中国、台湾新総統就任の数日後に台湾周辺で大規模軍事演習


2024-5-30(令和6年) 松尾芳郎

2024-5-31改定(誤字の修正等)

図1:(Taiwan Coast Guard/via AFP-JIJI)5月23日、台湾北西部沖合の小島“Pengjia Island /彭佳嶼”近海に侵入した中国海軍フリゲート江凱II型(054A型)「益陽(548)」排水量4,000 ton、同型艦は35隻あり50隻に向け増強中。

中国は5月23日“分離主義者に対する強い警告”をするためと称し、台湾周辺で2日間にわたる大規模な軍事演習を実施した。演習は台湾周辺の5箇所の海空域と中国本土に近い台湾が領有する4ヶ所の島嶼周辺で行われた。5月20日の頼清徳氏の台湾新総統就任演説で、「台湾は中国に従属するつもりはない、共存発展を目指すべき間柄だ」と述べたことに対する懲罰の意を込めた軍事演習、としている。

(China on May 23 started two-days of large scale military drills involving mock strikes around Taiwan. What China said was a strong punishment for separatist acts. The military exercises, conducted in five areas around Taiwan and four spots near Taiwanese controlled islands near the Chinese mainland, came just a few days after inauguration speech by new president Lai Ching-te, who states “Taiwan will not be subordinate to China, but cooperate together for future growth”. )

図2:(BBC News)中国軍が5月23日・24日に演習を行なった区域(薄緑色)を示す。台湾周囲の5ヶ所と中国本土に近い島嶼4ヶ所で行われた。同様の演習は2022年8月にも行われた(赤色)、この時は短距離弾道ミサイルが我国EEZに着弾した。我国の与那国島には陸自沿岸監視隊が常駐、西表島のすぐ東隣の石垣島には陸自対艦・対空ミサイル部隊が駐屯している。澎湖諸島は台湾の西50 kmにある90の島嶼、台湾の施政下にある。

中国軍の演習展開

中国軍東部戦区の報道官は、今回の台湾包囲演習は中国軍の陸・海・空およびロケット軍を含む4軍の統合演習で「Joint Sword 2024A(連合利剣 2024A)」と名付け、2日間にわたって実施する、と述べた。演習区域は台湾周辺5ヶ所の区域と中国大陸に接近する台湾支配の金門島、烏坵、馬祖島、東引島、各島の周辺である。

中国軍は、参加した戦闘機・数10機に実弾ミサイルを搭載し、参加艦艇と共に目標に対し模擬攻撃を行った。

台湾国防部(国防省)によると、23日、24日、25日早朝までに、台湾周辺の海空域で中国軍機62機、海軍艦艇27隻、海警局艦艇7隻が活動しているのを確認した。確認された中国空軍機はSu-30戦闘機、J-16戦闘機およびH-6爆撃機など。演習終了後の26日から27に掛けても21機が飛来、そのうち10機が台湾海峡中間線を超え台湾に近付いた。しかし米国第5世代戦闘機F-22ラプターの対抗するJ-20は参加していない。

中国軍の報道官は次のように言明した。「この演習は、台湾の独立を主張する頼精徳新総統・分離派政治勢力と、これを外部から支援するアメリカと日本に対する強力な罰を込めたものである。台湾は、中国の一つの省に過ぎず、将来についての交渉の余地は全く存在せず、必要があればいつでも台湾を武力で編入できる。」

中国軍の演習に加えて、中国海警局の艦艇も烏坵島および東引島の領海内に侵入、中国海軍の支援活動を行なった。

中国軍は2022年8月に米国のペロシ下院議長が台湾を訪問した際にも、台湾を包囲する形で大規模な軍事演習を実施している。

台湾軍の対応

台湾国防部は演習を強く非難し、地域の平和と安定を破壊する野蛮な行為だ、台湾軍は直ちに必要な対応処置をとっている、我々は戦争は欲しないが必要な準備を整えている、と述べた。

