NASA電動航空機計画 /「マグニクス」のダッシュ7改造機



2024-6-30(令和6年)松尾芳郎

図1:(NASA)NASA電動航空機計画( EPFD)に参加、ハイブリッド電動推進システムを搭載するmagniX製「ダッシュ7」(上)とGE Aviation製「サーブ340B」(下)の想像図。

NASAの「Electrical Powertrain Flight Demonstration (EPFD)(電動航空機飛行実証)」プロジェクトは、ハイブリッド電動航空機の実用化を目指す計画。別途NASAでは「Integrated Aviation System Program (IASP)」(統合推進システム)で取組み中の出力MW(メガワット)級の推進システムの完成を急いでいる。EPFDは、このエンジンを使う最大180席の単通路旅客機の実証飛行試験を目指している。EPFDでマグニクス、GEの2社を選定、既存の航空機に新しい電動推進装置(EPU)を取付け2025年頃に実証試験を行い、2030~2035年の民間機に導入を考えている。

(NASA’s Electric Powertrain Flight Demonstration (EPFD) project focuses advancing the future of aviation by introducing hybrid electric flight into a reality. Under NASA’s Integrated Aviation Systems Program (IASP), EPFD is accelerating the transition of megawatt (MW)-class powertrains to narrow body airliner carrying up to 180 passengers. EPFD contracted two companies, GE Aviation and magniX, who will conduct flight test of hybrid electric propulsion systems using existing testbed aircraft. Aiming to complete at least two demonstrations around 2025, and introduce the new systems by 2030~2035 in commercial airliner. )

magniX.aero ;

「マグニクス」のルーツは2005年にオーストラリア・ゴールドコーストで創業したガイナ・エナジー(Guina Energy)社、これが2017年にワシントン州エベレット(Everett, Washington)に移転、「マグニクス・エアロ(magniX Aero)」となった。2019年12月にはDHC-2デハビランド・ビーバー(de Havilland Beaver)水上機を自社開発の電動モーター・エンジン(EPU)付きに改修し、バンクーバーで初飛行した。これが「eBeaver」。6ヶ月後にはセスナ208Bキャラバンに同様改修をして飛ばしている。これには航空関係の試験、開発、証明取得の専門企業「エアロテック(AiroTEC)」社から協力を受けた。

そして今回は、電動モーター・エンジン(EPU)付きのダッシュ7(De Haviland Canada Dash 7)を使い飛行試験をする。「エア・テインデイ(Air tindi)」から機体提供を受け「エアロテック(AiroTEC)」の支援で改修作業と飛行試験を実施する。

GE Aviation;

オハイオ州シンシナチ(Cincinnati, Ohio)にあるGE Aviationは、サーブ(Saab) 340Bを使い、ボーイング(Boeing)、オーロラ・フライト・サイエンス(Aurora Flight Sciences)の協力を得て同社開発の電動推進システムを搭載・試験する。

電動モーター・エンジン(EPU)、NASA高空試験室で試験

NASAの「電動航空機試験室 (NEAT=NASA’s Electric Aircraft Testbed)」は高度27,500 feet (8,400 m)の条件下で試験する設備だが、これで「マグニクス」の電動推進システムの地上試験が行われた。試験は前述したNASA「Electrical Powertrain Flight Demonstration (EPFD)(電動航空機飛行実証)」プロジェクトに基づく一連の高空試験の最初の試験で今年4月に終了した。

試験室「NEAT」はオハイオ州サンダスキー(Sandusky, Ohio)にあるNASAの「ニール・アームストロング試験場(Neil Armstrong Test Facility)にある。

図2:(magniX and NASA’s NEAT) NASAの「電動航空機試験室 (NEAT)でmagniX 650電動エンジンの高空試験をするための準備作業中の様子。

航空機用の高出力電動エンジンは高電圧下で作動している。これが地上から高高度に上昇することで、気圧の急低下・気温の急低下に晒される。これら運転環境の変化で予想外の問題が生じることがあり、これを事前に把握するためこのような試験が必要になる。

試験では、システムの絶縁性能を調べるための部分的な漏電テストをしたり、最も安全で効率の良い熱伝達システムを探求する。

マグニクス社では、現在50席級リージョナル旅客機「ダッシュ7」に新開発のハイブリッド電動推進装置(EPU)を取付ける改修を行なっている。

同社は、改修を前に「ダッシュ7」の試験飛行を行い、基礎となるデータを収集した。2026年に予定する改修完了後の飛行試験で性能がどのくらい向上したかを調べるためだ。

図3:(magniX)マグニクスのDash 7、改修前にモーゼス・レイク(Moses Lake, Washington)で飛行試験を実施、基礎データを取得した(2024年4月)。

[NEAT]での次の地上試験は今年の夏に行われ、ここでは最高出力試験と高温度試験をする予定だ。これらの試験を通じて、将来の電動航空機に関わる標準や規則をどうするかの準備も行われる。

GE aviationも2022年にハイブリッド電動推進エンジンをNEAT試験室を使い試験を済ませている。

「ダッシュ7」;―

「ダッシュ7」は正式名称[de Havilland Canada DHC-7] でエンジンはPWC PT6A-50 ターボプロップ出力1,120 shpを4基、高翼50席級のSTOL性能を備えた旅客機。1978年就航開始1988年まで113機が製造された。

[de Havilland Canada]社は1986年にボーイングが買収したが翌年にボンバルデイア(Bombardier)に転売した。ボンバルデイアは2006年にバイキング・エア(Viking Air / Victoria, Canada)にDash 7の型式証明付きで売却、現在に至っている。

図4:「エア・テインデイ(Air Tindi)」のDash 7、バンクーバー(Vancouver)国際空港で撮影。同社はDash 7を5機とDHC-6 Twin Otterを6機など16機を運用する小規模の航空会社。本社はイエローナイフ(Yellowknife, Northwest Territories, Canada)にある。

