H-2A 47号機、月着陸船SLIM、X線宇宙望遠鏡XRISMを打上げ、予定軌道投入に成功


2023-09-15(令和5年)、松尾芳郎

JAXA・三菱重工は2023年9月6日、H-2Aロケットに小型月着陸実証機「SLIM」とX線分光撮像衛星「XRISM」を搭載、日本標準時午前8時42分種子島宇宙基地から打上げた。搭載した2基の宇宙機はいずれも予定通り、打上げ後1時間以内に相次いで分離され、それぞれの軌道に投入された。

(A Japanese H-2A Launch Rocket build by JAXA & Mitsubishi, carrying the SLIM moon lander and the XRISM space telescope lifted off from Tanegashima Space Center September 6 at 8:42 a.m. Local Time. Both spacecraft were deployed and putted into planned orbits, sequentially less than an hour after liftoff.) 

打上げロケット[H-2A 202]

「H-2A 202」型は、ロケット質量289 ton、第1段は「LE-7A」エンジン1基、第2段は「LE-5B」エンジン1基、第1段両側には固体燃料ブースター「SRB-A」を2基を取付けている。

「LE-7A」、「LE-5B」、は共に液体酸素(LOX)と液体水素(LH2)を推進剤/燃料としている。

「SRB-A」固体燃料ブースターは搭載する衛星等の質量に応じて4基まで増設が可能だが、今回は2基で打上げた。

機体外壁と推進剤タンク、フェアリング、はアルミ合金製、第1段と第2段の結合部は炭素繊維複合材(CFRP)製。

  • 「第1段:MHI製、全長37.2 m、外径4 m、質量114 ton。推力は約1,000 kN、燃焼時間は390秒。
  • 第2段/LE-5B:MHI製、全長9.2 m、直径は同じ、質量20 ton、推力は137 kN、燃焼時間は530秒、第1段分離後ペイロードを所定の軌道に投入するため、着火後一旦停止、再び着火する。
  • 固体燃料ブースター・SRB-A3:IHI製、1基あたり推力は746 kN、筐体は炭素繊維強化複合材(CFRP)の一体成型構造。打上げ時、カウントダウンX-0で点火され、H-2Aを離陸させるため最大推力を発生、100~120秒間燃焼した後分離される。
  • フェアリング 4S:KHI製、ロケット本体と同じ直径4 mの「4S」型、ペイロードを打上げ時の振動、空気抵抗から保護するためのカバーで、高度150 km付近で分離される。
  • ペイロード: X線分光撮像衛星「XRISM」質量約2.3 tonを高度500+/-50 kmの低地球周回軌道に打上げ、その後小型月着陸実証機「SLIM」質量730 kgを高度・短径575 km-長径98,000 kmの楕円軌道「月周回遷移軌道」に打上げる。

図1:(三菱重工)H2A 202打上げロケットの外見、全長53 m、直径4 m。

図2:(三菱重工)左は第1段用「LE-7A」エンジンで2段燃焼サイクル方式。

右は第2段用「LE-5A」エンジンで、燃焼室の冷却に使った水素をポンプ駆動用タービンの燃料に使うロケットエンジン。

図3:(JAXA/MHI)ブースター点火「X+1」秒後の様子。

図4(JAXA/MHI)「X+18」秒後、「SRB・固体燃料ブースター」2基と第1段「LE-7A」エンジンを全開にして上昇する「H-2A 202」打上げロケット。

図5:(JAXA/MHI) H-2Aの飛行経路概要。第1段エンジンの燃焼が停止するのは打上げ後約6分30秒、ここで第2段を分離、すぐに第2段エンジンを着火し打上げ後約14分後には高度500 kmの低地球周回軌道に入る。ここで1回目のエンジン停止をしてX線分光撮像衛星「XRISM」を地球周回軌道に投入する。小型月着陸実証機「SLIM」を乗せた第2段はエンジン再着火、低地球周回軌道から長楕円形の月周回遷移軌道に入りエンジンを停止、打上げ44分後に「SLIM」を分離する。「SLIM」は遷移軌道で月をスイングバイして軌道を修正(この時「SLIM」の軌道は一時的に地球から見て月の軌道の2倍以上も遠方になる)。そして3~4ヶ月後に月周回軌道に到着する。「SLIM」は月周回軌道上に1ヶ月ほど滞在し、打上げ後4~6ヶ月後に月面着陸に向け降下する。