台湾軍は「突発的状況処理規定」を発動、陸海空軍が臨戦体制に移行、空軍のミラージュ2000-5D戦闘機、F-16戦闘機、F-CK戦闘機(国産)などが緊急発進し、中国軍機の領空侵犯を阻止した。

ミラージュ2000戦闘機は新竹南寮飛行場に54機、 F-16戦闘機は嘉義飛行場・花蓮飛行場に140機、F-CK戦闘機は台中清泉崗基地および台南基地に127機が、それぞれ配備されている。米国製のF-16はBlock20でやや旧式だが、2021年末から米政府の支援で最新型のF-16Vへのアップグレードがスタートしている。

台湾海軍の艦艇と陸上ミサイル発射組織“海鋒大隊”には、「雄風III型」超音速対艦ミサイルを実戦配備し不測の事態に備えた。「雄風III型」は弾頭炸薬225 kg、マッハ2.5以上の速度で飛行、400 kmの有効射程を持つ。これで台湾海峡中間線を越えて来襲する中国艦艇に睨みを効かした。

図3:(台湾空軍)新竹空軍基地を離陸する台湾空軍のミラージュ(Mirage)2000戦闘機。フランス・ダッソー(Dassault Aviation)社製のマルチロール戦闘機で無尾翼デルタ翼単発機、1984年からフランス空軍と8カ国が採用、合計600機が生産されている。エンジンはスネクマM53一軸式ターボファン、推力はそれぞれアフタバーナー時95 kN、ドライ時64 kN。

図4:(台湾国防部)「雄風III型」超音速対艦ミサイル“陸射型雄風三型反艦飛弾”の発射時の様子。ミサイル本体は直径46 cm、全長6.1 m、弾頭炸薬225 kg、射程400 km、推進はラムジェット/固体燃料ロケット、誘導は慣性誘導でターミナル段階でXバンド・レーダー・ホーミングになる。速度はマッハ2.5以上。2005年から配備され数百発が備蓄されている。

米国と日本の対応

米軍は5月20日の頼清徳新総統就任式に伴う中国軍の動きを予測し対処策を実施してきた。すなわち、4月には米本土から嘉手納基地にF-22戦闘機22機を移駐させ、事前の5月中旬に我国航空自衛隊と東シナ海・西太平洋空域で大規模演習を実施した。また米海軍用洋上監視・無人偵察機MQ-4Cトライトン(Triton)2機を嘉手納基地に5月20日から10月まで派遣、中国軍の動きを監視・牽制する任務につけている。

米空軍と空自の共同訓練は中国軍の5月23日・24日の台湾威圧演習に先駆け、牽制する目的で5月15日から17日の間沖縄県の周辺空域(東シナ海・日太平洋)で実施された。参加したのは;―

空自:那覇基地第9航空団所属のF-15J戦闘機18機、浜松基地警戒航空団所属のE-767早期警戒管制機2機、および那覇基地に司令部を置く南西航空警戒管制団(レーダー基地)。

米軍:F-22戦闘機約10機、F-16戦闘機約10機、F-15C戦闘機約10機、KC-135空中給油機3機、およびE-3早期警戒管制機1機。

これらを合計すると戦闘機が約50機、早期警戒管制機が3機、空中給油機が3機、で55機以上の陣容で演習が行われた。これだけの作戦機が結集して訓練をするのは珍しい。中国軍の動きを察知、警告する意味があったと推測できる。

図5:(航空自衛隊/乗り物ニュース)5月15日-17日の日米空軍大規模演習に参加するため那覇基地内の道路上に駐機する空自第9航空団所属の F-15J戦闘機群。2018年12月の「中期防衛力整備計画」で、F-15J(単座機)68機を対象としてF-15EXの機能を組み込む改修が決定、現在実施中である。これは[JSI=Japanese Super Interceptor]改修と呼ばれ、APG 82(V)AESAレーダー、ADCP IIミッション・コンピューター、ALQ-250 [EPAWSS]統合電子戦システム、などが搭載される。

