三菱電機、レイセオンと共同で[SPY-6]レーダーを米海軍に供給


2024-8-18 (令和6年) 松尾芳郎

三菱電機は米国のレイセオン(RTX )と、米海軍向けSPY-6(V)レーダー部品を供給する契約を締結した。これで三菱電機は米海軍向け装備品のサプライチェーンに参入することになる。三菱電機はこれまでも多くの分野でレイセオンと協力関係にあったが、今回の契約でさらに発展することになる。

(Mitsubishi Electric has engaged with Raytheon, an RTX business unit, to supply components for the SPY-6(V) radar for U.S. Navy vessels. The contract between two will enable Mitsubishi to begin preparations for making SPY-6(V) components to supply the U.S. Navy. Mitsubishi will participate in the U.S. Navy’s equipment supply chain business in the future.)

図1:(Raytheon Missile & Defense) RTXの系列企業「レイセオン・ミサイル&デフェンス」社の工場、[SPY-6]レーダーの製造の様子。右がミサイル駆逐艦用[SPY-6]のアンテナ面で直径は4.3 m。左がアンテナ面の背後に取付ける37個のモジュール[RMA](Radar Module Assembly)。

提携相手[RTX] は米国東海岸バージニア州アーリントン (Arlington, Virginia)に本社を置く。主要子会社は「コリンズ・エアロスペース(Collins Aerospace)」、「プラット&ホイットニー (Pratt & Whitney)」、「レイセオン(Raytheon)」の3社。この内「レイセオン」には、「レイセオン・インテリジェンス&スペース(Raytheon Intelligence & Space)」と「レイセオン・ミサイル&デフェンス (Raytheon Missile & Defense)」の2つの会社がある。

今回三菱電機が[SPY-6]レーダー部品供与で締結したのは[レイセオン(Raytheon)]社でその中の「レイセオン・ミサイル&デフェンス (Raytheon Missile & Defense)」社が実務を担当している。

「レイセオン・ミサイル&デフェンス」社は2024年7月11日に米海軍から次期艦艇用に[SPY-6]レーダーを6億5,100万ドルで受注した(6億7,700万ドルとする報道もある)。アリゾナ州タクソン(Tucson, Arizona)にあり、精密兵器、レーダー、AIM-120 AMRAAM空対空ミサイル、BGM-109トマホーク巡航ミサイルなどを製造している。

[SPY-6(V)]は同社が製造する最新鋭レーダーで、多様な脅威、つまり弾道ミサイル・巡航ミサイル・航空機や艦艇からの攻撃・さらには電子戦に対処するため、今後10年間で米海軍艦艇65隻に搭載される予定である。現在ミサイル駆逐艦などが使用中の[SPY-1D]対空レーダーおよび[SPQ-9B]対水上レーダーよりも、探知距離が大幅に拡大し(30倍)識別機能が向上している。最大探知距離は1,000 km以上と言われる。また艦艇に搭載する[SM-3]弾道ミサイル迎撃ミサイルや[SM-6]巡航ミサイル迎撃ミサイルに瞬時に正確な標的情報を提供、これら迎撃ミサイルの性能を一段と高める。

[SPY-6(V)]レーダーは取付け艦艇に対応して4種類あるが、どのタイプも同じハードウェアとソフトウェアを使用し、モジュール構造になっている。これは一辺61 cm (2 feet)の箱に収められ「レーダー・モジュラー・アッセンブリー(RMA=Radar Modular Assembly)」と呼ぶ装置となる。この60 cm角の箱、すなわち[RMA]は一つ一つが単体で作動するレーダーである。従って箱[RMA]の積み重ね数を変えるだけで多様な艦艇の要件に対応できる。

[SPY-6(V)1]は[RMA] 37個:米海軍最初のフライトIIIミサイル駆逐艦「ジャック・ルーカス(USS Jack J. Lucas / DDG-125)」に搭載された。今後フライトIII駆逐艦に順次搭載される。

[SPY-6(V)2]は[RMA] 9個の回転式:各種ミサイルなどの対空脅威の確認・追尾機能だけでなく、航空管制(Air Traffic Control)機能も持つので、アメリカ級強襲揚陸艦(America-class amphibious assault ship/LHA-8)、サンアントニオ級ドック式揚陸艦(San Antonio-class amphibious transport docks)に搭載される。

[SPY-6(V)3]は[RMA] 9個:原子力空母「ジョン F ケネデイ(USS John F. Kennedy /CVN-79)」、「ジェラルドR.フォード(Gerald R. Ford)」級に搭載中。また2026年から就役が始まる「コンステレーション(Constellation)」級フリゲート(排水量7,000 ton) 20隻にも搭載予定。

[(V)3]、[(V)2]ともに、現在ミサイル駆逐艦に搭載中の[SPY-1D(V)]レーダーと同等の性能を持つ。

[SPY-6(V)4]は[RMA] 24個:アーレイバーク級フライトIIAに装備予定。

図2:(Naval News) [SPY-6(V)]レーダー系列を示す。[(V)4]モデルは入っていないが[RMA]24個で4面構成となるので[(V)1]に準ずる。

図3:(Naval News) [SPY-6(V)1]は、2023年11月に就役したアーレイバーク級ミサイル駆逐艦フライトIII「ジャック・ルーカス(USS Jack J. Lucas / DDG-125)」に搭載されたのが最初。 [RMA] 37個で構成するユニットが艦橋4面に取付けられている(薄緑色)。同級艦フライトIIAには{RMA}24個の[SPY-6(V)4]が搭載される。