図6:(日経クロステック作成)低地球軌道(LEO)上で第2段エンジンを1回目停止し発射後14分でX線分光撮像衛星「XRISM」を分離する、これでXRISMは高度約500 kmの低地球周回軌道に入る。次に第2段エンジンは小型月着陸実証機「SLIM」を乗せて2回目の推力を立上げ、軌道を月周回遷移軌道に移してからエンジンを停止、発射後44分あたりで「SLIM」を分離する。(本図では「SLIM」の月スイングバイ軌道が省略されている。地球と月の距離は約384,000 kmなので、月スイングバイ軌道を描くと本図は横に数倍も拡がることになる)

小型月着陸実証機「SLIM」

三菱電機が受託し開発・製造した小型月着陸実証機「SLIM (Smart Lander for Investigating Moon) 」は打上げ後数カ月(4~6ヶ月)で月面に着陸するが、これは日本最初の月面着陸機となる。これまで月着陸に成功したのは、米国、ロシア、中国、インドの4ヶ国だが、「SLIM」が成功すれば日本は5番目となる。

これまで月着陸に成功した4カ国の着陸船は目標の数km~10数kmの範囲に着陸していた。これに対し「SLIM」は目標地点の100 m範囲に降りる精密着陸 “ピンポイント着陸” を目指している。

“ピンポイント着陸”に必要となる技術は、「画像照合航法 (vision-based navigation)」と「自律的な航法誘導制御 (autonomous image-based system)」である。

月周回衛星「かぐや」(SELENE)等で撮影した月面画像で作成した地図と、SLIMに搭載した航法カメラで撮影した画像を照合しながら、SLIM自身で位置を推定して着陸地点を決め、危険な岩石など障害物を避けて着地する。この技術が立証されれば、NASAが主唱し2025年に予定している有人月着陸「アルテミス(Artemis)」計画に大きな技術的貢献をすることになる。2022年12月、日本は「アルテミス」計画に参加を表明、日米協定で月面有人着陸に日本人宇宙飛行士が参加することを決めている。

「SLIM」は月周回軌道を離れてから、垂直になりメインエンジン2本を月面に向け噴射しながら速度を落とし降下するが、着陸直前には、機体を斜めに傾け横向きになり5本の着陸用脚で月面にゆっくりと着地する。

小型月着陸実証機「SLIM」は質量730 kg、このうち推進薬/燃料は約500 kg、従って本体は僅か200 kgの超軽量で、これまで月着陸に成功した各国着陸船の半分以下の重さである。

この中にメインエンジン2本、姿勢制御スラスター12本、カメラ、レーダー、通信機器、計算機電源システム等、それに月面を探査する「LEV-1」と「SORA-Q (LEV-2)」の2機の超小型探査ロボットを搭載している。これら2機は「SLIM」着陸直前に分離され、月面の画像撮影などを行う。

図7:(JAXA) 小型月着陸実証機「SLIM」の外観。「着陸レーダーアンテナ」は、NASAが「laser retroreflector array/レーザー・反射アレイ」として供与したものを装備している。

図8:( JAXA)「SLIM」の月面着陸方法、接地直前にスラスターで姿勢を横向きに変え、着陸脚を月面に向けて着地する。

図9:(JAXA)着陸地点を探して月周回飛行をする小型月着陸実証機「SLIM」の想像図。メインエンジン2本を噴射しながら飛行している。

図10:( JAXA)着陸地点に向けて降下中の「SLIM」の想像図。左の”M”字型棒の交点には着陸用脚5個がある。「SLIM」は月の「神酒の海(Sea Mare Nectaris)」にある「しおり(Shiori)」と名付けた小さなクレーターの近くの斜面に着陸する。

