令和6(2024)年9月23日 鳥居徹夫 ( 元文部科学大臣秘書官 )
自民党総裁選挙は9月27日に実施され、新たな総裁が誕生し、ただちに国会では首班指名が行われ、岸田首相に代わる新しい首相が就任します。
自民党総裁選挙では9名が立候補しましたが、決選投票に残るのは小泉進次郎、石破茂、高市早苗から2名といわれています。
◆立憲民主党の代表選挙の結果が、小泉進次郎に逆風
自民党総裁選に先立ち9月23日に、立憲民主党の代表選挙があり、野田佳彦が選出されました。
新代表の野田佳彦で、最もダメージを受けるのは小泉進次郎候補ではないかと思われます。
野田佳彦は論戦力に定評があり、また二世議員の選挙区指定席の私物化などの弊害を強く主張しています。小泉進次郎の中見のないポエムでは太刀打ちできないことは想定内です。
その小泉進次郎氏が自民党総裁選挙の決戦投票に勝ち残れないならば、最大の功労者が野田佳彦代表となります。
もっとも小泉進次郎は、とうてい決選投票には残れないとの見立てが強くありましたが、ましてや相手の野党第一党の党首が野田佳彦ですから、逆風に追い打ちをかけられたようなもの、と言っても過言ではないと思います。
小泉進次郎は、9月6日、自民党総裁選の出馬会見で、「解雇規制の見直し」として、「賃上げや人手不足とともに正規、非正規格差の同時解決」を主張しました。
小泉進次郎は出馬会見で「大企業で働く人には、いつでもリスキリングや学び直しの機会が与えられるよう、職業訓練制度を見直します。働く人は誰でも、新しい成長分野に移動できるよう、生活の安定を確保しつつ、リスキリングや学び直しが受けられる環境を整備します。」「企業にリスキリング・学び直しとその間の生活支援、再就職支援を義務付けることで、前向きに成長分野へ移ることのできる制度を構想したい。」と主張しました。
さらには「労働時間規制の緩和」、つまり残業時間規制を柔軟化することの検討にも言及しました。
総裁選候補者では小泉進次郎のほか河野太郎も「労働時間規制の緩和」などを打ち出しており、それはまさに「働き方改革」に逆行するものです。
今回の総裁選候補者は全員、5年前に施行された「働き方改革関連法」に、自らも自民党議員として賛成していました。
当時、野党は法案に(研究職対象の)高度プロフェッショナル制度が盛り込まれているとして「働き方改革関連法」に物理的抵抗を示しましたが、安倍内閣は十分すぎる審議の時間をかけて成立させました。
「働き方改革関連法」によって、時間外労働の上限規制の導入や年次有給休暇の5日の取得義務化、勤務間インターバル制度の導入などを柱とする労働時間に関する大きなルール改正が行われました。
◆雇用規制の見直しとは、中高年労働者の会社都合の指名解雇か
1990年代のバブル崩壊、当時の急激な円高や不況を受け、終身雇用や年功賃金を中心とする日本的雇用の見直しを求める主張が強くなり、かなり長期間、新卒者は就職氷河期でした。
とくに2004年に派遣労働が製造業にも拡大されたことが、雇用と生活が不安定な非正規労働者の急増を招きました。
雇用と生活が不安定なので、結婚して子供を持とうという意欲は男女とも失せてしまいますし、家や自動車のローンを組んで生活したいと思っても、将来不安からためらうこととなります。
そもそも雇用労働者の4割近くに非正規化を推し進めたのが「人材派遣の業種拡大」など「労働規制緩和」などによる、労働者の個人所得の抑制でした。
それが個人消費の低迷と内需の不振、産業活力の低下などを生じ、日本全体がデフレ経済に陥り、「失われた30年」を招いたことは、周知のとおりです。
当時、新自由主義の急先鋒の竹中平蔵は、朝まで生テレビで「正社員の既得権をなくせ」と豪語していました。
コストカット型の経済構造となり、国全体で労務費圧縮の経済活動を推し進めたことが、デフレを長期化させ深刻化を招きました。
非正規雇用の増大や女性労働、外国人労働の導入拡大などで賃金コストの圧縮をはかり、正規雇用者の低賃金と雇用の不安定を招き、生活と子供の教育のため意図しない共働きを強要される社会を招きました。