図6:(U.S. Air force photo by Tech Sgt. Shane A. Cuomo)今年4月末にバージニア州ラングレイ空軍基地(Langley AFB, Virginia)から12,000km離れた沖縄県嘉手納空軍基地に到着した米空軍第5世代ステルス戦闘機F-22ラプター22機。これらは、戦闘航空軍(Air Combat Command)隷下の第1戦闘航空団(1st Fighter Wing)・第27戦闘機隊(27th Fighter Squadron)所属の機体で長距離飛行のため両翼下面に外装タンクを装着している。

F-22Aの概要

乗員1名、全長18.9 m、翼幅13.6 m、高さ5.1 m、自重19.7 ton、離陸重量29.4 ton、最大離陸重量38 ton、機内燃料タンク8,200 kg、外装タンク2個を含む場合12,000 kg。エンジンはPratt & Whitney F119-PW-100ターボファン・ドライ推力26,000 lbs/アフタバーナー時推力35,000 lbsが2基、いずれも推力偏向ノズル付き。

最大速度マッハ2.25、超音速巡航速度マッハ1.82、外装タンク2個装備での航続距離は3,000 km、戦闘行動半径は850 km。

兵装は、20 mm M61A2 Vulcan Rotary cannon 1門、内部兵倉庫にAIM-120C/D AMRAAM/中射程空対空ミサイル6基、450 kg JDAM/精密対地誘導爆弾2発、などを装備できる。翼下面にはハードポイントが4箇所があり、外装タンク・空対空ミサイルなどを装備可能。

レーダーはAN/APG-77 AESAで、探知距離は240 km~400 m。またradar warning receiver(RWR)としてAN/ALR-94 electronic warfare systemを搭載、敵レーダーからの照射を460 kmの距離で感知できる。

図7:嘉手納基地上空を飛ぶ第27戦闘航空隊(27th Fighter Squadron)所属のF-22 Raptor。Lockheed Martin製で1996-2011の間、試作機8機を含め195機が製造された。現在183機が[戦闘航空軍(Air Combat Command)](Langley, Virginia / Holloman, New Mexico / Eglin, Florida / Nellis, Nevada / Tyndall, Florida)および[太平洋空軍(Pacific Air Force)](Elmendorf, Alaska / Hickam, Hawaii)それと[エア・ナショナルガード(Air National Guard)](Hickam, Hawaii / Langley, Virginia)に配備されている。

図8:(US Navy/Northrop Grumman)ノースロップ・グラマン製MQ-4Cトライトンは高高度を長時間飛行できる米海軍向けの洋上無人偵察機。「広域洋上偵察機 (BAMS= Broad Area Maritime Surveillance)」と呼ばれる。空軍/空自が採用したRQ-4グローバル・ホークを海軍の要件で改良し、2018年から配備開始、米海軍は30機を入手済み、合計68機配備を予定。現在VUP-19 : フロリダ州ジャクソンビル海軍基地とVX-20 . メリーランド州パチュージェント・リバー海軍基地に配備されている。VUP-19部隊から2機が2020年からグアム島アンダーセン空軍基地に移駐、今回これが嘉手納基地に展開した。MQ-4Cは、地上基地操縦室で4名が操作、長さ14.5 m、翼幅39.9 m、離陸重量14.6 ton、エンジンはRR製AE3007ターボファン推力約8,000 lbs、速度550 km/hr、航続時間30時間、飛行高度17,000 m。

日米合同演習「バリアント・シールド」

米軍主催の「バリアント・シールド(Valiant Shield)」演習に我国自衛隊が初めて本格的に参加する。この演習は中国が5月下旬台湾に対し実施した威嚇演習「Joint Sword 2024A(連合利剣 2024A)」に対抗して、6月7日~18日の間実施される演習である。Stars & Stripes紙によると、この演習は太平洋で行う米国の演習としては最大で、日本自衛隊の参加でその規模は一層大規模になった。