アーレイバーク級(Arleigh Burke class)ミサイル駆逐艦について簡単に述べる。

対弾道ミサイル防衛(BMD)、対空戦闘、対潜水艦戦闘、対水上艦戦闘を遂行する多機能艦で、いわゆるイージス艦である。Mk-41 VLS(ミサイル垂直発射装置)を備え、目標を探知、識別、追尾する多機能レーダー・システムとしてこれまでは[SPY-1]系列、数年前から[SPY-6]系列が搭載されている。1988年からこれまでに73隻が建造され、11隻が建造中、8隻が発注中となっている。逐次改良され、初期のフライトI (21隻)からフライトII (7隻)、フライトIIA (47隻)、そしてフライトIIIの建造が進行中である。改良とともに満載排水量はフライトIの8,400 tonからフライトIIAおよびIIIの9,700 tonに大型化している。

図4:(Naval News) 原子力空母「ジョン F ケネデイ(USS John F. Kennedy /CVN-79)」の艦橋3面には[SPY-6(V)3]ユニットが取付く。[(V)2]と[(V)3]は共に[RMA] 9個で構成される。[(V)2]は回転式ユニットで、サンアントニオ(San Antonio)級ドック式揚陸艦「リチャードMマクール Jr.(USS Richard M. McCool Jr. /LPD-29)」25,000 ton (2024年4月就役)に搭載されたのが最初、つまり[SPY-6(V)]搭載艦としては「ジャック・ルーカス」ミサイル駆逐艦に次いでこれが2隻目となる。

[SPY-6]レーダー・システムの構成

[SPY-6]レーダーは、SバンドとXバンドの2種類のレーダーと、全体を制御する「レーダー・スイート・コントローラー(RSC=radar suite controller)」で構成される。

[S]バンドレーダーは[AMDR-S ](Air and Missile Defense Radar-S)と呼ばれ、多数のミサイルなど遠距離から飛来する飛翔体の探知・追跡・分類と迎撃ミサイルとの通信を担当する。

[X]バンドレーダーは[AMDR-X]と呼び、水平線圏内に入った飛翔体の精密追跡・潜望鏡の捕捉追尾・迎撃ミサイルとの通信・ターミナル段階に入った目標の照射、が任務となる。

[S]バンドレーダー[AMDR-S]は、窒化ガリウム[GaN]素子で作る送受信ユニット(T/R unit) 6個を組み入れた電子基板[TRIMM] (Transmit Receive Integrated Multi-channel Module)24枚を内蔵する箱( 6 ft x 6 ft x 6 ft)になっている。この箱が[RMA] (Radar Module Assembly)でこれが[SPY-6]の構成単位になっている。

図5:(Naval News) 「レーダー・モジュラー・アッセンブリー (RMA=Radar Modular Assembly)」の中身。[TRIMM]と呼ぶ[GaN]素子製のT/R電子回路24枚が組み込まれ、単体でAESAレーダーとして機能する。SPY-6(V)1は37個のRMAで構成する(写真右側)。

送受信素子(T/R unit)には「窒化ガリウム(GaN=Garum Nitride)」素子製の集積回路を使い、従来のイージス艦用SPY1D(V)レーダー(GaAs素子使用)に比べ感度が桁違い(30倍)に向上している。

世界で最初に[GaN]半導体集積回路付きAESAレーダー[FCS-3A]を搭載したのは、海自護衛艦「あきずき/DD 115」・基準排水量5000ton(2012年就役)。以後の5,000 ton級以上の海自新造艦に多く搭載されている。

三菱電機はGaN半導体技術開発に10数年の経験があり、最近では舶用レーダーに使う10 GHz帯に対応するGaN高周波デバイスの開発に成功している。

図6:(三菱電機)三菱電機はGaN素子の製造から船舶用レーダー製作まで一貫生産する。

図7:(Naval News) 9個のRMAで構成するSPY-6(V)2回転式レーダー、同じRMA 9個の固定式レーダーはSPY-6(V)3と呼ばれる。

図8:(Naval News) RMA 37個で構成するSPY-6(V)1レーダーの模型。アーレイバーク級ミサイル駆逐艦フライトIIIに装着される。フライトIIAにはRMAを24個にしたSPY-6(V)4が使われる。

終わりに

Sバンド、Xバンドについての説明や、GaN半導体技術、その適用例などについては

「TokyoExpress 2018-7-16 “イージス艦用レーダー、日米が共同開発へーレーダー技術進歩の歴史―“」に説明してあるので再読をお勧めする。

三菱電機が米海軍の最重点探知装備[SPY-6]系列レーダーの装備に協力しているのは、同社が積み上げてきた[GaN]素子に関わる技術力によるものである。どの範囲まで日本で製造するのか発表されていないので不明だが、単なる「GaN」素子単体の供給から[RMA] ボックスの製造に至る広い範囲が考えられる。

[GaN]素子電子回路を安定的に量産できる技術のあるのは米国と日本のみであることが今回の契約の背景にある。

―以上―

本考査育成の参考にした記事は次の通り。

  • Naval Today.com July 24, 2024 “Mitsubishi Electric, Raytheon partner on SPY-6 radar for US Navy” by Ftima Bahtic
  • U.S. Navy “Destroyers (DDG 51)
  • 三菱電機ニュースリリース2024-6-28 “米国レイセオンと戦闘機搭載レーダーの修理請負に向けた試験的な契約を締結“(F-15戦闘機搭載のAPG-63(V)1のトランスミッター)
  • 三菱電機ニュースリリース2024-7-24 “米レイセオンと米海軍向け艦艇搭載レーダーに関わる供給契約を締結”
  • 産経新聞2024-7-24“三菱電機、米海軍に最新鋭レーダーの部品供給へ、艦艇65席に搭載、日米の安保強化狙う”
  • Raytheon News Release “米海軍のSPY-6レーダー・シリーズ”
  • TokyoExpress 2018-7-16 “イージス艦用レーダー、日米が共同開発へーレーダー技術進歩の歴史―“