図11:(JAXA、タカラトミー)「SLIM」は着地寸前の高度1.8 mで、月面探査機「LEV-1」と「LEV-2 /SORA-Q」を分離してから着地する。「LEV-1」は、東京農大・中央大が開発した質量2.1 kgのロボット、月面を飛び跳ねながら移動する。機体にはカメラ、加速度計、地球との通信装置、を備え「LEV-2/SORA-Q」からの通信を地球に向け中継をする。

図12:(JAXA)「SLIM」の着陸は図のように横向きでするので斜面でも安全に着陸可能。

図13:(JAXA、タカラトミー、ソニー、同志社大)「SLIM」に搭載されている変形型月面ロボット「SORA-Q (LEV-2)」、この形で月面を走行する。野球ボールよりやや大きいが両手で持てるサイズ。着陸後ボール状の球体が左右に割れ、2個の半球がそれぞれ車輪となり走行する。その間からカメラが現れ撮影して地球に送信する。バッテリー駆動だが再充電はできず数日で役目を終える。

X線分光撮像衛星「XRISM」

「XRISM (X-ray Imaging and Spectroscopy Mission)」衛星は、次世代型X線分光撮像装置を備えた宇宙望遠鏡で、X線を通して見る宇宙を天文学者に伝える革命的な望遠鏡である。

JAXAが主導してNASAが協力し、これにESA(ヨーロッパ宇宙機構)が参画する形で開発された。

NASAのXRISM担当主席リチャード・ケリー(Rchard Kelley)氏は「XRISMの観測データで、超新星爆発から出る超高速粒子や銀河中心にある巨大ブラックホールから噴き出す光速に近いジェットの研究が進むことになる。さらに宇宙観測でこれまで予期しなかった新しい発見が期待できる」と語っている

XRISMの観測で、恒星や銀河中心から出るプラズマを撮影し、銀河中心の巨大なブラックホールが銀河の構造を形成する上での役割を調べる。

「XRIMS」は400~12,000電子ボルト(eV=electron volts)の範囲の測定ができる。この測定範囲は、人間が目で感じるのは2~3電子ボルトの範囲なのに比べると、格段に広範囲の受感能力を備えている。この受感範囲で、宇宙の最も高温の区域、巨大構造、最強の磁場、などからの新しい情報が期待できる。

「XRISM」には、「X線望遠鏡 ( XMA)」と「X線マイクロカロリメータ (Resolve)」および「X線CCDカメラ (Xtend)」の2つの計測装置が付いている。これら2つの装置は、NASAゴダード(Goddard)スペース・フライト・センターが開発・製造した「X線望遠鏡」すなわち「XMA (X-ray Mirror Assembly)」の焦点に設置されている。

  • 「X線マイクロカロリメータ (Resolve)」:JAXAとNASAが共同開発した分光計(spectrometer)で、X線を「Resolve」の6 x 6素子の検知器で受感すると、僅かなX線エネルギーによる温度上昇を測定できる。これでX線を発射している物体(恒星・ブラックホール・銀河など)の組成・動き・状態を知ることができる。微小な温度変化を検知するために、「Resolve」は絶対零度近く(-273.1度)に保持しなくてはならない。このため装置は液体ヘリウムのタンク(冷蔵庫サイズ)の中に収めて作動させる。これには以前打上げたX線探査機「すざく」や「「ひとみ」の経験が役立っている。
  • 「X線CCDカメラ (Xtend):JAXAが開発した装置。これまで打上げたX線望遠鏡に比べはるかに広い範囲の観測ができる。一度に観測できる範囲は満月の広さの1.6倍にもなる。この情報を使い「Resolve」で精密測定をする対象物体を決める。
  • 「X線望遠鏡」すなわち「XMA (X-ray Mirror Assembly)」:X線の波長は極めて短いので(0.2 μm以下)、可視光線、赤外線、紫外線望遠鏡等が使っている普通の凹面鏡は使えない。このため「X線望遠鏡/XMA」は、正確に成形されたアルミ合金製のシェル/鏡を3,200枚以上用意して、それ等を精密に並べ4分割にして全体を凹面鏡に仕上げている。

