JAL、地面効果翼旅客機を開発するレジェント社に出資、追加;米軍は上陸用大型WIG機の開発をスタート


2023-03-24(令和5年)松尾芳郎

図1:(Regent) 「レジェント」社が開発するグランド・エフェクトを利用する電動モーター駆動の「シーグライダー(Sea Glider)」・「バイセロイ(Viceroy)は、乗客12名を乗せ航続距離180 mile (290 km)で沿岸部諸都市を結ぶ。

JAL (日本航空)は、このほど米国のスタートアップ企業でグランド・エフェクト(地面効果)を使うリージョナル水上旅客機「バイセロイ」を開発中の「レジェント・クラフト(Regent Craft)」社に出資すると発表した(2023-01-26)。しかし「バイセロイ」の発注は未定。出資額は未発表だがレジェント社は、これで出資総額は4,500万ドルに達した、と明らかにした。

(Japan Airlines is investing in seaglider developer Regent Craft as its starts evaluating whether the wing-in-ground-effect vehicle might have choice in its fleet. The amount of the investment was not disclosed, but the U.S. start-up said it takes the total funding raised to date to $45 million.)

レジェント社は、2025年就航を目指して乗客12名の電動式・地面効果翼機(WIG=Wing-in-Ground effect)「バイセロイ」の開発に取組んでいる。

「地面効果翼機 (WIG)」を民間で使うには、安全性を確認する必要から関係する公的機関の認可を得る必要がある。「WIG」機は飛行機の一種だが、米国の場合、FAA(連邦航空局)ではなく「沿岸警備隊・コーストガード(U. S. Coast Guard)」が認可を担当する。ここが行う海上試験および認証に関わる手続きは効率的で「レジェント」の目指す早期実用化には好都合。一方最近話題の電気式垂直離発着機(eVTOL)も同じレベルの安全性を要求されるが、こちらはFAAの複雑な手続きが必要で、かなりの時間がかかる。

「レジェント」社のシー・グライダー「WIG」は、すでに2022年8月にフランスに本拠を置く船級認可を取り扱う国際機関「ビューロー・ベリタス・マリーン&オフショー(Bureau Varitas Marine & Offshore)」の手により、10ヶ月にわたる構造・機械システム・アビオニクス・推進装置・安全システムについて検証が行なわれ、原則認可(AiP= Approval in Principle)の照明を交付されている。

同社はすでに「バイセロイ」の4分の1サイズの実証機「スクウエア(Squire)」を完成、レジェントの本社のあるフロリダ州ロード・アイランド(Rhode Island, Florida)のナラガンセット湾(Narragansett Bay)で試験を実施中。そして2023年末には翼幅60 ft (約18 m)の実用機「バイセロイ」の試作機を完成、試験を始める予定だ。

現在のバッテリー技術の下では「バイセロイ」の航続距離は180 mile ( 290 km)だが、バッテリー技術の進歩で航続距離は飛躍的に伸びると期待している。そして将来は100席級の大型機「モナーク(Monarch)」の実現に繋げたい、としている。

図2:(Regent) 「バイセロイ」の4分の1スケール・モデル技術実証機「スクウエア」。2022年6月からオンタリオ・テック大学(Ontario Teck Univ.)のエイス・クライマテイック(Ace Climatic)風洞で試験、同8月に完了。これで巡航時の最適な姿勢・翼の迎角を決定できた。

図3:(Regent)「シー・グライダー」技術実証機「スクウエア」の離水直後の姿を後方から写した写真。まだ「ハイドロフォイル(水中翼)」が出た状態。2022年9月から飛行試験を開始。

「シー・グライダー(Sea Glider)」とは、主翼下面に生じる空力的な地面効果による揚力の増加を利用して飛行ぶ “ウイング・イン・グランドエフェクト(Wing-in-Ground effect)” 効果を利用する機体、略称「WIG」機(地面効果翼機)で、専ら水上を飛行する飛行機。「WIG」効果では、地面(あるいは水面)と翼下面の間隔、つまり高度が低ければ低いほど高い揚力が得られる。

「レジェント」が作る「バイセロイ」では、翼端を下方に折り曲げ、これにより翼端で発生する下から上面に回り込む空気流で生じる「誘導抵抗(induced drag)」を減らす。これで翼の揚力・抗力の比率、「揚抗比」が大きくなり「WIG」効果が一層高まる。

