募される方の資格は次のように致します。すなわち、小河氏サイト内容に関連する分野で幅広い取材活動をしている若手ジャーナリストで、個人またはグループで活動されている方々です。
応募の趣意書を送って頂き、選考委員会で審査、選考し、入選者を決定します。入選は2件、各30万円を贈呈します。応募締め切りは2022年10月末までです。
- 「TokyoExpress」に投稿ご希望の方
第4回ジャーナリスト基金に応募されない方でも、本ウエブサイト「TokyoExpress」に投稿される方々を歓迎します。投稿される方は原稿を1~10ページ程度にまとめて「松尾芳郎」宛にお送り下さい。メール・アドレスは 「y-matsuo79@ja2.so-net.ne.jp」です。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事発の通り。
- U.S. Department of State Sept. 16, 2022 “U.S. Security Cooperation with Ukraine”
- U.S. Department of State Sept. 16, 2022 “$600 Million in Additonal U.S. Military Assistance for Ukraine
- Commons library parliament. U.K.. 2022/8 /15 “Military assistance to Ukraine since the Russian invasion”
- BBC News 11 August “What weapons are being given to Ukraine by the UK?” by David Brown & Tural Ahmedzade
- Germany Federal Government September 14, 2022 “Military support for Ukraine”
- Defense News Sept 16, 2022 “Under pressure, Germany pledges more military aid to Ukraine”
- 防衛省8月4日発表“ウクライナへの装備品等の提供について”