また経済界も「労使自治による労働時間管理によらない働き方」を提起した経団連報告(1月)や、「解雇の金銭解決」を掲げた維新の会の動向など予断は許されない状況となっています。
これらは、労働者の生きがいや働きがい、生活向上と安心安全な雇用に逆行するものです。まさしくハゲタカファンドや強欲的な華僑の「企業や従業員の使い捨て」に他なりません。
これまで日本社会の特長とされてきた「分厚い中間層」の崩壊となり、非正規・低賃金の不安定雇用の増大や外国人労働の使い捨ては、犯罪の増加など社会不安要因となっています。
解雇規制の見直しは、中高年労働者の会社都合の指名解雇を容認することになります。つまり人件費の抑制のため、中高年労働者を企業の外に追い出すことを促進しかねません。
◆「整理解雇の4要件」の空洞化か。指名解雇の自由化ではないか
ちなみに労働契約法16条は、「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を乱用したものとして、無効とする」とされています。
やむなく経営不振を理由とした解雇を余儀なくされた場合も、「整理解雇の4要件」の厳格な運用が課されています。
この「整理解雇4要件」とは、①人員削減の必要性があるか②解雇回避の努力を尽くしたか③解雇者の人選に合理性があるか④労働者側と誠実に協議したか、です。
すなわち企業事情による整理解雇には、いずれの要件も満たされないと認められません。
小泉進次郎は解雇規制の見直しで、この4要件の1つ「解雇回避の努力」に、大企業に対してリスキリング(学び直し)や再就職支援を新たに加えるよう求めています。それにより大企業に偏在する人材を中小企業やスタートアップに転職しやすくする狙いがあると言うのです。
しかし、それは労働者自らの意思と選択ではなく、会社都合で中高年労働者を企業の外に追い出すことです。逆に中高年労働者を賞味期限切れ扱いとし、その能力を活かせない経営者こそ、評価に値しません。
また企業を離れる労働者に、リスキリングを企業が行うことは、企業の不当な支出として、株主代表訴訟に発展するのではないでしないでしょうか。
労働市場改革、解雇規制の緩和は、中高年労働者の転職促進。つまり賃金抑制のため企業追い出しにつながるものです。
コストカット型経済を促進し、中高年労働者を、雇用不安定な非正規労働者に追い込むことになります。
◆連合と島根県知事は、「解雇規制見直し」に猛反発
1955年の保守合同の時に掲げられた自民党の政綱には「健全な労働組合運動を育成強化して労使協力体制を確立」とあり、いま勤労国民の政策課題を自民党と連合が共有しつつあります。
連合の芳野友子会長は9月20日の記者会見で、自民党総裁選の争点の一つとなった「解雇規制の見直し」について、「労働者の不安をあおり、かえって労働意欲を低減させる。緩和は全く必要ない。見直しも必要ない」と批判し、「日本の解雇規制は世界的にも厳しくない。立法事実が見当たらない」とコメントしました。
また芳野会長は「労働者を保護し、企業の不当解雇を撲滅することが必要で、解雇規制を緩和したり見直したりする必要はまったくない」と指摘しました。
さらに、人材の流動性を高める労働移動については「働く人が自発的に行うものであれば否定しない」としたうえで、学び直しで技術や技能を身につけた人が活躍できるような産業を先に国が作るべきだと述べました。
一方、島根県の丸山達也知事は9月11日の記者会見で「正規、非正規の格差という問題が非常に少子化に影響していると思う。これ以上、雇用を不安定にして、将来設計を立てられないような社会を進めてしまったら、今以上に出生数が減る」と、警鐘を鳴らしています。
小泉進次郎らが言う労働者、とりわけ中高年労働者は、「賞味期限が過ぎた障害物」であり、リスキニング(学び直し)で、企業から追い出しやすくするということに他なりません。
繰り返しになりますが、「解雇規制の見直し」は、会社都合の指名解雇を合法化し、勤労者に将来不安を与え、回復しつつある日本経済に冷や水を浴びせることとなります。
勤労者の雇用と生活の安心が、経済の好循環で国民全体の個人消費の拡大で成長に繋げます。(敬称略)