「シー・グライダー」の運航モードは;―

  • 接岸ランプ付近では胴体の浮力で浮いてボートと同じように移動する。
  • 速度が付くと艇体下面から水中に小型の翼を出して走行する“水中翼船”、「ハイドロフォイル(hydrofoil)」モードとなり、これで水面上を滑走する(速度40 kts以下)。
  • 速度がさらに増えると翼の揚力で浮揚し、海面上数メートルの高さで飛行、巡航に入る(速度160 kts以下)。

「水中翼/ハイドロフォイル」は、離水後機体に収納され、着水時には再び展張される。

「シー・グライダー」の特徴をまとめると;―

  • プロペラ(8基)は100 %電動式、従ってエミッションはゼロ
  • 航続距離は充電済みバッテリーで160 n.m. (180 miles / 300 km)
  • 巡航速度は160 kts (180 mph / 300 km/hr)
  • 貨物輸送の場合の搭載量は3,500 lbs (1,600 kg)
  • 乗客輸送の場合は乗客12名+乗員2名
  • 騒音レベルは同級の航空機・ヘリコプターに比べ30 デシベルほど静粛

「シー・グライダー」は水面すれすれの高度数メートルで速度300 km/hrで高速飛行し、静粛で沿岸諸都市を結ぶ快適な輸送機になる。現在のバッテリー技術では航続距離は180 mileだが、高性能の次世代バッテリーになれば500 mile (800 km)を飛べるようになる。運航コストは同クラスの陸上機に比べ半分、同型の船舶の6倍の速度で移動できる。12席級のシーグライダー「バイセロイ」の試作機は2023年末までに試験飛行を開始、そして「バイセロイ」は2025年からエアラインで運航を開始する。

図4:(Regent) シー・グライダー「バイセロイ」のコクピット。中央上部に3軸オート・パイロット、中央中に合成視認パネル(船舶航行情報、赤外線カメラ・前方監視ソナー、レーダー情報)、中央下部に推力調整レバー(1本)。左右大画面はプライマリー・デイスプレイ、左右小画面は電子チャート。左右座席の前にフライ・バイ・ワイヤ・操舵輪。

図5:(Regent)シー・グライダー「バイセロイ」の全体図。水中翼(ハイドロフォイル)は格納した状態。主要スペックは;―乗員乗客:計14名搭乗、距離100 m離れた場所での騒音:59 dBA、電動モーター出力:120 kW、最大離着陸重量:15,400 lbs (6,930 kg)。

受注状況;―

2021年12月に、米国コミューター・キャリアー「サウザン・エアウエイズ(Southern Airways)は「レジェント」のシー・グライダー20機を発注した。総額は2億5,000万ドル。同社は米東部のニューヨーク(New York)およびニューイングランド(New England)地方を主に現在40箇所の路線を運営している。20機の内容は、12客席の「バイセロイ(Viceroy)」15機と100席級で2028年就航予定の「モナーク(Monarch)」5機。これらを合わせレジェント社は、オプションを含む受注機数は400機を超え、総額は79億ドルを超えている。

これまでに「バイセロイ」を発注した企業は、ニューヨークの「フライ・ザ・ホエール(Fly the Whale)」、バハマ(Bahamas)の「グームベイ・エア(Goombay Air)」、クロアチア(Croatia)の「スプリット・エクスプレス(Split Express)、ニュージーランド(New Zealand)の「オーシャン・フライヤーズ(Ocean Flyers)、ドイツのFRS、イギリスの「ブリタニイ・フェリーズ(Brittany Ferries)」など。

図6:(Regent)2021年12月にサウザン・エアウエイズは「バイセロイ」15機と100席級の「モナーク」5機を発注した。図は2021年6月に「バイセロイ」を発注した「ブリタニイ・フェリー(Brittany Ferries)」のロゴを付けた想像図。「ブリタニイ」は英国とフランスを結ぶ路線に使う予定。

ハワイアン航空(Hawaiian Airlines)は2022年5月11日に、100席級のシー・グライダー「モナーク(Monarch)」の実現を支援するために資金を拠出すると発表した。金額は発表されていない。これでハワイアン航空は米国初の「モナーク」開発のパートナーとなる。ハワイアン航空は、ハワイ諸島間を結ぶ船舶輸送をする会社だったが1929年に船から飛行機に変換、航空会社となった。同社では将来、シー・グライダーがハワイ諸島間の輸送に大きな革命をもたらすと見ている。「モナーク」の完成のため接岸設備などのインフラ整備に協力する。

ロッキード・マーチンが出資、開発に参加;―

2023年3月22日、「レジェント」社は、世界最大の軍用機メーカー「ロッキード・マーチン(Lockheed Martin)」社が米国防総省向けの「シー・グライダー」開発のため「レジェント」に出資・開発に参加を決定した、と発表した。