「マグニクス」電動推進システム;―

「マグニクス」電動推進システムは、プロペラに動力を伝える[EPU=Electric Propulsion Unit](電動モーター)と電力を供給する[ESS=Energy Storage System](バッテリー)で構成される。その間に両者を結合する[PDF=Power Distribution Unit](配電装置)と[MADEC=Multi-zone Advanced Digital Engine Control](電動モーター制御装置・ジェットエンジンのFCU/燃料管制装置に相当)がある。

図5:(magniX Aero)マグニクスが開発中の「電動モーター」システムの概念図。右・サムソン製バッテリーSamson 300からの電力で左・電動モーターmagni 350/650を駆動、左端の駆動軸でプロペラを回す仕組み。

サムソン(Samson)300バッテリーはマグニクス社と共同で航空機用として安全性、信頼性、高エネルギー密度、高充放電サイクル寿命を目標として開発された。「マグニクス・サムソン (magniX Samson)」バッテリーと呼ばれる。これで今回のNASA試験[EPFD]だけでなくその他の電動飛行機への採用も視野に入れている。

「マグニクス・サムソン300 (magniX-Samson 300)」バッテリーの特徴;―

  • エネルギー密度は300 ワット時/kg (300 Wh/kg)で、これは実用バッテリーとしてはこれまでの最高レベル
  • バッテリーの充放電サイクルは1,000サイクルを超え、運航経費の節減に大きく寄与する
  • バッテリーの熱暴走を食い止めるセルの耐熱構造およびゼロ・チャージ状態での保管性能、いずれも特許を取得済み
  • 航空機の地上滞留時間を短くするため充電時間中は強制冷却をし、飛行中は空冷でバッテリーを冷やす
  • バッテリーには組込式「配電装置 PDX 800」が装着される
  • バッテリーはモジュール構造なので大型機にはモジュールの追加で対応可能、また不具合モジュールは簡単に交換可能

マグニクスのCEO、リード・マクドナルド(Reed Macdonald)氏は、次のように語っている。「サムソン・バッテリーの開発で、これからは完全に一体化された電動モーター・エンジンを顧客に提案できる。またエネルギー密度「400 Wh/kg」の開発にも取り組んでおり、これも間も無く実現しそうだ」。

サムソン300 (Samson 300)バッテリー;―

  • エネルギー密度は300 watt-hour/kg (300 Wh/kg)
  • 充放電繰り返しサイクル寿命は1,000時間以上
  • 熱暴走防止対策、長時間放電状態対策、を含む安全対策は特許承認済み
  • 配電装置「PDX800」はバッテリーに組込むため取り扱いが容易

図6:(Samson)サムソン社はドイツ・フランクフルトにあり、自動制御機器、計装システム、など計測制御分野の製品を提要する先進的サプライヤーである。創業は1907年、1916年に現在地に移転、15万m2の広大な敷地で活動中。

電動モーター(EPU)

2022年5月スイスのジュネーブ(Geneve, Switzerland)で行われたEBACE2022 (European Business Convention & Exhibition /欧州ビジネス機展示大会)で、マグニクス社は電動推進モーター(EPU=electric propulsion unit)を初公開した。

展示した電動推進モーター(EPU)は「マグニ500 (magni500)」で出力は560 KW、これは軸馬力750 SHPに相当する。

同社は実用機向けとして「magni350」と「magni650」の2種類を発表した。

「magni350」は350 kw/450 SHP、重さ112kg

「magni650」は640 kw/850 SHP、重さ220 kg

図7:(magniX aero/Skies Brent Bundy) EBACE 2022で展示された電動モーター「マグニ650 (magni 650)」エンジン、左端がプロペラ駆動軸、右の箱状は電源となるサムソン・バッテリー(配電装置内蔵)。

終わりに

「マグニクス」は2019年12月にデハビランド・ビーバー(de Havilland Canada Beaver)「DHC-2」水上機に「magni650」EPUを搭載、試験飛行に成功した。2024年4月には北米最大の水上機運航会社「ハーバー・エア(Harbour Air)から50機の購入覚書(LOI)を受領、2026年から納入する。

図8:「ハーバー・エア」のロゴを付けて飛ぶ「DHC-2」ビーバー機。同型機は1948年から使われ始め1,600機以上が製造された。乗員1名乗客6名を乗せ700 kmを飛ぶ。原型は車輪付き陸上機だがフロート付きもある。

これとは別に2023年3月には、双発旅客機デハビランド・ダッシュ8 (De Havilland Dash 8)機に「magni650」を搭載、試験飛行に成功している。

「マグニクス」はここれら実績を背景に同社の「magni電動エンジン」の販路拡大を目論んでいる。

―以上―

本稿作成の参考にした記事は次の通り。

  • NASA Glenn Research Center 2023-2-22 “Electrical Powertrain Flight Demonstration”
  • NASA April 19, 2024 “About Electrified Powortrain Flight Demonstration Project” by Lillian Gipson
  • MagniX News 22 May 2024 “Harbour Air Launches ePane Conversion Program with Bel-Air Aviation”
  • MagniX News 18 June 2024 “NASA, MagniX altitude Tests Lay Groundwork for Hybid Electric Planes” by Anisha Engineer
  • ManiX Launches Revolutionary Battery Product”
  • SKiES May 25, 2022 “Electric motor manufacturer  magniX set to conquer aviation market” by Brent Bundy
  • SKiES Magazine November 28, 2023 “magniX electric propulsion unit undergoes testing at NASA facility as part of Dash 7 retrofit” by Brent Bundy
  • General Aviation News June 27, 2024 “Aviation battery line introduced”