「XRISM」は、地球周回の高度550 km付近の低軌道(LEO)に打上げられ、少なくとも3年間は運用される。これから初期機能確認運用期間へ移行し約3ヶ月をかけて、搭載機器の機能確認、調整に費やされる予定。その間に「X線マイクロカロリメータ (Resolve)」は運用可能な絶対零度近くまで冷却される。ゴダードの宇宙物理学者Mihoko Yukita氏は「世界中の研究者たちはXRISMの先端的な観測成果を研究に使える日を待っている」と話している。

X線宇宙望遠鏡は、これまでにNASAの「チャンドラ 望遠鏡(Candra X-Ray Observatory)」やESAの「XMM-ニュートン(XMM-Newton)」、が199年に打上げられ、またNASAの「ニュースター(NuSTAR)」が2012年に打上げられている。「XRISM」はこれら成果を補完するだけでなく、はるかに凌駕するX線情報を獲得する望遠鏡である。

図14:(JAXA) 「XRISM (X-ray Imaging and Spectroscopy Mission)」衛星の外観想像図。日本電気/NECが全体の取りまとめを担当した。全長7.9 m、最大直径3.1 m、重量2.3 ton。

図15:(JAXA) 「XRISM (X-ray Imaging and Spectroscopy Mission)」衛星の概要。「X線望遠鏡」・「XMA (X-ray Mirror Assembly)」、「X線マイクロカロリメータ (Resolve)」、「X線CCDカメラ (Xtend)、の位置を示す。低地球周回軌道・高度550 km +/-50 km、傾斜角31度、の軌道上を周期96分で周回する。

図16:(JAXA)電磁波とその中の「X線」の関係を示す図。上から順に;―

「地球の大気を通過できるか?」:「X線」波長2~0.1 nmは、「ガンマ線」波長0.1~0.01 nmや「紫外線」波長400~2 nm、などと共に大気を透過できない。

「電磁波の種類(波長 m)と「波長のおよその大きさ」:「電波」波長100 m~50 cm、から「マイクロ波」波長50~1 cm、「赤外線」波長1 cm~10 μm、「紫外線」波長は分子レベル、「 X線」波長は原子レベル、と続く。

最下段「その波長の光を強く発している物体の温度」(絶対温度と摂氏で表示):「赤外線」は100 K/-173度、「可視光」は10,000 K/9,727度、「X線」は10,000,000 K/10,000,000 度。すなわち「100万度から1億度の天体が「X線」を放射している」と説明している。

図17:(NASA/Taylor Michal) 4分割になっている「XRISM」の主鏡。正確に成型されたアルミ合金製の鏡・約3,200枚を正しく配列し、主鏡を構成している。

終わりに

我国では「H-2A」ロケット本体の打上げ成功に焦点を当て報道されていたが、外電は打ち上げロケットの成功は当然として扱い、それよりも小型月着陸実証機「SLIM (Smart Lander for Investigating Moon) 」およびX線分光撮像衛星「XRISM (X-ray Imaging and Spectroscopy Mission)」が予定軌道に投入され、それぞれが数ヶ月後に活動開始を予定すると言う点に重きを置いて報道している。考えれば正にその通りで、現在では打上げロケットの成功は当然、それよりも軌道に乗せた衛星の性能を解説するのが宇宙先進国の報道のありようだ。

半年後に「SLIM」と「XRISM」両衛星が期待通りの活躍を始めてくれること願いたい。

―以上―

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

  • NASA News Aug 25, 2023 “JAXA, NASA XRISM Mission Ready for Liftoff” By Jeanette Kazmierczak
  • Japan Times Sept 07,2023 “In new space race, Japan ups ante with launch of two key missions” by Gabriel Dominguez
  • Space Com 2023-09-07 “Japan launches SLIM moon lander, XRISM X-ray telescope on space doubleheader” by Mike Wall
  • JAXA August 24, 2023 “魔の20分?:S LIMが挑む、月面への高精度ピンポイント着陸” by Elizabeth Tasker/磯部真純
  • Reuters 2023年9月7日”H2A打ち上げ成功、年末ごろ月に探査機到達、観測衛星も搭載”by Maki Shiraki, Nobuhiro Kubo
  • Sorae “H-IIAロケット47号機は9月7日に打ち上げへ、JAXAの「XRISM」「SLIM」を搭載“