レジェントCEOで創業者の一人ビリー・タルハイマー(Billy Thalheimer)氏は次のように語っている;―「島嶼作戦では、島伝いに兵員を小型の輸送艇に分乗・敏速に展開する必要があり、これには「シー・グライダー」が最も適している。「シー・グライダー」の軍用化改修で国防に貢献したい。今回、国防装備開発に深い経験を持つロッキード・マーチンの協力が決まり、これで我が国が緊急に必要な装備の準備が短期間でできる」。

図7:(Regent) シー・グライダー「バイセロイ」を基本とし海兵隊仕様にした機体の想像図。沖縄列島、台湾周辺、フィリピン諸島、南シナ海での島嶼作戦を想定し、レジェントはロッキード・マーチンと共同で開発を急ぐ。

開発に「シーメンス」ソフトを導入;―

「レジェント」社は、全電動化されたシー・グライダーの開発・設計・製造を円滑に進めるために「シーメンス・デジタル・インダストリー・ソフトウエア(Siemens Digital Industries Software)」から協力を得ている。昨年(2022) 8月「シーメンス・エクセレレーター (Siemens Xelerator)」ソフトを(XaaS)サービスの形で受け入れ、開発・設計・製造の分野で使うようになった。このソフトは、機械加工製図・エレクトロニクス・仮想空間の提示まで、デジタル手法で実現できるので、コストや人員を少なく抑え、同時に設計・開発のスピードを著しく早めている。

「レジェント」の創立者の一人技術部門統括の「マイク・クリンカー(Mike Klinker)」氏は『シー・グライダーのような革新的かつ複雑なな輸送手段を短期間で完成させるには、確実で近代的なデジタル・ツールが必要。シーメンスの”エクセレレーター(Xcelerator)“サービスは我々のこのニーズに完全に合致している』と語っている。

図8:(Regent) 「バイセロイ」の1/4サイズ技術実証機「スクウエア」が、ハイドロフォイル/水中翼を出して水面を滑走しているところ。フロリダ州タンパ(Tampa, Florida)の海上で2022年5月から8週間の試験を実施した。

経営陣;―

創業者は2名、

  • CEO:ビリー・タルハイマー(Billy Thalheimer)、MIT航空工学修士課程修了後ボーイング傘下のオーロラ・フライト・サイエンス(Aurora Flight Sciences)で電動エア・タクシー開発を担当した。
  • CTO:マイク・クリンカー(Mike Klinker)、MITで航空機自動操縦学修士課程修了、熱心なパイロットで、オーロラ・フライト・サイエンスで革新的な自動操縦システム開発に取り組んだ。

経営幹部は6名、

  • 首席技師・機体構造物理担当:ブライアン・ベイカー(Bryan Baler)、ミシガン大海洋学卒、オーロラでeVOLの飛行物理学主任。
  • 首席技師・機体システム担当:ダン・コットレル( Dan Cottrell)メリーランド大航空工学科卒、オーロラでeVTOLの推進装置主任。
  • マーケテイング担当:ローレン・ルガニ(Lauren Rugani)、ボストン大で科学ジャーナリズム修士取得、リゲッテイ・コンピューテイング社で営業部長。
  • 型式証明取得担当:テッド・レスター(Ted Lester)、 MITで航空宇宙工学修士取得、GE AiRXOS社で技師長。
  • 民間ビジネス開発担当:アダム・トリオロ(Adam Trioro)、ボストン大でMBA取得、エアバスA321定期航空操縦士免状保有、テキストロンでアジア・太平洋地区担当営業部長。
  • 連邦政府関連担当:テイム・ラーテイガン(Tim Rhatigan)、エール大MBA取得、シコルスキーで軍用機部門担当デイレクター。

追加:米軍は上陸用大型WIG機の開発を開始;―

DARPA (Defense Advanced Research Projects Agency/国防先進研究計画局)では島嶼作戦用の輸送手段として搭載量100 ton以上の積載能力のある「地面効果翼機/WIG」、「リバテイー・リフター(Liberty Lifter)」の開発を進めている。「リバテイー・リフター」は、高度100 ft (約30 m)で「地面効果翼機/WIG」として飛行するが、高度10,000 ft(約3,000 m)では普通の航空機として飛行する。離着陸は水面でも陸上滑走路でも可能なように作る予定。機体構造には船舶構造の技術を多用、頑丈で低コストの大型水上貨物輸送機とするのが目標。