日本からの参加は、陸海空3自衛隊から将兵約4,000名、艦艇8隻、航空機60機となる。米軍からの参加規模はまだ発表されていない。しかし前回(2022年)の演習では、将兵13,000名、「ロナルド・レーガン(USS Ronald Reagan)」、「アブラハム・リンカーン(USS Abraham Lincoln)」の二つの空母打撃群、強襲揚陸艦「トリポリ(USS Tripoli)」、第1及び第3海兵遠征軍(I and III Marine Expeditionary Force)、グアム島の第36航空団(the 36th Wing)、海軍艦艇15隻、航空機200機以上が参加している。今回の演習では、これと同程度か大きくなると思われる。

演習実施箇所は、日本国内の自衛隊施設として海自八戸航空基地、空自松島航空基地、硫黄島航空基地、等を含む。さらに在日米軍施設(横田空軍基地、横須賀海軍基地など)、我国周辺海空域、日本からフィリピン周辺に至る海空域、ハワイ・パールハーバー・ヒッカム統合基地(Joint Base Pearl Harbor Hickam, Hawaii)、グアム島アンダーセン空軍基地(Andersen Air Force Base, Guam)、また北マリアナ諸島(Northern Mariana Islands)、パラオ(Palau)付近の海空域で実施される。日米以外でも関心のある諸国からの参加が予想されている。

「バリアント・シールド」演習は、2年毎にグアム島周辺で行なう多国籍演習で、米軍と友好国軍の共同運用を向上させるための演習だった。今回は実弾射撃演習を含むことが決まっている。

木原防衛大臣は、「バリアント・シールド」は中国の「連合利剣 2024A」演習に対抗して行う演習だとは明言していないが、“中国の動きには重大な関心を持っており、今回の演習を通じて我国周辺での警戒、監視を一段と強化していく”と述べている。

日本政府の対応

日本政府を代表して林芳正官房長官は中国政府に対し「台湾問題は対話により平和的に解決されることを期待する。今回の中国側の演習に深い懸念を表明する」と語った。これに対し中国の呉江浩駐日大使は「日本が台湾分裂に加担すれば日本民衆は火の中に連れ込まれる」と発言した。中国外務省汪文武報道官は「これは完全に正当で必要な発言」と述べ「台湾問題は中国の核心的利益であり、これを妨害すれば必ず重い代償を支払うことになる」と強調した。

日中関係の安定に尽力すべき駐日大使が、日本を脅かす恐喝発言をしたことに対し、政府が抗議したのは当然である。ただし抗議の仕方が問題、当該大使を外務省に呼び付けて抗議したのではなく単なる課長レベルからの電話による抗議だった、政府の対中姿勢はいつも及び腰。駐中国大使を召喚するとか呉駐日大使を追放するとか、の強硬措置が望まれる。

台湾に隣接した我が国尖閣諸島(石垣市)周辺の領海・接続水域に侵入する中国海警局の艦艇は、昨年12月22日から今年5月30日まで160日連続となり、過去最長となった(第11管区海上保安本部発表)。

終わりに

米インド太平洋軍司令官「サミュエル・パパロ(Samuel Paparo)」海軍大将は、今年5月初めに前任の「ジョン・アキリーノ(John C. Aquilino)」海軍大将と交代オアフ島海兵隊[キャンプ・H.M.スミス]にある司令部に着任した。5月29日に首相官邸を表敬訪問、岸田総理と会談した。

そのあと日経新聞のインタビューに応じ、『中国が行った「連合利剣 2024A」演習は侵攻に向けたリハーサルのようだった』と述べ、日本を含む同盟国との抑止力強化を急ぐべし、と強調した。その上で「中国軍は驚くべきスピードで能力を構築し続けている」と付け加え、中国が台湾侵攻に踏み切るのは「今日、明日、来月、来年かもしれない。侵攻があっても同盟国が必ず勝つ」と断言した。そして日米同盟は「地球上で最も重要な同盟」で、日米の部隊連携は、戦術的な行動でほとんど区別がつかないレベルに向上している、と評価した。

パパロ海軍大将は、トップガンで知られる海軍戦闘機兵器学校[US Navy Fighter Weapons School・NFWS]を卒業、戦闘機パイロットを経て太平洋艦隊司令官などを歴任している。

―以上―