DARPAは2023年1月に、「ゼネラル・アトミックス(General Atomics)とマリタイム・アプライド・フィジックス(Maritime Applied Physics)」、および「オーロラ・フライト・サイエンス(Aurora Flight Sciences)、ギブス&コックス(Gibbs & Cox)、レコンクラフト(ReconCraft)」の2つのチームと契約(フエイズ1)を締結、DARPAの「リバテイー・リフター」地面効果翼機・水上機の実証機をの設計を始める。大きさは4発大型輸送機C-17グローブマスターIII (Globemaster III)とほぼ同じ。シー・ステート4 (Sea State 4)(波高1.25~2.5 m)の気象条件下で離着水可能なこと、およびシー・ステート5(波高2.5~4 m)で「WIG」飛行ができること、が条件。

「ゼネラル・アトミックス」社は、写真の双胴型で中間翼を装備する型式を選択、分散型(distributed)ターボシャフト・エンジン12基を装備する

図9:(DARPA) ゼネラル・アトミックス社の「リバテイー・リフター案は,双胴・頑丈な艇体と分散型ターボシャフト・エンジン12基を装備する。

図10:(DARPA) ゼネラル・アトミックス社の「リバテイー・リフター」が上陸地点に接岸し、搭載車両を揚陸している想像図。

「オーロラ・フライト・サイエンス」の構想は単胴式飛行艇で、高翼、ターポプロップ・エンジン8基を装備する。

図11:(DARPA) オーロラ・フライト・サイエンス社の「リバテイー・リフター」の想像図。大型飛行艇と同じ単胴でターボプロップ・エンジン8基で飛行する。

「フェイズ1」では、6ヶ月間の概念設計(conceptual design)期間と、9ヶ月間の初期設計審査(PDF=Preliminary Design Review)のための設計・書類の作成の期間、合計で15ヶ月間を費やす。

2024年中期には「フェイズ2」に入り、詳細設計、製作、実物の「リバテイー・リフター」X機を製造する。この段階で同盟国からの開発参加を検討する。

終わりに

既述のようにレジェント社は、高速で、安全な、低価格の沿岸輸送を可能にする電動式シー・グライダー「バイセロイ」、大型の「モナーク」の開発を進めている。

JALはこの将来性に着目、出資し、導入も視野に入れて支援している。JALは、革新的な乗り物・航空機を開発するスタート・アップ企業に出資し、あるいは購入オプションの契約をしたのはこれまでに次の2件があり、今回は3つ目となる。

  • TokyoExpress 2021-10-28 “ブーム超音速旅客機「オーバーチェア」、実現へ大きく前進”、
  • TkyoExpress 2022-08-10 “JAL、大阪万博に向け空飛ぶ車/ eVTOLの実証試験・導入を計画”

続いて国防産業大手のロッキード・マーチンが、中国の領土拡張志向に対処すべくシー・グライダーの軍用化に乗り出した。同時期に、“追加”に記したように米「DARPA/国防先進研究計画局」は、搭載量100 ton級の大型機「リバテイー・リフター」の開発に乗り出し、ゼネラル・アトミクスとオーロラ・フライト・サイエンスの2社に提案を求めている。

こうしてこの数年、俄かに「地面効果翼機 (WIG)」の開発が注目を集めるようになってきた。

―以上―

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

  • Aviation Week February 13-26, 2033 First Take News “Regent, a U.S. Startup secured investment from JAL”
  • Flight Global.com. 26, January 2023 “JAL invests in sea-glider start-up Regent Craft” by Pilar Wolfseller
  • Regent “We build all-electric seaglider for fast, safe, and low-cost coastal transportation”
  • FutureFlight December 3, 2021 “US Commuter airline order 20 of Regent’s All-electric Seagliders” by Charles Alcock
  • FutureFlight August 2, 2022 “Regent taps Siemens software to develop all-electric Seagliders” by Hanneke Weitering
  • FutureFlight May 12, 2022 “Hawaian Airlines agree to invest in Regent’s Monarch seaglider” by Gretory Polek
  • FuterFlight August 31, 2022 “Regent says approval in principle marks key step to certification of electric seaglider” by Charles Alcock
  • FuterFlight January 26, 2023 #Japan Airlines backs plans for electric wing-in-ground-effect seagliders” by Charles Alcock
  • Yahooニュース2022-9-27 “水面スレスレを高速飛行、電動地面効果翼機「Sea-glider」が初試験飛行“
  • DARPA “Liberty Lifter “ by Dr. Christopher Kent
  • DARPA Feb. 1. 2023 “DARPA Selects Performer Teams for Liberty Lifter X^Plane Program”